第14話

 今日も学校はカーストによって、生徒達が生活しにくくなっている。

 この雰囲気は悪いもの。

 力の強いものが、弱いものを支配するとか、そんなものではない気もする。

 あの一件からか体のだるさも抜けず、昇降口の下足箱からサンダルを出そうとするが、そのサンダルには花田と書かれている。

 ……間違えた……。

 気を取り直して、予測できない今日という地獄を過ごすために教室に向かう。


 教室内はまだ前と変わっていなかった。

 しばらくして、教室の扉を開けてはいる者。

「じゃあ、ホームルーム始めるぞ」

 担任の上土井先生がやって来て、

「今日は……じゃ、これよろしく」

 日誌を生徒へ回した。

 ここまではいつも通りだった。

「なんだか、今日はよくない感じがするなぁ」

 ふと、今日の雰囲気を呟く。

 年に数回呟き、割と当ててきた。内容はよく明日の話をする。

 たとえば――明日は雨かもしれない。

 明日の天気を直感で言ってくる。

 雨の話が大体なので、季節的には暖かい時が多い。

 しかし、今回は天気でなく曖昧な今日の話。

「まあ、いいか。今日は平常通りに動くからな。あとは――」

 森高はわずかだが不安を残した。


 昼休み、小森と出会う。

「今日はどうだった?」

 笑顔で、

「今日は特に何もなかったよ。むしろ私は前よりも過ごしやすくなったかも。だから今日は森高くんとは別の場所で食べようかなって」

 今日は何もないのか。

 あいつらは何がしたいんだろうか。

「わかった。じゃあ、また困ったら」

「わかった。ありがとう」

 手を軽く振って別れた。


 いじめグループは珍しく別の場所で集まっているようだ。

 なぜなら、そいつらの教室を見たから。

 その場所にはいなかった。

 次に屋上に行った。

 本来なら屋上は立ち入り禁止である。

 やつらの溜まり場としては上等だろう。しかし、その場にもいなかった。

 あとはいろいろいそうな場所はあるにはあるが、そこまで考える必要はない。

 それに、

「もういっそ、今日はここで食うか……」

 禁止ではあるが、監視はいない。

 森高は周りを見回すと、そこにはベンチがあった。

 誰が置いたか、もしくは元々か、どっちでもいいだろと頭の中で考え、そこに座る

 悪いことをしていると心に思いつつ、弁当箱に手を出す。


「美味しそうですね」

「――!?」

 突然、誰かの声が隣からした。

 瞬間、森高はすでにベンチにはいなかった。

「素早い動きでした。これなら入っても大丈夫な様な気がしますね」

 一人でしゃべる声の主を見る。

 警戒心を最大級に。

「いや、すいません。邪魔をする気ではなかったんですよ」

 手をあげて潔白を証明している男。

「誰ですか?」

 聞かれて立ち上がる男。

「私は、太田空次おおた ぐんじです。よろしく」

「どこから来たんですか?」

 扉を指差す太田。

「入り口から……?」

 うなずき、

「そうです。ちゃんとあれから入ってきたんですよ。それと……」

 ポケットをあさり、

「許可証です。これならどうですか?」

 言うとおり許可証だった。疑うところもなくなり、

「――はぁ。驚かさないでくださいよ、全く」

 言いながらベンチに――太田の隣に座りに行く。

「いやいや、あれはそちらが勝手にですよね」

「確かに、気づかなかった自分が悪かったと思いますよ」

 ――いや、本当にいなかった気がするが。


「突然で申し訳ないです。その代わりといえば何ですが、何か話を聞きましょうか」

「今あったばかりの人に、どうして身の内を語れるんですか」

 しかし太田は真剣であった。

「話せますよ。名前は」

「森高 真地です」

「森高くんはここ数日、忙しかったのでは?」

「そうですね」

 それは合っている。驚かないのは、そう言っていれば大抵は当たるから。

 占い師とかならよく使われるんじゃないだろうか。

 しかし、次の発言は驚かざるを得なかった。


「他人を助けるのは苦労しますよね」

「――え」

 言葉を失った。

 それに気づいたか、太田は確認をとる。

「やはり……。これがあなたの今の気持ちですね?」

「……はい。しかしなぜ?」

「さあ。自分だってあまりわかりませんよ。ただ、言い出せないなら、こっちから振ろうというだけですよ」

 いい加減な返答が来た。

 なぜわかったか、その理由を答えてはくれなかったが、知っているならもう隠せない。

「わかりました。言いますよ」


「なるほど。いじめ……」

 太田は口に手をやる。

 真剣に聞いているだろうか。

「しかも自殺間際まで……。あ、でも止めたっていうことは」

「ああ、いいですいいです。言わなくても……」

 森高の注意を手をあげて、

「わかってます。しかし……」

「どうしたんですか……。これから本題に入ろうというのに、いじめで自殺の話題でお手上げですか?」


 自分からあげといて困るなら、話を聞くなど言わなければ良かったのに。

「いや、そういうわけではないんですよ」

「どういうことですか」


 ……ここもあるのか……


「なんか言いました?」

「いや、すいません。大丈夫ですよ」

「? まあ、いいですけど……」

「まあ、それよりも言いたいこととは?」

 やっと本題に入れる。

「はい。いじめって何で起きるんですかね」

 風が強く流れる。雲の動きははっきりとわかるほど速くなる。

「それは私たちのせいだから、でしょうか」

 太田は座り直した。

「いじめが起こる原因を知っているのに、その予防ができない。教師の目がないところに起こるなら、そこに教師を置くことが望ましい」

 確かにその通りだ。

「でもできないですよ。何せ教師も人間ですから。できなかったとき、どう責められるか。教師の守りたいものは生徒か、いや、学校――というよりは自分の職かもしれない」

 そうであるだろう。

 森高もそれはわかっている。

 いじめは見えないんじゃない。見ようとしていないのだと。








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