第46話
「いらっしゃい、よく来たね」
低く、人に安心感を与えるような声でヴィクトルさんが私達に声をかける。
「先日ぶりです、ヴィクトルおじさん」
「……こんにちは、ルフォスの親父さん」
にこやかにセンドリックが挨拶をすると、続いてヒューバレルが一瞬の躊躇いの後、挨拶をした。
ヴィクトルさんはそんな二人に笑顔を向けると、私の方を見る。
「久しぶりだね、レイラさん」
「お久しぶりです、ヴィクトルさん。お爺様のお葬式以来ですから……二年ぶりぐらいですか」
「そうだねぇ……、もうそんなに経つのかい。ニール君も元気にしてるかい?」
「はい、ニールも元気に過ごしています」
会話をする私とヴィクトルさんを見て、驚いたようにヒューバレルが口を挟む。
「え? おじさん、レイラと知り合いだったの?」
「そうだよ? なんて言ったって、レイラさんのお爺さんにはお世話になっていた頃もあったからねー」
懐かしむようにヴィクトルさんが目を細める。
「いえ、それを言うなら私達の方がヴィクトルさんには、すごくお世話になっていますよ」
私はお爺様が存命だった時は、ヴィクトルさんと会う度にお菓子をもらったりした。それにニールの元々いた孤児院も、ルフォス家が直轄している教会だったし。お爺様がニールと出会えたのもヴィクトルさんが二人を引き合わせてくれたおかげだ。
今では、家の仕事の方で頼らなければいけない事もあったりする為、半年前に会ったりしたのだが……。まぁ、そんな事を口に出していたらヒューバレル達に要らない疑問を持たれそうだから、簡単に説明がつけられる仕事以外で会った最後の日を口に出させてもらった。
どうやらすぐにヴィクトルさんは察してくれたようで、口裏を合わせてくれる。
「ふふ……」
何かを思い出したように、ヴィクトルさんが目を細めると笑い声を漏らす。
さすが親子、と言ったところか笑い方がキースとそっくりだ。……いや、キースがヴィクトルさんにそっくりなのか。
いきなり笑いを溢したヴィクトルさんに、私を含めセンドリック達もヴィクトルさんに疑問の目を向ける。
「ああ、違うんだ。何かがおかしい訳じゃなくてね、少し昔のことを思い出して」
「昔の事、ですか」
センドリックが首を捻りながら聞き返す。
「うん、レイラさんのお爺さんと僕の父上のことを思い出してね」
一瞬、ヴィクトルさんがどこか遠くを見つる。その視線の先にはきっと過去が写っているのだろう。
すぐにその視線は私たちの方へと戻る。
「いや、今は関係ない事だったね。君たちの用事は僕じゃなくて、キースだからね。長く引き止めてごめんね。あの子、今は僕の言う事に耳を傾けようとしないから三人とも頼んだよ」
相変わらず微笑んでいるヴィクトルさんだが、光の加減のせいなのかそれともそうではないのか、どこか苦しげな表情をしているような気がする。だがその表情は瞬きをすると、ヴィクトルさんが先ほどと同じ微笑みを浮かべて私たちを見ていた。
私は横の二人の表情をチラリと見ると、ヴィクトルさんの表情に気がついていなかったようだ。
「分かりました。今日はなんとしてでもキースを外へ出します。ではこれで失礼いたします」
センドリックが妙に迫力のある笑顔と言葉の一部を強調して言う。……怖い。
「また、帰るときに挨拶に来るよ、親父さん」
「失礼いたします、ヴィクトルさん」
それぞれ挨拶をすると、ヴィクトルさんがにこやかに手を振って見送ってくれる。
扉をくぐると、トムさんが先導するように先頭を歩く。
「それにしても、驚きましたね。レイラがヴィクトルおじさんと知り合いだったなんて」
センドリックはしみじみとでも言うように呟く。
「まぁ、そこまで大っぴらにするほどの繋がりってわけじゃないしね」
表に出す分は、と心の中で付け加える。仕事に関しての付き合いが長い為、下手につながりを出すと変な憶測を呼ぶかもしれない。なので、特に話せることはない。
「へぇー……、そうなんだ。俺も二人が知り合いって知らなかったからね。結構びっくりした」
「人間、どこで
「そう……だね」
どこか引っかかった様子でヒューバレルが頭をひねりつつ頷く。……まぁ、疑問を感じるのも無理もない。なにせヒューバレルの仕事は諜報。私の交友関係なども一通り調べ上げていたのだろう。……その報告は、ジェームズさんが色々変えてくれたのだろう。ありがたいことだ。
「そうですよ、ヒュー。そもそも、レイラの交友関係とかその他のことを詳しく知ってたら逆に怖いですよ。それ、ストーカーじゃないですか」
「うわ! 確かに! レイラ、俺違うからね! ストーカーとかじゃないからね!」
冷静に返すセンドリックにヒューバレルが慌てて否定する。
「……」
ヒューバレルの必死さが結構面白くて、わざと胡乱げな目で見返す。
それを見たヒューバレルがますます必死に否定し始めて、思わずクスリと笑う。それで私がからかっているのに気が付いたのか、なんだよー、と力を抜く。
「本当に疑われたかと思ったじゃん。びっくりしたー……」
「大丈夫だよ」
一度そこで言葉を途切れさせると、足を止めてヒューバレルに耳を貸すように手招きする。
なになに? と耳を寄せるヒューバレルに小声でポツリとこぼす。
「何に本当は疑問を持ったかはちゃんと理解してるよ」
「!?」
素早くヒューバレルが身を引いて私を凝視する。目には動揺がそのまま浮かび上がっている。……やっぱりまだジェームズさんみたいに、咄嗟な時は表情が作れないみたいだ。
「そ、れは」
「ヒュー? レイラ? 大丈夫ですか?」
歩みを止めたからかセンドリック達と間が開いて、声をかけられる。
ビクリとヒューバレルが肩を震わせると、貼り付けたような笑顔で振り向きセンドリックに大丈夫、と返す。
「なんでもないよ。ちょっとレイラが躓いたみたいで、支えてただけ」
「え、大丈夫ですか?」
センドリックが近づいて来ようとしてくるのを、止めるように私は一歩踏み出す。
「あ、大丈夫大丈夫。ほら、ヒューバレルも行こう」
私がそのまま前へ歩いていくのを止めるように、ヒューバレルの手が伸び方に触れる。その手に力は入っていない。
とにかく抵抗はしないで足を止め目だけでヒューバレルを見る。彼は貼り付けた笑顔は無事に張り付いたままだったが、目だけはやはり動揺を隠せないでいた。迷うように口を開閉するヒューバレル。疑問がありすぎて何を口に出せばいいのか、整理できていないようだ。
仕方ないな。
「ヒューバレル。今のはサービスのヒントだと思って。後で私に色々聞いてもいいけど、ほとんど答えないと思うよ」
答えない、と言うよりは答えられないに近いか。
そう言うと、ヒューバレルは間をおいてからコクリと頷いた。
「そっか、ありがとうレイラ。君は優しいね」
何を思ったのか、ヒューバレルが私に礼を言う。しかも最後に優しいとまで付け加えられた。
……優しい、か。私はそんな優しい性格はしていない。これは断言できる。
まぁ、ともかく早くセンドリックに続いてキースの部屋まで行かないと。
無言でヒューバレルから目線を外し、松葉杖をついて歩を進めると後ろからヒューバレルの足音が続いた。
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