第19話 失踪
小酒井に話を聞いた遠縁坂と由真は次にパトリシア=ハーレイに話を聞く事にした。
パトリシア=ハーレイ
遠縁坂は何度か、彼女に話を聞いている。フランス人の母親とイタリア人の父親の間に生まれているが、国籍は日本。現在、親はアメリカに住んでおり、一人暮らし。
成績は上位。運動神経は並。容姿は金髪碧眼の上品な顔立ちに、モデル並にスレンダーで上背のある華奢な体躯。ある意味、近寄りがたい雰囲気のある外国人少女と言った感じだ。
当然ながら、由真は彼女と会話をした事が無い。目立つ存在なので、気にはなるが、それだけだ。彼女から話し掛けられる事も無かったから、互いに近付く事など無かった。
「彼女について、何か知っている事は?」
遠縁坂に尋ねられるものの、由真は無言で首を横に振るしか無かった。
「なるほど、僕が聞いて回った感じだと、彼女に関してはよく解らない部分があるんだ」
「よく解らない部分?」
遠江坂の言い回しに由真は首を傾げる。
「彼女はとても目立つ存在なのに、誰も彼女のプライベートを知らない」
「プライベート?」
由真は少し考えた。元々、パトリシアの事は何も知らない。だが、彼女は由真と違って、目立つ存在だから、友達などが居ると思っていた。
「友だちが居ないの?」
由真は心配そうに尋ねる。友達が居ない事は辛いのを知っているからだ。
「いや・・・君と違って、それなりに友達は居た」
由真は「君と違って」の部分に酷く落ち込む。
「あの・・・それで、友達が居る彼女は、何で、プライベートを隠すんですか?」
「隠しているかどうかは解らないけど・・・あまり人を家に招きたく無いみたいで、しかも家庭の事も言いたくないという感じだから、周りも気兼ねして聞かないようにしていたってところかな」
由真は何となく解る気がする。あまり自分の事を詮索されたくないと言う事はある。それが態度に出てしまうのも、自分と似ているかもと思った。
「じゃあ、彼女が家で何をしているか誰も知らないわけね?」
由真の問い掛けに遠縁坂は頷く。
「あぁ、一人暮らしだから余計にね。容疑者リストに挙がるのも当然かな」
「怪しい・・・と言えばそうだけど・・・目立つ存在だけに殺人なんて大胆な事をしたら、すぐにバレるとか思いそうだけど・・・」
由真はパトリシアが殺人を行えるとは思えなかった。
「だけど、それが逆に盲点になるかも知れない。目立つ存在だから、犯行が難しいという事を先入観で持っていると、裏を掛かれるかも」
「なるほど・・・」
遠縁坂の意見を聞いていると、誰でも犯人になってしまうのでは?と微かに思った由真だが、黙っている事にした。
「じゃあ、パトリシアに直接、話を聞きに行くの?」
「あぁ・・・直接、話を聞かないとね」
二人はパトリシアの家へと向かった。
警察官から奪った拳銃。
思ったよりも重くない。
シリンダー弾倉の中には5発の弾。
38スペシャル・・・38口径の中では威力が低い弾丸だと言われるが、人を殺す事に関しては充分な威力があるに決まっている。
殺せる。
これは、殺人の道具だ。
本物の殺人の為の道具だ。
とても痺れる。
殺人の為に作られた道具とは、これほど、人の心を躍らせるものなのか。
弾を抜いた拳銃で何度も、何度も撃つ練習をした。
撃鉄が何度も落ちる音が耳に残る。
引金を引く瞬間は指先から全身に電気が走るような感覚だ。
早く
早く、これで人を殺させてくれ。
ベテラン刑事達は捜査に明け暮れていた。
捜査本部の方も混乱していて、捜査方針が未だにはっきりとしない。その為に捜査員の仕事はとにかく情報を集める事だった。
「繁さん・・・結局、拳銃強奪犯の手掛かりは無いままですね」
「そうだな・・・明後日には学校を再開するってのにな」
学校が休校中の間、校内は隈なく捜索がされた。だが、拳銃どころか、手掛かりすら掴めていない。
「現場に残されたのはボウガンと矢だけ」
若槻が呟いた通り、現場にはボウガンと矢だけが残されていた。ボウガンは全部で3本。内一本は警察官を殺害にするに用いられた。矢の先にはテトロドトキシンがしっかりと塗布されていた。
ボウガンからは指紋等は検出されず。ボウガンの販売経路を探ったが、ボウガン自体、かなり古い物であり、個人売買の線で当たっているが、未だに収穫は無い。
単純な事を言えば、手詰まりだった。
「頼むから学校の中に監視カメラをいっぱい、設置してくれ」
ベテラン刑事は唸るように呟く。
「しかし・・・ボウガンで確実に警察官を殺そうと思ったら、相当の至近距離からやらないと無理だと思いますけど・・・ガイ者(被害者)はなんでそんなに無防備に背中を晒したんですかね?」
「無防備にか・・・まぁ、通報者だからな。信用していたんだろ?」
ベテラン刑事もそう言いつつ、少し気になる。警察官はたった一人だった。連続殺人の可能性があると解っていれば、相当に神経を尖らせて、当たっていたはずだ。なのに、背後に居る人の動きに注意も払わなかったのは少し気になる。
「そりゃ・・・生徒や教師なら、信用しちゃいますね」
若槻は苦笑いをしながら答える。
「ふ・・・ん。じゃあ、相手が男子高校生ならどうだ?」
不意にベテラン刑事は若槻にそう問いかける。
「なんすか・・・男子高校生ですか。不良など警戒しちゃいますね」
「不良ならか・・・真面目な奴でもか?」
そう問い掛けられて、若槻は少し考え込む。
「確かに・・・でも、それほど警戒しないでしょ?」
「あぁ、だが、考えようによっては、警察官がまったく無防備に背中を晒す相手となれば、男子より女子の可能性が高いって事だ」
ベテラン刑事は瞳の奥に鈍い光を見せる。
遠縁坂と由真はパトリシアの住むアパートにやって来た。
「へぇ・・・イメージと違う」
由真は普段の如何にもフランス人形のような容姿のパトリシアと目の前にある築30年以上のボロアパートのギャップに戸惑う。
「理由は解らないけど、彼女は昔からここで生活をしているみたいだよ」
ボロアパートは本当に住人が居るのか不安になるぐらいに薄暗く、今にも潰れてしまいそうだった。
「じゃあ、行くよ」
遠縁坂が先にアパートの敷地に入った。塗装が剥がれて、錆が浮く鉄の階段を上がり、二階の廊下を進むとボロボロのアパートがある。表札などは無い。
「本当にここ?」
由真は不安そうに尋ねる。
「あぁ・・・間違いが無い」
遠縁坂は扉をノックする。
だが、返事は無い。
もう一度、ノックするが、返事は無い。
「留守?」
由真が不安そうに遠縁坂に尋ねる。
「可能性はあるけど・・・」
遠縁坂は耳をドアに着けた。中からはテレビの音が聞こえる。
「留守とは思えないな。居留守を使っているのかも」
「居留守・・・誰とも会いたくないとか?」
由真の言葉に遠縁坂は頷く。
「まぁ・・・そういう人は居るからねぇ」
彼はそれが特別な事とは思わなかった。そして、再び、ノックする。
「同じクラスの遠縁坂です。白田さんも居ます。開けて貰えますか?」
扉越しに声を掛けた。すると、扉の鍵が外される音がして、静かに扉が開かれる。10センチ程度開いた扉の隙間から青い瞳がニョキと現れる。
「あぁ・・・何が御用ですか?」
青い瞳の持ち主はそう尋ねる。遠縁坂は咳ばらいをしてから、答える。
「あの、色々と話がしたいと思って来たんだけど、良いかな?」
「良くない」
ガチャンと扉が力強く閉ざされた。
「怒らせた?」
由真は驚いて遠縁坂に尋ねた。
「あぁ・・・そうかもね。あんまり、ここに来てほしくなかったのかも・・・」
遠縁坂もあまりの勢いに驚いてしまった。結局、パトリシアから話を聞くのを諦め、最後に新たに容疑者として挙がってきた生方泉に話を聞く事にした。
ベテラン刑事達は突然の呼び出しを受けて、ある場所に来ていた。
「それで・・・娘さんが家を出た時間は?」
彼等の前には一人の中年女性が不安そうな表情をしている。
「あの・・・その・・・まったく・・・」
女性は何も解らないと言った感じに答える。
「なるほど・・・最後に見掛けたのは?」
「昨日の夕飯を食べた時です。時間だと6時ぐらいかと」
「その時に異変は?」
刑事の間髪入れない質問に中年女性はしどろもどろになる。
「すいません。何分、周辺では様々な事件が起きているので・・・」
ベテラン刑事はそう告げると中年女性は不安な表情から泣顔へと変化していく。
「今、警察が総力を挙げて、捜索をしております・・・安心してください」
ベテラン刑事はそう告げてから居間のソファから立ち上がる。そして居間から出ると別の部屋へと入った。そこでは今も鑑識職員が色々と物色をしている。
「繁さん、鑑識作業中だから濫りに入らないでよ」
鑑識の主任が笑いながら告げる。
「殺人事件じゃないからイイだろ?それより、例のメモ以外は何か、発見したか?」
ベテラン刑事の問い掛けに主任が指を差した。そこにはビニール袋に入った拳銃がある。
「本物か?」
一瞬、ベテラン刑事はそれが警察で使われている拳銃だと思った。だが、主任は首を横に振った。
「精巧に出来た玩具だ。ただ、気になったので証拠品として、預かるがね。ちなみに検出した指紋は、1個。多分、失踪した子だろうな」
「女の子が・・・なぜ?」
ベテラン刑事が言うように、この部屋の主は女子高生である。
「あぁ・・・だから、違和感を覚えてね。ひょっとしたら・・・拳銃強奪と関係しているんじゃないかと・・・」
「じゃあ、失踪した子が・・・本物を持っていると?」
「可能性が無いわけじゃない」
主任の言葉にベテラン刑事は溜息をつく。
「繁さん・・・新しい容疑者って事ですかね?」
若槻がベテラン刑事に尋ねる。
「そういう事になるかな。しかもそいつが失踪となれば・・・」
ベテラン刑事は言葉を濁す。だが、大抵の警察関係者ならある程度予測がついた。
「早く、見付けださないとまずいですね」
「そうだな」
二人は足早に部屋を後にした。
遠縁坂達は生方泉の家に着いた。どこにでもあるような極普通の一軒家。だが、その前には警察車両が何台も停車して、周囲には警察官が大勢、居た。
「どうなっているの?」
不安そうに由真が遠縁坂に尋ねる。彼も何事かと驚いた様子だ。
「少し、聞いてみよう」
遠縁坂は立っている警察官に尋ねる。
「あの・・・ここに同級生が居るんですが・・・何があったんですか?」
尋ねられた警察官は不審そうな目で二人を見る。
「悪いが・・・答える事は出来ない」
彼は顔色一つ変えずに答える。さすがにこれ以上は難しいと思って、二人はそこから離れた。
「生方さんに何かあったのかしら?」
由真は不安そうに遠くから生方の家を見る。
「可能性は否定が出来ないけど・・・ネットニュースには上がってないな」
遠縁坂はスマホでネットを確認するも、どこにも関係するニュースは無かった。
「まだ、マスコミが気付いていない?」
由真の言葉に遠縁坂が応える。
「もしくはそれほど、重大な事件になってないか・・・」
ただ、現状では何が起きたか解らない。ただ、遠くから見ているしか無かった。
その時、家から出て来る二人の背広姿の男達。
「あぁ、刑事さんだ」
遠縁坂は彼等を知っていた。
ベテラン刑事と若槻刑事。
見慣れた彼等を見付けて、二人は再び、規制の近くまで近付く。
「刑事さん!」
由真の呼び掛けに二人の刑事は気付いた。
「おぉ、お嬢ちゃん達か・・・ここに何の用だい?」
「あの生方泉さんに用事があって来たんですけど」
遠縁坂の言葉にベテラン刑事が興味深げな眼をした。
「なるほど・・・そうか。今からそっちに行くから」
二人の刑事は遠縁坂達に近付いて来た。
「ここのお嬢ちゃんとはお友達かい?」
ベテラン刑事は由真に尋ねる。
「い、いえ・・・あまり話をした事が無いので、一度、話をしたいなと」
「ほぉ・・・このタイミングで何を話したいんだい?」
由真は一瞬、身構えた。それを見て、ベテラン刑事は笑った。
「すまんすまん。職業柄、人に物を尋ねる時は取り調べをしているみたいになっちまう。それで、本当に何しに来たんだい?」
由真は遠縁坂を見る。
「あの・・・実は、今、僕達なりに怪しい人物を探していて、アリバイが崩れそうな人物として生方泉さんが居たので、直接、伺おうかと思って」
「なるほど・・・なかなか着眼点が良いな。だが・・・少し遅かったかな?」
それを聞いた遠縁坂達の顔色が真っ青になる。
「最悪の事を想像したか?安心しろ。彼女は家出をしているだけだ」
「家出?」
ベテラン刑事は笑いながら答える。
「そうだ。家出だ。どうせ、その辺をウロウロしているだけだろ。君らぐらいの年頃なら不思議な事じゃない。すぐに帰って来るよ」
ベテラン刑事はそう告げてから、その場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます