第17話
∇∇∇
ふぅ、と息を吐く。
素晴らしい、の一言に尽きる作品たちだった。まだ何度でも見たいが、もうかなりの時間が経ってしまっている様だ、キースも待っているに違いない。
もう三時くらいだろうか。帰りにキースと甘いものでも食べてから帰ろうかな……。
司書さんに声をかけようとカウンターの方を見ると、そこに司書さんは居なかった。
周りを見渡すが室内にいない様だ。目に前にある『狼と羊』を手に取ると、カウンターにいる違う司書の元に向かった。
「すみません、司書さん……じゃなくて、レイロさんはどこに?」
「あ、今ちょっと用事ができた様でして……下に行きました。読み終わったので?」
「あ、えぇ。返却します」
「はい、お預かりします」
本を預けると、とりあえず一階のカウンターを目指して下に降りて行く。二階から一階へ行く階段に差し掛かった時、私を呼ぶ声がした。
「レイラさん! 読み終わったのですね!」
司書さんだった。こちらに足早に来ると、申し訳なさそうに眉根を下げる。
「すみません、一度下に降りないと出来ない仕事がありまして……」
「あ、全然大丈夫ですよ。ところで、キース見てませんか?」
どこかで寝ているか、難しい本を黙々と読んでいるのだろうと思いながらも気掛かりだったキースの行方を聞く。
「あ、丁度そのことを伝えようと戻るところだったんですよ。ルフォス様は今、仮眠室におりますよ。レイラさんが読み終わったら、伝えてくれとルフォス様が仰ってましたよ」
やっぱり寝ていたか……。
司書さんの話に、苦笑いを返す。案内してくれる様に頼むと、「はい!」と快く承諾してくれた。
司書さんに着いて行く。どうやら仮眠室は丁度この二階の奥にある様で、そのまま突き進んで行く。
すると、ある扉の前に着いた。普通の大きさの扉で、目立たない程度の装飾が施されている。先程大きな扉を見たせいか、普通の大きさなのに随分と小さく感じる。
司書さんが扉を二回軽く叩くと、中の空気が動いた。
「はーい。どうぞー」
キースののんびりとした声がする。司書さんが扉を開いて私を先に入れてくれた。
中に入ると、シングルのベッドが二つに、背の低いテーブルが一つとソファーが二つ向かい合わせに置いてある。壁は落ち着いたクリーム色に、それに合わせた調度品が部屋の中にある。違う部屋に続いているのか、入ってきたものとは違う扉も見える。
キースはそのソファーに座って、何か本を読んでいた様で分厚い本がその手に乗っている。ベットでグッスリと寝ていると思っていたが、そうではなかったらしい。
「やぁ、もう終わったのー?」
キースが私に声をかけながら、向かいの席を進める。
勧められるがまま私は席に座ると、うん、と答える。司書さんが気を使って紅茶を入れますと言って、止める間もなく隣の部屋に続く扉を開けて行ってしまった。
「いいのかな」
ポツリと呟くと、キースが大丈夫だよと言ってくれた。
「大体いつも入れてくれるんだー。館内は飲食禁止なんだけど、ここには本はないからね、紅茶とか入れてくれるよー」
のんびりと言うキースだが、その手には先ほどの分厚い本が握られている。
「ん? その本は大丈夫なの?」
聞くと、キースはのんびりと頷いた。
「これは、僕のだから大丈夫ー」
「あ、そうなんだ」
納得して頷く。
すると隣の部屋の扉が開いて、司書さんがワゴンにティーカップとポットを乗せて入ってきた。
「お待たせしました!」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ! お茶を入れるのは私の趣味ですから!」
司書さんはにこやかにそう言うと、次々にティーカップを机に置いて紅茶を淹れてくれる。赤茶色の紅茶がカップに注ぎ込まれると、ふわりと優しいいい匂いが部屋を満たした。だが、少しだけ匂いが強い。
「いい匂いですね。イーダン茶ですか……」
イーダン茶は、強めの香りと味が特徴的だ。
司書さんは淹れ終えると、ごゆっくりどうぞと言って出て行ってしまった。まぁ、仕方がない。仕事もあるだろうし。
とりあず、カップを持ち上げ一口口に含んで飲み込む。
「うん、美味しい」
「そうだねー。司書さんは、紅茶入れるの上手なんだよー……。ん……? あ、これ……まずい……」
私と同じ様に口に含んだキースがゆっくりと傾いて行く。
あ、れ? これ……な、んだ?
また、キースの、姿勢が、戻って、いく……。いや、これ、は、わ、たしが、傾いて、る?
そして私の視界が完全に暗闇に飲まれる直前、クスクスと笑う声が聞こえた気がした。
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