第26話
∇∇∇
キースは扉の外へと華奢な背中を追う。
その背中は、一見すると頼りにならなそうなのにずっとキースを助け、精神を支えているのはその背中だ。
背中の持ち主は怖いくらいに冷静。頭の回転を止めている様子は全くといっていいほど無い。
しかし真逆にキースは自分の心臓が、未だにビクついている様に動くのを止めことができていなかった。
司書さんの事と先ほどの様子がキースの頭を繰り返し巡っていた。
キースには、司書さんは出会った当初から優しくて美術と本と夫が好きな普通の人の様に見えていた。それがキースとレイラを攫い。ましてやそれに一切の罪悪感を見せる事なく、微笑みすら浮かべてキースたちに話しかけていた。
それよりもその後が衝撃的だったと、キースは思わずにはいられなかった。
レイラの見た目というのは、華奢で女の子らしい体系と、表情はぎこちないところがあるが可愛らしさと美しさの間を揺蕩うような顔つきをしている。瞳は薄青と藍との間の深い色。髪は黒に近い藍色だ。
性格はキースが今知っている時点で、しっかりしている様に見えるが意外と面倒くさがりで人に強い警戒心を抱いている。それに笑うときは殆どが苦笑いや人と角を立てないために浮かべるものが多い。でもたまに自然に笑うことがある。
それが、あの司書さんを拘束術とやらで捕らえ、あまつさえ刺そうとしていた。それには躊躇いの表情の一つも見せることは無いように、キースには見えていた。
確かに今は非常事態だ。感情に振り回される様な時間はないことは、キースにも分かっていた。
だからキースは拘束するときにも邪魔をしない様に脇に避けていたし、司書さんから話を聞き出すときも多少手荒な事……例えば、頰を張ったりすることは黙認しようとしていた。なのに、その予想をレイラは
レイラがナイフを司書さんに突き刺そうとしたときに、止めようとしなければどうなっていたか……。キースは頭に横切る赤に、ぞっと腕の鳥肌が立つのを感じた。
そして司書さんが気絶した時は、本当に死んだかとキースは錯覚してしまった。それは司書さんの様子からではなく、レイラの様子から錯覚していた。
レイラはナイフを刺す時、動揺や躊躇いを見せてはいなかった。
あの時。
レイラが首を絞めていた時も、キースはレイラの表情からその二つのどれも見つけることができなかったから、焦ったのだ。キースは咄嗟に声を上げていた。
そしてレイラの顔を見たとき、キースはまた口を閉じてしまった。それはレイラから『無』を読み取ったからだった。
いや正確には、レイラはもう腕の中にいる司書さんに一切の興味を示してはいなかった。もう先の事に目を向けていた。
あの瞳の薄青は暗さのせいで藍色にも黒にも見えて揺らめいていた。その中にはなんの思いが詰まっているのか、それとも何もないのか。付き合いの短すぎるキースには何も感じ取ることはできなかった。
レイラは何者なのか。
公爵家の娘であることは明白だが、そうではない。
その中身が、キースにはさっぱり分からなかった。それは時間と共に分かるものなのか、そうでないのか。それは正に神のみぞ知る、というものだが、キースは今の時点で信じられるのはレイラだけだった。
この状況で天才と言われているキース自身の頭はなんの役には立たなかった。モノの仕組みを理解し、飲み込み、先を探り、正解を見つける。それをキースは得意としていた。
今この時必要なのは、状況を冷静に理解し、分析し、なにをどうするかを考え、決断する事ができる頭だ。それがレイラはできている。キースの近くにいる人で言えば、ヒューバレルが一番その頭に近いだろう。
何もできないキースが今できることは、レイラの足を引っ張らず、レイラが人を無闇に傷つける様な事になるときは止める事だ。
ふ、と前を行く薄青が振り向いた。
「キース? 大丈夫?」
自分の頭の中で少し考え事をしていたキースにレイラが抑えた声をかける。
「……うん、大丈夫」
未だに収まらない動悸に、胸元を握りしめながらもキースは頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます