第17話 全てをこの手に・・・
ベテラン刑事は警察官が乗って来たスクーターの駐車されていた職員用駐輪場に来ていた。
「学校って場所はどうして、こうも監視カメラの数が少ないんだろうねぇ」
ベテラン刑事が周囲を見渡すが、監視カメラの類は無かった。
「この学校に設置されているのは正面の校門と裏門だけですね」
若槻が校内のセキュリティについての資料を眺める。
「それで・・・警察官の行動は、この駐輪場までは解っているが・・・朝早い事もあって、それ以上は不明と・・・」
ベテラン刑事は周囲を見渡しながら、呟くと若槻が答える。
「生徒と教職員は部活動の朝練ぐらいでしか出勤していませんからねぇ。目撃者がどれだけ居るか」
「目撃者か・・・そもそも、なんで、プールなんて行ったんだ?あそこも巡回経路なのか?」
「いえ、そうじゃないみたいですね。この学校には水泳部などは無い為、基本的に体育の授業以外では使われないので、通常は施錠がされているそうです」
「通常は施錠・・・じゃあ、何で、鍵が開いているんだよ?」
「それが・・・噂だと、この学校のプールは合い鍵が密かに作られて、不良達の間に出回っているそうですよ」
「何のために?」
「夏の暑い夜とかに忍び込んで遊ぶらしいです」
「学校は何も対策をしていないのか?」
「事故とかも無かった事と、あくまでも噂程度で留まっている事から、敢えて無視していたんじゃないですかね?」
それを聞いたベテラン刑事は鼻で笑う。
「まぁ・・・そんなもんだよな。臭い物には蓋をするのが一番だからな」
彼からすれば、学校なんて所は常にそんな所だと思っていた。
「さて・・・うちの捜査本部に来ているプロファイラーの先生は、この事件は二階堂由美の事件とは別人が犯行を行ったと言っているんだな?」
プロファイラー。統計学や心理学などを駆使して、犯人の性格や行動などを分析する職種だ。当然ながら高い学歴と経験を持っている。それがベテラン刑事からすると鼻持ちならなかった。
「これだけ派手な犯行はこれまでの事件とは明らかに特徴が違うそうですよ」
「なるほど・・・俺の勘はガンガンに同一人物だと出ているがね」
ベテラン刑事は駐輪場から歩き出す。
「どこら辺が同一人物だと思うんですか?」
「簡単さ。この学校で起きた。それだけだ」
「単純に二階堂の事件に触発された人物の犯行かも?」
「それもそうだが・・・俺には今井千夏の部屋にあったあの絵。黄色いユリ・・・。あれが嘘だと言う事なら、真犯人は自分が本物だと主張したいはずなんだよ。その為にこれだけの犯行を重ねた。そう思うんだ」
「殺人を・・・主張する・・・快楽殺人者ですかね?」
「似たようなもんだ。サイコパスやらシリアルキラーやら。要は頭のネジが吹き飛んだ輩だろ。常識で物を考えるなよ。殺人鬼には殺人鬼の流儀ってのがあるのさ。俺らはまだ、それに気付いていないだけさ」
ベテラン刑事は突然の殺人事件によって、早々に家路に着く事になった生徒達を見ている。
「この中に・・・犯人が居るかもな・・・」
ベテラン刑事はそう呟くが、後からやって来た若槻には聞こえ無かった。
由真達にも午後からの授業が中止され、帰宅するようにと指示が出た。
警察官の死。
犯人は拳銃を所持している。
当然ながら、帰宅前に生徒達の荷物検査がされた。防弾チョッキまで着用した警察官達が鞄から机、ロッカーまでを探っていく。それ以外にもゴミ箱など、物が隠せそうな場所は全て、探っている感じだった。
「犯人はまだ、捕まっていません。下校途中に襲われるかもしれませんから、出来る限り、一人にならないように。それと周辺を警察官がパトロールしています。怖いと思ったら、彼等に助けを求めてください」
担任の先生が真剣な表情で生徒達に指示を出す。
かなり切迫した状況には違いなかった。校門前などにはマスコミが押し寄せているが、警察官が生徒達の安全の為に道路を規制している。由真も指示に従って下校をしようと昇降口に向かった。
一斉に下校となったので、登校時と同じで多くの生徒達で昇降口は溢れかえる。すると、突然、下駄箱周辺から白い煙が噴き出した。あまり多量の白煙にその場が騒然として、慌てて逃げ出す者や事態が飲み込めていない者など、混乱が起きた。人の波は荒波のように乱れ、将棋倒しが彼方此方で起きる。悲鳴と怒号に廊下が溢れかえる。
「白田さん、こっち」
混乱した廊下で由真もどうしたら解らずに立ち尽くしていると手を引っ張られる。人の波から抜け出すと、そこには遠縁坂が居た。彼は由真の手を強く握っている。
「あ、ありがとう」
由真はその強く握られた手のぬくもりを感じて、少し恥ずかしそうにお礼を言う。
「い、いや・・・それより、何が起きているんだろ?」
未だに混乱する昇降口。怒鳴り声が飛び交っている。
「まさか・・・爆弾?」
由真は一瞬、最悪の状況を考えた。
「いや、爆音は聞こえなかった。でも、発火装置かも知れないし・・・とにかく、ここから離れよう」
遠縁坂は由真の右手を握ったまま、その場から早足で逃げ出す。昇降口から遠く離れた職員用出入り口まで、やって来た。そこには駆け付けた警察官達が色々と指示を出したりしている。
「おう、お前等、無事だったか?」
そこにはベテラン刑事の姿もあった。
「あぁ、刑事さん。何が起きたんですか?」
遠縁坂は彼に話し掛ける。
「昇降口で煙が出たらしい。今のところ、火は確認はしてないが、将棋倒しになって負傷者が多数、出ているとかで、救急車の手配に大慌てしているよ」
「煙・・・火災じゃないんですね?」
「あぁ、煙だけだ。それも昇降口の床に置かれたプラスチックのスノコの下から煙が噴いているって話だ」
「スノコの下?」
下駄箱で靴を履き替えるためにコンクリートの土間の上に敷かれたプラスチックのスノコ。当然ながら、この下はコンクリートがあるだけだから、自然に燃えるわけがない。可能性としては煙草か何かでプラスチックのスノコが焼かれて燃える程度だ。
「高校で煙草のポイ捨てってのも・・・考えないわけじゃないしな・・・」
「失火だと?」
遠縁坂は鋭く尋ねる。
「いや・・・警察官が殺害されたばかりの場所で・・・と考えると、何か、混乱を引き起こさせる目的だと考えるのが普通じゃないかねぇ」
ベテラン刑事はぼんやりとした感じに答える。
「なんか、テキトーな感じ」
由真がベテラン刑事にそう言うと、彼は頭を掻きながら照れる。
「まぁよ。まだ、救護活動をしている状況じゃ、捜査も何もあったもんじゃないからな。こんだけ混乱した現場だと、かなり荒らされているから、証拠もどこまで採取が出来るか解らないしな・・・それにここは監視カメラもありはしないから、正直、犯人なんて、特定が出来るかどうか・・・」
「でも昇降口にも警察官は立っていたんでしょ?」
ベテラン刑事が呟く泣き言に遠縁坂が答える。
「あぁ・・・だが、警察官だって、昇降口で靴を履き替える何百人の生徒の動きを全て監視しているわけじゃない。それに警察官の殺害が発見されるまえ、されてからもかなりの時間が経っている。そう考えると、この昇降口が無人な時に細工された可能性が高いだろうな」
ベテラン刑事の読みに遠縁坂も反論は出来なかった。
混乱の最中、私は避難すると見せ掛け、学校の敷地外に出た。鞄の中には拳銃を忍ばせている。この拳銃は警察官から奪い、太ももにガムテープで巻き付けておいた。さすがに重さがあるので、歩いていると落ちそうになる。そのため、教室での所持品検査の後、トイレで鞄に入れ直した。
拳銃が奪われたのだから、所持品検査を実施されるのは予測済みだった。だが、それでも不安があった。校門などで警察官が検める可能性だ。だからと言って、学校の敷地内に放置するわけにはいかない。
これは警察官が襲われ、拳銃が奪われるというパニックを演出してるのだ。新たに書き下ろしたシナリオはかなり刺激的で、警察を動かすだろう。だが、本当の狙いは白田由真である。彼女にはこのゲームから勝手に降りて貰っては困るからね。 細心の注意を払って、私は彼女に近付こうとしている。それは決して、彼女に悟られてはいけない。相手に恐怖を与えつつ、じわりじわりと迫り、その柔肌に食らいつくのだ。
私の中の欲望がグツグツと煮立つのが解る。どれだけ、素晴らしいディナーにするか。まるで御馳走を調理する料理人のような気分に浸りながら、一人、ラストの構想へと没頭する。
事態が収まるのに1時間を要した。消防なども駆け付け、場は騒然としている。救急車は何回も病院とを往復し、軽傷者はパトカーで搬送された。重傷者だけでも10人に及ぶ事件の原因はスノコの下に設置された煙幕玉と呼ばれる花火であった。昔からある花火で、着火すると白煙を多く発生させる代物だ。着火する仕組みは酷く簡単な物で、電子ライターの着火部分と煙幕玉のみであった。電子ライターの着火部分の着火操作部をスノコの真下に置き、着火部分はスノコと床に挟まれる形に設置する。そして、着火部分から延びた放電用電極の先に煙幕玉の導火線を置いてあるだけであった。着火に関しては不確実な部分はあるが、何人物人が乗る事で、確実性を上げるように考えているのだろうと推測される。
鑑識からの報告を受けて、警察官殺人事件の為に新たに立てられた捜査本部は混乱した。この混乱に乗じて、拳銃を外部に持ち出した事は間違いが無かったからだ。
先の事件と共にこの事件の捜査にも参加する事になったベテラン刑事は犯人に弄ばれている感じがしてならなかった。
「繁さん、どうしますか?」
未だに混乱状態の現場周辺。捜査本部は目撃者の捜索を第一としていた。多くの刑事は未だに学校に留まる生徒達からの聞き取りなどを行い、更にはすでに帰宅を終えた生徒達の家に訪問をして、聞き取り捜査を行っている。その中でベテラン刑事は若槻を連れて、混乱する校内を歩き、ある教室へと向かった。
ガラリと開かれた扉を由真は凝視した。そこには無表情のベテラン刑事が立って、教室内を見渡していた。この教室はすでに刑事からの事情聴取を終えて、帰宅をしようとしている生徒ばかりであった。
「刑事さん、何か?」
遠縁坂が彼に声を掛けた。
「あぁ・・・ちょっと気になってな。お前さん・・・何か気になる事は無いか?」
「あれば、さっきの聞き取りの時に話してますよ。犯人逮捕の為に隠す事なんてありませんから」
遠縁坂はぶっきらぼうに答える。
「そうだよな。・・・サスペンスドラマじゃないもんな。お前等だけで捜査するなんて事は無いわな」
「そうだと思ったんですか?」
「いや・・・ただ、今回の事件はかなり強引なんでな・・・どうも・・・」
ベテラン刑事は奥歯に物が挟まったような感じに話す。それを聞いていた由真もベテラン刑事の前に来る。
「これも、前の事件と同一犯ですか?」
直球で問い掛けられ、ベテラン刑事は困惑する。
「捜査情報だ・・・と言ってもアレだな。ここだけの話、捜査本部は手口が違うから別の可能性を視野に入れている。まぁ、まだ、可能性は残しているけどな」
由真はその答えに少し考え込む。
「私は・・・この事件、同一犯の気がします。確かにこれまでの事件とは違い、かなり荒っぽい手口ではありますが、かなり凝った手口と言い、殺人を犯す為にこれだけ用意周到に行う者はそうは居ません」
「なるほど・・・まぁ、確かにそうだ。殺人なんて重大犯罪を遊び感覚で手の込んだ事をする奴は少ないだろうな。だが、必ずしもそうだとは言えないから現実は怖いんだよ。だから、警察はあらゆる可能性を視野に入れて捜査をする。それは間違いじゃない」
当然ながらベテラン刑事も由真と同様の考えを持っていた。しかし、それを彼女に伝える事に躊躇い、誤魔化すように答えた。
「じゃあ、警察はこの事件は前の事件とは別だと考えて動くわけですね?」
遠縁坂がズバリ、尋ねる。
「それは上が考える事で、俺が考える事じゃない。まぁ、これから出て来るだろう情報次第だな。だから、お前等も、しっかりと同級生の動向を探ってくれよ。それが事件解決に繋がるかも知れないからな」
「まるで、私達を情報屋扱いですね?」
由真が訝し気にベテラン刑事に言う。
「情報屋か・・・なんでもいい。少しでも情報は多い方が良いからな」
そう言い残してベテラン刑事は教室を去って行った。
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