第28話

 男は仲間に大声を上げて私たちを追いかけてくる。すぐにドアがバンッ! と大きく開く音がして背後から追いかけてくる足音が増えた。


「はあ!? 何逃してんだぁ!?」


 あの媚びた声の人が怒鳴り散らしながら、背後から迫ってくるのがわかる。チラリと後ろを振り向くと、鬼の形相で追いかけるガタイのいい男と細身のひょろ長い男が追いかけてくるのが見えた。中に居たもう一人の姿はまだ見えない。

 とりあえずそのまま手に持っていたナイフを、ガタイのいい男の方に投擲の要領で投げるといい具合に相手の脚の何処かに刺さったようだ。これでナイフは残り私が隠し持っているものとキースが持っているもの、二つだけになった。

 ガタイのいい男は叫びとも、うめきとも、つかぬ声をあげて転んだようだ。


「うわっ!? お前何転んでっ!? って、なんか刺さってる!? おい! 大丈夫か!?」


「大丈夫だ! 早くあのちびっ子達を追いかけろ!」


 後ろでそう騒ぎ立てる人達を置いてキースと先へ先へと急ぐ。司書さんの言っていたことが本当かは分からないが、とりあえずこの道をまっすぐ走る。

 もう先ほど閉じ込められていた扉も通り過ぎた。どんどん走って行くと、キースの息が荒くなり始めた。

 キースは運動しなさそうだから、もうすでに限界を迎えているのかもしれない。


「ッキース? 大丈夫っ?」


 こっちも結構頑張って走っているから特に余裕はない。


「はっ……! はあっ! うっ、ん! まだっ、走れるっ……!」


 脇腹を押さえ始めたキースの背中を追い越し、手をキースの腕に伸ばすと掴んだ。そのまま引っ張って行く。


「頑張ってっ!」


 今は前に進むしかない。緩やかに曲がりくねる道を走って行く。

 背後からは追いかけてくる足音が二人分。ガタイのいい男がまた走っているのか、それともあの穏やかな声の人が追いかけてきているのか……。まぁ、なんにしても逃げなければ何をされるか分かったものではない。


「クソガキどもおおおお! 止まれえええ! 捕まえたら足の指削ぎ落としてやるっ!」


 ほら、見たことか。

 声が聞こえた途端キースの腕が大きく震えた。それを力強く握ると震えが治る。きっと、キースにとってこの状況にも限界がきているのだろう。必死に自分を奮い立たせて私について来てはいるが、少しの刺激でも精神が倒れ込んでしまいそうだ。元々こういうことには向いていない人だ。ここまでついて来れているだけでも賞賛ものだ。

 でもここで倒れられても困る。だから、頑張れキース。

 しかし先ほどから、声は媚びた声の男のものしか聞こえては来ない。不気味だ。もう一人はきっとあの穏やかな声の人なのだろう。まだ怒鳴り散らかしてくれた方が、こちらもある意味安心できるというのに。

 司書さんといい、あの穏やかな声の人といい、不気味な人が多いなー。

 曲がりくねる道のせいで、二人の姿は見えない。

 後ろにはまだ差があるというのに、すぐそこまで迫っているような恐怖がある。

 先を走ると、右に道が枝分かれしている。右は松明の明かりが続いているが、このまま真っ直ぐ行く道は松明が灯っていない。一瞬止まってそのまま真っ直ぐ走って行く。壁や天井などを支えていた支柱が途中で見えなくなる。ここからは補強作業をしていないのだろう。


「っあそこで曲がらなくてもっ! 良かったのっ?」


 辛そうに息をするキースが私に問いかける。


「っ空気の! 通り、方からしてっ! あっちはっ、多分行き止まりっ! だから、こっち!」


 息を弾ませながらもなんとか答える。

 背後から追っている人たちは私たちに右に曲がってもらいたいのだろうけど、残念ながら私は空気を読むことが得意だ。

 もちろん空気というのは、場の空気というわけではなく。正に空中の空気、風とも言える、それを読むことが得意だ。広範囲は無理だが、分かれ道に出ればなんとなく分かる。なぜ分かるのかといえば、私が出入りしている森にも洞窟はある。そこは私とニールの秘密基地だ。初めて入ったときは迷子になってニールを心配させて怒られたが、どう対処すればいいか教えてもらったおかげで今はどこをどう行ってもとりあえずは外に出れるようになった。

 今度ははっきりと二股に分かれている道に出た。今度は左に行く。それを何回か繰り返す。たまに三股に分かれているところに出たりするが、なんとか走って行く。

 空気の跡を辿って何度目かの分かれ道を行くと、足を止めた。息を整えながらキースに声を出さないように合図をする。

 あの人たちは私達を見失ったようだ。探している声が反響して聞こえる。


「クソガキどもおおおお!! どこだああああ!」


「落ち着いてください。それじゃ、怖がって出てこないかもしれません」


 暴れまわる媚びた声の、先程見えたひょろ長い人物を穏やかな声が鎮めるように声をかけている。

 そのまま、穏やかな声が私たちに向けられる。


「ルフォス様、ウェストル様。どうか、出てきてはもらえませんか? お二人だけでは、この洞窟から出ることは絶対に出ることはできません。ええ、断言します。絶対に、出ることは叶いませんよ? 私たちがこの洞窟を使うにあたって、調べなかったと思いますか? ここから先には出口などありません。行き止まりが続くだけですよ? その時に私たちに捕まって、ひどく痛いことをされるのと、いま出てきていただいて軽くお説教をされるのと、どちらがよろしいのでしょうか?」


 諭すようにじっくりとゆっくりと穏やかな声を響かせる人物に鳥肌がたった。明らかに、出て行っても説教だけじゃ済まさないのは分かりきっているのに、つられて行ってしまいそうになる響きが声の中に含まれている。

 冷静でなければ上手く対処できない声だ。

 ハッとしてキースを見ると、恐怖に支配されかけている目が見えた。その目が私に、もう嫌だ、もう諦めよう、と訴えているのがわかる。だが、ここでその心に従ってしまえば死にはしないが恐らく足の指か、健は切られてしまうだろう。逃げる足という手段と、その精神は粉々に打ち砕かれることは必須だ。

 キースに、目をしっかりと合わせて瞳に力を入れる。そして首を振った。

 キースは理性を恐怖に持っていかれそうになっていたのを、私の目を見てなんとか持ち直したようだ。目を覚ますように瞬かせている。

 私に持たれていた腕を剥がして、今度は温もりを求めるように私の手を握る。そこに男女の意味合いはなく。まるで私に縋り付くように力を込めるだけだった。

 それに応えるように私もキースの手を握りかえす。キースの手は先程より暖かく感じた。

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