第21話 パトリシア
由真に掛けられた容疑。
だが、あからさま過ぎるが故に警察はその信ぴょう性に懐疑的だった。その為に彼等は失踪中の生方泉の捜索に全力を挙げていた。
由真は犯人が自分に容疑を掛けようとしている細工をしている事に考え込む。
命を狙われているわけじゃない。だけど、どういう目的で自分に容疑を掛けようとしているのか?それが解らなかった。
悶々としながら、一晩を過ごす。
朝を迎え、遠縁坂に電話をする。昨日は突然の事だったので、彼に任意の事情聴取を受けた事は話していなかった。
「なるほど・・・」
一通りの話を聞いた彼はあまり驚いた様子は様子は声からは伺われない。
「拳銃に指紋ってのは・・・警察を舐めているとしか言いようがないね。ボウガンなどには指紋を一切、残さなかった犯人が拳銃にはベッタリと指紋を残すなんてミスを犯すとは思えない。警察もそれだけの証拠がありながら、君を逮捕せず、任意で取り調べたのもそういう事だと思う」
彼の意見は由真の抱いた疑念とほぼ、一致した。
「じゃあ、犯人は失踪中の生方さん?」
由真の問い掛けに遠縁坂は少し、考え込む。
「いや・・・僕はそうは思えないんだ」
「なんで?」
「確かに疑わしい部分は多々ある。そして、失踪中という事も含めて、彼女が犯人である可能性を大きくしている。でも、拳銃に君の指紋を残したように、これもあまりにも解り易いブラフじゃないかと僕は思うんだ」
「ブラフ?」
「真犯人が警察の目を誤魔化している。多分、生方さんはすでに殺されているかもしれない。その上で、全てが終わった時に犯人として、自殺した事にされる可能性は高い」
遠縁坂の示した可能性。何の裏付けも無いただの想像だが、由真はそれを否定が出来ないでいた。
「誰が・・・真犯人だか・・・解っているの?」
由真は遠縁坂に恐る恐る尋ねる。
「それは・・・まったく・・・怪しいと言い出せば、クラス中・・・いや、学校中の人を疑うしかなくなる。ただ、言えることは犯人は君に執着している。理由は不明だが、君に何かしらの感情を抱いている相手だと思う」
「何かしらの感情って・・・何?」
由真は身震いした。
「それは・・・好意か憎悪か・・・どちらにしてもあまりに偏執的で・・・これほど、事件を歪ませる事が解っているのに、敢えて、行う程に君にアピールをしたいって事なんじゃないかと思う」
「私にアピール・・・一体、私に何を・・・」
由真の震える声を聞いて、遠縁坂は無言になる。僅かな沈黙。
「僕が思うに・・・犯人は君に・・・君に自分に辿り着いて欲しいんじゃないかな?」
「私?私が犯人に辿り着く・・・どうして?」
「解らない。とにかく、君と犯人として出会いたい。そんな気持ちがあるのかもしれない」
「じゃあ・・・もし・・・私が犯人を突き止められなければ?」
「警察に捕まるまで・・・犯人は人を殺し続けるかも知れない」
「うそ・・・」
由真は絶句した。あまりに一方的な事であり、これまでも偶然、巻き込まれただけだと思っていた。しかし、それは全て、自分へのアピールであり、これまで殺された者達は全て、そのためでしか無かったと言う事。全ては遠縁坂の想像ではあるが、やはり、由真はそれさえも否定する事は出来なかった。
「君の事は僕が守るよ。これから君の家に行く。待っていて」
遠縁坂はそう言って、通話を切る。無音となったスマホを握り締め、由真は愕然としたまま、その場に立ち尽くした。
生方泉は真っ暗な部屋の中に居た。
何も無い部屋だった。
何度も夢を見た。
いや、それは妄想なのかも知れない。
目を開ければ幻覚を見る。
耳を塞いでも声が聞こえる。
気分は常に悪い。
肩まで伸びた黒髪には何本も白髪が混じる。
極度のストレスが日に日に彼女から生気を吸っていく。
殺さなければ・・・殺される。
泉はズボンのポケットの中から何かを取り出す。
白田由真
彼女の顔写真だった。
許せない。
私をこんな目に遭わせておきながら、自分はのうのうと生きている。
殺す。
こいつを殺す。
殺す。
必ず殺す。
頭の中には幾度も白田由真を殺すシーンが繰り返されるようになる。
こんな事を何日、繰り返しているのか。
これが夢なのか現実なのか。それさえも解らなくなっている。
ただ、自らの存在を証明するためには彼女を殺さないといけない。
そのために、私はここに居る。
泉は不気味な笑みを浮かべた。苦しくて、気持ち悪いはずなのに、白田由真を殺す瞬間の事を思うと不思議と苦しみから解放された。
刑事襲撃から五日が経った。それまで市内の学校は休校が続いたが、埒が明かないので、再開が決定される。
警察は全ての通学路に警察官が張り付き、更には全ての学校の敷地内に二人一組の警察官が常時、警備をしている状況を作った。
だが、それでも不安を訴える児童の親は多く、出席率は低かった。特に由真のクラスは僅か5人だけの出席に留まった。
由真は不安そうに周囲を見渡す。まばらに座っているだけのガランとした教室。視界の中に遠縁坂が居るのが救いだった。他にはパトリシア=ハーレイ、遠藤康之、小堀恵那がそこに居る。そして、朝のホームルームには担任の小酒井先生。ここに居る全員は容疑者リストに載っている。尚且つ、パトリシアは由真達と会う事も拒んだ。
怪しさだけならパトリシアであろう。だが、教室に居る彼女は、入室を拒んだ時とは違い、あまりにも普通だった。いや、この異常事態で登校する方が異常かも知れないが。
「パトリシアさん・・・この間は勝手に家に行って、ごめんなさい」
由真は彼女に謝る。すると彼女は少し困ったような顔をして、「ううん、大丈夫。突然だったから、驚いただけ・・・それで、何か用だったの?」と答えてくれる。
「えぇ、ちょっと、最近続いている事件の事で、みんなに話を聞いていたの」
「あぁ・・・そんな事ね」
思ったよりも軽い感じにパトリシアは返事した。
「少し、話をしても良いかしら?」
由真はこれなら話を聞けると思って、彼女に話し掛けた。
「もちろんよ。別に怪しまれる事なんて無いから」
パトリシアとは昼休憩の時に話をする約束をした。
パトリシア=ハーレイ
事前情報通り、かなり複雑な家庭環境を持つようだ。
あの安アパートに一人で暮らすのもそれが原因のようだ。
何故、プライベートを隠すのか。
昼休憩の1時間でそれを聞き出せるとは思えない。
遠縁坂はどのように彼女と話をするかを授業中、考えていた。
「おい、遠縁坂、幾ら、成績が良くて、俺の授業なんか、解り切っているからって、他事を考えているなよ」
3時間目の世界史で先生に怒られた。
まぁ、先生の言う事は的を得ている。正直、この程度の授業は受けなくて意味は無い。正直、サボって、図書室で静かに考え事をした方が良いかと思ったが、さすがにそんな事が許されるはずも無い。それに・・・万が一にもこの学校の中に犯人が居るとすれば、一人になるタイミングは危険だと思った。
連続殺人を犯す犯人は非常に狡猾だ。行き当りばったりで殺人を犯すとは思えないが、チャンスだと思えば、狙って来ないとも限らない。あまり、不用心に動く事は控えた方が良いだろう。
そんな風に考えていると世界史の先生が再び、遠縁坂を叱る。
4時限目が終わり、昼休憩となった。パトリシアは弁当を机の上に出す。それを教科書で隠す。
「パトリシアさん、一緒に食べながら話しましょ」
由真が笑顔で寄って来ると、突然、パトリシアは弁当を掻き込み始める。
「えっ」
由真が驚いた時には彼女は弁当を完食した様子で蓋を閉めた。
「あっ・・・お腹が空いてたから・・・どうぞ、食べながら話をして貰って構わないわよ」
パトリシアは微笑みながら前の開いた席を手を向ける。
「う、うん。遠縁坂君も良い?」
遠縁坂もパトリシアの隣の席を動かして、彼女の前に移動する。
「あの、パトリシアさん・・・ここ最近、起きている事件で、あなたはアリバイ無いみたいなんだけど、家では何をしているの?」
遠縁坂が直球で聞く。それにパトリシアは少し遠い目をした。
「アリバイ・・・私・・・私、人を殺して無いわ」
由真はパトリシアの目を見る。明らかに動揺している。ただ、それがどうして、動揺しているかは解らない。
「いえ・・・あなたが人を殺したとかは思っていないの。ただ、何をしていたかを聞きたいだけで・・・」
由真の言葉にパトリシアは少し落ち着く。
「い、家で・・・勉強をしてました」
「勉強?」
遠縁坂は疑念をあからさまにしたように彼女の言葉を復唱した。それに気付いたいのかパトリシアの顔色はみるみると困惑の色に包まれる。
「はい・・・勉強をしてました」
それでも彼女は頑なにそう言い張る。その表情を見た遠縁坂は一瞬、険しい表情をしたが、何かを諦めたように元の温和な表情に戻る。
「そうか・・・じゃあ、あの時、テレビでやっていたドラマ、面白かったよね?」
遠縁坂は急に話題を変えた。だが、パトリシアはそれに対して、嫌そうな表情を見せる。
「わ、わたし・・・家であまりテレビを観ないから・・・」
「えっ?どうして?何もテレビを観ないの?」
遠縁坂は追い込むようにパトリシアに質問を投げ付ける。
「う、うん・・・テレビは観ない」
パトリシアは顔を真っ赤にして俯いた。由真はまるで遠縁坂がイジメているように思えて、憤慨する。
「ちょっと!人にはあまり聞いて欲しくない事もあるわ!そんなにズケズケと聞いてはダメ!」
由真は遠縁坂に怒鳴りつける。突然の叱責に遠縁坂が困惑した。
「う、うん・・・ごめん・・・言い過ぎたよ」
遠縁坂は素直にパトリシアに謝る。パトリシアは困惑したままだが、その謝罪を受け止めたようで、「こちらこそ」と返した。
「本当に男子はデリカシーが無いんだから」
それでも由真の怒りは収まっていない。遠縁坂はその様子に何も言えないでいる。それを察したのか、由真がパトリシアに話し掛けた。
「パトリシアさん・・・怒らないで聞いてね。私は犯人がこの教室に居る人物だと思っているの」
「えっ?」
パトリシアは少し驚いた様子だ。
「あの・・・それは私も含めてって事ですか?」
「そうよ」
由真はハッキリと答える。それにパトリシアはかなり困惑した表情をになる。
「私は・・・私は殺人なんて・・・やっていません。そもそも、そんな事をする意味がありません」
「意味?・・・これまで起きた殺人事件に意味があるとは思っていないわ」
由真の言葉にパトリシアはかなり驚いたようで、口があんぐりと開いたままになった。
「だって、最初の二階堂さんが殺された時は彼女の被害に遭っていた人かと思ったけど、その後の被害者には何も繋がる所は無いわ。無論、犯行を見られたとか口封じをしなければならない何かがあった可能性は否定はしないけど、だったら、殺される前に被害者が通報をするはずでしょ?それぐらいの時間はあったわけだから」
「そ・・・そうね」
パトリシアと遠縁坂は由真の推理に驚いた感じに聞き入っている。
「だから、私は考えたの。最初の殺人からして、実は何も意味なんて無かったんだと。偶然かどうかは知らないけど、犯人は何の恨みも何もない二階堂さんを殺しただけ。だから、犯人と二階堂さんとの間には明確な接点は存在しない。だから、縁故捜査を主体とする警察が戸惑う事になるわけよ」
「待ってくれ・・・犯人はただ、連続殺人を楽しんでいるって言うの?」
遠縁坂が尋ねる。
「そうよ。目的は不明だけど、単純に殺人を楽しんでいる。それだけじゃないかしら?それ以外に目的があるとすれば、あくまでも副次的なモノだと思うわ」
由真はハッキリと答えた。パトリシアはあまりの事にあんぐりと口を開いたまま固まっていた。
「だから、パトリシアさん、あなたはアリバイが無いってだけでも充分に容疑者にされてしまいます。もし、自分が潔白なら、それを早目に証明した方が良いと思います。私は思うんです。容疑の濃い人間を犯人は罪を被せようとしているんじゃないかと・・・」
「罪を・・・被せる?」
パトリシアの顔はみるみる青褪める。
「そう・・・犯人は最後に逃げ切るつもりでいる・・・彼女が望んでいるのはこれだけ騒がれる連続殺人を犯した後、逃げ切るという完全犯罪の達成だと思うの」
由真が興奮したように二人に向かって言う。
遠縁坂はゴクリと唾を飲み込む。
「あ、あの・・・」
パトリシアはその僅かな沈黙を破るように言葉を絞り出す。
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