第18話 不確定要素の塊
その日を境に学校は無期限の休校となった。
街全体にもあまり外出をしないようにとパトカーなどが街宣して回っている。
連続する殺人と奪われた拳銃と校内でのボヤ騒ぎ。
世間を騒がすには充分だった。
警察官が殺害された翌日、遠縁坂は由真の家に来ていた。
「全ての事件を通して、アリバイなどを確認すると、うちのクラスだけで絞られたのがこの三人」
これだけ事件が続けば、全ての事件でアリバイが無いとなる人は少なくなる。確認が出来ない。または家族などの肉親による証言しか無い人物だけを遠縁坂の独自の聞き込みによって、絞った。
「出来る限り、アリバイの裏は取ったから、この3人だけってのは濃厚なはずだけど」
彼が提示した3人は1人を除き、刑事から教わった容疑者リストに載っていた人物たちだ。
「担任の小酒井先生・・・パトリシア=ハーレイ・・・生方泉」
由真は最後に出て来た生方泉を思い出す。
「生方泉・・・」
由真は彼女の事を思い出そうとするが、あまり目立った記憶は無かった。由真自身が他人にあまり関心が無かった事もあるが、教室の中では目立たない存在で、由真と同じく、よく、本を読んでいるぐらいしか無かった。
「あくまでもアリバイが無い。または不明と言った感じだね。本人にも話を聞いたけど、家に居たぐらいしか答えて貰えなかったし」
遠縁坂は生方泉を容疑者に挙げた理由を説明する。だが、由真は納得が出来ない。
「じゃあ、なんで、警察の容疑者リストからは外れていたの?」
警察だって、彼女を事情聴取をしたはずだ。目立ったアリバイが無ければ、当然ながら容疑者リストに挙がるはずだった。
「確かに・・・そこが不思議なんだ。まぁ、僕が個人的に調べた中での話だから、彼女が自身が事情聴取の時に話した内容と違うのかも知れない」
「じゃあ、彼女は遠縁坂君に嘘をついたって事?」
「まぁ、あまり自分の事を話すのが嫌だと言う人は居るからねぇ・・・」
遠縁坂は困惑したように言う。
「ただ、彼女に関して、気になったから、色々と話を聞いて回ったけど、中学以降の彼女の私生活などはまったく解らないんだ」
「中学以降?」
由真は不思議に感じた。
「じゃあ、小学生までは皆、彼女の事を知っているの?」
「うん・・・小学生までは明るくて、友達も大勢居たらしいよ」
「なんで、中学生になったら・・・イジメとか?」
突然、性格が変わるとすれば、切っ掛けにはなる。だが、遠縁坂は首を横に振った。
「理由は不明だけど、イジメとかは関係が無いみたい。無論、他人が言っている事だから、本人がどう思っているかは知らないけど・・・」
「だけど・・・ここに来て、新しい容疑者が浮かび挙がるのも変な話よね?」
警察がこれだけ捜査をしているのに、容疑者として挙がらない。遠縁坂の意見に懐疑的になる由真。
「それを言われると何とも答えようがない。だけど、これだけの事件を犯して、未だに捕まらないという事を考えれば、犯人は用意周到に警察の捜査の網を潜り抜ける策を講じていると考えるべきじゃないかな?これは偶発的に起きた殺人じゃない。明らかな計画殺人なわけだし」
「犯人ならば、一番安全な場所に自分を置くって事ね。むしろ、容疑者リストには載って来ない人物・・・」
由真はクラスメイト達を思い浮かべる。
「あくまでも仮定だけどね。そもそもアリバイをどう作るかが問題になってくるわけだし。だから、アリバイの無い人物だって疑うしかない」
由真はハッと気付く。
「だけど、それだとまた、無尽蔵に容疑者が膨れ上がるだけじゃ・・・」
「そう・・・振り出しに戻ったって事さ」
遠縁坂は溜息混じりに笑う。
「でも・・・犯行を行うには、必ず、時間が必要なはず。実行犯のアリバイが仮にあったとしても、それは偽りなんだから、崩せるわけじゃない?」
「まぁ・・・でも、アリバイの裏取りは警察が行っている。それで容疑者から外されたとすれば、相当なトリックだと考えるべきじゃないかな?」
遠縁坂の説明に由真は納得しない。
「でも、これは明らかに無差別殺人。怨恨や金銭が目的じゃない。だから警察は容疑者を絞り切れない。無数とも言える容疑者を絞り込むのに、警察はひょっとするとミスをしているんじゃないかしら・・・むしろ、犯人は警察をミスリードしたんじゃないかしら・・・」
「ミスリード?」
由真の突然の閃きに遠縁坂が驚く。
「そうか・・・それなら合点はいく・・・だったら、真犯人のアリバイは一見、成立して、その裏も取れるけど、実はアリバイになっていない?」
「もしくは、裏を取るまでも無いと思わせる程の確実なアリバイに思える何かを提示した」
遠縁坂は考え込む。
「しかし・・・そうなると・・・一から全員の聞き取りをしないと・・・」
一からクラスメイト全員の聞き取りをするだけでも遠縁坂一人では1ヵ月以上掛かってしまう。
「まずはさっき絞った人達からにしましょう。特に新たに容疑者リストに挙がってきた人は警察に言えて、私達には言えない何かを隠してる可能性があるんでしょ?最も怪しいと言えば、怪しいわ」
由真の勢いに押されて、遠縁坂も頷く。
アリバイ
人の行動を裏付ける事は実際はかなり難しい。
もし、事件があった時、その人が確実にどこそこで何をやっていかを決定付ける裏付けを探すのは相当に困難だ。それは警察が一番良く知っている。
故に容疑者を挙げる際に被害者との人間関係が重要となる。
殺人なんて重大事件は大抵は怨恨か金銭が原因である。
つまり、かなり近い間柄で行われる事が多い。
その為にただ、殺人だけを目的とした行為となると犯人の特定が難しくなる。
当初から警察は私の予想通りに人間関係から捜査を始めていた。殺人の場所、手口から言っても、顔見知りだと想定したのだろう。無論、それは完全に外れとは言い難い。だが、それらは想定通りの動きで、形式だけの聞き取りなど、誤魔化すのは容易かった。事実、彼等は私の事に関しては一切の裏付け捜査をしていないだろう。その辺は確認済みだ。
その後の事件においても、私は彼等に餌を撒きながら、付かず離れずの距離感で接している。それはいつ気付かれるかと言う緊張感と、情報を得やすくするためだ。警察が接触をしてくれば、そこから動きも読みやすくなる。相手から離れようとすればするほど、相手は追ってくる。だからこそ、相手の懐に入るのだ。
私は慎重に行動しようと努力をしている。少しでも気を緩めれば、殺人衝動に身を任せてしまいたい欲求に耐え切れなくなりそうになるからだ。
私がいつ、この殺人衝動に駆られるようになったのかは解らない。
ずっと、人を殺したかった。
だが、殺人はいけない事だ。それは百も承知である。殺人はもっとも罪深き事。
そんな当たり前の事は知っている。
だが、この心の底にある殺人への衝動は消せはしない。
そこに存在する物は自らの手により奪い去る。
相手が自らの存在を強く主張すれば、する程、それを奪い取る者の権威は強くなる気がした。
だが、その行為は神以外に許される者は死刑を実行する者だけだ。
確かに法務大臣になれば、人を合法的に殺せると思った。だが、それは人を殺すとは違うとも思った。
殺人と死刑執行は似てるが違う。確かに人の生命がそこで断たれるという点においては、共通している。だが、私の中では死刑を執行するという行為はあまりにも殺人から遠いような気がした。
やはり、人を殺すに合法的な理由を求めてはならない。自らの欲求に従い、望んだ命を奪ってこそ、本当のカタルシスがそこにあるのでは無いか?私の中に渦巻く黒い欲望はそれでのみ、満たされるのでは無いか?
私は混沌とする思いの中、自らの心に常に殺意を漂わせた。
漂う殺意は時の流れと共に他の感情と混ざり、薄れ、消えていく。
だが、忘れたわけじゃない。
誰にも悟られないだけだ。
誰も私が人を殺したいなどと思っているとは思わないだろう。
心の奥底に沈ませた殺意は私の感情の全てに染み渡り、まるで普通の感情のようになった。目の前に立っている誰であれ、それは殺す対象として値踏みしている。
遠縁坂と由真はアリバイの無い担任教師、小酒井を探る事にした。
小酒井が殺人犯である可能性は無いとは言えないまでも低い。
容疑者リストに挙がったのも単純にアリバイが無いだけろう。
普段の小酒井の様子を見ていれば、この答えになるのは当然だった。
「だけど、確認しないとダメだ」
遠縁坂は強く主張する。確かめもせずに可能性を否定するのは危険だと言うのが彼の主張だった。由真は気が進まなかったが、直接、小酒井に話を聞く為に学校へと向かった。
休校中ではあるが、教職員は出勤している。二人は職員室に向かった。
「休校中なのに、出歩いたらダメよ。拳銃を持った犯人がウロウロしているかもしれないのに・・・」
小酒井は当然のように彼女達を注意する。
「すいません。ただ、どうしても先生にお聞きしたい事がありまして」
遠縁坂がそう切り出す。
「聞きたい事?」
小酒井は不思議そうに尋ね返す。
「はい。先生は二階堂さんが殺された時にアリバイが無いのは知っていますが・・・それから続く事件の殆どにこれと言ったアリバイが無いのですが・・・本当にそうなんでしょうか?」
「えっ?」
小酒井は遠縁坂の質問に驚く。
「こ、困るよね。私は先生が犯人なわけが無いと思うのよ。ただ、色々と調べたいと思って、いろんな人にお話を聞いているんです」
取り繕うように由真が言う。
「あ・・・そう・・・そうね。アリバイが無いって言っても・・・たまたま、職員室に居ない時だったし・・・それ以外も自宅に居る時だったりしたから」
「やっぱり・・・そうですよね」
由真は安心したような笑顔で相槌を打つ。
「じゃあ・・・先生は二階堂さんの事はどう思っていましたか?」
「二階堂さん・・・生活環境の問題で、少し、性格に問題があったけど・・・本当は優しい子だったわ」
「優しい子・・・」
遠縁坂は疑念の瞳で彼女を見た。それに気付いた小酒井は彼に対して厳しい口調で答える。
「二階堂さんは確かに、人をイジメたりなど、悪い事もしたした。しかし、それらは全ては複雑な家庭環境によるものです。実際はかなり心優しい人でしたよ。もっと彼女の事を調べた方が良いと思うけど?」
突然の小酒井の態度に二人は驚く。背筋を伸ばして、頭を下げた。
「先生、すいません」
その姿を見て、小酒井は慌てて、取り繕う。
「ご、ごめんなさい。何だか、二階堂さんが悪く思われたみたいだから」
小酒井の言葉に遠縁坂は動揺している。確かに、二階堂由美に対して、偏見があったのは間違いが無いからだ。
「それで・・・私が二階堂さんを殺したと思っているの?」
小酒井は神妙な面持ちで二人に尋ねる。由真は驚き、少し慌てた表情を見せる。
「いえ、そうは思っていません。だけど、真実を知るためにはそういう事を捨てて、お聞きしないといけないと思いまして」
遠縁坂は真剣な面持ちで答えた。
「なるほど・・・わたったわ。二階堂さんが亡くなったとされる時間は最初の一限目しか受け持ちの授業が無かったから、それ以外は図書室で小テストの試験問題を作成していたの」
「図書室?」
遠縁坂は疑問に思った。普通、教務の作業をするのであれば、職員室で事足りるからだ。
「えぇ、小テストを作るために図書室で資料を閲覧しながらだったから」
「図書室には他に誰か・・・」
「授業時間中だったから・・・誰も居ないわ」
学校の図書室は昼の休憩時間か、放課後にしか開かれない。小酒井は鍵を職員室で借りて、使っていた。
「じゃあ・・・新島早苗さんの時は?」
小酒井は少し考え込む。
「あの晩は真っ直ぐに家に帰ったわ。いつも通り、家族と夕飯を食べて、ドラマを見て、お風呂に入って、眠ったわ」
「他の人と電話したりなどは?」
遠縁坂は間髪入れずに尋ねる。それに彼女も即答した。
「無いわね」
確かに彼女の答えにはアリバイを示すものは無い。だが、不合理な部分も無い。小テストの作成のために図書室を使うのは少し異例ではあるが、無いとは言いきれないし、資料を閲覧するためであれば、むしろ道理は通る。
「では・・・堤防で記者さんが死んだ事は知っていますか?」
「えぇ・・・女の記者さんよね。私も一度、取材を受けた事がある方だから覚えていて、名前を見た時は驚いたわ」
「彼女が死んだとされる夜の8時頃は?」
「あの日は・・・学校に残っていたわね。連続して生徒が亡くなったせいで教育委員会の聞き取りなどが重なったから・・・」
「それも・・・一人で?」
「どうだったかしら・・・副校長先生が遅くまで残って居たような気もするけど・・・覚えて無いわね」
「副校長ですか・・・解りました。最後に今井千夏さんが亡くなった時は・・・」
「今井さんの時も家に居たわ。事件の事を知ったのは深夜に警察がやって来てからだけど・・・」
遠縁坂は全てをノートに書き留めた時、思った。
小酒井先生は全ての事件において、確かに確実なアリバイが無い。だが、だからと言って不合理な部分も無い。そして、何より、澱みなく話す彼女を疑う事がこれほど難しいのかと。
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