The third page

第43話

 太陽が瞬き、大地を照らす。地平線から太陽が顔を出したようだ。

 

 朝がやって来る。


 だが、僕は動くことができない。 

 内に篭ったまま、一歩を踏み出すことに恐怖を覚えるようになってしまった。

 ずっと朝が来なければいいのに。

 ずっと一人でいられればいいのに……。


∇∇∇


 今日は天気がいい。

 外は晴天。雲ひとつない。

 馬車がガタリと止まる。扉が開かれ、手伝ってくれるのはてっきり馴染みの御者だと思って視線をあげると、そこには予想もしない人物がいた。


「やぁ! おはよう、レイラ! 元気にしてた?」


 そう言って満面の笑みで手を差し出すのは、ヒューバレルだった。

 驚いたが、とにかく馬車を出るためヒューバレルの手を借りる。


「あー、おはよう、ヒューバレル。ありがとう」


 私の左足は一応、傷は塞がったがまだ痛みはある。縫った糸はまだ外されていない。もう少し様子を見てから抜くそうだ。

 とりあえず今は、また傷が開かないように、左足をできるだけ使わないように言われている。しばらくの間は、松葉杖が手放せないようだ。

 馬車から出ると、太陽が照りつけた。

 その太陽のせいなのか、それとも笑顔の発する光なのか、ヒューバレルが眩しく感じる。

 朝から元気だなー、と目を細める。

 外に片足でなんとか踏み出すと、御者が松葉杖を差し出してくれる。それを受け取ると、荷物も差し出される。

 ヒューバレルが自然に、荷物を代わりに受け取ってくれた。


「あぁ、ありがとう。助かるよ、ヒューバレル」


「良いんだよ。女の子に優しくするのは、当たり前だからね」


 ウィンクと共に返され、鳥肌が立ちそうになるが、とりあえず苦笑いを返しておいた。

 私は御者の方を振り返ると、目を合わせる。


「それじゃあ、また後で」


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


 御者は頭を下げて私を見送った。

 左脇の下に松葉杖をしっかりと挟む。右手はヒューバレルが支えてくれている。それを外すと右側にも松葉杖を挟んだ。


「じゃあ、教室に行こうか」


 促して、歩き出す。

 ヒューバレルは笑顔のまま横に並んで歩き出した。


「足の具合はどう?」


「あー、まぁ大丈夫だよ。様子見ながら今週中には抜糸ばっしできそうだよ」


「そっか、よかった。……あのさ、しつこいかもしれないけど」


「あー、それはもういいって言ってるよね。本当に大丈夫だから。私の足は自己責任だし。それにニールが言った通り、逃げようとしなかった私が悪いんだよ」


 眉根を下げ、申し訳なさそうな顔をするのを言い終わる前に言葉で遮る。

 前に事情聴取で一度家に来た時にも、何度も謝ってもらった。もういい、と言ったはずなんだが、まだ引きずっているようだった。

 ……いい加減、しつこい。それを口にすることはないが、思いの丈を目に込めれば、自然とヒューバレルの口が閉じる。目もそらされた。


「うん、ごめん。もう言わないって……。……その目怖いから止めて……」


 ヒューバレルの返事に満足する。最後の小声はとりあえず聞き流した。

 話にひと段落すると、ヒューバレルは気を取り直したように咳払いをする。


「もう通達は受けてるだろうけど、この二週間はウェストル領の手伝いで、休みってことになってるから。それと足は金槌か何かを足に落としたことにしといてね。流石に足をナイフに貫かれたなんて言ったら大変なことになるから」


「分かってるよ。大丈夫、事件のことは絶対に口には出さない。ウェストルの名前で誓ってもいい。念のため王弟からも通達を受けてるしね」


「そっか……。あ、そうそう、事件のことを知っているのはアレクの兄貴はもちろんだけど、センドリックも親父さんから聞かされたらしいよ。キースとは幼馴染だからね。……久しぶりに口の悪いセンドリックを見たよ。……怖かったぁ」


 その様子を思い出したのか、冷や汗を流すヒューバレルを横目でみる。知らないから想像しかできないが、どう想像してもあの丁寧な口調が崩れる様子が思い浮かばない。

 首をひねる私を、羨ましそうにヒューバレルが見る。


「知らないって幸せだよね……」


 そんなことを話していると、教室の前に着いた。

 ヒューバレルが扉を開けようと手を伸ばすが、それを止め私の方を振り返った。


「親父から聞いてると思うけど俺今、最終段階の情報を中途半端に開示されてるんだよね」


 そういえばそんなことを、ジェームズさんが一度見舞いにきた時に言っていたな……。



『レイラちゃん』


『ちゃん付け止めてくださいって、言ってますよね』


『ヒューのやつに情報の最終段階の途中開示したよ。女王様のこと、大まかなことは話しておいたよ。その他の国家秘密もちょっとね』


『聞いてませんね。……そうですか。よかったですね、息子さんがそこまで育って』


『あぁ、それはいいんだけどね。他の情報を開示するのにレイラちゃんから、ウェストル家の他の二つの役目を聞き出せたらって条件にしちゃった』


『……はぁ』



 その時のことを思い出して、またため息をつく。


「そうだね、事情は聞いたよ。でも」


 簡単に話せることじゃないよ、と続けようとした言葉をそっと止められる。


「あぁ、分かってるよ。そんな簡単に話せることじゃないしね。……俺を信じられると思えるようになったら、話してくれればいいよ。俺も信じてもらえるように努力する」


 ……どうやら、ちゃんと分かっていたようだ。

 ウェストル家の役目はそう簡単にホイホイと話せることじゃない。私たちの内心の問題だけじゃない。

 拷問する人や処刑する人、それに公正する罪人は狙われていることが多い。怨恨もそうだが、利用目的でもそうだ。

 下手なところから情報が漏れてしまえば、大変なことになる。……色々、大変なことになる。


「……分かった。その時がきたら、私から全て話すよ」


「うん、ありがとう。その時を楽しみに待ってるよ」


 ヒューバレルはニッコリと笑顔を浮かべると、教室の扉を開けてくれた。

 それにありがたく頼らせてもらう。そのまま机に向かうと数人に声をかけられる。軽く挨拶をかわしながら、席に着く。

 いつもの場所にはセンドリックがもう席についていた。


「おはよー、センドリック」


「おはよう、センドリック」


 ヒューバレルとセンドリックに挨拶をすると、センドリックは読んでいた本から顔をあげる。


「おはようございます。レイラ、ヒュー」


 センドリックはすぐに眉根を下げると、声を潜めて事件のことを労う。それを受けながらも後ろに目を向ける。

 ……そこにあるはずの金髪が見当たらない。


「あれ? キースは? 私より一週間前から授業に出てるはずだよね? 遅刻?」


 そう聞くと、ヒューバレルはそっと目をそらし、センドリックは笑顔を浮かべながらも目だけを怒らせるという器用なことをしてみせた。


「あー……。キースは最近顔を出してなくてね……」


「え? なんで?」


「レイラ、キースはですね。どうやら引きこもりになるみたいですよ」


「は?」

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