第7話

 席に座ると目の前にいつのまにかお盆とカトラリーが置かれている。後についてきていたお皿たちも、ゆっくりとお盆へと降りていく。


「おぉ……」


 その光景に思わず声が漏れてしまった。


「はは! やはり新入りにはこの光景は珍しいもんだよな!」


「そうですね。こんなの今まで、見たことがありません」


 目の前のお盆をチョンチョンとつついてみる。……綺麗な木目のお盆だ。


「とりあず、食べよう。精霊に感謝を!」


 ヒューバレルが精霊に感謝を捧げると、私たちも同じように呟いた。


『精霊に感謝を』


 最初にスープに手をつける。スプーンを皿に潜り込ませるとスープを掬い上げる。琥珀の液体が揺らめいた。

 スプーンの上に乗った琥珀色の液体をコクリと飲み込むと、じんわりお腹が温まった。

 ……美味しい。

 色々な野菜の成分が溶け込んでいる深い味がする。二口三口と運ぶとさらに美味しさがじんわりと口の中に広がった。


「うーん、美味しそうに食べるねー。どう? 俺の勧めたスープ、美味しいでしょ?」


 ヒューバレルが聞いてくる。もちろん、と全力で肯定して首を縦に振った。


「すごく美味しいよ、これ」


「でしょー? ここの料理の材料はね、俺の家から仕入れているんだ。安心安全はもちろん、味も保証しますよー。産地はもちろんアスウェント領だから、領主からの保証ももちろんつきますよ」


 御宅の家にもいかがですか? 配達も可能ですよー、とウィンクと共に接客スマイルで勧めてくるヒューバレル。

 

「材料もそうかもしれませんが、やはり料理人の腕にかかっていると思いますよ」


 センドリックがもっともなことを言う。

 香ばしく焼けた肉にも手をつけながら、センドリックの言葉に頷いた。


「まあ、そうだよね。というか、うちにもちゃんと農業やってるところがあるから別にいらないや」


 そう言えば、そう、とあっさりヒューバレルは引いた。


「あ、でも何か足りない時は言えばいいよ。ほとんど売ってるよ」


 なんでも、ね。

 確かにそうだ。まぁ、アスウェント家はそれほど大きな商会を経営しているからな……。


「うん、何かあったら頼るよ。あ、そういえばさっき言ってた馬車に使うやつ、全部買うね」


 さっき言っていた商品、使えそうと思ったんだった。今のうちに注文しておこう。


「お! 毎度あり! 数は……まぁ、ほとんど毎日使うことになりそうだから一年分の十個ずつでどう? 割引するよー。銀貨五十枚でどう?」


「わかった」


「じゃあ、帰りまでには用意しておくから。代金もその時でいいよ」


「わかった。じゃあ、門で待ってる」


 商談が成立すると、今で食べることに集中していたアレク先輩が口の周りを拭いて口を開いた。


「ヒューのところの商品は、いいやつばかりだからな! 買って損はないぜ」


「それは、僕も思う。ネーミングは最悪だけど」


 いつのまにかデザートに移っていたキースが、褒めているのか貶してのかわからないことを言う。


「ウェストルは、入ったばっかりだからここの噂とか知らないよな」


 アレク先輩がニヤリと意地悪そうな顔をして言った。


「噂ですか? この食堂の噂ならさっき聞きましたけど」


「いやいや、食堂の噂じゃなくてこの学校の……怪談」


 え? 怪談?

 先輩の落とした声に野菜炒めをはぐりと口の中に押し込みつつ聞く。


「怪談、ですか……」


「あるんだな、これが……。この学校が、建ってからもう百九十年なんだが……まあこれが本当に色々な怪談があってなー」


 百九十年か……。賢王が王位を継いで十年、何かと安定し始めた頃に王妃が教育の充実を図ろうとして建てたんだっけ。

 さすがに、長い歴史があるだけあって建築物もかなり年季が入っている。老朽化しているわけではないが、今までここで学んできた人たちや教えていた人たちの匂いや気配が漂っている。そこの柱一つ、壁一つに何か歴史がありそうだ。

 まあ、それで怪談と言われれば、そりゃあるだろうとうなずきたくもなる。


「まあ、一番有名なのがこの食堂の怪談だな。さっき噂を聞いたらしいが、その中の食べ終わったものが消えるのはここの魔法陣が食べているというのは聞いたか?」


 あー、さっきセンドリックが言っていたな。

 コクリと頷く。


「実はそれには続きがあってな……、ここの食堂にちょうど夕暮れ時に来ていつもと同じような手順で食事をとると……」


 先輩がぐっと声音を下げて不気味にひそりひそりと囁く。


「……ここの魔法陣に自分も食われる! て、言う怪談がある」


 急に上げた声に思わず体がビクリと跳ねた。

 先輩がその反応に、満足そうにうなずきながらも他の怪談を口にだす。


「あとは……そうだな。一日に一度だけ現れる扉に入ってしまうと一生出られないとか」


「開かずの扉に、ある言葉をかけると呪われるとかー」


 クリームを口の端につけながらキースも口を開く。


「学校の裏の花壇を荒らしたり貶したりすると三日三晩悪夢を見て死ぬとかもありましたね」


 センドリックが食べ終え、口の端を拭きながら思い出したように言った。

 知ってる知ってると、ヒューバレルも同意しながら口を開く。


「トイレにも怪談あるよねー。女子トイレにある個室があって夜中に女の子が泣いてる声がするんだって、それで覗くと誰もいないっていうやつとか」


 あー、トイレかー。薄暗いもんな……。

 薄暗いトイレの風景を思い出して、納得してしまう。

 確かにあれは出るわ……。何か出るような雰囲気あるわ……。


「あ、でも安心して! レイラのことは俺が守るから!」


 また気障ったらしく手を取ってこようとするヒューバレルを、無言でいなしアレク先輩に問いかける。


「でも実害はないんですよね?」


「それがなー、そうでもないみたいで……」


 ちょっと深刻そうにアレク先輩が言う。


「十一年前に本当に消えた人がいたとか。最後の足取りがどうしてもこの学園の、ある壁の前で途切れるんだって話だ。どんなにその壁を調べようとも何も出てこなかったらしいぞ」

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