第44話

∇∇∇


 昼食の時間だ。

 席を立ち食堂へ向かう。

 先ほど気になる事を言われたが、詳しく聞く前に授業が始まってしまった。結局聞けずじまいで、時間を過ごしてしまったが、やっと思う存分聞けるようだ。

 とりあえず取り留めもないことを話しながら食堂に着くと、手早く食事を選び席へ着いた。


「で、キースがどうなったって?」


 そう切り出すと、ヒューバレルが目をそらし、センドリックが顔を強張らせた。目が無になっている。


「え? えーと……」


 ヒューバレルが口を開くが説明になっていない。何か隠したいことでもあるように見える。


「なんできちんと説明しようとしないのですか。レイラだって当事者なんですよ。キースのことが気になるのは当然です」


 ちゃんと説明してあげなさい、と顔を強張らせたままセンドリックがヒューバレルを促す。

 センドリックが説明してよ、とヒューバレルが言うがセンドリックは取りつく島も無く断った。

 そんな二人のやりとりを、邪魔しないよう黙ったまま見ておいた。人にはそれぞれ話すタイミングがある。

 しばらくして、観念したようにヒューバレルが呻いた。


「わかったよ……。ちゃんと話すって」


 ヒューバレルが私に目を合わせる。


「あのさ、キースはね一週間前に一日だけ来たんだけどね……それ以来、センドリックが言った通り、引きこもっちゃってるんだよ」


「え、なんで?」


 よくわからなくて、首をひねるとヒューバレルが言いづらそうに口ごもる。


「えーと……。簡単に言うと、人が怖くなっちゃった……って言うか……」


「あー……なるほど」


 なんとなく分かった。


「司書さんのせいだね?」


 単刀直入に言うと、ヒューバレルが頷く。


「そうだよ。話に聞いたところによると、キースとその司書って仲が良かったようだね。その分、大きな傷ができたみたいで……」


「そっか」


 なるほど、ともう一度心の中で呟く。心を許していた人に裏切られる、か…。どれくらいの痛みなのか、全くわからない。だが、想像もできないほどの痛みなのだろう。

 それにしても、洞窟から出た直後はそこまで酷い様には見えなかったが……。家に帰ってから、傷を自覚したのだろうか。


「でも、なんでそんなに言いづらそうにしてるの? 別に私に隠すことじゃないよね?」


 そう聞くと、ヒューバレルが言葉に詰まる。


「いや、だってさ。キースの矜持があるからね。キースはああ見えてちゃんとした男だし……。あんまり言いふらす様なことじゃないだろ?」


 だからキースが私に知られたくないだろう、と思って言わない様にしていたのか。

 どうやらキースは、この一週間は病での欠席ということになっているらしい。

 キースは別に恥じる必要はないと思う気がする。誰でも信頼している人に裏切られたら、そんな状態になるだろう。私の場合だったら、ニールに裏切られるのと同義だ。……そんな事になったら、とりあえず引きこもるだけじゃ飽き足らない気がする。

 そう思っていると、センドリックが口を開く。


「レイラも被害者でしたからね。キースのことをきちんと説明していいかヒューたちも悩んだのでしょう。同じ状態かもしれないですし」


 あー、なるほど。


「私の方は全然大丈夫だよ。初対面だったし、良い人だとは思ってたけどそれ以上の情は無かったよ」


 淡々と言うと、ヒューバレル達の表情が少しだけ和らいだ。


「そっか。よかった」


「そうですね……」


 そんな風にホッとしているところ悪いのだが、まだ一つ疑問が残っている。


「それで、なんでセンドリックは怒ってるの?」


「あっ、そこは突っ込んじゃダメなところだって!」


 慌ててヒューバレルが私を止めるがどうやら遅かった様だ。

 センドリックの笑っていない目がこちらを向く。思わず身を引いてしまった。

 ……早まったかもしれない……。

 ヒューバレルに助けを求めようと、目を向けるがサッとそらされた。恐る恐る目線を戻す。

 センドリックは見たこともないほどの満面の笑みを浮かべていた。


「レイラ、聞いてくれますか?」


「え、遠慮した」


「ありがとうございます! まずですね」


 最後に聞いてくれたことに、神の慈悲が見えた様な気がしたがそれはどうやら幻想だったようだ。

 言い終わる前に遮られた。

 このまま強引に話を進められるみたいだ。

 半分丁寧な口調で語られた内容は要約すると、なぜ友人を頼らないのか、話ぐらい聞け、そもそも顔を見せろ、というか返事ぐらいしろ、送ったお菓子はちゃっかり食べてるのに礼の一つもないのか、せめて生命反応のようなものを醸し出せ、といったところだった。

 最後には笑顔が消えて、口調がどんどん崩れて行くのが目に見えて恐怖心をそそる。何度かヒューバレルに助けを求めたが、目を頑なにそらし続けられ結局無駄だった。

 なるほど、これがセンドリックの怒りか……。これからは怒らせないようにしよう……。

 密かに決意する。


「──このままだったら、今日にでも部屋の扉蹴飛ばす」


 最後の一言で物騒な雰囲気が膨れ上がり最高潮になる。

 破裂するか? と身構えるが杞憂だったようだ。破裂する前にセンドリックがフッと息を吐くと、急激にその気配がしぼんだ。


「でも、俺が一番腹立ってんのは、役に立たねぇ自分なんだよなぁ……」


 無意識の独り言だったようで、かなりの小声だったが聞こえてしまった。多分ヒューバレルも。


「……」


 聞かれた事に気がついていないようだから、このままにしておこう。何か慰める言葉が出るわけでもない。下手な事を口にしても白々しいだけだ。

 そう思い口を閉じていると、センドリックがすぐに立て直し顔をあげた。すでにその顔には笑顔が浮かんでいる。


「ということで」


 ん? なに? 今、どこで『ということ』に繋がった?


「レイラ、今日は一緒にキースのお見舞いに行きましょう。もちろんヒューも連れて行きますよ」


 その『連れて行く』の言葉の裏に『引きずってでも』が付いているように感じてしまう。

 まぁ、とりあえずアレだ。


 キース、今日はお前の扉の命日だ。

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