第40話
グロ&血の表現に注意!(今回はハード目です!)
∇∇∇
騎士団の留置所。
本当の名前かどうかは分からないが、ディライラユーニン・レイロはそこにいた。無表情だが、その顔には隠しきれない疲労が浮かんでいた。
連日尋問されれば、そうもなるだろう。
彼女の口の中、奥歯の上下に彫り込まれている自爆用の魔法陣はすでに見つかっており、魔力を動かせないように『ベルベナの祝福』が首につけられた。さらに、錠が手と足につけられている。
自害もできなくなった彼女は、それでも二週間近く沈黙を守っていた。
出される食事もほとんど食べていないようだった。
とにかく無表情に前を見つめるだけの彼女の牢に声がかかる。
「おい、出ろ」
騎士団の団長だ。
騎士団の団長であり、ディライラユーニンの尋問官でもあった。
彼は、ディライラユーニンの檻を開けると外へ促す。それに彼女は大人しく従った。
じゃらり、と手足に付いている錠が重い音を鳴らす。
また尋問か、と無表情の下でディライラユーニンは考えた。
どうせ自分は何も喋らない。こんな緩い、口だけの尋問で人が簡単に情報を吐くわけがない。
騎士に続いて、地面を踏みしめる。手足を動かすごとに錠の音がディライラユーニンの後を付いて回った。
ふ、となぜだか『夫』の姿がディライラユーニンの頭をよぎった。
あの『夫』は暗示をかけて彼女を『妻』だと思い込ませた、ただの商人だった。
「……」
あの男との日々がディライラユーニンの頭を横切る。
男はディライラユーニンに惜しみない愛情を注いでいた。……その感情が偽りの物だとは知らずに。
男はディライラユーニンに何度も言った。『愛しているよ、ディライラ』と。
初めは何の反応を示すことが無かったディライラユーニンの心臓は、次第に小さな反応を男に返すようになった。
『夫』となった男は決して、顔がいいとか何か特技があるわけでもなかった。なのに、時が経つにつれディライラユーニンは色彩が鮮やかに見えるようになるほどに、男に気持ちが傾いている事に気が付いてしまった。
その気持ちは、自分の命が惜しくなってしまうほどにいつの間にか大きくなっていた。
命が惜しくなったばかりに、洞窟の中でレイラに問われて自分の血を見て恐怖を覚えてしまったのだ。そして森で馬に乗った男に出くわした時も、自爆しようと魔力を込める瞬間に躊躇して捕まってしまった。
しかし、ディライラユーニンはその気持ちを認めることはしなかった。目を背けるしか無かった。
きっとあの男は今頃、新たな暗示が発動して自分の事を忘れているのだろう、とディライラユーニンは思う。何かが心臓を刺したような気がするが、彼女は気づかないふりをする。
「乗れ」
声をかけられて、ディライラユーニンの目線が前を向く。
いつの間にか目の前にドアがあった。それは開いており、そこに合わせて馬車が横付けされていた。
空を仰ぐと、そこには何もない空が広がっている。どうやら、今日は新月のようだ。
その馬車の形は随分と奇妙なものだった。
全ての面が黒く塗られており、窓が一つもない。御者も顔が見えないように顔を隠す布がかけられている。
それはまるで夜闇に溶けるように、そこに在った。
いつもの尋問室に行くことなく、その馬車に乗せられることにディライラユーニンは訝しく思うが、特に動揺する事なく馬車のタラップに足をかけると乗り込んだ。
すぐに扉は閉められ、ディライラユーニンは暗闇に取り残された。
馬車が動き出す。
ディライラユーニンは馬車の中ならば、何もされまいと瞳を閉じてしばしの休息を取ることにした。
目を覚ますのは、行き先についた時だろう。
今夢を見るとすれば、きっと『あの男』のことなのだろうな、と確信にも似た予感を覚えながらもディライラユーニンは意識を奥へと沈めた。
ガタリ、とディライラユーニンは体が落ちるような感覚がして体を揺らす。ハッと目を覚ますとそこは、暗い部屋の中だった。
「!?」
ディライラユーニンは椅子に縛り付けられ、手足はそれぞれ肘掛と脚の部分に括り付けられている。そして手足の指もそれぞれ固定されて広げられている。
なぜかディライラユーニンの周りだけ光が射していた。光源は何なのかは、全くわからない。
「……」
静かに周りを見渡すディライラユーニンだが、目を凝らしても暗闇が深く自分の周りしかよく見えない。
「お目覚めか」
「っ!?」
咄嗟にその方向に目を向けるが何も見えない。
しかしコツコツと足音が響き始める。どうやら誰かが歩き回っているようだ。
歩き回る足音は次第にディライラユーニンの正面に近づき、止まる。
そして、一歩踏み出した。
一番最初に見えたのは、白い手袋をはめた手。それが暗闇の中から染み出すように出てきて、次に体と顔が現れ、最後に全体が浮かび上がった。
「こんばんは」
それは男だった。
浮かび上がった顔は端正で、年頃の娘がみれば一目惚れでもしてしまいそうだが、その顔に嵌るあるものがその風貌を異様にさせていた。
「あなたが馬車で眠っているうちに薬を嗅がせて、ここまで運ばせてもらった」
低い声でそう話す人物は、うねる深い茶髪を後ろに流し、銀色の瞳をディライラユーニンへと向けていた。
「!?」
その瞳の色にディライラユーニンが息を飲んだ。
ディライラユーニンが驚くのも無理もない。そのような瞳の色を彼女は見たことがないものだったからだ。
まるで異形のもののような瞳は、感情を浮かべることなくディライラユーニンを見つめる。
「さて、あなたは何で自分がここにいるか分かっているか?」
「……」
ディライラユーニンは口を開かないが、なんとなく気がついてはいた。
この目の前にいる人物は、新しい尋問官だろう。……いや、尋問官かどうかは怪しいが。
「口を開かない、か」
予想はしていたけどな、と男が呟く。男がクルリと背を向けると、暗闇にまた姿を消した。
金属が擦れる音が聞こえてくる。
ギ、ギギギ、ガチッ、ギリギリ、ギー……
ワザとなのか、そうでないのか、背筋を撫でるような金属音が続く。その合間を縫って、男の声がディライラユーニンの耳に忍び込んだ。
「人間の痛覚が一番集まっているところがどこだか知っているか?」
金属音が止んだ。
今度は靴音がまた響く。歩き回り、ディライラユーニンの背中で足を止める。
男はその場にとどまるが、何も言わないディライラユーニンを気にすることなくまた歩き出す。
「じゃあ、正解は自分の身で持って知ってもらうとするよ」
∇∇∇
「っっっっっ!! が、はあああああああああ!!!」
女の悲鳴が響く。
それはディライラユーニンの口からほとばしっていた。
彼女の両手には、手首から爪の先までを覆うような物がつけられている。その物はそれぞれの爪の先と、手の甲の部分にそれぞれ細かいボルトのようなものが二十五本ほど付いていて、取手がつけられるようになっている。
そのボルトは取手で回すか、叩かれることによって一段下へと下がる仕組みになっている。
今そのボルトは一段下がっているところが手の甲に三つほどあり、そこからはじわりじわりと血が滲み出ている。
取手は、先ほどの銀眼の男が持っている。
それを弄ぶように手でいじっているが、ディライラユーニンの悲鳴には無関心なようで、取手の少し黒ずんだ部分を手でこすっていた。
あいつ掃除適当にしやがったな、などと呟いている。
そして、ディライラユーニンが叫んでいることに今更気がついたように、顔をあげる。
「なにか、話す気になったか?」
ディライラユーニンはただ叫び声をあげ続けるだけだ。
それを見かねたように、男は取手で下がっている三つを元の位置に戻す。
ディライラユーニンは息を荒くしながらも、痛みが脳天を貫くのを止められないでいた。
この尋問が始まってから、既に二時間ほどが経過していた。
ボルトを刺しては戻し、刺しては戻しを繰り返している。その度彼女の手からは血が絶え間なくこぼれ落ちている。だが、ディライラユーニンは声を上げども、決してなにか情報らしきものを喋ろうとはしない。
そして彼女の心も揺らいではいなかった。
その事に気がついているようで、男は質問を変えた。
「お前の大事なものはなんだ?」
「大事、な、もの」
痛みで朦朧とする彼女の頭に一番に浮かんだのは、『夫』の姿だった。しかし、それを振り払う。
その次に浮かんだのは、祖国のことだったがそれはなぜだか薄らいでいるように感じた。
「……わたしに、大事なものなどっ、何も、ないっ」
息も絶え絶えにディライラユーニンがなんとか否定する。
「へぇ、じゃあ、あの人もあなたと同じ目に遭ってもいいんだな」
無表情にそう言うと、男は手を上げる。誰かに合図を送っているようだ。
「あの人……?」
ジクジクと痛む傷口に歯を食いしばりながらも、疑問を浮かべる。
すぐに足音がどこからか聞こえてきた。二人分だ。それが近づいてくる。
「え? え? なんですか、ここ? ここに妻が、ディライラがいるんですか?」
「っ!?」
なぜ、という言葉でディライラユーニンの頭が埋め尽くされる。
ディライラと呼ぶ声、あれは『夫』のもの。なぜ彼がここに、と疑問がディライラユーニンの頭から溢れ出る。
ディライラユーニンの心が微動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます