第25話

 早速猿轡を取る。司書さんは黙ったままだ。


「では、私が質問しますので答えてくださいね」


 私の問いにまた躊躇ってから微かに司書さんが頷く。


「では、最初に仲間の人数は?」


「……三」


 消え入るような、唸るような声で司書さんが呟く。


「なるほど、あなたを合わせて四人ですか……。では、ほかに攫った人は?」


 司書さんの片眉が微かに動く。そのまま口元を引き結んだ。


「……」


 黙ったままの司書さんだが、その微かな表情は口より勤勉に物を語っている。

 私はなるほど、と口の中で呟いた。


「その様子ではいるみたいですね。……分かりました。その事については話したくは無さそうですので、違う話を。ここはどこです?」


「……スルヘイユ山脈」


 スルヘイユ山脈、か。と言うことは、ここは西の隣国バルスエルとの国境になっている山脈にいるということだ。

 スルヘイユ山脈の山々は北から尾骨シュコック背骨ヴヴナ頭蓋骨ライラクと呼ばれている。この山々は王都から約四時間強の距離にある。

 かくいう私の家と領地もスルヘイユ山脈の尾骨シュコックの手前に位置している。その近くであれば、よく散策などしていて私の庭とも言えるほどに歩き回っている。

 よく知っているからこそ分かる。あそこは人が隠れる事はできない。なにせ私達が度々出入りしていて見回っているし、レーニゲン様の湖も近くにある。侵入者がいれば分からないはずがない。

 ならば頭蓋骨ライラクか、背骨ヴヴナのあたりにいるはずだ。


頭蓋骨ライラクですか? それとも背骨ヴヴナ?」


 そう聞くと司書さんは疑問を浮かべた顔で私を見返した。


「なぜ、尾骨シュコックではないと……」


「んー、そんなの勘ですよ。で、どちらです?」


 本当のことは言えない。煙に巻かせてもらう。


「……背骨ヴヴナの洞窟」


 背骨ヴヴナの洞窟の中か。だから、ここの部屋に窓もないのだろう。


「分かりました。では洞窟の出入り口はどこに、幾つありますか?」


「……この部屋を出て右に真っ直ぐに一つと、その途中の二股を左に一つ」


 司書さんの顔は不自然なほどに無を突き通している。……普通に怪しい。まぁ、司書さんがすべて本当のことを言っているとは限らないのは分かっていたことだ。


「分かりました」


 大体聞くことは聞いた。司書さんに用はもう無い。

 口に再び猿轡を噛ませる。そのまま司書さんの後ろに回り込んだ。

 その時にこちらを見ているだけだったキースと目が合った。

 キースは私が司書さんを刺そうとしたことを、まだ納得しきれていないようだったが黙って見ている。下手に手を出して、余計なことをしないでくれるのはとてもありがたい。


「では司書さん、ありがとうございました。多分また会う事になるでしょう。その時は、またよろしくお願いします」


 司書さんの細い首にがっしりと片腕を回しもう片方で固定すると、司書さんの体がビクリと震える。

 力をグッといれると、司書さんの足が暴れ出す。腕から抜けようともがく。流石に無表情を保ちきれなかったようで、苦しそうな表情をしている。猿轡のせいでくぐもった呻き声がそこから漏れる。


「ちょ、レイラ!?」


 驚いたように声をかけるのは、横で見ているキースだ。

 私は腕の力を緩めずにキースに目を向ける。


「何? キース」


 未だに司書さんはもがいている。

 ……なかなかしぶとい。

 しかしそれも徐々に抵抗が弱くなり、やっと司書さんの意識が落ちる。司書さんの体の力が一気に抜けていった。それを確認して腕を外す。

 それに声もなくキースが凝視している。


「何?」


 もう一度キースに声をかけると、キースがハッと意識を取り戻した。そして慌てたようにこちらに駆け寄る。


「司書さんを殺したの!?」


 キースは、司書さんの肩に手を掛け揺さぶろうとした。それを手で押さえて止める。

 キースの手は冷たかった。キースは止めた私を信じられないとでも言うように見る。

 私は首を振った。


「死んで無いよ。気絶してるだけ」


 そう言うとキースがホッと息をついた。そして力が抜けたように腕から力が抜ける。


「な、なんだー。びっくりしたー」


「とにかく落ち着いて、ね?」


 キースは自分の心臓のあたりを右手でギュッと握りしめて深呼吸をした。


「うん。……うん、大丈夫。大丈夫になったよ。……これからどうする?」


 とりあえず表面上は落ち着いたようだ。どうかそのまま落ち着いていてほしい。


「ここから出よう。きっとなんとかなるよ」


「……分かった。行こう」


 頷いたキースはしっかりと私と目線を合わせる。私はその濃い黄を見つめ返す。

 そのまま扉に歩いて行く、慎重に扉を開けて見張りがいないことを確かめると後ろについて来ているキースと共に外へと体を滑り込ませた。

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