白馬を駆る姫
腹が減っては戦は出来ぬとはよく言われたものだ。ミュージアムに入った俺たちは、目当てのクラシックカーよりも、展示を見るよりも先に、館内のレストランで昼食をとることになった。純喫茶風の店内で、各々ナポリタンやカレー等注文していく中、
「えっと、追加でコーヒーゼリーとパンケーキ、後エビフライ」
牧島先輩の大食いっぷりが発揮されていた。華奢な体躯からは想像もつかない食いっぷりに、俺たちだけじゃなくウェイターの顔も若干引きつってたのは、後に自動車部のちょっとした語り草になるらしい。
「何か……見てるこっちが苦しくなったわ……」
苑浦に至っては一足先に店を出る始末。そこから、瀬雄、俺と続き、今は楓姉さんだけが紅茶片手に粘り強く相手をしている。子守かよ。
「いやーみんな、お待たせっ!」
それから十分ほどして、やっとこさ牧島先輩と楓姉さんが出てきた。口元にケチャップをたっぷりつけたまま駆け寄る姿は、まるで子供のような無邪気さを感じさせる。全然無邪気じゃないけど。
「あの小っちゃい体のどこにそんな入るんでしょ? 」
「アタシ燃費悪いのよ」
機嫌がいいのか、いつもなら飛び膝蹴り級の瀬尾の一言もけろりと交わす。それぞれののテンションに差がある中、俺たちはようやくメインの目的を果たすため、受付に向かった。
「すみません、これ使えますか? 」
「はい、少々お待ちください」
しかし、次に俺たちに掛けられたのは、予想もしなかった言葉だった。
「申し訳ありません。本人確認が取れないため、プレゼントの方はご利用になれません」
「え? 」
受付嬢が言うには、チケットの持ち主と俺たちの名前が一致しないからだという。そりゃ、チケットはウチの校長宛に送られたものだが、前日に瀬雄と牧島先輩が許可を貰ったはずである。俺がそのことを伝えても尚、
「そうおっしゃられても規則でして……」
ミュージアム側としての体面もあるのだろう、受付嬢は微動だにしない。
「ちょっ、ふざけんじゃないわよ!いくらなんでもあんまりだわ!」
「落ち着いて下さい先輩」
怒れる牧島先輩を、珍しく苑浦が宥める。それから彼女が取った行動は、さらに意外なものだった。
「こちらのほうで確認してもらえませんか? 」
ワンピースの胸ポケットから取り出したのは、何と同じチケットだった。それだけではない、氏名欄に記載された文字は…。
「苑浦様、ですね。確認が取れましたのでこちらへどうぞ」
「おい、どうしてそんなの持ってたんだ? 」
これには彼女以外の全員が顔を見合わせることとなった。自分のチケットしか使えないわけだから、当然学校以外のルートから手に入れたことになる。しかし俺の問いかけに苑浦は答えることなく、どこか苦い顔で薄暗い通路を進むのだった。
スタッフ専用の扉を越えた先は、コンクリート打ちっぱなしの倉庫になっていて、数台の車が止まっていた。俺たちが入ると、その中の一台であるメルセデスベンツ・300SLの脇からスーツ姿の老人が現れ、こちらに駆け寄って来る。
「館長の川澄です。この度はご当選おめでとうございます。って、おぉ!」
慇懃だった川澄館長の口調が急に砕ける。その理由は俺たちの後ろ、
「また会いましたねっ!」
やたら愛想よく手を振ってる楓姉さんにだった。そういえば、以前取材で来たんだっけ。
「こないだは楽しい取材だったよ。もしかして、君が当選したのかい? 」
「いえ、私です」
苑浦が一歩前に出てチケットを見せる。その顔を見て、川澄館長はなぜか目を丸くした。
「あれ、君は確か苑浦グループの……」
「車はどれですか? 」
「失礼しました。こちらです」
どこか噛み合わないやり取りに、俺はわずかな引っかかりを感じた。川澄館長は苑浦のことも知ってるようだが、それにしては彼女の反応が妙に威圧的すぎる。先ほどの件もあり、あたりは不信感で包まれるも、一旦かき消されることになった。
「当館自慢の一台ですよ」
車体を覆っていたカバーが剥ぎ取られると、白いクーペが現れた。一目で年代物とわかるデザインは、小柄でリトラクタブル(格納式)のヘッドライトを搭載している。中心部には当時のレースを意識したものだろうか、赤いストライプが眩しい。しかし、その車を表現する上で最大のポイントとなるのはそこではない。
美しさだ。
ロングノーズ・ショートデッキのボディは、力強くも美しさを訴えかけるもので、時を越えて人を魅了する力を持っていた。世界各国のスーパーカーですらかくや、というある種の魔力は、不思議と日本的な雰囲気を纏っていた。
その車、トヨタ2000GT。
「ここで存分に楽しんでください」
川澄館長がシャッターを開けると、その先は学校の校ほどの広さの、ちょっとした広場になっていた。路面は舗装されており、目安代わりにパイロンが置かれている。どうやら、ここで自由に走りを楽しめるようだ。
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