第32話
岸の方まで泳いで行くと、水から上がった。風が吹き付けて、体が震える。やはり、夏の夜は涼しい。 ……今の格好と状態では大分涼しすぎるが。
背中の中ほどまである髪を前にまとめて絞る。意外と水を吸い込んでいたのか、地面に小さな水溜りを作った。
キースも上がってくる。何かを言おうとしてこっちを向いたが、すぐに体ごと私の方に背を向ける。
「と、とにかく! 何かする前に服をなんとかしよう? 確か、水分を吸い取ってくれる葉があるんだよね?」
いつもはふわふわして耳を隠している髪の毛が、いまは水気で頭に沿って張り付いている。そのおかげで、キースの耳が赤くなっているのが見えた。
「うん。水辺に生えてる木に、絡みついてるはずだから」
「絡みついてる?」
首をひねるキース。
「あれ、ツル科の植物なの。普段は枯れてるように見えるんだけど、水を含ませると、葉っぱがパンパンに膨れるんだよ」
丸く膨れる葉は、意外と可愛らしく感じる。
キースにそのまま少し待ってて、と言うと地面に自分の服と靴下をおくと靴だけを履いて木の方へ向かった。
木を見渡し、他に絡みついているツル達をかき分ける。三本目の木にソレはいた。一見すると茶色く枯れているツルだがその葉を多めに採る。
キースの元へ戻ると、キースは未だに私に背を向けたままだ。
「キース持って来たよ。ほら、これ」
生気がまるでないカサカサに乾いている茶色い葉の五枚ほどを、手だけキースの前に回して渡す。
私の手に驚いたのか、キースの肩がビクリと震える。
「あ、ありがとう」
「うん」
私終えると自分の服の元まで戻り、服を一枚一枚広げた。靴も脱いで、同じように揃えた。
そのまま葉で乾かそうとして、手を止める。
そういえば、キースに使い方を教えていなかった。キースの方を見ると、案の定どうすればいいのか分からず固まってしまっている。
「キース」
「ふへっ!?」
急に呼んだからなのか、驚いたようにキースが変な声で返事をする。その予想もしなかった裏返った声に、思わず口元が緩む。
「やり方わからないんでしょう? 聞いてくれればいいのに」
「そうなんだけど……。まずはレイラに服を着てもらおうと思って……」
「簡単だし、すぐに済むから大丈夫だよ。ちょっと待ってて」
そう言って、とりあえずは葉を濡れた服と靴の上に置く。靴には中に一枚一枚おいた。そして手元に残ったものを下着に押し当てる。みるみるうちに押し当てた葉が緑に色付いていき、膨らんでいった。水分がそこまで多くなかったからなのか、手の中にあるものは完璧な円になる事なく楕円形でその姿を止めた。
服達の方は丸く膨らんだ葉が上に乗っている。
それを取り、森の方へと放る。ビシャッと円状に膨れていた葉が割れる音がする。
とりあえず、自分の服を着る。服にはもう水分はなく、すっかり乾いていた。
今度はキースの番だ。
「お待たせ。じゃあ最初は自分の服を一枚一枚広げて、その上に葉っぱを一枚一枚広げて。靴の中には一枚ずつ。残ったのは下着に押し当てて。これで全部乾くよ」
背を向けたまま、指示通りにキースが動く。しばらくして、感嘆したかのようなキースの声が聞こえた。
「あ、本当に乾いてる……。すごいねー、これ」
色まで再生してるよ、とキースが言う。
葉が円状になったのを確認すると、適当に葉を捨てておくように言う。そのままキースは乾いた自分の服に着替える。
「もう大丈夫? そろそろ、行こうか」
「うん。そうだね」
そう言って振り向いた、キースの顔には涙が伝っていた。
驚いてキースの顔を凝視してしまう。
「え!? なに、どうしたの?」
声が裏返ってしまう。本当にどうした? いきなり泣き出すなんて。
驚いて目を丸くする私に、なぜかキースが驚いている。
「え? なに……? あ、あれ……?」
キースは自分の顔に触れて、やっと自分が泣いていることに気がついたようだった。自覚した途端一気に顔を歪ませ、その場にうずくまる。
その背中からは、鼻をすする音が聞こえる。今まで張り詰めていてものが、緩んだのだろう。
私は刺激しないように、ゆっくりとキースに近づきその隣に腰をおろした。
本当はそこまで時間はないが、このままの状態のキースを連れても一向に前に進めないだろう。ほんの少しの休憩だと思えば大丈夫だ、と自分を納得させる。
それに、泣けてくるのも納得できる。いきなり攫われて、しかも攫った相手が今まで信頼していた司書さん。で、自分のせいで学友が攫われていて、辛辣かもしれないが今の所そこまで役にも立っていない。それに、足の指を捻り潰すとか言っていた怖い奴と、不気味な意味のわからない奴からも追いかけられている。
……正直言って、私も泣きたいくらいだ……。早く家に帰って、ゆっくり自分のフカフカのベッドで眠りたい。今日は仕事もなかったので本当は家に帰ったら、キャンパスに向き合うつもりだったのに……。
家の自室と美術室を思い浮かべて、遠い目をする。
それにしても……。
ソッと横目でうずくまるキースの金髪の頭を見る。
キースの印象は元々不思議ちゃんの、ちょっと得体の知れないところがあるような人物かと思っていたが……。それほど得体が知れないわけではなかったな、となんとなくホッとしていた。
今まで、同年代の人と関わってこなかった弊害なのか、人の裏を見つけようとしていたような気がする。ずっと関わっていた年上の人とか、仕事の相手にはずっとそうしていた。いや、そうしなければならなかった、の方が正しいか。
その延長線上で、キースの事も何か裏があるように、もしくは私を何かに利用しようとしているのでは? という疑念がいつもどこかにあった。
全ての疑念が去ったわけではない。
しかしニールが私に言った言葉、『学校にいるのは別に化け物ではない』。この意味が泣いているキースを見ていると、なんとなく理解できる気がした。
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