第2話

 兄弟が起こした報道陣への暴行事件。その処分が、ギルド総会から下された。僕達の所属するギルド『クロスファミリー』は、1年間の活動停止を命じられた。


「いくらなんでも厳しすぎない? てゆーか、悪いのはフラッシュ君に失礼な質問をした記者の方でしょ」


 バーカウンター越しに愚痴るのは、クロスファミリーの受付嬢だ。名前はノア。歳は僕達と同じくらい。僕等のような戦闘力は流石にないけど、僕達を陰からサポートしてくれる縁の下の力持ちだ。


 ここは、クロスファミリーの拠点。けれども、活動停止処分のおかげで、中にいるのは受付嬢と僕くらい。なんで僕がいるのかっていうと、ここは僕の家でもあるから。だって、僕の名前はシャドウ・クロスだし、ギルド長は僕の父だ。


 零細ギルドに過ぎないクロスファミリーにとって、1年間の活動停止は死刑宣告のようなものだ。なぜなら、ギルドの収入源が絶たれてしまうから。例の報酬は残っているが、それだけでは年なんて越せない


「ていうかさ、私達にこんな厳罰するなんてさ、総会は本当に状況が分かってるの!? 魔物が大暴れしているご時世に、なんで貴重な戦力を止めちゃうかな」


 ノアの怒りは全く収まっていない。だが、僕もそれには同意だ。今もどこかで魔物に苦しんでいる人がいるのに、記者を殴ったくらいでギルドの存続に悪影響が出るほどの罰を与えるなんておかしすぎる。


 ――魔物がどこからやってきたのか。詳しいことは僕は知らない。ある人が言うには、現世と異世界が天体の異変により重なり、その歪みから生じたそうだ。魔法も同時にそこから生じたらしい。


 だが、折もあろうに世界は戦乱の真っ最中。国同士でドンパチしている真っ最中に、魔物なんていうイレギュラーな存在に対処なんて出来るわけがない。だから、国は有志の魔物ハンター達に対処を依頼した。要は、国は無理だから民間で何とかしろってわけだ。全く自分勝手な話なのだが、個々のハンターだけでは限界がある。そのため、彼らは幾つかの集団を作って活動するようになった。それが、ギルドの起源だ。


「やっぱり、あの記者の腕章にゴールドユニオンの紋章があったのが原因だったんかなあ。あそこは、総会の発言力がデカいからなあ」


 僕達は、お互いに深いため息をついた。またあのギルドか……。


 ――数ある魔物ハンターの中でも、『天才』と賞された最強の男。それが、ブライト・ゴールドだ。桁違いの魔力を持っていた彼は、魔物討伐で得た資金と名声を地盤に自らギルドを立ち上げた。ゴールドユニオン。ブライトの力もあって、同ギルドは瞬く間に一大勢力となった。


 やがてブライトは、イリアという女性と恋に落ちる。その人とブライトの間に生まれたのが、フラッシュ。つまり、兄弟だ。


 だが、ブライトは当時、未婚だった。そのためか、ブライトは知らない女性と無理やり結婚させられる。相手の名はフィアンマ・バーンズ。元モデルで篝火報道の敏腕記者って情報くらいしか知らないが、なんでブライトがそいつと結婚することになったのか僕は全く理解できない。


 しかし、結婚後もブライトは、イリアとの関係を継続した。いくら「結婚」というもので縛られようが、彼女を愛する気持ちまで束縛しきることは出来ない。ということだろうか。


 なんとも純粋な愛の物語じゃないか。と言いたい所だが、これ、常識的に見れば浮気――婚約を交わした妻に対する裏切り行為そのものだ。だから、これが発覚した時のフィアンマの怒りは相当なものだった。それに加え、結婚という手段を使ってもなおブライトから愛を勝ち取れなかったという嫉妬や悔しさもあったんだろう。後に彼女がやった行為がえげつなかった。フィアンマは、イリアと幼いフラッシュを罠に嵌め、魔物の巣窟だった北の山に放置したのだ。


 イリアと兄弟には過酷な運命が待っていた。イリアは魔法士ではないし、当時の兄弟にはまだ力がなかった。そんな彼等に、凶悪な魔物達から身を守る手段なんてあるわけがなくて。


 兄弟は後に語ってくれた。魔物から身を呈して守ってくれた母の最期を。自分の命よりも兄弟を案じた最期の微笑みを。母から飛び散った血が、未だに忘れられないことを。


 そして、次は兄弟が食われる番となったとき、奇跡が起きた。ブライトから受け継がれた力が、覚醒したのだ。光の魔力が全身から溢れ出し、周囲にいた魔物をまとめて屠ってしまったのだ。


 僕と父が兄弟を見つけたのは、その後だった。びっくりしたよ。凄まじい光が山で迸ったから二人で見に行ったら、爆心地で同年代の少年が女性の遺体を抱えて泣いていたんだからね。それが、僕と兄弟との出会いだった。


 兄弟が全てを知ったのは後の話だった。その時、兄弟の中に湧き上がったのは、憎悪。自分達を地獄に落とし、母を死なせた全ての元凶への怒りだった。あの時の表情は今でも忘れられない。「絶対にぶっ殺してやる」って連呼してたからね。


 僕はそれを止めた。フィアンマへの復讐心で顔を歪ませる兄弟を見るのが、とても辛かったから。そして何より、兄弟と一緒に魔物を狩るのが楽しくて、もし兄弟が復讐を成し遂げてしまったら、それがもう出来なくなってしまうような気がしたからだ。


「そんなこと、誰も望んでいない。せっかくの人生を復讐に費やすなんてやめるんだ。僕達には『これ』がある。もっと人生を楽しもうよ。それが、母親の一番の望みなはずだ」


 魔物討伐の依頼書と宝珠を見せて、僕達は必死で兄弟を説得した。


「わかったよ。兄弟の頼みじゃ、断れねえ」


 その返答が、僕はとても嬉しかった。


 その後も僕達は狩りを続けた。まだ十代だったが、そんな年齢の二人が強大な魔物を討伐し続けていれば、世間は黙っちゃいない。次世代を担うべき天才魔物ハンター兄弟として、僕達の評判は瞬く間に広がった。


 兄弟は、様々な魔物と戦える日々をとても楽しんでいた。僕も、魔物討伐を通じて沢山の人々を助けられることが嬉しかった。何より、それが兄弟と分かち合えるのが最高に素晴らしかった。


 そんなある日、僕達の元にとある話が舞い込んでくる。


 送り主は、ゴールドユニオンのフィアンマ。内容を要約すると、フラッシュは自分の家族だから、どうか自分の所に戻ってきてほしい。とのこと。


 当然ながら兄弟は大反対した。あんな奴の所には行きたくない。兄弟と一緒に暮らしたい。と、強く主張した。


 僕達も同意した。恐らくフィアンマは、兄弟の持つブライトの力が欲しいだけなんだろう。元々、天才魔法士の妻という称号が欲しくて無理やり結婚した女だ。その栄誉を傷付けた愛人と子が憎くて地獄に落としたくせに、いざその子に才能があったと発覚すると、今度はその天才の母という称号欲しさに家族だと主張する浅ましさ。それがたまらなく許せなくて、僕達は彼女の誘いを却下した。


 現実は、五分五分の同盟を組むっていう折衷案になっちゃったんだけどね。まあ、兄弟との関係は継続できたから、別に良いってことにした。


 ブライトとフィアンマの子、グロウは、この時知った。兄弟は嫌悪していたが、僕はそんなにネガティブな印象は無かった。だって、兄弟とフィアンマの問題にグロウは関係ないだろ。ともすれば、新しい狩り仲間が出来るんじゃないかとすら思っていた。


 当然、不安はあった。フィアンマの言動の背景には、ブライトの力がグロウに無かったからだろう。ということは恐らく、フィアンマはイリアへの憎しみを息子にぶつけるように、我が子を罵っている可能性がある。となればグロウは、自分の不遇はフラッシュが原因だと、兄弟を殺したいほど憎んでいるかもしれなかった。フラッシュを殺せば、母は自分を見てくれるだろう。的にね。


 だが、それは最悪の形で杞憂に終わった。


 ある日、僕はグロウに呼ばれた。兄弟とではなく、僕1人だった。


 招待状を頼りに行ってみると、人気のない路地裏に到着した。


 グロウは遅れてやってきた。不穏な取り巻きを引き連れて。


 一体、僕に何の用? そう言いかけた途端、僕は昏倒した。歓迎ムードのあまり緩み切っていた僕は、物陰からの悪意すら気付かなかった。目を覚ますと、僕は取り巻きの二人によって拘束されていた。顔を上げると、悪意に満ちた笑みを浮かべたグロウがいた。


「うあ⁉」


 僕は叫んだ。原因は、グロウが持っていた鈍器のような何か。それに頭部を殴られた途端、信じられないほどの痛みが走ったんだ。脳味噌が素手で掻き回されているような、想像したこともない激痛。こんなの、殴られたくらいじゃ絶対に起こらない。


「一流の魔物ハンターとやらも、こいつには悲鳴が出ちゃうもんか。なっさけねえ」


 嘲笑が聞こえる。僕はこの魔法を知っている。痛覚を過敏にさせて、戦意を奪わせる魔法だ。荒ぶる暴徒を鎮めるために治安維持軍がやむなく使用しているのを、しばしば僕は見たことがある。けれども、魔物相手には特に意味はないため、僕は使ったことすらなかった。魔物にとって痛みとは、感じた所でどうでもいいもんだからね。


 そんな魔法を、グロウはあろうことか、こんな状況で僕に使った⁉ 


「嘘だろ。なんで僕にこんなことをする? 僕達は君と一緒に、魔物討伐をしたいだけなのに」


 痛覚に耐えながら僕は言った。次の瞬間、返ってきたのは更に大きな嘲笑だった。


「魔物討伐? 誰がそんなことをするかよ。んなバカなことをして、死んじまったら意味ねえだろ。俺はな、そんなもんはどうでもいいんだ。俺が欲しいのは、誰もが俺に従う力だ。その為にはな、お前が邪魔なんだよ!」


 また殴られた。僕の口から呻き声が漏れる。


「俺はな、あいつの腹違いの弟なんだ。つまり、お袋は違ぇが兄弟なんだ。俺が、あいつの兄弟なんだ。あいつが、俺のバックにいるべきなんだ。なのに、なんで赤の他人のてめえが兄弟になってんだ。奪ってんじゃねえぞコラ!」


 顔面を蹴られた。彼の言いたいことはよく分かった。僕の考えが甘かったんだ。


「さて、てめえはあと、どれだけ耐えられるかなあ⁉」


 グロウが殴打する。動けない僕に何度も。


 実は、この魔法には弱点がある。こっちが感覚を消してしまえば、何の意味もなくなるんだ。実際、グロウが手にしていたのは、黒く塗った棒状の風船だった。成程、これじゃ痣すら残らない。被害者が勝手に痛がっていただけって主張も通ってしまう。そうやって、あいつはたくさんの人を苦しめてきたんだろうな。


「さて、こいつを見ろ。こいつは良いぞ。なぜなら、痛みも特になく、楽に死ねるからなあ」


 そう言ってグロウが見せたのはナイフだった。僕はもう耐えられなかった。


 魔方陣を真下に展開。姿を消し、奴の背後へ瞬間移動。その背中を蹴っ飛ばした。


「失望したよ。君は、魔物ハンターになりたがらないばかりか、ただ単に人を苦しめて悦に浸りたいだけの、どうしようもないクズだ。そんな奴が、兄弟? そんなの、兄弟が可哀想だ」


 立ち上がるグロウに、僕は堂々と言い放った。


「あいつの兄弟は、僕だ。君じゃない」


 グロウは嗤い、そして怒鳴った。


「何意味の分かんねえこと言ってやがったんだてめえ。兄弟は俺に決まってんだろうが!」


 取り巻きを巻き込んで襲い掛かるグロウ。けどね、強大な魔物すら退治する僕が、たかがゴロツキの群れごときに不覚を取ると思ってるの?


 結果は一瞬だった。取り巻き達と共に、グロウは地面の上に倒れていた。


 兄弟が現場に駆け付けたのは、その後だった。倒れた面子を一瞥した後、兄弟は剣呑な表情で僕を見た。


「兄弟。これはなんだ? 一体、何が起きたんだ?」


 ああ、これは――僕が説明しようとした刹那、割り込むように口を開いたのはグロウだった。


「そこにいるシャドウがやったのさ。そいつ、俺のことが気に食わねえからって、ここに呼び出して襲ってきたのさ。周りに倒れているのは、俺を守ろうとした仲間達だ。みんなやられちまったがな」


 僕は愕然とした。いきなり何を言い出すんだ!


「フラッシュの義兄貴あにき、目を覚ましてくれよ。そいつは、自分の権威のために義兄貴を利用している悪い奴だ。そんな奴なんかと兄弟でいちゃダメだ。代わりに、俺と本当の兄弟に」「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、てめえ!」


 兄弟は激高した。


「兄弟がてめえを勝手に襲う? そんなことするわけねえだろ。てめえが徒党連れて兄弟を襲って、返り討ちにされただけなんだろ。兄弟に手を出したばかりか、こともあろうに適当なこと言って兄弟をバカにしやがって」


「なぜ、そこまで信じられる? あいつは赤の他人だ。俺の方が、血の繋がり的にも兄弟だろ?」


「それがなんだってんだ! てめえみたいなクズに、兄弟だなんて呼ばれたくねえよ」


 グロウの胸倉を引っ掴んで、兄弟は堂々と言い放った。


「俺の兄弟は、シャドウだ。お前じゃねえ!」


 そして、グロウを思いっきり突き倒すと、兄弟は普段の表情で僕へと振り返った。


「無事か。兄弟」


「ああ、大丈夫だ」


 やがて、僕達はその場から去った。


 結局、この事件がきっかけで、ゴールドユニオンとの同盟は白紙になった。当然、事件の非は向こうにあったわけだから、僕等の立場が悪くなるようなことはなかったよ。でも、その後からなんだよな。ゴールドユニオンが、総会での発言力や地元マスコミとの関係性を強めるように動き始めたのは……。


 活動停止を命じられて、3日が過ぎた。事務所にいた僕と兄弟の元に、とんでもない知らせがやってきた。


「大変! これ見て」


 ノアが持ってきたのは、総会からのお達しだった。そこにはこう書かれていた。


「なんだこれ。業務停止期間を縮める代わりに、ゴールドユニオンに兄弟を寄越せ。って書いてある。僕達に、ギルドの存続か、兄弟を選べっていうのか?」


「ふざけんな!!」


 僕は震撼し、兄弟は怒りのままに近くの椅子を蹴っ飛ばした。こんなお達し、ゴールドユニオンが総会を牛耳ってないと出せないでしょ。総会の権威を乱用して、僕達に直接圧力をかけて来るなんて、ゴールドユニオンのやることは明らかに常軌を逸している。


「なぜだ! なんであいつらは、俺なんかを欲しがるんだ⁉ あのギルドは十分でけえのに、これ以上何を望むってんだ! 俺は、俺はただ、兄弟と狩りを続けたいだけなのに」


 再びゴールドユニオンから突き付けられた理不尽な要求に、兄弟は声を震わせながら卓を叩いた。


「俺はここを出たくねえ。兄弟と離れ離れになんかなりたくねえ。あんな奴らの所になんか、絶対に行きたくねえよ!」


「僕も同じだよ。けど、どうすりゃいいってんだよ……」


 事態は、より厄介な状況へとなっていた。

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