第24話 逃走
「包丁から遠縁坂の指紋が出たか・・・」
刑事達は愕然としていた。正直に言えば、ここに居る多くの刑事は由真達の犯行に対して懐疑的だった。
確かに何も考えずに事件を見れば、不審人物が建物に入ったと通報を受けた警察官が建物内で二人と死体を発見した。当然ながら、二人を疑うべきではある。だが、通報を受けて、警察官が現場に到着した時間などを考慮すると二人が殺人を犯すには不都合が多かった。
また、最初の殺人事件で容疑に挙がった白田由真が一緒だった事も刑事達が懐疑的になる要因の一つでもあった。
だが、明らかな物証として、凶器から指紋が出た。これは揺るぎない証拠であった。刑事達は早朝からの取り調べに掛かる為に徹夜での捜査を開始した。
現状では凶器からの指紋と状況証拠のみ。
凶器の入手経路は未だに不明。かなり使い込まれた感じがあるため、遠縁坂と由真の家に対して、家宅捜索を行うために令状が裁判所に要請された。
翌朝、令状を持った捜査員が二人の家に乗り込んだ。すぐに家にある包丁や刃物を全て押収した。それだけじゃなく、二人の私物に対しても押収が行われる。
その頃、二人は昨日と同様に別々の取調室に入れられた。
遠縁坂の前に座る刑事はかなり気合が入った感じだ。
「よう・・・よく眠れたか?」
気遣うように遠縁坂に対して声を掛ける刑事。
「いえ・・・あまり」
遠縁坂の目の下には隈があった。
「そうか・・・それはそうと・・・死体に刺さっていた包丁からお前の指紋が出たぞ」
刑事は遠縁坂の前に包丁の写真を置いた。
「えっ?」
遠縁坂はあまりの事に驚きの声を上げるしか無かった。
「この包丁・・・お前の家の物じゃないな?」
すでに押収された包丁や刃物の類から、凶器となった包丁と一致する物は無く、更に家族からの聞き取りでもこの包丁を見た事がある者は居なかった。
遠縁坂は写真を凝視する。彼自身もそれにあまり見覚えが無かった。
「解りません」
「解りませんか・・・だが、この包丁にはしっかりとお前の指紋が残っている」
「僕・・・だけですか?」
遠縁坂がそう問い掛けるので、刑事は一瞬、考え込む。
「おい・・・これの指紋って、どうなっている?」
別の刑事に問い掛けると彼が慌てて取調室から出ていく。
「確かに・・・この包丁から複数人の判別不能な指紋も検出されていますね」
「複数人?それは家族か?」
刑事は訝し気に尋ねた。それに対して、報告書を見る刑事は顔色を悪くする。
「それが・・・判別がつかないとしか・・・」
「おい・・・その判別のつかない指紋が家族のかどうか確認しないとダメだろ?」
刑事が苛立つように言う。その時、遠縁坂は何かに気付く。
「あ、あの」
遠縁坂が何かを話したそうなのを刑事が気付く。
「なんだ?」
「その包丁・・・もしかして、先月、あった家庭科実習で使った包丁かも」
「家庭科実習?・・・そう言えば、俺も高校生の頃、女子と一緒にやったな」
刑事は写真をよく見た。それは家庭科実習室にあってもおかしくない何の変哲も無い安物包丁だ。いや、むしろ、一般的な家庭の包丁よりも安っぽい。
「すぐに学校の家庭科実習室に捜査員を向かわせろ。いや、鑑識だ。鑑識を向かわせろ」
刑事は怒鳴るように指示を出した。
家庭科実習室に警察が入った。
多分・・・彼等は殺害に使われた包丁がここから奪われた包丁だと気付いたのであろう。だが、それが必ずしも、遠縁坂が犯人では無いという証拠にはならない。何故なら、彼だって、そこから包丁を盗み出す事が可能だからだ。
そうであれば、彼が釈放される見込みは少ないだろう。無論、それは彼が犯人だと断定されるわけでもないので、警察は必死になって、真犯人を探すだろう。
警察だって、彼が犯人では無い事ぐらい、すでに解ってるだろう。だが、それでも安易に容疑者を釈放などは出来ない。それも警察と言う組織である。
由真は釈放された。
容疑不十分。
遠縁坂に比べて、彼女が殺人に関与した証拠はどこにも無い。故に、釈放となった。両親が迎えに来ていた。二人共、とても心配そうにしている。
「ごめんなさい」
由真は二人に頭を下げる。
「本当にこの子は・・・先生も心配で来てくださったのよ」
母親が振り返るとそこには担任の小酒井が立っていた。彼女は無言で頭を下げる。
「先生、すいません」
由真は小酒井にも頭を下げる。
「でも、釈放されて良かった。・・・でも、遠縁坂君はまだなのよね。心配だわ」
「でも、彼も殺人はしていないんです。私達が入った時にはもう・・・」
由真は小酒井にそう告げる。
「解ってるわ。でも、それは警察が調べる事だから。あなたは暫く、休むと良いわ。明日は休みにしておきますから」
小酒井はそう言い残してその場を後にする。
由真は両親に連れられて、家へと戻った。
由真は当然ながら、両親から酷く、説教をされた。だが、そんな事は彼女にとって、どうでも良かった。早々に自室に入り、考え込む。
「誰が・・・遠縁坂君を・・・」
最初から遠縁坂に犯行を擦り付けるつもりだった。だが、本当ならば、あそこには自分だけが行くはずだった。
なぜ、相手は遠縁坂君も一緒に行くと解ったのか?いや、解ったわけじゃない。最初から、連れて行くと予想していた?
だとすれば、自分と遠縁坂君との関係を良く知っている人物?
同じクラスメイトなら普段から、一緒に話をしている事が多い私達の行動を読めるかも知れない。
しかし・・・だとすれば、誰がこんな犯行が出来るのか?
そもそも、殺された生方さんは最初からあそこに監禁されていたのか?警察はあそこを探さなかったのか?
謎が多い。
しかし、解っている事は明らかに犯人はこちらに狙いを定めている。
次のターゲットは・・・私?
今回の事件で遠縁坂は警察に囚われたままだ。
犯人はかなり危険な人物である。家族を皆殺しにする事ぐらいは今井千夏の時に解っている。
「お父さん、お母さん・・・」
ここに自分が居たら両親が殺される。
由真は立ち上がる。そして、中学生の時に林間学校に持って行ったリュックサックを取り出す。その中に着替えなどを詰める。
「武器は・・・武器になる物は・・・」
由真は部屋の中を探す。そんな簡単に武器になりそうな物は見つからない。
「あっ・・・これだ」
由真は机の中から取り出した物を慌てて、リュックサックに詰め込み、静かに部屋を出た。両親に気付かれぬように玄関へと移動して、外に出た。
犯人はきっと、自分を殺しに来る。家に居ないと知れば、両親を殺す事はしないだろう。そう信じるしか無かった。
由真は夕闇に染まる街へと飛び出した。
留置所の中で遠縁坂も犯人について、考えていた。
何故、自分が犯人に仕立てられたのか?
いや・・・これはひょっとして、由真さんと自分を引き離すための謀略なのでは?
考えがグルグルと回り、一つの答えに達した。
「由真さんが危ない」
遠縁坂は慌てて、留置所の監視をしている警察官を呼ぶ。
「すぐに白田由真の身辺警護をして貰えませんか?」
遠縁坂が必死の形相で懇願するが、警察官はただ、困惑するしかなかった。この状況では遠縁坂に出来る事はただ、目の前に立つ警察官に頼むだけだった。
そんな状況が起きているとも知らず、病室のベッドの上ではベテラン刑事も考えていた。遠縁坂達が捕まった時の話は全て、聞いている。
「確かにおかしいな。あの二人を犯人にするには都合が良過ぎる。多分・・・罠だな。誰かが警察をハメようとしている。だが・・・こんな解り易い方法で警察が安易に引っ掛かるとでも思っているのか?いや・・・解ってやっているとすれば・・・何が目的だ?なにが・・・警察への復讐?だとすれば、誰が・・・」
ベテラン刑事は必死に関係者達の事を思い出す。
さて・・・狩りの時間だ。
仕上げは慎重にかつ、大胆にだ。
獲物を仕留めるには充分な準備と冷静な判断、そして勢いが大事だ。
私は・・・最高の楽しみを得て、あの子には最高の絶望を与える。
そして、この事は永遠に消える。
犯罪者・・・白田由真・・・
それが刻まれるべき歴史となる。
私はその刻まれた名前を聞く度に恍惚となるだろう。
さぁ・・・伝説となる時が来たのですよ。
家から得た由真はとにかく家から離れる。
「どこで犯人が見ているの?」
犯人が何処から彼女を監視していたとしても不思議では無かった。
いや、この瞬間、警察、マスコミ。多くの目が彼女を追っている。そうであって欲しいと願った。
容疑者として怪しまれると言う事はそういう事だ。自分は常に誰かに見られている。だからこそ、こうして一人になっても安全だ。容易に命を狙って来る事は難しいはずだ。否、仮に狙われたとしても警察は真犯人の手掛かりを掴む事が出来るはずだ。
もし、自分が死んでも、爪痕を残す事が出来る。
犯人が誰かを特定が出来ないが、だからと言って、このまま、負けるわけにはいかない。必ず、犯人を捕まえる。それが私にしか出来ない事だから。
由真は必死にそう思いながら、夜の街を歩く。
白田由真が家を出た事を確認した。
予定が狂う。
今夜、あの子は両親を殺して、自殺する予定だった。
そうなるべく、準備をしていた。
周辺に張っている警察もマスコミの網も擦り抜けて、私はそれを実行するはずだった。
だが、何を察したのか。彼女は黙って家を出た。
周囲を窺う様子からして、彼女は家人に黙って、家を出たに違いない。
そのせいか、幸か不幸か、他の誰も彼女が家を出たのに動きが無い。
こうなれば、予定を変更して、彼女だけを仕留めるか。
チャンスなどそうは生まれない。
今夜、やるしかない。
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