ツンデレじゃないです
「アタシさ、中学の頃チアやってたんだ。けどあるコンテストの時、一番上から落ちて腕を骨折したの」
あ~確かにチア服とか似合いそう、などと俺が妄想してるとは露知らず、牧島先輩は一拍置いて次の一言を紡いだ。
「あの時の恐怖は忘れられないわ。落ちてく時の感覚も、痛みで動けなかった苦しみも。周りからお前のせいだって責められたのも。本当は、下で支えてた先輩達が悪かったのに」
「それと自動車部がどう関係あんですか? 」
今思うと、奪われたの生徒会の仕事を取り返すだけなら、他にやりようもあったろうに。その答えは、実に牧島先輩らしいものだった。
「言い返したけど結局、アタシはチアを諦めるしかなくて。そういう不条理な思いは二度としたくないから、目の前のことには正攻法で向かわないと気が済まないの」
そう言い終わるとちょうど、ロードスターはヘアピンコーナーに迫っていた。そこを、牧島先輩はクラッチからの一連のシフト操作を、とてもスムースに行い駆け抜けた。俗にヒール&トゥと呼ばれるマニュアル車ならではのテクニックだ。
「もしかして、今のも苑浦に対抗する為に? 」
「うん。さっきも言ったけど、ホントは運転得意じゃないんだけどね。カーブで遠心力かかるところとか、チアで落ちたの思い出すし」
向上心の欠片もない俺にとって、その姿勢はある意味羨ましく思えるものだった。しかし、決定的に間違ってるところがある。
「そんなに肩肘張んなくたっていいと思いますけどね」
「あら、じゃあどうしろっていうのよ? 」
ステアリングの主の語調が少しだけ強くなる。少しだけ、いつもの彼女が戻った気がした。
「世の中勝ち負けだけじゃないでしょ。今だって苑浦に勝つことより、こうやって景色楽しむ方がいいと思いますけど」
道は最後の直線区間に入っていた。気持ちよく走るだけなら、高度なテクニックも何もいらない。
―ただ、車と対話するだけで十分だろ。
いつかの日に同じ場所で、そう教えてくれた人がいる。
「フン、言ってくれるじゃない。けど、」
エルボーで返す牧島先輩の目は、驚きとふざけが半々に混じっていた。
「けど? 」
「そのアンタが、誰よりも悩んでるように見えるけどね」
「……」
つくづく鋭い人だ。「湾岸クラブ」で苑浦を挑発したときもそう、牧島先輩は人の心を読み取るのに長けている。そして、俺が無意識のうちにあることに囚われていることをあっさりと見抜いてしまった。複雑な気持ちが胸を渦巻き、言葉を返せないでいる俺を見て、そんな先輩は少しだけ優しい表情になった。
「いいわ、深くは聞かないでおいたげる。そのほうがいいでしょ? 」
「ええ。ありがとうございます」
素直に礼を言われたのが嬉しかったのか、そこで牧島先輩はふふん、とぺったんこな胸を張った。
「だってアタシ先輩だしね。やーでも疲れたわ。博物館に甘いもんとかないかな? 」
「ソフトクリームくらいならあんじゃないっすか」
他愛もない会話を広げていると、やがて遠くに古い洋館風の建物が見えてきた。年輪を感じさせるアールデコ調の外観はリニューアルされたのか、コンクリートの白色が日光に当たって輝きを放っている。品のある佇まいは、辺りの木々とのコントラストもあって麗しい。
「あ、瀬雄たちよ」
牧島先輩が指差した先、右手の駐車場には、見慣れた顔ぶれが揃っていた。楽しそうに駄弁ってる楓姉さんと瀬雄は遠くからでも目立つ。
「あ、遅いよ~。後一歩で餓死するかと思った」
「ならもう少し遅く来りゃよかったな」
駆け寄ってきた瀬雄を軽くあしらい、車から降りる。一足先に外に出た牧島先輩は、楓姉さんとハイタッチしてすっかりご機嫌そうだが、
「アイツは? 」
「ん、向こうにいるよ」
瀬雄に言われた先を見ると、少し離れたところにランチアが止まっていて、苑浦はぼんやりと遠くの空を見つめていた。
「……やっぱ可愛いよね」
ひそひそ声で、瀬雄。
「それは認める」
背中まで垂らした髪を靡かせ、どこか妖艶な仕草でイタリア製ホットハッチにもたれ掛る姿は、まるで映画のワンシーンかと見紛うほどだった。って、瀬雄の奴こっそり写真撮ってるし。
けれど、その目はどこか虚ろで、アンニュイなものだ。そうそう、コイツはいつも何かが満たされないような顔してるよな。
その雰囲気に気圧され、高校生トリオは声を掛けることも出来ない。
「どうしたんだ 飯食おうよ」
しかし、楓姉さんだけは気安く彼女の肩を叩くのだった。
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