第13話
「……しかし、ほんに残念なことだ。いまだに酒が飲めないとは……。こういうのは、飲み交わすのが良いというのに。まだ成人にはならぬのか?」
少しだけ拗ねた様に言うレーニゲン様に、苦笑いを返す。
「冬を過ぎればすぐですよ。二の月なので、そこまで待つ必要もありません」
「そうか……」
返すレーニゲン様の顔は眉間に少しだけ皺を寄せている。
私は雰囲気を誤魔化す様に盃を傾けると、舌の先が湿る程度の水を流し込む。
「くぅっ……」
慣れた衝撃が喉を通る。思わず声が漏れる。アルコールなど入っていない水だが、濃度の高い魔力が馴染んでいる水だ。この濃度のものを飲むと、普通の人では気絶する。だが、精霊の血が流れている人にとっては高濃度の栄養剤だ。健康にとてもよろしい。畑などに使う水もここから引かれているが、長い距離を行くにつれ魔力は抜けているので全く問題はない。
私が眉間に皺を寄せるのを、微笑ましげに見つめるレーニゲン様が口を開く。
「もう流石に慣れただろう? ここの水には」
「そうですね……。確かに慣れましたが、やはりこの刺激は強烈ですね」
眉をしかめながらも答える。それにレーニゲン様は笑う。彼女の低めの声が心地よく周りに響いた。
「はははっ……。それにはバルベルトも苦労しておったわ」
「はぁ、お爺様が……ですか」
あの厳格なお爺様が……?
いつも顔をしかめて周りを威嚇している様な姿しか見たことがないが、きっと若い頃は慣れずに顔をしかめていたこともあるのだろう……あまり想像できないが……。
「酒を飲み始めたら、気にならなくなったみたいで随分と晴れた顔をしておったぞ」
また想像ができなくて顔をしかめる私を見て、レーニゲン様が笑う。その笑いに納得がいかないまま今日あったことを話していった。学校のこと、出会った人々、設備について。
話終えると、相槌を打ちながらも酒を飲んでいたレーニゲン様が懐かしげに目を細めた。
「そうか……、王都か……。
「えぇ、今も眠りについている様です」
『姉様』と言うのは精霊女王と呼ばれているレーニゲン様の双子の姉である。
世間一般では、精霊の『女王』と言うのは一人のことしか指さない。それはレーニゲン様の姉である女王だ。
かの女王は、炎・風・水・土・光の全てを統べる。レーニゲン様はどうしても他の属性とは混ざることができない、闇の属性を治めている。彼女達双子の姉妹は、仲が良かったと昔レーニゲン様にお会いした時によく聞かされた記憶がある。レーニゲン様の存在は公爵家当主たちと、王家しか知らない。本当は当時の賢王はレーニゲン様の存在を明かすつもりだったが、レーニゲン様自身が止めたそうだ。
彼女自身が言うには『姉様の様に信仰されるのだろう? それは
私達ウェストルは闇の精霊から血を受けたため、闇の精霊には恩義を感じていたし、初代はレーニゲン様に命を助けられたとのこと。また賢王と、かの女王からも頼まれたためレーニゲン様の存在を隠し、レーニゲン様に子々孫々寄り添っていくためにレーニゲン様の守り人となった。それが歴代のウェストル家の役目の一つとなっている。私達が『山のウェストル』なんて呼ばれているのは、山岳戦で活躍をしたためでもあるが、本当の意味を知る者にとっては『山にいらっしゃる精霊女王の双子女王の守護者』の意味を持つ。
そしてかの女王は昔、賢王が亡くなった時に悲しみのあまりなのか、眠りについたと言い伝られている。そのお体は王都のどこかにに隠され、精霊達が今も守り続けている。
「
クシャリと苦しげに顔を顰めさせるが、すぐにレーニゲン様は感情をなだめさせた。それに何も言うことができなくて盃の水を口に含む。ビリッとまた衝撃が鈍く喉を襲った。
少しの間、黙ったままレーニゲン様が酒を吞み下す音が続いた。私も彼女の盃が空になる度に酒を注いでいった。
そしてレーニゲン様が思い出したかの様に、あ、と声を漏らした。
「そういえば……王都に『奴ら』もおるのだろう? ……会ったのか?」
『奴ら』と言うのは、私達が知る二人の人物を指す言葉だ。
彼らの事が頭をよぎり、思わず眉間に皺を寄せる。
「……両親には会っておりません。彼らは王城におりますから、簡単に出入は出来ないのです。年に一度は申請を出して会いに行ってはおりますが……」
私の答えに、そうか……と複雑そうにレーニゲン様も顔を顰めさせた。
「全く、あの阿呆共は……。いや、もうこの話はよそう。場の空気が淀むわ」
何かを払う様に手を振ると、レーニゲン様は私と昔話を始める。……昔話を始めると言うことは、そろそろ酔いが回っている様だ……。いよいよ面倒臭くなる時間だ。レーニゲン様の呂律がどんどん怪しくなっていく。
はぁ、と気づかれない程度にため息をついた。
「そもそもなぁ! あの、アルベルン? いや、アルドリア?」
「賢王アルベルトです、レーニゲン様」
「そうだ! それだ! あのアルベルトとか言う、あやつはなぁ! 会った当初から嫌な予感がしていたのだ! そう! 姉様を奪われるというな!! 予感がして一秒後に姉様が愛子に認定しておったわ!」
同じ話を何度も聞かされているが、相変わらず拗ねている様だ。またまたグイッと盃を傾け、私に突き出した。
「ほれレイラよ、注げ。まだまだ足らぬぞお!」
「はいはい」
とくりとくりと酒を注ぐと今度はちびりちびりと飲みだす。一口飲むごとに愚痴がその赤い唇から溢れ出す。だが、レーニゲン様の美しさは変わらない。何故なのかいつも不思議だ。こんなに荒れているのに……。
「賢王なんて言われておるがなぁ! あやつは! ただの阿呆だぞ!? 猪突猛進で考えなし、ソルゲアの若造がいなければ国など到底収めることなど!」
小馬鹿にした様にふっと鼻で笑うと、またちびりと盃を傾ける。
「ほんに、なぜ姉様は……。自分の子など精霊たちがおると言うのに……それに話し相手なれば、此方がおると言うのに……」
ブツブツと呟くレーニゲン様の顔は幾分か膨れている。
レーニゲン様の言葉に適当に相槌を打ちつつも、私もチビチビと盃を傾ける。
「レイラよ! 聞いておるのか!?」
「えぇ、もちろん聞いておりますとも」
「そうか! そもそもな……」
時々荒ぶるレーニゲン様をなだめつつも、自分の盃を傾けているといつの間にか最後の一口となっていた。それを飲み干すと、きゅうっと喉が閉まる。
未だずっと話していたレーニゲン様が、それに気がつき不機嫌そうな顔をする。
「もう、終わりか……。主も、はよ酒が飲める様になれ。此方一人ではつまらん」
「そうですね……。私も早く酒が飲みたいものです」
そうすれば、お互い酔っていて面倒など感じないだろう……と思う。
「それでは、私はこれで……」
「あぁ、子供達。主達の兄姉とレイラを送っておやり」
レーニゲン様が声を掛けると、今ままで邪魔をしない様に隠れていたのか何処からともなく小さな暗い光達が私の方へと向かってくる。「きゃー!」と嬉しそうな悲鳴まで聞こえる。
レーニゲン様はその悲鳴にふふと笑うと、私の後ろに控えていたクィール達に声を掛けた。
「それに、クィール、トエイラ、セイル、ノーラ……レイラを頼むぞ」
「「「「はい! お任せを!」」」」
ビシリと姿勢を正しながら返事をする四人、こういう時はクィールも声を張っている。
その姿を目にしつつも、机を片付けランタンを手に私は立ち上がった。
「ではレーニゲン様、御前を失礼致します。また明日に同じ時間でお会いいたしましょう」
礼をするとレーニゲン様は手を振って答えた。私はレーニゲン様に背を向けると周りをふわりふわり漂う精霊達とともに屋敷へと戻っていった。
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