第45話
∇∇∇
授業が終わった。
早速逃げ出そうとするヒューバレルを、すぐさまセンドリックが捕まえる。
「どこへ行くんです?」
笑顔を浮かべるセンドリックと対照的に、今度はヒューバレルの顔が引きつっている。
「いやぁ、ちょっと用事が……」
目をそらすヒューバレルをそうはさせまいと、センドリックがヒューバレルの肩を掴む手に力を入れる。
肩を掴む手に押し負けているのか、それともセンドリックの放つ空気に負けているのか、目に見えてヒューバレルが萎縮していく。
……というか、私だけを犠牲にして自分だけ逃げようとするとは……。
私はセンドリックとは反対の肩を掴むと、ヒューバレルと目を合わせた。どうやら、ヒューバレルは勘違いしているようでなぜだか瞳に安堵の色を浮かべている。
私は意図して笑顔を浮かべると、口を開いた。
「諦めろ」
キースの家は、市街地と貴族街と王城の丁度中間の部分に位置している場所にある大きな教会の中にある。というか、教会が家らしい。
一般に開放されている礼拝堂などの場所と、教会に仕える人達が使う場所とは違い、ルフォス家だけが使う住居区がある。
そこに入るには礼拝堂とかとは違う入り口から入らなければいけない。
という様なことをそこへ向かいながら、私にセンドリックが説明してくれる。
「私たちも、小さい頃からよく遊びにこさせてもらっていましたよね? ヒュー」
センドリックが後ろを振り向き、自分の手でしっかりと掴んでいるヒューバレルに問いかける。
ヒューバレルはセンドリックに首根っこを掴まれたまま歩行させられていた。いまだにしぶとく逃げようとしているのか、もがいている。
「ヒューバレル、もう諦めたら? 玄関はもうすぐだよ?」
私たちは馬車からは降り、玄関に続く道を歩いているところだった。
もがくヒューバレルをものともしないで、引きずっているセンドリックに軽く恐怖を覚えるような気がするが、そこはとりあえず気にしないで進む事にする。
……それにしても、なぜそこまでキースの元へ向かうのを拒否するのか分からない。
「ヒューバレルは、なんでそんなに行きたくないの?」
歩行を遅らせ後ろに下がってヒューバレルに聞く。
「いや、見たらわかるでしょ!? ぐっ!?」
誰とは口にしないが、目線でだれかを示す。そんな密かな行動も無駄なようで、センドリックがヒューバレルの首根っこを掴む手に捻りを加える。すぐにヒューバレルの首元が締まった。
「く、首! 締まってる締まってる!」
慌てたヒューバレルがセンドリックに言うが、センドリックは笑顔のまま歩き続けている。
「わかった! ごめんって! 許して!」
素直にヒューバレルが謝ると、仕方なさそうにセンドリックが手を元に戻す。
ヒューバレルはやっと諦めたのか、大人しく自分で歩き出す。それを察したセンドリックがヒューバレルの首から手を離した。
……まだ納得していない。ヒューバレルが言った理由は確かに嘘ではないが、本当の理由には見えないのだ。
だが……まぁ、話したくないことならば無理に聞き出さなくともいいか……。
そう自分で納得すると、ヒューバレル達と並んで松葉杖を突きつつ歩き出した。
玄関まで辿り着くと、扉が開く。
「いらっしゃいませ、ソルゲア家とアスウェント家の坊っちゃま方、ウェストル家のお嬢様」
出迎えてくれたのは、背が低いお爺さんだ。ルフォス家の筆頭執事だろう。身振りが洗練されている。
「こんにちは、トムさん」
「どうも、トム爺さん」
さすが家を行き交うぐらい仲の良い幼馴染だけあって、筆頭執事とも顔馴染みのようだ。
「初めまして、レイラ・H・ウェストルです。お邪魔します」
続いて挨拶をすると、お爺さんがにっこりと笑う。
「いいえ、邪魔だなんてとんでもございません。
丁寧に頭を下げて礼を言うトムさんに何と無く察しが付く。この人、事情を知っているようだ。普通の挨拶程度では頭を下げるはずがないのだが、こんなにも深々と頭を下げるということはきっと公爵から今回のことを聞かされているのだろう。
とりあえず声には出すことなく、首を振った。
トムさんはそれを目にすると、また深々と頭を下げた。
ヒューバレルたちも気が付いたようで、黙って見守ってくれた。
「では、まずは旦那様の所へご案内いたします」
旦那様とはルフォス家の当主、ヴィクトル・T・ルフォスのことだ。前に一度会ったことがあるが、当主以外に神父も兼任しているだけあって柔らかな表情を浮かべる穏やかな人だったと記憶している。
今から、会うのは挨拶のためだ。とりあえず人の家に来たらそこの当主か女主人に挨拶するのは当然だ。
トムさんを先頭に大きな屋敷内を歩いていく。私が松葉杖の為、歩行はゆっくりとしたものだ。
「トムさん、キースの具合はどうですか?」
センドリックが歩きながら口を開く。
「そうですね……。今のところ、あまりお変わりはありません。食事は少しずつ食べていらっしゃる様ですが……」
心配そうに声を落としながらもトムさんが答える。
それを聞いたセンドリックは大きく笑顔を浮かべた。
……あ、これ、ダメなやつだ。
確実に決定した顔だ。本当に扉を蹴破るって。
そのままの顔でトムさんと話をするセンドリックが傍目には穏やかそうだが、そばにいる私たちには分かる。これは本気だ。
隣で歩くヒューバレルはすでに遠くを見つめて諦めの表情を浮かべている。
「……ね? ヤバそうでしょ?」
「うーん……確かに……。本気で扉、破壊しそうだね」
「それは元から本気だったよ、センドリック」
「あ、やっぱり?」
「……修繕費は出さないからね、俺」
「私も」
コソコソと会話を交わす私達に気がついていたのか、センドリックがあの笑顔のまま振り返る。
「大丈夫ですよ? 私のお小遣いで賄えますから」
「お小遣い?」
首をひねると隣のヒューバレルが、こそっと説明してくれる。
「あいつ、ソルゲアの親父さんの手伝いしてるんだけどね。一応公務だから給料もらってるんだよ」
「へぇ……」
ソルゲア家の領地経営か外交関係か、それともどちらともかな? 確かに手伝いだと言っても大事な仕事だ。多くはないだろうが給料も出るのだろう。
ヒューバレルもそんな感じなんじゃないかな。仕事をしつつ、多分ジェームズさんから貰っているだろう。そこまでの金額ではないだろうけど。
「……ところでそのお小遣いでこの公爵家の扉を直せるくらい、ってことは……」
家の造りといい装飾といい、さすが公爵家と言えるほどこの家のものはどれもが品が良く美しい。扉ももちろん派手ではないが、美しい彫りが一枚一枚に施されている。
……有り体に言えば、とても高そうだ。
扉一枚でも平民の十年分くらいの価値になりそうだ。
それを修繕できるって事は……。
「そうなんだよ……。あいつ、結構小さい頃から手伝ってたからさ、しかもあんまり何か買ったりしないし……」
「へぇ……」
なるほど、それで金額が溜まっていったわけか。
ちなみに私もウェストル家の当主として、国から給料は出ている。その金は領地経営の援助金とは違い、私個人の私財となる。
……私は絵を描いたりするので、画材とかに結構使ってしまったりする。意外と画材は高い……。材料を妥協しないで選ぶと意外と金額がいってしまう。自分で採取してもいいのだが、何しろ家の近くでは取れない物などがあるためそれは買うしかない。それは希少価値も上がるからなおさら高い……と。
この間ヒューバレルから馬車用の物を買った時も、私の懐から出した物だ。まぁそんなこんな言っても、給料がカツカツというわけではなく、多少は貯めている。
ヒューバレルは貯められているか、怪しいところだ。
そんな事を考えていると、前を進むトムさんが足を止めた。その前には大きく立派な両開きの扉がある。執務室だろうか。
トムさんが扉をノックすると、中から返事があった。
「旦那様、坊っちゃまのお客様でございます」
「入りなさい」
「失礼いたします」
トムさんがそう言うと、両開きの扉を開け放つ。
トムさんに続いて部屋の中に入ると、真正面に執務用の大きな机がありそこに座るのは柔和な笑みを浮かべるルフォス家の当主、ヴィクトル・T・ルフォスの姿があった。
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