第23話 病院

 由真はスマホの画面を見る。そこには電話番号の数字が並んでいる。電話帳に登録されていない電話番号だ。一瞬、通話を押すのを躊躇うが、由真は決心して、押してみた。

 「はい・・・」

 由真が返事をする。

 「あぁ・・・白田由真だね?」

 電子音的なおかしな声が聞こえる。それに由真は驚いた。

 「驚かなくて良いよ。これは機械を通した声だ。少し、シャイでね。本当の声を君に聞かれたくないんだ」

 相手は軽い冗談のように答えた。

 「何か・・・用ですか?」

 由真は震える声で尋ねる。

 「あぁ・・・君の近くに遠縁坂が居るよね?」

 「はい」

 「彼には内緒で頼むよ・・・もし、誰かにこの内容を告げた場合・・・君の家族を殺すよ?」

 あまり抑揚のない感じに告げられる脅迫。

 「うっ・・・はい」

 一瞬、驚いたが、由真は言葉を飲み込み、落ち着いて返事をする。

 「ふふふ・・・良いね。じゃあ、今夜11時に松前病院に来て貰えるかしら」

 「松前・・・病院?」

 「あら・・・知らない?央里の駅前商店街にある廃病院あるでしょ?」

 由真は思い出す。確かに商店街の中に古い個人病院があった。主の医者が高齢で辞めた為に、建物が残るだけだったように思う。

 「私を呼び出して・・・殺すつもりですか?」

 由真は不意に不穏な事を尋ねた。当然ながら、その言葉に近くに居た遠縁坂も気付き、驚いた顔になる。

 「おいおい・・・遠縁坂に気付かせるためにそんな事を言うのは・・・反則だな」

 電話口の相手は怒っていると言うより、何故か、笑っているようだと由真は思った。

 「そんなつもりはありませんよ・・・ただ、素直に疑問に思ったので・・・」

 「そうか・・・まぁ・・・構わないけどね。君を殺すつもりは無いよ。君達が探している友達を返却しようかと思ってね」

 その言葉に由真は気付く。

 「生方さんを・・・あなたが誘拐したんですか?」

 「人聞きが悪いな。彼女の意志だよ。色々あってねぇ」

 「彼女は・・・生きているんですか?」

 「疑い深いね・・・何でそんな事を聞くのかい?」

 「あなたが人殺しだからです」

 由真ははっきりと言った。遠縁坂も興味深げに由真のスマホに耳を寄せている。

 「ふふふ。君達は仲良しさんだね。そんな顔と顔を近づけたら、誰かにキスをしているように思われるよ」

 電話の相手にそう告げられ、二人は慌てて、離れる。そして、周囲を見渡した。そこは放課後の他には誰も居ないはずの教室。

 「誰かに見られている?」

 遠縁坂は自分のスマホを取り出し、とあるアプリを立ち上げる。そして、背面のカメラ部分で教室の中を撮影しながら見渡す。

 「な、何をしているの?」

 由真は不思議そうにその行動を見ている。

 「これは隠しカメラを探し出すアプリさ。どんな小さなカメラでも必ずレンズがある。そのレンズの反射を自動的に検知するアプリさ」

 遠縁坂は教室を隈なく探すが、隠しカメラは無かった。

 「おかしい・・・どうやって、僕等の行動を見ているんだろう?」

 由真はスマホを見るが、すでに通話は切れていた。

 「電話番号は残っているよね?警察に通報しよう」

 遠縁坂はすぐに警察に通報をしようとした。だが、由真がそれを制した。

 「ダメ・・・まだ生方さんが生きているかも知れない。私達が警察に通報したと解ったら・・・殺されるかも」

 由真に懇願されるように言われて、遠縁坂はスマホをポケットに入れる。

 「だけど・・・下手に近付くのは危険だ。殺されるかも知れない」

 「でも、相手は私を殺さないって」

 「それが嘘じゃないって?」

 遠縁坂に言われて、由真は考え込む。相手は連続殺人の犯人かも知れない。あまりに危険な相手に無防備に近付くのは単純に殺されに行くようなもんだと考えた。

 「解った。武器を持って行く。それに遠縁坂君も・・・一緒に来てくれるよね?」

 「犯人は僕の存在にも気付いているからね・・・一緒に行くよ」

 遠縁坂は悩むことなく、返事をする。

 

 央里商店街

 央里駅を中心に10店舗程が集まる小さな商店街だ。夜の11時近くになれば、どこもシャッターを閉じてしまっている。だが、道路脇に等間隔で建てられた街路灯だけ灯っている。その中を二人の人影がゆっくりと進む。

 「パトカーとか偶然、近付いてきたらどうしよう?」

 由真は心配そうに周囲を見渡す。

 「それはこっちの責任じゃないけど・・・相手がどう思うかだね」

 遠縁坂は少しぶっきらぼうに答える。

 そして、商店街の中ほどに差し掛かった所に個人病院があった。かなり古い建物らしく、外壁は汚れ、幽霊が出そうな感じだった。

 「ちょっと・・・」

 由真はその雰囲気に気圧されている。

 「僕も一緒に行くから」

 遠縁坂が由真を勇気づけるように声を掛ける。

 二人が入口に向かう。鍵が掛かってると思いながら、正面の入り口の扉を押すと、ギィと音が鳴りながら開かれる。

 「開いている」

 遠縁坂も鍵が掛かっていると思っていたのか、少し驚いた感じだ。

 「でも・・・暗いね」

 由真は暗闇の屋内に怯える。

 「懐中電灯を持って来たから」

 遠縁坂が懐中電灯を点けた。灯りで照らされる屋内はそれほど、荒れた感じでは無かった。

 「い、意外と・・・普通だね」

 由真は遠縁坂の後ろに張り付くようにして歩く。

 「まぁ・・・廃墟と言っても、こんな商店街の真ん中にある物件だから、荒れる事は無いよ」

 遠縁坂は目の前に何が起きるかも知れないという恐怖よりも背中のぬくもりに緊張をしている。だが、恥ずかしいので、それを出来る限り悟られないようにクールな感じを装っている。

 「受付・・・この奥が診療室だと思うけど・・・そこに行けば良いのかな?」

 二人は病院の奥へと向かう。


 ベテラン刑事は警察用携帯電話を握り締めていた。

 「嫌な夜だな」

 窓から見える夜空には半月が浮かんでいる。


 由真と遠縁坂は怯えたように診察室の前に来た。遠縁坂は扉のドアノブに手を掛ける。

 ガチャリ

 ドアのロックが外れた。

 キィイイイ

 音鳴りをさせながら扉を手前に引く。

 「暗いな」

 診察室の中は光が入らないせいもあり、更に暗かった。遠縁坂はそこを懐中電灯で照らした。

 「きゃああああああ!」

 由真が悲鳴を上げた。

 「う、生方さん」

 遠縁坂は目の前に現れた少女の顔を凝視する。診察室の中には医者が使う椅子に腰掛けた状態の少女が居た。だが、懐中電灯で照らされたその顔には血の気は無く、瞳孔は開いたままだ。

 「生方さん!」

 遠縁坂は慌てて、彼女に駆け寄る。ライトで照らされた胸には一本の包丁が刺さっている。

 「た、大変だ。すぐに救急車・・・いや、警察を・・・」

 遠縁坂が由真にそう告げた時、病院の入り口の扉を激しく開け放つ音が聞こえる。

 「お前等!そこで何をやっている?」

 懐中電灯が二つ、由真達を照らし出す。あまりの眩しさに二人を顔を手で遮るようなポーズを取る。

 「動くな!」

 二人に駆け寄ってくる人影。由真が怯えて目を瞑る。

 「我々は警察だ」

 二人の身体を捕まえた人影はそう告げる。彼等の持つ懐中電灯の灯りでその姿が見えた。確かに制服姿の警察官だった。

 「あ、あの・・・そ、そこに生方さんが・・・」

 遠縁坂がそう告げた時、警察官が診察室の中の少女に気付く。

 「お、おい!大丈夫か?」

 彼等の問い掛けにも少女は答えない。警察官は胸に刺された包丁を見て、青褪める。

 「お前等・・・」

 警察官が捕まえている二人を凝視した。

 「ち、違います。来た時にはもう・・・」

 遠縁坂がそう告げる。

 「我々は廃墟に不審な人影があると通報を受けて、来たんだ。お前等・・・」

 警察官は手錠を取り出し、二人の手首に掛けた。

 

 数分後、央里商店街には応援の要請を受けた警察車両で騒がしくなった。

 二人はその前にパトカーに乗せられ、マスコミなどを警戒して、一早く、所轄の警察署へと移された。

 二人はそこで引き離され、一人づつ、別の取調室に入れられた。

 「あの・・・私達は・・・電話があって、あそこに行ったんです」

 由真は目の前に座る所轄の刑事に訴える。

 「それで・・・その電話の相手は?」

 刑事は険しい表情で聞く。由真は一瞬、頭が真っ白になるが、慌てて、スマホに気付く。

 「わ、私のスマホに着信がありますので、調べてください」

 すでにスマホは警察が預かっている。刑事はすぐにそのスマホの着信履歴を調べるように命じた。

 だが、数分後に警察官がスマホを持って来た。

 「菅沼警部、スマホの方は初期化されていました」

 「初期化?」

 刑事の表情は更に険しくなる。同時に由真は何事かと唖然とした。その間に刑事は由真のスマホを触る。

 「なるほど・・・完全に中のデータは無くなっているな・・・なんで初期化した?何か都合の悪い事でもあったか?」

 刑事はスマホを目の前に置いて、由真に尋ねる。由真は慌てて、スマホを手に取るが、中は完全に買った時の状態に戻っていた。

 「あ、あの・・・私、こんな事・・・していません」

 由真の言葉に刑事は顔色一つ変えずに何も答えなかった。

 

 遠縁坂にも取り調べが行われていた。当然ながら、遠縁坂も由真も同様の事を話しているが、相対する刑事は険しい表情のまま、何度も同じことを聞いた。

 「だから・・・白田さんのスマホに着信があって、病院に来いと言われたんですよ」

 「ふーん・・・じゃあ、なんで、警察に通報しなかったの?」

 刑事は当たり前の事のように尋ねる。

 「だから、相手が連続殺人犯なら、家族の命が危ないと思ったからです」

 「家族の命が危ないって・・・君達ならどうにか出来たわけじゃいでしょ?そこは当然、警察じゃない?」

 刑事にそう言われて、遠縁坂は言葉が出なくなる。

 「まぁ・・・君達が殺したかどうかは死亡解剖と包丁の鑑定が出れば解る事だけどね・・・」

 その結果が出るにはしばらくの時間が必要だった。その為、取り調べは遠縁坂達が何故、病院に忍び込んだかの一点だけに絞られている。

 

 診察室の椅子で座っていた少女は行方不明だった生方泉だった。

 大学病院にて始まった死亡解剖。監察医は死体となった彼女の身体から色々な情報を集める。

 「痩せているな・・・数日、ろくに食事をしていないと言うより・・・薬物か?」

 直接の死亡原因は胸に刺された包丁だった。包丁は刃渡り15センチの出刃包丁。傷は12センチまで達し、心臓を一撃で貫いている。

 「出血が少ないのは一撃で刃を刺し込んだせいだな。相当の手練れじゃないとこうは簡単に包丁を刺せないぞ」

 監察医は驚きながらも作業を進める。これ以外にも手足などに拘束を受けた跡や、注射器の痕などがあった。

 「死亡推定時刻は発見された時刻から1時間以内だろう。傷から見て、包丁を刺された時に即死したと思われる」

 監察医がその結果を出した頃には科捜研に回された包丁の鑑定結果も出ていた。


 日付が変わろうとする時間、相手が未成年であることもあり、遠縁坂達の取り調べは終わった。二人はそのまま、所轄の留置所に預けられた。

 会議室では殺人事件として捜査本部が立ち上がる。

 「えぇ・・・死体の死亡解剖の結果と凶器の鑑定結果が出ました」

 そこに居並ぶ刑事達に資料が回される。それを見た彼等は驚いた。

 

  

 

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