第42話 番外編のようで番外編じゃない話
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目の前で息絶えた、司書さんを見る。
私の片手には司書さんから取り出した『記憶の玉』が握られている。もう片手は松葉杖を握っている。
「レイラ、それ精製するの俺がしようか?」
濃い茶髪をオールバックにして銀の瞳を心配そうに細めているのは、ニールだ。普段は瞳と顔を隠すために、髪をおろしているが今は迫力と単純に見えづらいため髪をあげている。
ニールの瞳は生まれつきである。生まれつきだからこそ、親に気味悪がれ捨てられたらしい。
私は取り出したばかりの『記憶の玉』に目を向ける。
「うーん、いいかな? 足は痛いけど、精製ぐらいできるし」
精製というのは、この『記憶の玉』に込められている司書さんの一生を全て整理して、情報として必要な部分だけを残すことを言っている。
確かに疲れる作業だが、それくらいなら出来るだろう。
そう思って『記憶の玉』を見下ろす。その色は黒く、何か小さなかけらが漂っている。
この『記憶の玉』を取り出すためには、その人間の心を折らなければいけない。そして取り出すときには激痛を伴い、取り出された人間は衰弱死する。
この魔法は闇魔法だが、これは精霊から教わることで使うことができる魔法。闇の精霊魔法の一つだ。
この魔法を継承しているのは今の所私しかいない。ニールは受け継ぐことができなかった。
昔はそれで恨まれたりもしたが、今では仲のいい兄貴分だ。
精製は闇魔法の一つ『幻視』を使えれば行える。
普通の人が使えば、この間ニールがヨインたちに使ったように目隠しやそこには無いものをみさせることができる。闇魔法の一つ、『幻影』と似た様な魔法だが、『幻視』は対象が一人で、よりコントロール力を必要としている。
それを自分にかけ『記憶の玉』を見ると、その中にある記憶が一斉に見れる。人の記憶が一生分流れ込むので、精製した後は大変疲れるが、半日寝込めば疲れは取れる。
少し面倒だと思いながらも、『記憶の玉』のために作ってある袋に入れる。
それをポケットに入れようとすると、ニールがそれを取り上げた。
血の色が目立つ白い手袋はニールの手から外されている。
「また無理をしようとするな。まったく……精製は俺がする。お前明日はまだ休みだろ? 王からもらった一週間ともう一週間休みをもらったからって、仕事でそれを潰すなよ。足もちゃんと完治してるわけでも無いし……」
痛そうに私の包帯を巻いた足を見るニールに苦笑いを返す。
「うーん。まぁ、仕事に使ったのはここ五日ぐらいだから、全然大丈夫だよ。そこまで疲れるっていうほどじゃないし……」
最初の一週間は、足を地面につける事を禁止されていたから、ずっとベッドの上か執事の誰かに図書室まで運んで行ってもらって本を読んでいた。
ニールが取り上げた袋を取り返そうと手を伸ばす。
それを止めるのは、ニールの手ではなく暗く光る小さな手だった。
「……レイラ、もう休んだ方が……いい。……幻影、も……解いて」
そっと寄り添うのは、クィールだ。
この五日間、仕事の準備のために側にいてもらっていた。
そのクィールが言う、『幻影』というのは向こう側に見える人物。いまだに叫び声をあげている様に見える、『夫』の姿だった。
「あー、忘れてた」
声はニールが司書さんの耳に『幻聴』をかけて、司書さんだけに聞こえる様にしていたのですっかり存在を忘れていた。
手を振って魔力の流れを消すと、『夫』の姿は糸を解く様に消えていった。
本物の『夫』の記憶は見事に消されていた。周りの人間も司書さんについての記憶は消されているようだった。職場も同じだ。
『幻影』を消すと、かかっていた負担がなくなる。ここ三日は正確な『幻影』を作れる様にあの『夫』に張り付き行動を観察していた。
そして残りの二日で完璧な『幻影』をなんとか完成させ、今日に至った。
意外と疲れる『幻影』作りは彫刻と一緒で、正確な想像ができなければちゃんとした『幻影』は作れない。なので、本物と寸分違わない様なものを作ろうとすれば何日か、かかってしまう。そのせいで気力が多少削れてしまった。
だが体力ならまだ余っている。
今更精製の疲れが足されてもあまり変わりがないだろうと思っていたが、やってくれると言うなら甘えようか……。
ニールが本当は『幻影』を作るつもりだった様だが、ニールの『幻影』は凄まじく個性的だ……。
前に一度ニールに絵を描かせてみた時があったが、時代の最先端……いや、先取りし過ぎた絵が出来上がってしまっていた。
なので、今では拷問時の『幻影』は私の担当になっている。代わりにニールには『幻聴』を担当してもらっている。ニールは耳がいい。それで覚えた『夫』の声で司書さんの耳に声を吹き込んでもらった。
「とりあえずレイラは休め。明日は絵でも描いていろ。それで明後日の学校に備えていけばいい。俺は精製が終わったら、ジェームズさんのところへ行って来るから。今回もジェームズさんを通しての報告でいいか?」
「うん、それでいいかな。まだアスウェント家以外の次期当主達に私のことが言われているわけじゃないみたいだし」
そう言うとニールは私の頭を撫で、部屋を出て行ってしまった。
遠くで筆頭執事のダイルを呼ぶ声がする。後片付けのためだ。
私はクィールを肩に乗せると、瞳を閉じる司書さんの方を向いた。
「では司書さん、ありがとうございました」
最後に図書館での礼を一言だけ呟くと、背を向け部屋を出て行った。
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