不吉な黒煙

     ◆


 ダイアンはだい会堂かいどうをぬけ、議場ぎじょうのある宮殿きゅうでん二階へ直行ちょっこうした。


 とびら両脇りょうわきに、守衛しゅえい魔導まどうが二人ひかえていたが、ダイアンは「ご苦労様」と声をかけ、議場へ足をふみ入れる。


 あまりに威風いふう堂々どうどうとしたいに、守衛の二人は何の疑問ぎもんもいだかず、背筋せすじをのばして素通すどおりさせてしまった。


「あ、あの……」


 しばしの間を置いて、おかしさに気づいた守衛の二人が、後を追って議場へ入る。議員ぎいん達も続々ぞくぞくとダイアンの存在に気づく。


 議員達はいつでも逃げられるようテーブルをはなれていたが、ゾンビ出現の一報いっぽうを受け、全員この場にとどまった。ジェネラルは意識をうしなっていたが息はあり、ひかえのに運び込まれた。


「……何だね、君は?」

状況じょうきょうを説明して」


 議員達は面食めんくらい、しばらく議場は沈黙ちんもくにつつまれた。彼らが圧倒あっとうされるだけの威厳いげんが、ダイアンにはあった。やがて、議員の一人が「巫女みこ……」と口走くちばしった。


 ダイアンは白いドレスを身にまとい、頭頂とうちょうにティアラをきらめかせる。そして、手にたずさえる『王笏セプター』は、文献ぶんけん上で神器じんぎの一つに数えられている。


 絵画において、巫女は決まってこの服装ふくそうでえがかれていたため、この姿が目に焼きついている者は多かった。


「もしかして、巫女でしょうか……?」

「そうよ」

 

 議員達がいっせいにざわついた。


「今まで、どこにいらっしゃったのですか」

「ごめんなさい、深い事情があったの。それは後で説明するわ」


「巫女が来てくださった」

「これでひと安心だ」


 議員達が口々くちぐちに喜びの声を上げたが、彼らの期待にこたえられないため、ダイアンは後ろめたい気持ちにおそわれた。


「敵の手により、『転覆てんぷく魔法まほう』が解除かいじょされてしまったようです。我々がふがいないばかりに、こんな事態じたいに……」


「誰の仕業しわざなの?」


 ダイアンは答えようとした議員に顔を向け、〈読心〉マインドリーディングで心を先読さきよみした。


辺境伯マーグレイヴなのね?」

「は、はい……。よくご存じで」


「あとは学長がくちょうも一緒に……、学長はご存じですか?」


「パトリックのことね」

「それもご存じでしたか」


 もはや、ダイアンが巫女であることを疑う者は、誰一人としていない。何もかも見通みとおすようなひとみに、言いようのない恐怖きょうふを感じている者も多かった。


「二人はまだ上にいるのね」

「はい。先刻せんこくとま〉にのぼってから、まだ下りてきておりません」


 辺境伯マーグレイヴは信頼を置いていたかつての部下だが、その身に何かが起きたのは想像にかたくない。力を失った現状げんじょうにおいては、危険な敵だ。


 ダイアンは鎮座ちんざのある上方を見つめ、しばらくまよっていたが、〈止り木〉へ向かうことに決めた。


「お前達、おともをしないか!」

「は、はい!」


 議場の奥へ向かったダイアンを、守衛の二人が追いかける。扉の近くで待機たいきしていたルーも、議員達の頭上ずじょうを飛び越え、ダイアンのもとへ向かった。


     ◆


 城壁じょうへきを飛び越えたウォルターは、中央ちゅうおう広場ひろばにほど近い建物に降り立った。そこから市街しがい見渡みわたすと、状況は様変さまがわりしていた。


 各通りには、さきほどまで見えなかった人影ひとかげ多数たすうある。数多あまたのゴーレムが闊歩かっぽする中、決死けっしの思いで通りを横断おうだんする様子が見られた。


 また、人間かゾンビかの見分みわけはつかないものの、ゴーレムの手にかかったと思われる死体したいが、そこかしかに確認できた。


「今よ! 急いで!」


 眼下がんかから女性の大声おおごえが上がる。見下ろすと、路地ろじにいた女性の魔導士が、ゴーレムの目をぬすんで、住人じゅうにん達の誘導ゆうどうをしていた。ウォルターはそばに行って、事情を聞いた。


「建物の中はゾンビだらけだそうです。岩の巨人きょじんがいるので、極力きょくりょく外へ出るなとは言っているんですが、どうしても出てきてしまうので、こちら側の建物へ避難ひなんさせているところです」


 レイヴン城の収容しゅうよう力の問題から、中央地区の住人は市街に残っている。また、防衛ぼうえい上の観点かんてんから高層こうそうの建物へ集中的に避難させたため、それが裏目うらめに出た。


「ゾンビを先にどうにかすべきなんですが、東地区や西地区も同様どうようの状況で、全く手が足りません。それに、岩の巨人がウジャウジャいるせいで、思うように身動みうごきがとれませんし」


 ゾンビになっても生前せいぜんの性格が色濃いろこく出る。一人でいるのが好きなタイプは、他人の接近せっきん過剰かじょう反応するが、ジッとしていたり、人のいない場所へみずから移動するため、がいすくない。


 一方で、集団でいることを好むタイプや、異性いせいおそいかかる欲望よくぼう忠実ちゅうじつなタイプもいる。それらは、人間を追いかけまわすため、同じ建物に同居どうきょするのはむずかしい。


「岩の巨人は後回あとまわしで、ゾンビへの対処たいしょさい優先ゆうせんにするという話になってます。どっちにしろ、あれは私達の手にえないんですが」


「わかりました。あれは僕がどうにかします。そのすきに避難をお願いします」

「……岩の巨人をですか?」


 目のとど範囲はんいだけでも三体のゴーレムがいる。通りに進み出たウォルターは、敵の視界しかいに入らないよう注意しながら、一番近くのゴーレムに接近をこころみる。


 ゴーレムはこの手で残らず始末しまつする。その決意けついがあっても、特段とくだんさくがあるわけではない。


 ジェネラルらがそうしていたように、水路すいろ落下らっかさせるのが一番の近道ちかみちとわかっていたが、ここから南地区の水路までは相当そうとうの距離がある。


 近くにレイヴン城を取りかこ水堀みずぼりがあるが、水深すいしんはゴーレムをしずめるにはすこし足りない。さらに、市街側の斜面しゃめんがゆるやかなため、なんなくのぼることができる。


 ウォルターは魔法単独たんどくでどうにかならないか考え、手始てはじめに、〈悪戯〉トリックスター強化きょうかした魔法をたたき込み、それが通用つうようするか確かめることにした。


 十分な距離をとった状態で、背を向けたゴーレムへ『かまいたち』をはなつ。そして、相手が振り返るのを待たず、次の攻撃準備へ取りかかった。


「おい、よせ!」


 近くの路地から制止せいしの声が飛んだ。普通の魔導士からすれば、ウォルターの行動――ただの魔法で、正面しょうめんからゴーレムにいどむのは、無謀むぼうきわまりない。


 その上、ウォルターが攻撃にもちいようとしているのは、ゴーレムともっと相性あいしょうの悪い『風』だ。


 ゴーレムがウォルターに向かって突進とっしんを始めた。付近ふきんにいた数人の魔導士が、援護えんごするため、すみやかに攻撃態勢たいせいをとる。


 オーソドックスな『かまいたち』は全長ぜんちょう一メートル足らず。太さは人間の腕よりも細く、ウォルターはそれを一秒とかからずに形成けいせいできる。


 人間なら、たとえ身構みがまえていたとしても、その場でこらえるのが困難こんなんなほど威力いりょくがある。ふんばりがきかないゾンビなら、五メートルは吹き飛ばされる。


 しかし、重厚じゅうこう巨体きょたいをようするゴーレムにしてみれば、痛くもかゆくもなく、にさされたようなもの。体勢たいせいをくずすかも疑問だ。


 普通の『かまいたち』ではダメだ。ウォルターは十秒近い時間をかけ、〈悪戯〉トリックスターによって増幅ぞうふくされたエーテルを、ありったけかき集めた。


 その結果、かまの全長と太さはウォルターの体を数段すうだん上回うわまわった。目にしたことのないのそれを前に、付近の魔導士や、建物の窓から見守みまもっていた住人は息をのんだ。


 薄緑うすみどり色に輝く巨大きょだい『かまいたち』が、ウォルターの手元てもとを離れ、せまり来るゴーレムの頭部とうぶ目がけて直進ちょくしんする。

 

 本来ほんらいなら、『風』の魔法など物ともしないゴーレムの体が、直撃ちょくげきを食らって空中に舞った。周囲しゅういにどよめきが起こり、おくれて、歓声かんせいがわき起こった。


「『風』の魔法で……」


 見守っていた魔導士の一人は唖然あぜんと目を丸くした。だが、ウォルターの顔色かおいろはさえない。敵の体を吹き飛ばした上に、見事みごと転倒てんとうさせた。


 しかし、距離はたかだか五メートル程度。ダメージも見受みうけられず、渾身こんしんの力をこめて、時間かせぎにしかならないようなら、先行さきゆきは暗い。


 もっと吹き飛ばせる距離をかせげれば、石壁いしかべ衝突しょうとつさせるなり、水路といった場所へ突き落とすなり、いくつか選択せんたくが生まれる。


 他に策はないか。〈悪戯〉トリックスターあらたな使い道はないか。棒立ぼうだちのまま、あれこれ思案しあんをめぐらせる。


「早く逃げろ!」


 顔を上げると、目前もくぜんにせまったゴーレムが右腕みぎうでを振りかぶっていた。ウォルターはとっさに上空じょうくうへ舞い上がり、間一髪かんいっぱつなんのがれる。


 しかし、敵の背後はいご着地ちゃくちしたものの、すぐさま発見された。態勢がととのわないうちに、敵の追撃ついげきがくり出される。


 万事ばんじきゅうす。見守っていた人々の多くが、思わず目をおおう。


 しかし、空中を舞っている最中さなか、ウォルターの頭に、あるアイデアがよぎった。『かまいたち』と重力じゅうりょく無効むこう化を組み合わせられないか。


 空中飛行は、地面じめんに向けた『突風とっぷう』と重力無効化を組み合わせる。前述ぜんじゅつの通り、この手法しゅほうは敵にたいして用いれない。


 なぜなら、水平すいへい方向の『突風』では自身への反動はんどうが大きい上に、敵が能力の有効ゆうこう範囲からすぐにはずれてしまい、たちまちいきおいがそがれるからだ。


 『かまいたち』ならどうなるか。ぶっつけ本番ほんばんで、ウォルターはアイデアを実行にうつす。かがんだ状態で重力を無効化し、立ちはだかる敵を見上げる形で『かまいたち』を放った。


 予想よそう以上の結果を得た。ゴーレムが空中を回転しながら吹き飛ばされる。先ほどよりも、速くかつ遠くまで飛ばせた。ウォルターも派手はでしりもちをついたが、反動は思ったより小さかった。


 次のアイデアは、石壁と思いきり衝突させ、その衝撃しょうげき破壊はかいすること。交差こうさてんかどにある頑丈がんじょうそうな石造せきぞうの建物に目をつけ、後方こうほうへ飛びすさって、近くまでゴーレムを誘導した。


 そして、限界げんかいまで引きつけ、敵を『かまいたち』で勢いよく建物にたたきつけた。目論見もくろみ通りだったが、岩の体が欠けるといったダメージはない。


(この程度の衝撃じゃダメか……)


 起き上がろうとしたゴーレムに、ウォルターは『豪炎ごうえん』を放射ほうしゃした。すさまじい火力かりょくだったが、炎にうかび上がった敵のシルエットは、かまわず動き続けた。


 効果がないと見て、『電撃でんげき』に切りかえた。〈悪戯〉トリックスターの助けを借りているため、威力だけは絶大ぜつだい。しかし、所詮しょせん散漫さんまんこう範囲はんいに飛びり、ねらいも定まっていない。


 辺境伯マーグレイヴ精密せいみつな『電撃』は敵を失神しっしんさせたが、ウォルターの未熟みじゅくなそれでは、動きをにぶらせるのが限度げんどだった。


 ウォルターはもっぱら『風』と『火』の属性ぞくせいを使う。これは本人の好みでなく、二つの属性が、始めから驚くほど高いレベルで使いこなせたからだ。


 対して、他の三つの属性は、ヒマを見つけてコツコツと練習をかさねたものの、目に見えて上達じょうたつすることはなかった。


 やぶれかぶれとなり、今度は『氷柱つらら』を形成した。巨大ではあったが、寸胴ずんどうでいびつな形をしているため、『氷柱』というより『氷塊ひょうかい』という表現がただしい。


 続けざまに形成したそれを、敵へたたきつける。ゾッとするような衝撃音が何度もひびいたが、それでもゴーレムは沈黙しなかった。


(もっと力が――もっと力がほしい)


 ウォルターはせつに願った。すると、その底知そこしれない思いに呼応こおうするかのように、不吉ふきつ黒煙こくえんが、体内たいないからもれ出し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る