第22話 疑惑
パトリシアが何かを言い掛けた時、教室に小酒井先生が入って来た。
「あっ、ハーレイさん、ちょっと良いですか?」
小酒井はパトリシアに声を掛ける。何事かとパトリシアは不安そな表情で彼女を見る。
「進路について、今から、話を聞けるかしら?」
小酒井は少し険しい表情で尋ねる。パトリシアは増々不安になる。
「い、今からですか?」
そう問い直すと、小酒井は頷く。それに呼応してパトリシアは立ち上がった。
「ごめんなさい。また、今度・・・」
そう言い残して、彼女は教室を去って行く。
「何か言いたそうだったね?」
由真はパトリシアが最後に何を言いたかったか。それだけが気になった。
「放課後に聞くしかないね」
遠縁坂の答えに由真も首肯する。
良い感じに物事が動いている。
白田由真は私を追い掛けて来た。
そうだ。その調子で追い掛けて来い。
最高の楽しみが目の前まで、迫っている。
あぁ・・・何と甘美だろうか。
獲物に自らを追わせる。
この緊張感。
警察の愚鈍な連中では到底、味わう事は出来ない。
まったく読む事の出来ない無垢な存在。
それが白田由真・・・貴様なのだ。
だからこそ、奪うに価値がある。
さぁ・・・このゲームのフィナーレといこうじゃ・・・ないか
昼休憩からパトリシアの姿が無かった。不安になり、教科担当の教師に聞くも、解らないの一言だった。遠縁坂と由真は不安になり、休憩時間に小酒井の所へと尋ねて行った。
小酒井はいつも通り、自分の机で作業をしている。
「あの先生」
由真が声を掛けると、小酒井が気付いて顔を向ける。
「どうしたの?」
「ハーレイさんが居ないのですが・・・」
「あぁ・・・彼女なら、ご家族の都合で早退したわ」
「はぁ・・・」
小酒井の説明を殊更深く聞く事は出来ない。ただ、受け入れるしかない二人だった。廊下に出た由真は険しい表情で遠縁坂に尋ねる。
「家族の都合って何だろうね?」
「解らない・・・だけど・・・嫌な予感しかしない」
遠縁坂も険しい表情で答える。
「また・・・新しい殺人・・・」
不安は根拠も無く、最悪の事態を想像させる。
「いや・・・それにはあまりにも根拠が無さ過ぎる」
「でも・・・放課後、ハーレイさんの家に行って安否を確認した方が・・・」
「そうだね・・・念のため、警察にも・・・いや、あまりに根拠が無いからなぁ・・・」
遠縁坂は警察に相談するのを躊躇う。
「あの刑事さんに取り敢えず、話をしたら?」
「今、撃たれて入院中だろ?」
「生きているなら、問題無いわ」
由真はスマホを取り出した。
ベテラン刑事は撃たれた腕と足が痛む。命に別状は無いとは言え、さすがにこの痛みは鎮痛剤が切れてくるとジンジンと疼く。
「くそ・・・若槻の葬式にも行ってやれなかったな」
彼は天井を見ながら呟く。警察官になって、こういう形で部下を失ったのは初めてだった。殉職をするにしても、撃たれて殉職ってケースは警察でも稀なケースだ。まさか、自分の部下がそうなるとは思いもしなかった。
後悔も憎しみも浮かばない。ただ、犯人を捕まえる事も犯人に繋がる手掛かりすら掴む事が出来なかった事が不甲斐ないだけだ。
携帯電話の着信音が鳴る。初期設定のままの味気無い電子音が鳴り響く。ベテラン刑事は痛む身体を起こして、右手を伸ばす。
「お嬢ちゃんか?」
ベテラン刑事は電話の相手にそう尋ねる。
「あ、はい。そうです」
女の子の声で返事があった。
「俺に何か用か?」
ベテラン刑事は痛みを堪えながら、尋ねる。
「あの・・・同級生が早退して・・・連絡が取れないのです」
由真の声は少し震え、不安を感じ取れた。
「早退・・・いつからだ?」
「お昼に担任の先生に呼ばれてからなんですけど・・・」
「お昼・・・そりゃ・・・本当に早退じゃないか?」
「そうかも知れませんけど・・・出来れば、安否の確認を警察にして貰えると」
「まぁ・・・その程度なら、俺から所轄の警察官に頼んでおくよ」
ベテラン刑事は軽く請け負う。
「それより・・・学校では何かおかしな事はあるか?」
由真は逆に由真に尋ねた。
「クラスメイトのほとんどが休んでいて・・・出てきているのは数人です」
「数人か・・・そいつらの名前を教えてくれ」
ベテラン刑事は痛みを堪えて、キャンパスノートを机に広げた。そして、由真が口にしたクラスメイトの名前を書き留める。
「あの・・・この中に怪しい・・・人が居るんですか?」
由真は名前を伝え終わって、ベテラン刑事に尋ねる。
「わからん。ただ、人と違う事をする奴は何かしらあると踏んだ方が良いと思っただけさ・・・逆に出てこない奴ってのも怪しいがね。怪しい奴ほど、普通の中に潜もうとするからな」
ベテラン刑事はそう言って、軽く笑う。
連絡を受けた所轄の警察官はパトリシアのアパートへと向かった。
彼等は古びたアパートにも特に気を止める事無く、指示された部屋の前に辿り着いた。
だが、幾ら呼び出しても、パトリシアが応答する事は無かった。警察官達は不審に思い、中を覗こうとするが、窓などにはしっかりとカーテンで閉じられている。ただし、電気メーターの動きから、中に人が居る可能性はあった。
警察官は再び扉を叩く。
「警察です。すぐに扉を開いてください」
そう呼び掛けると、扉の鍵が解かれる。そして、扉が少し開いた。その隙間から外を不安そうに伺うパトリシア。
「ほ、本当に・・・警察官ですか?」
彼女がそう尋ねるので、制服姿の警察官ではあったが、改めて、警察手帳を取り出して、彼女に見せる。
「あ、あの・・・私・・・怖いんです」
パトリシアは今にも泣きそうな表情で警察官に抱き着いた。それに困惑した警察官は慌てて、彼女を引き離そうとする。
「だ、大丈夫です!一体、何があったんですか?」
警察官に問われて、パトリシアは小さな声で答える。
「い、命を狙われています」
それを聞いた警察官は驚いた。
警察はパトリシアの住むアパートの周辺を厳重に警戒する体制を敷いた。多くパトカーが周辺に集まり、制服、私服問わずに多くの警察官が投入された。
「それで・・・どうして、君が命を狙われていると解るの?」
パトリシアの部屋で刑事がパトリシアにそう尋ねる。ただ、パトリシアにそう尋ねた刑事は少し怪訝そうにしていた。彼が見渡す彼女の部屋の中は質素と言うより、極貧な様相を呈していた。
彼女の部屋はアパートの建築年式相応に和風な造りだった。4畳半一間。風呂無し、トイレ共同。壁は至る所に穴が開き、修繕されないままに放置された状態。とても女子高生が住むような場所じゃない。そして、彼女の部屋自体も半分腐ったような色した畳に汚れた襖。安っぽい造りの窓はガタガタと揺れて隙間風が入って来そうだ。
その事を警察官は気の毒だとは思いつつも、他人の私生活まで踏み込んではいけないと思い、あまり見ないようにした。
「あの・・・実は、昨日、学校で先生に呼ばれまして・・・」
「先生・・・担任の?」
警察官は確かめるように尋ねる。
「は、はい・・・小酒井先生です」
パトリシアは恥ずかしそうにしながら一つ一つ答えていく。
どうやら小酒井の元に一通の電子メールが届いた事が発端らしい。そこにはパトリシアを名指しして、彼女の私生活や家族関係についてが書かれていたらしい。そして、最後に『殺す』とされていたようだ。内容があまりにもプライベートな事が書かれていた為にパトリシアは小酒井にこれを秘密にするように願い、早退を決めたそうだ。
「その電子メールは・・・小酒井先生の所にあるんですね?」
「はい・・・あっ・・・でも、消去をお願いしてしまって・・・」
警察官が警察携帯電話を取り出し、連絡をしようとするとパトリシアがそう告げる。
「紙にも出して無いんですか?」
「はい・・・あまりに恥ずかしくて・・・」
パトリシアは顔を真っ赤にして俯いたままだ。警察官は余程の事だろうと思い、それ以上を聞かなかった。
「とりあえず、まだ、残って居るかも知れないから、連絡をしますね」
パトリシアへの脅迫メール。
それを確認する為に捜査員達が職員室へとやって来た。
「はい。確かにそうです。ただ・・・似たような類のメールは実はかなりありまして・・・」
小酒井はパソコンの画面を彼等に見せて説明する。
「なるほど・・・それで、ハーレイさんに対するメールは?」
「本人の希望で削除しました」
小酒井の言葉に捜査員達は顔を見合わせる。
「あの・・・プリントアウトした紙なども?」
「もともと、プリントアウトはしていませんから」
小酒井に取り付く島も無く答えられ、捜査員は半ば諦める感じになった。
「あの・・・ハーレイさんが怖がっているので・・・出来れば、我々としては精神的なケアをした方がよろしいかと思うのですが・・・」
捜査員は小酒井にそう告げる。
「もちろんです。ご忠告ありがとうございます」
捜査員からの報告を受けて、ベテラン刑事は考える。
「パトリシア=ハーレイ・・・女子高生の一人暮らしには似つかわしくないボロアパートか。それぐらいは単純に仕送りの限度があるからに過ぎないしか思わないが・・・家族関係に問題があるのか?」
パトリシアの事を詮索するも、これ以上の事を調べ上げる事は困難だろう。
「怪しいと言えば・・・怪しい類に入るが・・・人を殺す怪しさじゃないな。だが・・・こうなると、誰が犯人か・・・失踪中の子は足跡さえ、辿れない有様。多分、この町から出ていないとすれば・・・誰かが・・・匿う・・・いや、監禁しているかだ」
彼は一つ、嫌な感じがしていた。これは最初の事件から感じていた事だ。
「警察情報が筒抜けなのか?」
これだけ捜査の網に犯人が掛からない事に苛立ちさえ覚える。そうなると疑いたくなるのが、捜査情報の漏洩である。
「しかし・・・こんな事に内通するバカが居るとは思えない・・・じゃあ、どうやって・・・」
考えるが、ベテラン刑事の頭では特にこれといったアイデアは浮かばない。
「もしくは・・・あの探偵気取りの男の子と白田由真か・・・」
白田由真は最初の容疑者だ。
無論、あまりに怪しいからすぐに掛けられた容疑を疑うような裏取りがなされて、その容疑は晴れたわけだが・・・逆に言えば、それが怪しいとも思える。そして、今は事件を調べている。推理ドラマじゃあるまいし、一般人が事件の捜査に関わって来る事など、あり得ない。そのあり得ないをやっている二人。
「怪しむなら・・・むしろ、こっちか」
ベテラン刑事からの電話で由真はホッと胸を撫でおろす。
「そんなに心配だったかね?」
ベテラン刑事は電話でそう尋ねる。
「はい。彼女が事件に巻き込まれたかも思いましたので」
由真の返事にベテラン刑事は訝し気に尋ねる。
「事件に巻き込まれるか・・・何でそう思う?」
「えっ・・・だって・・・これだけ事件が続けば・・・」
「なるほど・・・それで、お前等の方は何か進展があったか?」
「パトリシアさんに事件当日の話を聞きたかったのですが・・・」
「なるほど。解った。まぁ・・・頑張ってくれ」
それで電話が切れた。
「白田さん、刑事さんは何て?」
遠縁坂がそう尋ねる。
「うん・・・パトリシアさんは無事だって・・・早退の理由は体調不良だって言っていた」
「体調不良か・・・それなら仕方がないね」
ベテラン刑事から由真に伝えられた事はパトリシアが無事な事と、早退理由が体調不良という事だけだった。
「だけど・・・パトリシアが言い掛けた事・・・何だったんだろう?もしかして・・・事件に何か関係しているのかしら?」
由真はパトリシアが呼ばれる前に言い掛けた事を気にした。
「確かに・・・何かを言い掛けたようだけど・・・もし、事件に関係している事なら、警察に話しているんじゃ?」
遠縁坂の言う通りだ。彼女が事件に関する重大な事を誰にも内緒にしておく理由など無い。むしろ、もっと、プライベートな事を告げようとしていたのではないか?由真はそう思う。
その時、新たな着信が彼女のスマホにあった。
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