第27話
∇∇∇
扉の外に体を滑り込ませると、そこもまた薄暗い通路だった。通路は左右どちらも、なだらかに曲がっているようで通路の先が不明瞭だった。所々に松明が付けられているが、十分な明かりとはなっていなかった。今の場所が洞窟なのは本当のことのようで、天井と壁は土と岩で凸凹としている。
元々が坑道なのか、アジトにするために補強をしたのかはわからないが支柱などが見える。
後ろを振り返ると少しだけ考え込んでいるキースが見える。大丈夫か声をかけると心臓あたりを握りしめながらも、何かを決意しているようだった。
まぁとりあえず余計なことをしないのであれば、なんでもいい。
さて、と左右を見る。道はどちらにも続いていた。
司書さんがいうには右に出口があるようなことを言っていたが、本当かどうかは怪しい限りだ。
「とりあえず、左に行ってみようか。ね、キース」
「え? でも出口は右じゃないの?」
「司書さんが本当のことを言っているかどうかは怪しいし、逆に左に行くことを前提にした罠だとしても何か得るものがあるかもしれないし。まぁ、行ってみよう」
キースは迷いを顔に出しつつ、コクリと頷いた。
「……分かった」
不安げなキースを後ろに引き連れながらも、足音を出さないようにゆっくりと歩く。なだらかに曲がる通路を歩くと、ゆっくりと先の光景が見え始めた。
そこに人の気配を感じて壁に身を寄せる。キースも気が付いたようで、同じように壁に身を寄せながら口を緊張で引き結んでいる。
通路の向こうからは誰かが会話をしているような声がかすかに聞こえる。しかし何かに遮られているようで、何を話しているのかは全く分からない。
壁に背をつけながらも慎重に顔を覗かせるが、そこには誰もおらず扉が二つ並んでいた。その一つ、手前の扉からは先ほどから聞こえている不明瞭な声が溢れている。キースに合図をしてそっと壁を離れると慎重にそこの近くへ、何かあったらすぐに逃げられる距離を保って、向かうと聞き耳を立てた。
どうやら男二人が話をしているようだった。司書さんの話が本当だとすると、もう一人仲間がいるはずだ。中に居てただ黙っているだけなのか、それとも他の場所にいるのか。それは分からない。
扉の中から低い声が聞こえる。
「しっかし、こんな簡単な仕事でたんまり金がもらえるとは思わなかったですわぁー。お仕事斡旋してくれて、ありがとうございますぅ」
一人は媚びるような声を出している。
「いやー、こちらこそ助かりますよ。さすがに二人だけだとできることもできませんから」
もう一人は落ち着いた低い声で喋っている。
「そうですねぇー。一人だけを攫うならまだしも、四人でしたっけ?」
「いえいえ。一人増えたようで、五人ですよ」
「はぁー。さすがですねー、もう一人攫う事ができるとは! それに一人は、あの有名なルフォス家の天才ですよね?」
媚びる声が出した名前に横にいるキースがビクリと肩を震わせる。
「えぇ、そうです。あの人から必要なのは力もですが、あの天才の頭脳が一番大事ですからね。他の者はただの土台ですよ」
「ははぁー、そうなのでございますか。あの余分に増えた一人もそうなので?」
『余分に増えた一人』というのは私のことだろう。……『余分』って……。
心に小さな棘が刺さったような気がして、軽く胸の辺りをさすった。
「そうですねー。増えた一人って、ウェストル家の娘さんらしいんですけどねー」
「ははぁ、あのウェストル家の……。特に噂なんて聞きませんがねー? 何かあるんですか?」
「いやぁ、今の所は未知数とだけ言っておきましょうか。公爵家ですし、何か持っているかもしれませんよね」
『公爵家だから何か持っているかもしれない』という言葉にピクリと自分の顔が動くのを感じた。
……もしかすると、情報が漏れているのかもしれない。
大変だ。ジェームズさんに相談に行かないといけないなー。でもあの商会に行くのは何かと精神が疲れる。
行かないといけないけど行きたくない、という思いを胸の中に隠しながらも話を聞き続ける。
「引き渡しは明後日ですよねぇ。それまで、アスウェント家にここが嗅ぎつけられなければいいですねー。あいつら、公爵家を攫った時点で奴らの足取りをたどっているはずですからねぇ。一緒にいなくなったお連れさんのことも、きっと把握しているはず……。明後日まで見つからないように場所を移し替えないと、ですねぇ」
「あぁ、そうですね。明日には場所を移して、明後日またここに戻って来ましょう。あの通路を使えば引き渡し場まですぐです」
「そうなると、また攫った奴らを気絶させないといけませんねぇ」
前みたいに暴れないといいですねぇ、と媚びる声がため息を吐くように溢す。その声にそうですねぇ、と落ち着いた声が答えた。
「もうすぐで、今日の飯を攫った奴らに食べさせて二人が戻ってくる頃ですかね。戻って来たら俺らは見張りに出ますので、お二人はお休みください」
「いやぁ、悪いですね。私の方はそうさせていただきます。でも多分ディーのやつは起きていると思いますよ?」
「ディーさんですか……。あの人ずっと無表情だから、ちょっと気まずいんですよぉー」
ため息を吐くような気配が扉の向こうから聞こえる。
今話されている『ディー』というのは、多分司書さんの名前の『ディライラユーニン』からきているのだろう。……本当の名前かは分からないが。
そうすると、この穏やかそうな声の人と司書さんは多分仲間だ。
ということは、司書さんとこの穏やかな声の人は元々二人組だったのかもしれない。それか今はただ他の人と別れているだけなのか……。それは直接聞かなければ分からないだろう。
あとの二人は、後から雇った人達のようだ。傭兵なのか、それともただのゴロツキなのか、それともプロなのか。まぁ、どちらにしろきっと深い事情は知らないだろう。
もういいか、とその場を離れようとした時、突然奥の部屋の扉が開いた。扉の中から初めに見えたのは、ガタイのいい男の半身。顔はまだ扉の中にある。
「うしっ! 大人しくしてろよー」
男は中の人物……いや、多分人物達だろう……に声をかけている。驚いて思わず固まってしまいそうになるが、なんとかキースに急いで走るように促す。驚いて固まっていたキースはハッとしたように走り出す。
私も後に続いて走り出そうとした時、男が扉から出て顔をこちらに向けた。思いっきりその人と目が合う。男は目と口を開き、固まる。私はそのまま目をそらすとキースの背中を追い走り出した。すぐに背後から男の声が上がった。
「お、おい、おいおいおい! おいいいいい!! ちょっ! 待てえええ! おい、グース! なんかちびっ子二人逃げてるぞおおお!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます