パトリックの戦い2

     ◆


 そのころ、ダイアンは東棟ひがしとうの二階にある手狭てぜま一室いっしつにいた。そこに数家族と一緒に押し込められたが、それでも廊下ろうかに人があふれる、すしめの状態だった。


 とはいえ、周囲しゅういにいるのは、居候いそうろうするトーマスベーカリーの一家や、パンの配達はいたつで顔を合わす近所の住人達なので、気は楽だった。


 中庭なかにわめんした窓から不安げに外を見ていると、一羽のカラスがきゅう降下こうかしてきて、中庭の芝生しばふの上に降り立った。


 カラス――ルーは愛嬌あいきょうたっぷりにその場でクルクルと回転しながら、まわりを取りかこむ建物へ目を走らす。


 自分を探しているのだと思い、ダイアンは手を振って合図あいずを送った。しかし、ルーはなかなか気づかず、仕方しかたなく中庭まで行くことにした。


 回廊かいろうの柱のかげから、ダイアンが「ルーちゃん」と手招てまねきしながら、小声こごえで呼びかける。ルーがスキップするように飛びはねながら近づいてきた。


「おじょうちゃん、大変だ」

「何かあったの?」


「岩の巨人きょじんという伊達だてじゃないな。もうメチャクチャだ。街にウジャウジャ入り込んじまった。いずれ、ここにも来るぞ」


「えっ!? ジェネラルがいるから大丈夫なんじゃなかったの?」


「そう言っているのを小耳こみみにはさんだだけだって。第一だいいち、ジェネラルがどいつかもわかんねえし。俺の時代にはいなかったからなあ。いや、そいつ自身はいたんだろうけどさあ、基本、身の回りは女の子でかためていたから」


 ダイアンが「ああ、そう……」とややかな眼差まなざしを向ける。


「ウォルターは?」

「あの小僧こぞうか。さあな、ピョンピョンと空を飛びまわっているのを見かけたな。元気なんじゃないか」


 ダイアンが心配そうに考え込む。


「そんなに気になるなら、もう一度様子を見に行ってきてやるよ。あいつは要注意人物だからな」

「そういう意味じゃなくて……」


「いつでもここから逃げられるよう、お嬢ちゃんも準備じゅんびしておけよ」

「気をつけてねー!」


     ◆


 スプーが乗りてた『うつわ』は、ドアをけやぶって突入とつにゅうした魔導まどう達により、ただちにさえられた。まもなく、内門うちもんは閉められることとなった。


 しかし、すでにおびただしい数のゴーレムが市街しがい侵入しんにゅうした後。外に残っているのは、始めから休眠きゅうみん状態にあった個体こたいのみだ。


 不審ふしん者出現の情報を聞きつけたクレアのチームが、ゴーレムの目をかいくぐって城壁じょうへきとうにかけつけた。


「こちらです」


 守衛しゅえい案内あんないされ、クレアとコートニーが城壁塔の最上さいじょうかいへ向かう。部屋に入ると、不審者が二人がかりで床に押さえつけられていた。


「こいつです」

「おい、おとなしくしろ!」


 取り押さえられてから十分近く経過けいかしていたが、不審者は抵抗ていこうを続けている。生気せいきの感じられないうつろな顔つきなのが、異様いようさをきわ立たせた。


「見てください。こいつとそこの死体したいは同じ顔をしているんです」


 クレアとアイコンタクトをかわしたコートニーが、おそおそる不審者の前でかがむ。不審者がうろんな目つきでコートニーを見つめる。彼女は〈分析〉アナライズ発動はつどうした。


『能力:〈扮装〉スプーフィング 術者じゅつしゃ:スプー』


 ぼしい情報はかけられた能力の表示と、ゾンビであることだけだ。


「どうだった?」

「ゾンビです。あと、『扮装ふんそう』の能力がかかっていますけど、能力は持っていません」


「じゃあ、こっちが偽者にせものというわけね」


 次に、コートニーが死体の〈分析〉アナライズに移ったが、収穫しゅうかくはなかった。


「向こうは死亡しぼうと書かれているだけで、ゾンビではありません」


 一部いちぶ平民へいみん――ゾンビ化する『忘れやすい人々』と違い、基本的に貴族きぞくは死んでもゾンビになることはない。


 いわゆる貴族型ゾンビとは、スプーら『エーテルの怪物かいぶつ』の元『器』だ。普通のゾンビとの違いは、いたって健康な状態であることだ。


 クレアと行動を共にしているスコットは、最上階の部屋がせまいため、下の階で待機たいきしていた。そして、窓からゴーレムが闊歩かっぽする市街をながめていた。


 またもや敵にしてやられた。一矢いっしむくいることさえできない自身のふがいなさが身にしみた。やるせない思いとなり、近くの壁に「くそっ!」と軽くコブシをたたきつけた。


 ふと窓の外へ目を戻すと、魔導士の女が中央通りを一人でうろついていた。ビクビクとゴーレムを警戒けいかいしながら、脇道わきみちを入ったり出たりしている。


「あいつ、あんなところで何やってんだ」


 それは明らかにケイトだった。レイヴン城を出たケイトは、どこかの部隊ぶたい合流ごうりゅうしようと考えたが、運悪うんわる大門おおもん決壊けっかいにかち合い、危険きけん地帯ちたい孤立こりつ状態におちいった。


「ちょっと外に出てくるって、クレアに伝えておいてくれ」


 スコットは居ても立ってもいられず、近くの魔導士に伝言でんごんたのんでから、急いでケイトのもとへ向かった。


     ◆


 審議しんぎかいが開始してから二十分。大門付近ふきんでくり広げられる激闘げきとう尻目しりめに、冷静れいせいな議論が行われていた。パトリックはそれにくわわることなく、よそよそしく耳をかたむけた。


 議題ぎだい目下もっかの戦闘に関することではなく、レイヴン城が落とされた場合の方針ほうしん主眼しゅがんが置かれた。


「レイヴンズヒルを放棄ほうきすることも考慮こうりょしなければならないか」

「その場合、避難ひなん先はサウスポートか、それともストロングホールドか」


「やはり、極力きょくりょく〈外の世界〉からはなれていたほうがいいだろ」

「それなら、サウスポートか」


 城下で命をとして戦う部隊の存在を考えれば、みずからの身の安全ばかり気にかけるようで、謹慎きんしんに思われた。


 けれど、パトリックも他人のことを言える義理ぎりではない。この緊急きんきゅう事態じたいじょうじて、かねてから胸に温めていた野望やぼうを実現させようとしている。


「一つ提案ていあんがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 ふいに挙手きょしゅしたパトリックが口をはさむ。とまどったり、いぶかしげに彼を見つめる議員ぎいんが現れる。


 助言じょげん役として出席するパトリックには発言権がないにひとしい。当然ながら、議決ぎけつ権もない。発言の機会きかいを求めること自体じたい異例いれいのことだ。


「ああ……。何だね、学長がくちょう


敗色はいしょく濃厚のうこうとなった場合、『源泉の宝珠ソース』を敵に差し出し、和睦わぼくを求める選択せんたくもあるのではないでしょうか」


「『源泉の宝珠ソース』を……?」

「それで、本当に敵は引き下がるのか。連中の目的が『源泉の宝珠ソース』だけだという確固かっこたる証拠しょうこはあるのか」

「そもそも、連中はなぜ『源泉の宝珠ソース』をねらっているんだ」


 パトリックの意見はひどく不評ふひょうを買ったが、ここでほこをおさめるつもりは毛頭もうとうない。


「つまるところ、彼らの目的は巫女みこの命です。この国の制圧せいあつを考えているわけではありません。『源泉の宝珠ソース』をうばうことによって、巫女の行方ゆくえに関する、何らかの手がかりが得られると考えているのではないでしょうか」


 その時、ふいに議場ぎじょうとびらが開き、議論が中断した。議員達の顔がそちらへ向けられる。ところが、いくら待っても、誰も姿を見せなかった。


 しばらくして、守衛の魔導士が顔をのぞかせる。だまったまま、議場内へいぶかしげな視線しせんを送り続けた。


「……どうした?」

「いえ、扉が開いたので誰かが出ていらっしゃるのかと……」


「……?」


 パトリックは敵の能力者だと直感ちょっかんし、しばらく警戒の目をそそいだ。しかし、その敵は姿を現さず、議論が再開さいかいされたため、目を戻した。


「この国を自由に探し回るだけではダメなのか」


「それは散々さんざんやりつくしたということでしょう。おそらく、巫女がこの国にいないと言っても、彼らが手を引くは思えません」


「待ちたまえ。まるで巫女を敵方てきがたに引き渡すような議論は不敬ふけいじゃないか」


「『源泉の宝珠ソース』は巫女の遺産いさんであって、巫女自身ではありません」


 パトリックの遠慮えんりょ強気つよき物言ものいいに、議場がざわつき始める。


「『源泉の宝珠ソース』を差し出した場合、どういった事態になるのかね?」

「この国にかけられた『転覆てんぷく魔法まほう』に影響が出るのはさけられません」


天地てんち反転はんてん元通もとどおりになるということか」


「完全に解けるかはわかりませんが、〈外の世界〉へ持ち出されれば、相当そうとうの影響が出てくると思われます。とはいえ、今こそ〈外の世界〉へ門戸もんこを開く時ではないでしょうか。

 穴ぐらにこもっているから、何かを隠し持っていると、痛くもない腹を探られるのです。〈外の世界〉との自由なが再開されれば、この国にもう巫女はいないと、内外ないがいにしめす絶好ぜっこうのチャンスとなります」


「〈外の世界〉には人狼じんろう族がいる。再び戦争せんそうが起こるのではないか?」

「〈侵入しんにゅうしゃ〉から得た情報によれば、人狼族の世は終わったと聞きます」


「しかしだな、げんに人狼族より厄介やっかいな連中が攻め込んできたではないか」


「そうです。もはや、天地の反転は我々を守るたてとして機能せず、我々の行動を制限せいげんするだけのおりしています。〈転送〉トランスポートの能力者が複数存在する以上、敵の大量たいりょう流入りゅうにゅう阻止そしする手段しゅだんはありません」


「学長の意見はもっともだ。最悪さいあくの事態にそなえておく必要もある。確認しておきたいのだが、『転覆の魔法』を解くことで、何か他のデメリットは考えられないかね?」


「……ございます」


 パトリックはできればその話をしたくなかった。持論じろんを通す上では、不利ふりになることがわかり切っていたからだ。しかし、さけては通れない道だと覚悟かくごを決めた。

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