第41話

グロ&血の表現に注意!(今回もハード目です!) 






 それを見ながら、目の前の男が口を開いた。


「あなたが隠れ蓑にしていた男だ。さすがに覚えているだろう?」


「でも、記憶がないはず」


 愕然と呟くと、また淡々と男が言葉を紡ぐ。


「あんな暗示は俺たちで解いた。簡単だ。それに彼が何かを知っているかもしれない」


 だから連れてきた、と男は言葉を続ける。

 ディライラユーニンの心の微動は続く。


「彼はっ、何も知らない!!」


 思わず声をあげてディライラユーニンは否定をする。


「まぁ、知っていても知らなくてもいい。仮にも夫婦だったんだ。夫婦は同じ苦しみを分かち合うものだろう?」


 男はそう言うと、取手を振り上げボルトの一つ、親指の真上にあるものを叩く。

 ガンッと音が鳴ってボルトが一段下がり爪に食い込んだ。


「っっっ!! うぐっ!!」


 そして取手がもう一度振り上げられる。

 人差し指、中指、薬指、小指。次々と、ボルトが打たれるたび。爪がひしゃげ、肉に食い込む。

 両手に同じことをされ。悲鳴を抑えようと、ディライラユーニンは歯を食いしばっている。

 それに感心したように、男が片眉をあげる。


「このくらいの痛みは、耐えられるようになったか。じゃあ、ご褒美だ」


 そう言うと、男は今度は取手をボルトにはめ、ぐるりと回す。

 そうすると、ボルトが回り、爪を抉り取り、肉を巻き込んで更に奥へとじんわり進んで行く。

 それに耐えられるのは、よっぽど痛みに耐性がなければ無理だろう。


「っ! っ! っ! が、はぁあああ! あああああぁぁぁ!!」


 耐えきることができずにディライラユーニンが悲鳴をあげると、足音が慌てたように駆け足になり、こちらに近付いてくる。


「ディライラ!? 君なのか!?」


 近くで『夫』の声がする。

 扉の前にいるのか、扉を叩く音がこの部屋に響いた。

 ディライラユーニンの心が大きく揺らぐが、すぐに元の位置へと戻る。彼女は歯を噛み締めた。


「返事をしなくてもいいのか? 彼は君の夫だろう?」


「っっ! ちっ、が! あ、ああああ!」


 痛みでディライラユーニンの口は正常に働いていないようだった。もう夫ではないと、返事をしようとして失敗する。

 しかし、その意思は伝わっていたのか男が会話を続ける。


「あくまで関係ないと言うんだな。じゃあ、彼が痛めつけられても何も思わないだろう?」


 男が手を上げまた何かの合図をする。


「え、うわ! なんだ!? 何をするんだ! やめろ! 離せ!」


 『夫』の喚く音がしてから、隣の部屋の扉が開く音がした。


「やめろ! 離してくれ! な、何を! なんなんだ! 手を離してくれ! がっ!?」


 混乱する『夫』の声がいきなり途切れる。

 目の前にいる男がまた手を上げ、指を鳴らした。

 するともう一つ光源が生まれる。

 そちらに目を向けると、ディライラユーニンと同じように椅子に縛り付けられた『夫』が見えた。その前には手しか見えない人物が一人いる。その人物は手に黒い手袋をつけていた。その人が着々と『夫』を椅子に縛り付けている。

 ディライラユーニンの心が大きく軋んだ。亀裂が入る。


「あ、なた!? っ! な、ああ、あああ゛あ゛あ゛!!」


 姿を見たディライラユーニンが思わず呼びかけるが、その途中に取手が捻られる。またボルトが肉を捻り食い込んだ。

 ディライラユーニンの声が部屋に響く。『夫』はどうやら気絶しているらしくぐったりと動かない。


「あぁ、こっちは見えないようになっている。声だけは聞こえるけどな。こっち側からはあちらが綺麗に見えるから、安心して鑑賞するといい」


 男が淡々と言い募る。

 向こう側では『夫』が、ディライラユーニンと同じような道具を手に嵌められそうになっている。

 それを見えていた男が、そういえば、と口を動かす。


「この道具の名前を言っていなかったな。これは、『淑女の手袋』っていうんだ。女であるあなたには似合うが、男に嵌めるとなんだか変な感じだな」


 そう言いながらも、男はボルトを回す。またボルトがじっくりと穿たれ、肉がちぎれ血が溢れる。

 ディライラユーニンから、悲鳴がまた漏れた。

 だが、その痛みは少しだけ『夫』によってそらされている。

 『夫』の方は未だに目覚めない。


「鑑賞の間は痛みが邪魔だろう。外してやる」


 男はそう言うと『淑女の手袋』を手に固定していたベルトを外すと、一気に持ち上げる。

 刺さったままだったボルトは、巻き込んだ肉を引き連れて離れていく。

 激痛がディライラユーニンの全身を貫いた。


「は、があああああ! あああああ゛あ゛!」


 『夫』に向いていた意識が激痛によって、自分の方に戻る。

 もう片手も同じことをされて、さらに叫びがたされる。ディライラユーニン手は悲惨なことになっていた。抉られたところは皮膚とは思えないものになっており、そこからは血と筋肉の千切れた筋と骨が微かに見える。


「思ったより、出血しているな。あぁ、気絶するな」


 白目をむいて気が遠くなっているディライラユーニンを見ると、男は手に持った『淑女の手袋』をどこかへと置き、暗闇に腰を下げて手を伸ばす。

 戻ってくると、その手には桶が持たれている。

 それをディライラユーニンに向けて、なんの躊躇もなく浴びせる。水がディライラユーニンの全身に満遍なくかかる。

 冷たい水に、ディライラユーニンが朦朧としていた意識を引き戻した。


「出血死されたら困るからな。この水は止血剤入りだ」


 ネローア家で売ってるぞ、といらない情報をディライラユーニンに男が与える。

 だが止血剤の効果は確かなようで、ディライラユーニンの手から流れ出ていた血は流れを途切れさせていた。

 意識がはっきりしたディライラユーニンは目を『夫』に向ける。ディライラユーニンは食い入るように『夫』を見つめる。

 本物なのか、なぜここにいるのか……本当に今でも自分のことを覚えているのか。

 ディライラユーニンの心の亀裂からそんな言葉多数出てくる。


「さて、起きてもらうとしよう」


 男は手で向こう側にいる人に合図を送る。

 向こう側にいる人物は、黒い手袋を嵌めた手を大きく振り上げると『夫』の顔に向かって振り下ろした。


 パンッ!


 人の肉と肉がぶつかる音が部屋に響いた。


「っ」


 ディライラユーニンは自分が打たれてもいないのに、思わず身をすくませた。


「な、なんだ!?」


 『夫』は叩かれた痛みで目を覚ます。周りを把握しようと視線を巡らせる。

 巡らせる顔と顔付きに、ディライラユーニンは自分の『夫』だった男だと確信する。

 ディライラユーニンの心の亀裂が広がる。


「旦那さん? ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」


 質問するのは銀の瞳の男だ。


「え? え? だ、誰だ!?」


「姿を見せずにすみません。ちょっと質問に答えてもらいたくて」


「質問?」


「簡単な質問ですよ。あなたはディライラユーニンさんを愛しておられますか?」


「もちろん、愛しています!」


 男が質問すると、『夫』は即答する。脊髄反射か、と聞きたいくらいに迷いがない答えが飛び出て、思わずディライラユーニンの瞳が揺れる。亀裂がどんどん大きくなって行く。根が揺らぐ。


「そうですか。では、夫婦というものは痛みを分け合うものですよね?」


「は? え、ええ、一般的にはそうだと思いますが」


 突然夫婦のあり方を問われて、戸惑いを覚えつつ『夫』が答える。


「そうですか。では、妻の痛みを分かち合ってください」


 男は感情なく言葉を返すと、また手を上げ合図をする。


「え? は!? が、いたあああああ!? あ、あああ゛あ゛あ゛!?」


 向こう側にいる手しか見えない男の仲間が、黒い手袋を嵌めた手を振り上げると『夫』の悲鳴が響いた。


「っ!!」


 ディライラユーニンは正面から見ていられなくて、目をつぶり顔をそらす。そして血が出るほど唇を噛み締めた。

 その間にも『夫』の悲鳴が響き渡る。もう一度ボルトを叩く音が聞こえて、一層『夫』の悲鳴が大きくなった。


「目を瞑っていては鑑賞できないだろう? なぜ顔をそらす? あなたの夫だ、よく見ておけ。最後の姿になるかもしれないからな」


 その言葉がディライラユーニンの頭に染み込むまで、少しばかりの時間がかかった。

 そしてその意味に気がつくと、勢いよく男の方を向いた。

 最後の姿、つまりは『夫』を殺す、と男は暗に言っていた。

 その様子を鼻で笑った男は、再び向こう側に合図をする。すると今まで『夫』のボルトを締め上げていた手が暗闇に消え、また出てくる。その手には大きなノコギリが握られていた。


「とりあえず指の一本でも取ってから、詳しく話を聞こうか」


 向こう側にいる男の仲間が、『夫』の足元に跪くとノコギリを足の親指にあてがった。

 それがすぐに躊躇いもなく引かれ、血が飛び散る寸前にディライラユーニンの小さな声が吐き出された。


「……めてっ」


 小さな声は思いの外、部屋に響き男の仲間の手を止めさせた。


「もう、やめてっ……。全部、話すから……」


 俯くディライラユーニンの顔から雫が滴り落ちる。ディライラユーニンの心はひび割れ、ポッキリと折れてしまっていた。


「そうか。じゃあ口を閉じていろ」


「は?」


 そう言った男は、一歩下がりまた暗闇の中に姿を消す。

 足音が遠ざかる。

 それと入れ違いに誰かの手だけが暗闇からヌッと現れる。その手には黒い手袋が嵌められている。

 その手がディライラユーニンの頭部に置かれる。


「$#%*」


 意味が聞き取れない、言葉がディライラユーニンの耳に滑り込み、急激に何かが吸い取られる心地がする。それは、激痛を伴った。


「っっっ!? はっっ!?」


 呼吸をするのが辛いほどに、絞り取られていく。それは心の折れたところと亀裂の入ったところから吸い込まれているような心地を、ディライラユーニンに感じさせた。

 終わったのか、手を離す頃にはディライラユーニンは目も開けられないほど衰弱していた。

 それでもなんとか目を開け、手の主を一目見ようとする。

 すると、床を何かが突く音と共にその全体が現れた。

 その姿に思わずディライラユーニンは息を飲む。


「司書さん、お疲れ様でした。では、良い眠りを」


 その言葉を最後に、司書ことディライラユーニンは息を引き取った。

 それを見つめるのは銀の瞳とはなだ色の瞳だった。



 後日、ディライラユーニン・レイロの『記憶の玉』が王城へと運ばれる。

 そこから得た情報に、王宮は震撼した。

 今は休戦中である、隣国バルスエル国が動き出したのだ。


∇∇∇


六公爵家の一つ、ウェストル家。

または『山のウェストル』。『闇のウェストル』とも呼ばれている。

その歴史は初代国王から続く、由緒正しい家系である。

その家には大事な役割が三つあった。


一つ

精霊女王の双子女王、『レーニゲン・ケイクレーテ』様を隠し守ること


一つ

更正の価値ありと見なされた罪人の公正


一つ

国の拷問官兼処刑人


である。

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