第3話 元少年

 いつもの道、いつもの電車の窓を流れる景色、いつもの学校、いつもの同級生・・。

 この空虚はいつまで続くのだろうか。死まで続く脇道の一切ない空っぽな一本道が、私の目の前には、はっきりと見えていた。

 そんな空虚な人生の、空虚な一日が今日も始まろうとしていた。

「お母さん醤油とって」

 母は、自分で用意した朝食の前で、今日も箸もつけず呆けていた。

「ふぅ~」

 仕方なく、私は自分で醤油をとるために思いっきり腕を伸ばした。

「ん?」

 その時、何気に目に入った畳の上に転がっていた新聞を見て私は震えた。あの少年だった。今はもう少年ではなかったけれど、間違いなくあの少年だった。

「弁護士・・・」

 最年少で弁護士。でかでかと見出しが躍る。少年は弁護士になっていた。私は素早く新聞を掴むと、何度も何度もその下の記事を読み、写真を凝視した。更生!記事の中のその言葉が私の頭に飛び込んだ。更生。更生?新聞を持つ手が激しく震えた。

 更生?

 だからなんだ!

「だからなんだ!」

 突然大声で立ち上がった私を、びっくりして母が見上げた。

 私は持っていた新聞を思いっきり握りつぶし、思いっきり壁に投げつけた。畳を転がる新聞の中で、皺くちゃになった元少年が笑っていた。

 私はこの時、初めて少年に怒りを覚えた。 

「おいっ、双子石!どこ見てる」

 チョークが飛んできた。それは見事に窓の外をぼーっと眺めていた私の側頭部に命中して、コロッと落ちた。教室が笑いで包まれる。短くちびたチョークは、私のただ形だけ開かれた教科書とノートの間のアーチをコロコロ転がって、その中央の溝で止まった。

「うるせぇー」

 私は立ち上がり、素早くそのチョークを拾い上げると、先生に思いっきり投げ返した。チョークは先生の顔を掠め、カーンと小気味よい音と共に、そのすぐ背後の黒板にぶち当たって粉々に砕け散った。

 一瞬時が止まり、教室中が静まり返った。同級生の飛び出さんばかりに見開かれた目が私に集中した。先生も何が起こったのか理解できず、黒板の前で固まったまま私を茫然と見つめた。

 普段大人しい私の反抗に、若い国語教師は哀れなほど動揺し、おろおろと小さくなって授業を再開した。

 その日から、私のあだ名は戦いの神、阿修羅になった。

 実際、私の顔は怒り狂った阿修羅のそれになっていた。廊下を歩いていると、かわいい後輩たちが、私の顔を見て、

「ひーっ」

 と悲鳴を上げて逃げていった。

 教室に入ってきた数学教師は、私の顔を見ただけで、

「自習」

 と言い残し教室を去った。

 私の頭には、あの元少年の笑った顔がこびりついて、常に満ち満ちていた。ただでさえ学校で浮いていた私はさらなる別次元の怒りのオーラで、完全に触れてはいけない人になった。

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