第13話

 外に出る。

 小森は辺りを見回すが、まだ彼の姿を見ていない。

「も、もしかして……」

 胸のざわめきがひどくなる。

 本当は上手くいってなんかいなかったんじゃないかと。

 私が信用したから、森高くんは……。

 がっくりと膝をつき後悔するも、彼を救う方法はない。

 私が人に頼った時点でわかること。

「――ごめんなさい……っ!」

 口から謝罪の言葉が出てしまう。

 目に大粒の涙をもって。

「――ごめんなさい……ごめんなさい……」


 本当に悪いと思った。

 心配しないでと言った自分が、心配されるようなことをするなんて。

 遅れるなんてな。だから、

「それは――」

 言葉を掛けた。

 彼女は声のする方へ振り向く。

 その目には汚れた制服を着て、息を切らし、汗を流している人。

「それはこっちの言うこと」

「――っ!」

 目を見開いた。


 ぼろぼろなんだから。


「それはね。見苦しい格好でごめん。だけどね、こっちは何もなってないよ。怪我してない」

 森高は言いながら自分の格好を見る。

 腰を動かし、足元を見たり、言ったことを後から確認するように。


「私こそ……何もなってないよ? ね? なってないよね?」

 そう言いながら小森は目元を腕で拭きながら。

「本当に悪かった。遅れちゃったから。こんなピリピリしてるんだから、一分の遅れも許せないだろうな」

 小森はうずくまったまま首を横に振る。

「ううん、いいの。ありがとう」

 多くの人が見てくるが、気にしないほどに……。


「もう帰ろう。今日ここに集まったのは、一言、言いたかったから」

「一言?」

 落ち着いた小森は聞く。

「この行動は根本的にはいじめを止められなかったと思うよ。脅しの材料がどれだけ力を持っているか、わからないから」

 ポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。

「うん」

「本当に気を張らないといけないのはこれから。そっちの気分のよくなるように努力します」

「ありがとう……」

 森高は首を振って、

「いや。本当はちゃんと終わらせないといけないけど……」

「いいの。それだけで……十分、だから……」

 間をあけて、小森の言葉に返す。

「わかった。――よし、帰ろう」

「うん、またね」


 家に帰る。

 くたくたに疲れきった体を癒すには、さっさと風呂に入るに限る。それから寝る。

 その前に、

「ただいまー……」

「おかえり……って、なんなのその格好!?」

 母親の驚きの声。

「あぁー……」

 この汚れの説明をどうするかを考えないと……。

 取り敢えず濁す?

「いや、まあ、ね」

「イヤマアネ?」

「いやいや……」

「あ、もしかして……?」

「もしかして……」

「川に落ちたでしょ?」

「あー……」

 森高は以前川に落ちたことがある。

 川原の草が生い茂り、踏まれて横になり、地面だと思ってそこを踏みしめれば、草はそのまま踏み倒されバランスを崩し、そのまま川に落ちた。

 という間抜け話を覚えていた母。

「いや。もうあれ以来川に落ちてない。そんなバカしない」

「そう。まあ、いっか。それ何とかするから置いといて」

「へい」


 あの時はどうなるかと思った。

「はぁ……ただいま……」

 母親が出迎える。

「お帰りなさい。あら、大丈夫? なんだかお疲れに見えるよ?」

「うん。大丈夫だよ、ママ」

 納得しきっていない顔だけど、

「うーん。まあ、早く入って、ご飯もそろそろだからお風呂に入っておいで」

「ありがとう」


 これを終わりと思うのは無理がある。

 次は、自分。

 あれを喧嘩売りと思うなら、明日の学校は穏やかにいかない。

 いや、もともと穏やかじゃなかったが。

 その時はどうするか、考えるが……。

「はぁぁー」

 今日の疲れが来すぎて、眠気が襲ってくる。

 この事は明日になって、その時はその時で対処するとしよう。

 そうして森高は目を閉じた。


 平和な日常を、私は家に帰れば得ることができる。

 今日の食事も笑い合いながら語り、理想の家庭を見ている。


 食事を済ませ、小森は自分の部屋に入る。

「でも……」

 森高くんが言った通り、まだ終わってない。

 あの動画の意味がなくならないといいけど。

「今日……本を読もうかな……。でも、疲れてるし……」

 本棚に向かって呟く。

 迷っているのでうろつく。

 困っているので唸るが、

「でも、早く帰ってって言われたんだから、もう寝るしかないよね!」

 森高くんの言葉を思いだし、眠ることにした。

 明日の覚悟をちゃんと持って……。


 泡……。

 不定期に見える何か……。

 自分は一体何をしたのか分からないまま、長い間、この何もない空間で《泡》を見る。

 眠るとき、自分の意識はない。しかし、夢としてこの感覚を知る。


 ……ねぇ? ――ねぇ?


 誰かの声がする。

 呼ばれているから声を出そうとする。しかし、夢だからか……、理由はわからないが、声は出せない。返事はできない。

 だけど呼び掛けられる。


 ――ねえ? あなたは――。


 ――人を殺したことがあるの?


 この夢はここで終わる。


「……っ」

 目が覚める。こんな夢を見たなら、自分だって起きる。いつもは見ないはずなのに。

「殺したことなんて……ないが……」

 夢の中の問いに、現実の自分が小声で答える。

 本来なら夢は忘れるもの。

 しかし、何故かはっきりとこの声を覚えた。

「……ぅあぁ……っと」

 この夢の意味はわからない。わかろうともしない。

 今日は学校で起こることの方が重要であるから。

 夢の話なんて、

「今はいいか」

 朝の支度をし、学校へと向かう。




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