第16話
「それにしても、驚きました。レイラさんが、あの六公爵家のウェストル家のご令嬢だったなんて……」
司書さんはカウンター裏から出てくると、私を何処かへと促す。それに素直に着いて行く。
「えーと、まぁ、そうですね。そう見えないですかね?」
「いえいえ! そう言うわけではなくてですね! こう、なんと言いますか……威張っていないと言いますか……」
説明しづらいのか口をモゴモゴさせている。その言葉を聞きながら、なんとなく言いたいことを察した。
あー、つまりは……
「威厳がなくて、貴族らしく無いと……」
そうまとめた事を言うと、え!? と司書さんが慌てて私の方を見る。
「そっ!? そそそそ! そういうことが言いたいわけでは!!! ごめんなさい!! すみません!!」
青くなった司書さんは、ズザザザと後ろに下がると頭を何回も上げ下げする。それに慌てたのは私の方だ。
「ちょ!? 司書さん、やめてください! 別に責めてるわけじゃありませんって!」
司書さんになんとか顔を上げさせると、恐る恐る私を見返す。
「レイラさん、本当にすみません……。うまい言葉が見つからなくて……」
あ、結局肯定しちゃうんだ……。気づいていない様なので、放っておくことにしておいた。
そのまま、階段を上がり三階まで行くと大きな扉の前に着いた。身長の倍以上ありそうだ。
「あ、ここです。ちょっと待ってくださいね」
司書さんは、扉に一歩近づくと首から下げていたカードを持ち掲げた。するとカードが一瞬光を発し、ガコッと重い音がして扉の鍵が解除された。ゆっくりと大きな扉が静かに開く。ふわりと本の香りが漂った。
司書さんが歩を進める。私も本の香りに誘われる様に、扉を潜っていった。
「おぉ……。ここも素晴らしいですね……」
一般に公開しているところとは違い、たまにショーケースに入っている本が目に付いた。厳重に管理しているのだろう。
歩きながら司書さんが説明してくれている事によると、ショーケースの中は日光による日焼けと、空気による痛みを減らすため特殊なガラスを使い中はほとんど真空になっているらしい。
「あ、こちらですね」
そう言って、司書さんが足を止めた。そこは一つのショーケースの前で、中には三冊の本が鎮座している。その表紙はこの国……いや、世界の誰もが知っていると言っても過言ではない。かの偉大な画家、ディルベル・レコーインが作画をした三冊の絵本『セイユの心』『ナミー』『狼と羊』。美しい表紙とそれに埋もれない美しい文字のレタリング。
心が震える様な心地がした。
複製版では見れないディルベル自身の特殊な筆使い。その一つ一つが計算尽くされていて、見るものに圧倒的な世界観を見せつける。
賞賛の言葉は形になる事なく、息だけが喉から滑り落ちてしまう。
「はぁー……」
隣の司書さんも、同じ様な反応をしている。やはり本当に美しいものには、安い賞賛の言葉などかえって野暮だ。
しばらくして、はっ! と司書さんが意識を取り戻す。
「す、すみません! 今ケースから出しますね!」
「あ、そんなに急がなくても大丈夫ですから」
慌てる司書さんを宥める様に声をかける。本を落とされでもしたら大変だ。
司書さんは懐から出した薄めの白い手袋をはめると、先ほども出したカードをショーケースにかざす。また、カードが光るとショーケースのガラスが浮いた。プシュッと空気が真空に入り込む音がして、ガラスが消えた。
「では、一冊ずつ閲覧スペースにお持ちします。どちらから読みますか?」
『セイユの心』はある少年と精霊の物語。『ナミー』は雨から生まれた女の子の話。『狼と羊』は狼のお腹の中に入ってしまった羊の話。どれも内容が深く、とても面白い。
とりあえず、最初に『セイユの心』から読もう。
司書さんにそう告げる。司書さんは緊張した様に了承すると、本にそっと手をかけた。そして持ち上げる。
正直言って少しヒヤリとした。
「では、こちらへ」
本を落とさぬ様に慎重に司書さんが私を先導する。私も幾分かハラハラしながら後を着いて行った。
「ディルベル・レコーインが世を去って二十年ですね……。惜しい人を亡くしました」
唐突に司書さんが言った言葉に、特に驚くこともなく私は頷いた。
「そうですね……。私は生まれていませんでしたから、本当に残念です。確か、まだ四十三歳だったとか」
「そうですね……。病に倒れてあっという間だったみたいで、最後の未完の絵画『サリーの花』は今トィール美術館にあるんでしたよね?」
そうですね、なんて言葉を交わしながらも閲覧スペースに着く。席の一つ一つにはビロード調の椅子と本を置いて読むため少しだけ斜めに作ってある机がある。そこの席に座ると、司書さんが目の前に本を置いた。
「少しだけお持ちくださいね」
まだ本に手を触れない様にと、言い置くと司書さんが足早に近くにあったカウンターに向かう。カウンターの裏にいるもう一人の司書に声をかけると、自分がはめているのと同じ様な白い手袋を貰う。そして、また足早に戻ってくると手袋を私に差し出した。
「すみません。お待たせしました!」
こちらを嵌めてお読みくださいと言うと、邪魔をしないためかすぐにカウンターへと戻って行こうとしたが、足を止めて振り返った。
「言い忘れてました! 何かあったり、読み終わればカウンターに控えておりますのでお申し付けくださいね」
そして今度こそ、司書さんはカウンターへと戻って行った。
慌ただしさにやっと一段落着いて、息を吐く。さて、と手袋を嵌めると手に違和感なく馴染んだ。
これならば、読書の邪魔をすることなく集中することが出来そうだ。
そして私は、表紙を十分に愛でるとページをめくった。
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