第23話 さえずり渡るは船の上 (4)


少し、風に揺られてカズトの魔力酔いは次第に収まりがついた、しかし彼の心中はあまり穏やかではないようだがそれもそうだ。頭と心と体全てに負け自信まで折られた。この船に乗って自分が色々と未熟なことが解ってきた 否、解らされてしまったというべきか。人間は、カズトの場合は自信を折られると無気力になるタイプらしい酔いから程々に冷めて歩けるようになってもその場を動かずぼ~っと海を見つめて黙っている。


そんな彼をケンは自分がこうなった場合を考えたらしてほしい事すなわち「放っておく」を実行している。


さて、こうなってしまった元凶の大人げないナナイだったが彼もまた黙っている、いや状況を整理している、いや少し驚いている、カズトに。ナナイはひそかに心の奥で思う。 


この年で何も‘持っていない’のにこの魔力量。殺気を、いや脅威を感じて思わず私が色気を出した。恐ろしい才だ・・・だが、しかしあの方には、届かない。


ナナイは何かを確信し薄らと笑う。しかし何とも・・・


「・・・魔力の魔力属性は2つありますね、「風」魔そして黒「闇」ですね、属性が二つ、そして黒闇とは・・・とても珍しい事です」


「・・・はい」

魔力には大きく分けて属性が六つある、「楼炎ろうえん」 「風魔ふうま」 「水盾すいじゅん」 「棟地とうち」 「黒闇こくやみ」 「月光げっこう」大抵は一つの文字をとって「炎」とか「楼」と呼ぶ、ツウは後者の名前で呼ぶのが多いというのがアスキルの教えである事を思い出し、カズトは少し弱く答えた、ナナイの「魔力の勝負」とやらでカズトは彼に関する情報を二つ得た、一つはナナイの実力が自分を圧倒している事、もう一つはナナイに自分達を特にどうもする気がないという事。


なぜなら魔力とは自分が出す気力。突き詰めていくとそれは「心」。魔力とは自分の心の底から放っている「物」なのだ。だからどうやっても魔力というのは自分の心情に直結するものなのでつまり、ナナイに自分を殺す気があるならカズトの魔力をナナイが上回り、それを流し込まれた時点でカズトはもうとっくに死んでいるのである。お互いに魔力を流し込むという事は流し込んでいる相手の「心」を知ることと同義なのだ。あの握手にはそういった意味合いがあったのかとカズトは身をもって知ることとなった。


「ナナイさんは「月光」ですね、魔術属性は基本は4属 まれに暗明という言葉を聞きましたが・・・そこまで珍しい物でしょうか?」


自分の魔力を、心を交わした相手はその「性質」を知ることができる事も初めてしった、しかし魔術師にとって握手とは危険なものである、相手が自分を圧倒的ではあるが 上回り、殺す気さえあればそれができてしまうのだから恐ろしい。


それに何ともまあナナイも力があるとはいえ無茶をしたものである、少しでもカズト相手に殺気でも混じろうものならカズトの体は大なり小なり傷を負っていただろう、先ほども言ったがもちろん死も見える傷を受けることもナナイなら可能である。そしてその事実を隠すようにその張本人は話す。


「ええその通りです、お互いひねくれもの同士ですね♪そしてカズト様に問いかけをしたいのですが宜しいですか?」


その純粋に見える瞳は腹に何か抱えているのか、それとも虚空か、いや恐らく彼に虚など無いのだろう。ただ今はカズトにとっては彼の存在は悪いものではない。そう思いたいものである

その底なしの狐がまだ生えかけの芽であるカズトに問う言葉は純粋な疑問であった。


「貴方はその魔力の量と質を持って何をしますか?」

それはケンもムルナも知らない詳しく知っている者はアスキル・カーヴィンのみの率直な問いであった。


「ある人を・・・探しています」

その言葉は嘘は言ってはいない。が、濁した言葉であった。勿論二人は次の言葉を放つ。カズトは少し考える正直に言うべきかまた濁すか、少し迷って状況整理をする。ケンには話してもいいだろう彼は心をぶつけても明るく何時もの調子で・・・とはいかないが少し神妙な趣で自分なりの考えを答えてくれるだろう。しかしこの人物「ナナイ」は・・・?確かに心の底から自分に敵意がないことはわかった、しかしそれでどうだ喋るに値するだろうか?カズトなりに答えを出した。


「・・・それは誰ですか?」

「名前を教えてくれよ」



「・・・・・・」

カズトが選んだのは無言だった、言えなかった。


「名が言えないという事は恐らくあまりいい話ではないのでしょうね」

カズトの心中を察したようにナナイはあっさりと話を切り上げた。



「それよりも・・・ナナイさんほどの人がなぜこの船に?僕と同じでどこか旅にでも出るんですか?」

カズトは自分が優れているとはそこまでは思ってはいなかった、しかしアスキル・・・先生と呼ぶ恩人の幾何かの褒めてくれたものの一つ、魔力量はアスキルの自分にとっての関心を持ってくれたものの一つとしてカズトの中に根付いていた物だ。だから自分よりも高い質と魔力量を持つ者・・・ナナイはとても高い位に居る人と結びつけられた。


「確かに俺も聞きたい」

黙っていたケンも便乗する形で同じ言葉を言う、だが確かに強者の動向・行方とはその下の者たちは気になってしまうものである。返された同じく率直な質問をナナイは返した


「秘密・・・いや、先ほどお互いを知り合った中でしたね。お答えしましょうか」


勿体ぶってナナイは言った。


「国に与する・・・私の命よりも重い者がこの船に乗っています」



「なっ・・・!」

「へ~!すごいじゃん!俺らの船に要人が乗るなんて、船長も出世したなぁ!」


ケンにとってはいい話かもしれないがカズトにとってはかなり重要な話である、なぜなら先ほどは言えなかった彼が倒そうと思っている相手。それは国に関わるもの、いやその張本人「国王」エスキテルであるからだ。彼エスキテルが2年後この異世界、アーリアを侵略し転移して日本を叩き潰しカズトの最愛の人・・・滝本優未を殺すまでに、その状況を打開するために・・・そのためだけに異世界に転移した。その目標が・・・


「乗っている・・・?」

かもしれない。しかしそれだけでカズトは思考を止めることができない。なぜならそれは彼がここに来た理由そのもの。滝本優未の死を防がなければ、守らねばならない絶対条件。


「将来滝本を殺す・・・奴が・・・」


抑えきれない。乗っていたとしても今の自分にはどうすることもできないのに。


カズトを覆う魔力の質が殺気へと変わる。瞬間、ナナイはその気を読み取りカズトを大蛇の如く睨みつける。


しかしカズトは魔力を、殺気を押さえない。むしろ広がっていくようだ・・・


「この船に・・・乗っている・・・のか?エスキテル・・・?」

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