第8話

「あれ、でもその事件って確かただの誘拐事件じゃありませんでした? 犯人捕まりましたよね」


 いつのまにか用意していた紅茶を飲んで一息ついているセンドリックが言う。

 あの事件か……。大変な事件だったらしい。前代未聞のことだったため大々的に報道されていた。当時私は六歳だったこともあり、よくはわからなかった。……てか、どれどころじゃなかったしね。

 女生徒を以前からストーカーしていたっていう人が拉致したらしいが、事件は女生徒を取り戻し無事解決したという。

 さらりと事実を言うセンドリックをアレク先輩が睨む。


「しらけること言うなよー。まあ、でも実際誘拐されてる人はいたけどその他にも減ってるんだとよ! 人が入学当時と卒業で人数が違うってんだよ! 一人二人くらい。それで誰も気づかないっていう……。怖いだろ?」


 同意を求めてくる先輩に、思わずうんくさそうな目線を送ってしまう。

 さっきの話からすると、実際にあった事件やらを曲解させて怪談にしているようにしか聞こえてこない。

 くるりとヒューバレルの方に顔を回す。


「で、事実は?」


「あれが事実、だけど」


 いつのまにか持ってきていたコーヒーを片手、にヒューバレルが言葉を途切らせる。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「だけど?」


「そのいなくなった人たちは家庭の事情で通えなくなってるだけ」


「家庭の事情?」


「そう。例えば金とか、王都から出て行くことになったとか。色々らしいよ。それは、貴族にとっては不名誉なことだからね。周りは暗黙の了解であまり、そのことは話さないんだよ」


「へー。……ってことらしいですよ、先輩」


 もう一度先輩の方に顔を戻すと、残念そうな顔を先輩がしていた。


「なんだよー。お前ら現実、見すぎじゃねーか。もっと夢を見ろよ! でも、最近また誘拐事件が多発しているみたいだから、気をつけろよー……って聞いてねーな……」


 ボソボソと言う先輩には、苦笑いを返しておいた。きっと新入りをビビらせたかったのだろう。

 先輩は、がっくりとうなだれつつ、いつの間にか側に置かれているグラスに入った紅茶のようなものをぐいっと飲み干す。

 紅茶? でも、紅茶にしては色がかなり濃い……ような?


「先輩、その飲み物なんなんですか?」


 疑問に思って聞いてみると、どうやら先輩の家で出しているお茶らしい。

 フィラローガ家は紅茶の産地だ。様々な種類の紅茶とハーブティーを作っている。 


「あーこれは、紅茶の葉みたいに完全に発酵させたものじゃなくて、完全に発酵する前に出したものなんだ。なかなか美味しくてね、お気に入りなんだ」


「俺のところにも卸してもらってるんだよ。あのお茶すっごい苦いのかなって思ってけどなかなか香ばしくてね、美味しいよ」


 へー。飲んでみたいな。


「それって、どうやって頼んだんです?」


 バイキングの中には飲み物はなかった……。

 聞くと、先輩が懐からメモ帳のような小さな紙の束を出した。

 そのメモ帳の一枚を破ると、私に渡してくれた。


「これに、自分の飲みたいものを書いて机の上で紙を二回叩くんだ。そうするといつのまにか届いているっていう仕組みだ」


「へぇ!! すごいですね!」


 お皿やお盆以外にも、そんな仕組みがここにあるとは……。さすが王立だ。

 先輩に茶の名前を聞く。


「これか? 開発地の名前を取ってな、ウーロン茶だ!」


 ウーロン茶か、いい名前だ。

 さらさらと小さな紙に『ウーロン茶』と書くと、机の上でトントンと二回叩いた。

 しばらくすると、音もなく先輩と同じようなグラスに入ったウーロン茶が唐突に机に現れた。

 その代わりに紙が消えている。


「おお……!」


 感動してグラスを掴むと、冷めたグラスの感覚が手のひらに広がる。そのまま、グラスを持ち上げてグイッと一口飲み込む。

 するりと喉を通る、独特の味。香ばしい葉の香りが鼻を通った。コーヒーの後味に近いが、あれよりももっとスッキリしている。

 うん、美味しい……。これは、買おう。

 スッキリするこの味は夏にぴったりだろう。ヒューバレルに注文すると快く半額にしてくれた。


「それにしても先輩、この紙どこから買ったんですか?」


 先輩に注文に使った小さなメモ用紙について聞く。


「これは、売店で売っているからひとつ買っておいたほうがいいぞー」


 ほう、売店なんてものがあるのか。あとでヒューバレルに案内してもらおう。


 ∇∇∇


 先輩たちとは、世間話や学校のことを聞いたりして昼食が終わった。先輩とセンドリックたちは教室へ戻り、やらなくてはいけないことなどをやっておくらしい。キースに関しては眠そうに目をこすっていたこともあり、十中八九寝るために戻ったのだろう。

 まだ、休み時間があるためヒューバレルに売店の案内を頼んだ。「いいよ」と快く了承したヒューバレルと共に売店に向かう。


「それにしても、レイラはなんだか不思議だねー」


 そうしみじみと言うヒューバレルに、こちらが不思議な目線を送ってしまう。


「そう? 私はキースが今の所一番不思議だと思うけど」


「いや、まあ、キースはね……。あいつは元から不思議だけどさ、なんだろうね? レイラの場合は行動が不思議なわけじゃなくて、雰囲気が不思議というか……」


 首をひねりながらヒューバレルが私を見る。

 しかし、そんなこと言われるのは初めてだ。大公様やニールに言われたことなどない。むしろ、二人には「バカだ」と言われることの方が多い気がする。


「そうかな。ヒューバレルも案外不思議なところあるよ」


 そう言われたのがかなり意外だったのか、驚いた表情でヒューバレルがこちらを見た。


「俺が? 不思議? そんなこと言われたの初めてだよ。なになに? どこが?」


 すごく興味を引かれたのか、ヒューバレルがかなりグイグイと聞いてくる。


「そうだな……。いつの間にか人の輪に違和感なく入っていることかな」


 今日、教室の中で授業の区切りにヒューバレルは私にクラスの人を紹介しつつ、話の輪を広げていた。

 自分のクラスだけなのかと思いきや、クラスの移動の時も他のクラスの人に声を掛け、掛けられていた。それは、貴族もごく稀にいる平民にも差はなかった。

 人に警戒心を抱かせない、そんな特技がある男なのかもしれないな。

 ……きっと、妹のマイラちゃんもこの人に似たのだろう。

 頭には、無邪気に店に来た客に声をかける少女が浮かぶ。どんな容姿であれ、どんな格好であれ、あの子も客に話しかけては仲良くお喋りをしていた。

 私など、普段の貴族らしいような格好とは無縁の格好で行っているにも関わらず、それでも無邪気に話しかけてくる様にはいつも感心とともに癒しを感じていた。


 私の一言にヒューバレルが少しだけ瞳を細める。


「へぇー。レイラは人のことをよく見ているね。確かに俺の特技は人との距離を詰めることだけど、それを不思議と言われる日が来るとは」


 感心と他の色を混ぜた瞳が私を見る。

 ……少し、言い過ぎただろうか。

 少しだけ反省していると、ヒューバレルが突然顔を上げる。


「……ん? ちょっと待てよ……。俺、もしかしてクールな、不思議キャラもいけるってこと?」


 真面目な顔で、何を言っているのか。さっきの反省がどこか遠くに吹き飛んで行ってしまった。

 呆れた目でヒューバレルを見ると、こちらを真面目な顔で見返して「どうだろう」と私の意見を聞いて来た。


「無理だと思う。諦めた方がいいよ」


 率直な意見を述べると、ヒューバレルが態とらしくショックを受けたような顔をしてくる。


「そんなこと言わないでよー」


 情けない顔に、思わずクスリと笑みがこぼれ落ちた。

 それを見て、ヒューバレルも顔を緩ませる。


「やっと普通に笑ってくれたねー」


「ん? さっきも笑ってたと思ったけど……」


「いいや、あれは作り笑いだってバレてるよ! 俺にはお見通し!」


 ……作り笑いってわけじゃなかったけどね。

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