パトリックの戦い3

     ◆


 パトリックが語った『予測よそく』は、衝撃しょうげきをもって受け止められた。それが核心かくしんにいたった瞬間しゅんかん、にわかに議場ぎじょうがどよめいた。


「バカげている。そんなおそろしいことができるわけがない」

学長がくちょうはそれがわかった上で『源泉の宝珠ソース』を引き渡すと言うのか」


 興奮こうふんのあまり、テーブルをたたく議員ぎいんも現れた。議員達の反発はんぱつはもっともであり、これが常識じょうしき的な反応だ。パトリックの『予測』が現実となれば、この国は壊滅かいめつ的な打撃だげきをこうむる。


「〈外の世界〉にも私達と同じ多くの人間がいます。そのことは、必ずしも致命的ちめいてきな問題になりません」


「しかしだな、ただでさえ人口じんこう減少に悩んでいるというのに、なぜ自分の首をしめるようなことを、わざわざ行う必要があるのか」


「そもそも、あれは巫女みこわす形見がたみとも言うべき神器じんぎの一つ。軽々かるがるしく引き渡せるものではない」


「お言葉ですが、事ここにいたっては巫女との決別けつべつを考えるべきではないでしょうか。巫女が姿を消してから、二十年近い時がたっているわけですし、巫女のためにと、国を危機ききてき状況じょうきょうにおとしいれては本末ほんまつ転倒てんとうです」


「言っていいこと悪いことがあるぞ。巫女はこの国をきずき上げ、我々に魔法まほうの力をさずけてくださり、人狼じんろう族との戦争せんそうを勝利にみちびいてくださった。我々が今ここにあるのも、全て巫女のおかげだ」


皆様みなさまはそれを覚えておいでですか?」

文献ぶんけんには残っている」


「しかし、今回の災厄さいやくまねき寄せた元凶げんきょうは巫女に他なりません」

「学長、口がすぎるぞ。つつしみたまえ」


 パトリックは国を守りたい一心いっしんだ。それは義務ぎむ感、使命しめい感と呼べるものだった。けれど、しだいに巫女への強い反感はんかん――憎悪ぞうおに近い感情にとらわれ始めた。


 以前から、周囲しゅうい比較ひかくして、巫女に対する尊崇そんすうねんがうすかった。きっと自分が平民へいみんであり、魔法の能力をさずけられたわけでもないからだと、彼は分析ぶんせきしていた。


「もう一度、よくお考えください。かりに、今回敵の襲撃しゅうげき撃退げきたいできたとしましょう。その場合、我々は敵が態勢たいせいを立て直すまで、指をくわえて待つことしかできず、反撃はんげきのチャンスをみすみすのがしてしまいます。

 対して、『転覆てんぷくの魔法』をいてしまえば、我々のほうから〈外の世界〉へ打って出る選択せんたくも生まれます」


「しかし、君の『予測』が正しければ、外へ打って出る余裕よゆうもなくなるじゃないか」

「そうだ。今は目先めさきのゴーレム撃退に専念せんねんすべきだ」


 パトリックは『転覆の魔法』の解除かいじょ悲劇ひげき的な結末けつまつむかえることを、十年以上前から予想よそうしていた。


 それでもなお、彼の信念しんねんはゆるがない。そうであっても、前に一歩いっぽ進むべきだと考え、まるでおどしかけるように、きっぱりとこう言い切った。


「これ以上、決断けつだんを引きのばせば、かえしのつかないことになります。問題を根本こんぽん的に解決かいけつをするには、この手段しゅだんをおいて他にありません」


     ◆


 その時だった。白熱はくねつした議論を妨害ぼうがいするように、はたまた議員達の反論はんろんふうじるように、大きな物体ぶったいがテーブルの中央に落下らっかした。ドンと大きな音が議場に反響はんきょうする。


 驚きのあまり、イスから飛び上がったり、ころげ落ちる議員が続出ぞくしゅつした。その後、一様いちように言葉をうしなった面々めんめんは、こおりついた表情で顔を見合わせた。


「どこから落ちてきたんだ……?」

「何だ、これは……、人間か?」

 

 数名の議員が次々つぎつぎ頭上ずじょうを見上げる。議場には明かり取りや換気かんきのための窓が数多くあるが、警備けいび上の関係で、人間が通りぬけられる大きさのものは一つもない。


 テーブルの上に横たわるのは明らかに人間だが、ピクリとも動かない。ほどなくして、それがある人物であることに、ようやく議員の一人が気づいた。


「……ジェ、ジェネラルじゃないか!」


 議場がたちまち騒然そうぜんとなった。議員達が「ジェネラルだ」「どうしてジェネラルがここに……?」と口々くちぐちに声を上げる。


 混乱こんらんがおさまる前に、議場のとびらがバタンといきおいよく開かれた。議員達のおびえた目がその方向へいっせいにそそがれる。


「ご報告いたします! たった今、敵に大門おおもん突破とっぱされました!」


 議場にかけ込んできたのは伝令でんれい魔導まどうだった。うなだれながら床に両膝りょうひざをつき、張り上げた声には無念むねんさがにじんでいる。


「すでに、相当そうとうすうのゴーレムが市街しがい侵入しんにゅうしております。大門付近ふきん展開てんかいしていた部隊ぶたいは完全に崩壊ほうかい……。立て直しのメドは立っておりません。

 あと、ジェネラルについてですが、マーグ……いえ、元辺境伯マーグレイヴと思われる男が突如とつじょ前線ぜんせんに現れ、その男と共に姿が見えなくなりました。現在も行方ゆくえがわからず……、全く連絡れんらくが取れない状況です」


 伝令は嗚咽おえつまじりに言った。話を聞いた議員達は困惑こんわくした表情で、テーブルに横たわるジェネラルらしき人物へ目を移す。


 一方いっぽう、パトリックの視線しせんだけはべつ方向ほうこうくぎづけとなっていた。彼の目にだけ映る男がそこにたたずみ、微笑びしょうをうかべながら見返みかえしていた。


「落ち着いてください。ジェネラルも辺境伯マーグレイヴもここにいます」


 パトリックがおそいくる戦慄せんりつを振りはらうように言った。足をふるわせながらも、ジッと相手を見すえ続けた。


 耳を疑う言葉を聞いた議員達が、いっせいに視線をおよがす。ジェネラルはともかく、辺境伯マーグレイヴの姿は彼らの目にうつっていない。


 議員達がパトリックの視線をい出し始める。元老院げんろういんの議員が相次あいついで暗殺あんさつされた事件はまだ記憶に新しく、彼らの動揺どうよう尋常じんじょうでない。


「どういうことだ、学長。辺境伯マーグレイヴがそこにいるのか?」


 ふいに顔をほころばせた辺境伯マーグレイヴが、〈不可視インビジブル〉を解いた。元老院相手に啖呵たんかを切ったパトリックを見て、彼はじょう機嫌きげんだった。


「リトル、言うようになったじゃないか。見違みちがえたぞ」


 彼が議場へ侵入したのは、さきほど扉が開いた時。それから、柱のかげに身をひそめながら、議論に聞き入っていた。


「お前は……、やはり生きていたのか!」

辺境伯マーグレイヴ、これはお前の仕業しわざか!」


 多くの議員はうろたえていたが、一部いちぶの議員はかつての部下に対して強気つよきだ。とはいえ、彼が国の窮地きゅうちにはせさんじたと勘違かんちがいする者は一人もいない。


「あの時の選択は間違っていなかったみたいだな」


 あの時の選択――五年前のあの日、辺境伯マーグレイヴはパトリックの暗殺も考えたが、直前ちょくぜんで思いとどまった。『転覆の魔法』を解除するためには、パトリックの存在が必要可欠かけつと判断した。


『お前も殺そうと思った』


 あの時投げかけられた言葉を思い出し、パトリックはその身を硬直こうちょくさせた。


「その様子だと、『転覆の魔法』を解く当てがあるようだな」

「当ても何も、あなたから得た情報ですよ」


 辺境伯マーグレイヴは「俺から……?」とまゆをひそめた。


 彼は本当に忘れていた。一連いちれん出来事できごとの多くが記憶から失われた。覚えているのは〈樹海じゅかい〉における同士どうしちや、仲間を失ったいきどおり、そして、元老院議員の暗殺に走った事実。


 彼は『〈外の世界〉へ連れて行く』という見返みかえりのため、それ以外の記憶を差し出した。また、鎮座ちんざへ侵入し、『源泉の宝珠ソース』に対して〈分析〉アナライズを使用することも交換条件の一つだった。


 そのため、ネクロ達と手をむすぶことに抵抗ていこうを感じていない。彼らが仲間の命をうばったちょう本人ほんにんであると夢にも思っていない。


「まあいい。準備じゅんびはできているか。『根源の指輪ルーツ』ならここにある」


 辺境伯マーグレイヴはジェネラルから奪い取ったそれを、すでに右手にはめている。


 しかし、それはあくまで元老院の同意どういを得た上でのこと。反対を押し切ってまで行う意思いしはない。また、停戦ていせんのための交渉こうしょう材料でもあるため、パトリックは首をたてに振らない。


「さっきの威勢いせいはどうした? 今さら、尻込しりごみしたなんて言わないよな?」


「要求があります。『転覆の魔法』を解除したあかつきには、ただちに全てのゴーレムを引き上げると約束してください」


「いいだろう。もとより、今回の作戦の目的はそれだからな。たとえ連中がおうじなくても、俺がちからずくで引き上げさせよう」


「皆様、よろしいでしょうか?」


 議員達は唖然あぜんとしたまま、誰も口をきかない。その反応を見た辺境伯マーグレイヴは、パトリックに歩み寄って手を取った。


「待て! 我々はまだ許可きょかを出していないぞ!」


 議員の一人が声をふるわせながら言った。辺境伯マーグレイヴ殺意さつい宿やどった目で、威圧いあつするようににらみつけた。


「命のしくないやつだけがついて来い」


 そのおど文句もんくで、議員達が一瞬いっしゅんでだまらされる。そして、辺境伯マーグレイヴはパトリック諸共もろともに彼らの前から姿を消した。


『スージー。議場をぬけて〈とま〉まで来てください』


 その『交信こうしん』を受け、スージーが〈止り木〉へ向かう。塔をのぼる階段のたもとで、パトリックは一人で待っていた。


「あなたも一緒に来てください。あと、ウォルターに伝えていただけますか。今にも殺されそうなので、至急しきゅう〈止り木〉の最上さいじょうかいへ来るように、と」


「は、はい……」


 スージーはキョトンとした顔で答えた。辺境伯マーグレイヴの姿が見えない彼女には、とても命の危険きけんを感じる状況に思えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る