巫女への執着

     ◆


ことわる」


 即座そくざ拒否きょひされた上に、ウォルターが途端とたん敵対てきたいしんをむき出しにしたため、トランスポーターはとまどった。


即答そくとうか。……理由を聞いていいかい?」

巫女みこ抹殺まっさつに協力なんかできない」


 ウォルターにとって『誓約せいやく』はあってもなくてもいいものだ。〈悪戯〉トリックスターで能力を無効むこう化できるため、享受きょうじゅする利益りえきはそれほど大きくない。


 とはいえ、この国の人間は巫女の記憶を失っているが、それでもなお、大切に思う気持ち、敬う気持ちをひしひしと感じていた。巫女はだんじて悪人あくにんでも怪物かいぶつでもない。その思いがウォルターにはある。


「だったら、それは僕がやろう。君は『マリシャス』の相手をしてくれればいい」

「巫女の抹殺をたくらむ連中とは、手を組めないと言っているんだ」


「……『最初の五人』であるはずの君が、そこまで、『あの女』の肩を持つ意味がわからないな。ヒプノティストもそうなのかい?」


「そうだ」


 残りの二人――ローメーカーとエクスチェンジャーも、『転覆てんぷく巫女みこ打倒だとうをかかげている点に関しては、トランスポーターと同様どうようだ。


「お前の目的は何だ。どうして『誓約』を解除かいじょしたいんだ」

「――僕らが『最初の五人』と呼ばれていた時の記憶」


「……記憶?」


「君も知りたくないかい? 僕らが『誓約』をむすぶ前、どんな関係だったのか。そして、記憶を失う『誓約』を、どうして結ぶことになったのか。

 はなばなれになるどころか、てき味方みかたに分かれた僕ら『最初の五人』が、もしかしたら、もう一度一つになれるかもしれない。後でヒプノティストにも声をかけて、君にした話をするつもりだ」


 情にうったえる作戦が心を動かす。ウォルターは興味きょうみをひかれ、相手から視線しせんをはずして考え込んだ。


 積もりに積もったモヤモヤを解消できるチャンスに思えた。この時間が停止ていしした奇妙きみょうな世界の住人ではないと確信かくしんしているものの、自身を納得させるだけの答えを求めていた。


「ある意味、僕と君は今日初めて出会った。でも、僕はそんな気がしない」


 ウォルターは言葉につまった。心情しんじょう的には否定したかったが、どこかで会ったようななつかしい感情を彼自身もいだいていた。思い返せば、パトリックとも打ち解けるまでに時間を必要としなかった。


 トランスポーターはごたえを感じながら返答を待った。


 ウォルターは巫女の抹殺など、到底とうてい受け入れられるわけがない。しかし、『誓約』の解除にかぎれば、それは必須ひっす条件ではない。ひとまず、トランスポーターの真意しんいをはかることにした。


「お前らが巫女の命をねらう理由は何だ」


「――言葉では説明しづらいし、深く考えたこともない。食欲しょくよく性欲せいよくに似た本能ほんのう的な欲求よっきゅう、アイデンティティ的なものとしか言えないな」


 トランスポーターも疑問ぎもんに思っていた。なぜ自分は巫女の命をうばうことに執着しゅうちゃくするのか。しかし、その考えはものの数秒で忘れ去られ、別のキッカケがないかぎり、思い返すことはなかった。


(そんなふざけた動機どうきで……)


 ウォルターが怒りをあらわにする。いかなる理由があっても、この男とは未来みらい永劫えいごう相容あいいれない関係だと思い知った。


「もちろん、タダでとは言わない。君が怒っている理由もわかる。僕はこの国に攻め込んだ敵だからね。だから、交換条件があるんだ」


 トランスポーターが警戒けいかいするように辺りを見回す。


「あのゴーレムをあやつっている男、確か、ネクロとか名乗なのっていたっけ。そいつを今から始末しまつしに行ってもいいよ。さっき、そこまで送ったところだから、どこにいるかは、だいたい見当けんとうがついている」


「なっ……!?」


 思いがけない提案ていあんに、ウォルターはいた口がふさがらない。気をそがれ、体から力がぬけていった。相手の思考しこう回路かいろがいっそう理解できなくなった。


「……お前の仲間じゃないのか」


「それは誤解ごかいさ。彼らとは一時いちじてきに協力関係を結んだにすぎない。元々もともと、この無粋ぶすい野蛮やばんな作戦も彼らの発案はつあんで、僕は始めから反対していた」


「どっちにしろダメだ。巫女の命をねらっていることに変わりない」

「ずいぶんこだわるけど、君は『あの女』に会ったことあるのかい?」


 ウォルターが口をつぐむ。会えていないことに歯がゆさを感じていた。


「その様子だと会ったことないのか。まあ、隠れているのだから仕方しかたがない。もう一度、返答のチャンスをあげるよ。二者にしゃ択一たくいつだ。ただの一度も会ったことのない『あの女』を守るか、僕と手を組んで、ゴーレムからこの国の人間を守るか」


「――どっちも守る」


 子供っぽい理屈りくつとわかっていても、ウォルターはゆずれなかった。巫女に対する異常いじょうなまでの執着。その点では、二人はよく似ていた。


「まあ、そういうのは嫌いじゃない。ますます、記憶を取り戻したくなったよ。ただ、そっちがその気なら、こっちも相応そうおうの態度で君にのぞまなければならない」


     ◆


 戦闘を覚悟かくごしたトランスポーターが、ひそかに周辺へ視線を送って〈転送〉トランスポートのためのマーキングを始めた。


 彼は戦闘が不得手ふえてなため、内心ないしんでは後悔こうかいしていた。極力きょくりょくそれをさける傾向があり、戦闘にいつめられた時点じてんで負けとさえ思っている。


「話が通じる男と勘違かんちがいしてもらっては困る。目的のためなら、手段しゅだんを選ぶつもりはないよ。本意ほんいではないけど、岩のかたまりと手を結んででも、この手で障害しょうがいを取りのぞかせてもらう」


 さきほどリンクをつないだ鉄製てつせいの火かき棒――腕と同程度の長さのそれが路地ろじのほうからフワフワと上昇じょうしょうしてきて、トランスポーターのそばをただよい始めた。


「この能力は〈念動力サイコキネシス〉。この火かき棒は、さっきそこで拾った」


 トランスポーターがもっとも警戒するのは〈悪戯〉トリックスターによる能力無効化。さいわいにも、彼がいる建物は屋根やね傾斜けいしゃが強く、たいらな面が片足かたあしを置ける程度にしかない。そのため、接近せっきんは警戒していない。


(まずは、これで能力の有効ゆうこう範囲はんい見定みさだめる)


 火かき棒を軽く投げつけるように操作する。それが回転しながら、ウォルター目がけて飛んで行く。どの程度の距離で操作不能になるか。それで有効範囲を見きわめるつもりだった。


 しかし、ウォルターは予想よそうがいの行動に出た。空高そらたかく舞って、機敏きびんに反対側の建物へ飛び移ると、すかさず『かまいたち』で攻撃した。


 トランスポーターは〈転送〉トランスポートを使うひまさえなく、とっさに〈一極集中コンセントレート〉で物理ぶつり的に飛び上がった。そして、着地ちゃくち前に別の建物へ瞬間しゅんかん移動し、なんのがれた。


「それがうわさの『風』の魔法まほうか。話に聞いていた以上だよ」


 火かき棒はどこかへ飛んで行ってしまったが、能力を使えたことから、先ほどの位置関係が有効範囲外であるのは確認できた。


(十メートルもあれば、安全あんぜんけんってところか……)


 ウォルターは休む暇をあたえない。三発の『かまいたち』をつづけにはなった後、相手のいる建物へ飛び移る。


 〈転送〉トランスポートには時間をようする。攻撃をたたみかければ、移動先をしぼり込めることを、ウォルターはサイコとの戦いで知った。


 相手を発見するやいなや追撃ついげきを行い、トランスポーターがそっぽを向いていたのも見逃みのがさなかった。再度さいど姿を消したのと同時に、目星めぼしをつけた場所へ先回さきまわりした。


 けれど、敵はそこに現れず、ほどなく、背後はいごから声が上がった。


「こっちだよ」


 トランスポーターは先ほどまでいた煙突えんとつの上にいた。わざと別方向を凝視ぎょうしすることで、ウォルターの誤認ごにんさそった。


 間髪かんぱつ入れずに、『かまいたち』をち放つと、相手は数十メートルはなれた建物へ移動した。予備よび動作どうさがないわりに、遠くへ移動しすぎていると、ウォルターはあやしんだ。


 〈転送〉トランスポートを自身に適用てきようする場合、二通りの発動はつどう方法がある。移動先を一定いってい時間凝視し続ける方法と、事前じぜんに登録した座標ざひょうへの移動だ。両者りょうしゃとも、距離におうじた時間がかかるのは変わらない。


 しかし、事前登録した座標への移動は、凝視の手間てまがはぶける上に、移動先の先読さきよみができる。先読み後なら、タイムロスなく移動できる。


 ただし、保持ほじできる座標は三つまでで、二ヶ所を同時に先読みできないなど柔軟じゅうなん性はとぼしく、三択さんたくの移動先を的中てきちゅうされたら一巻いっかんの終わりだ。


「さっきもそこへ移動しただろ」

「そうだったかい?」


 トランスポーターはとぼけた様子で答えた。相手の接近を許したが最後。余裕よゆうを見せながらも、綱渡つなわたりの状況じょうきょうにあるのを認識にんしきしていた。


 ウォルターにしても、有効範囲内におさめて、能力無効化を展開てんかいすれば敵の足をふうじられるが、建物間の移動に〈悪戯〉トリックスターの手助けが必要なため、話は簡単かんたんではない。


 トランスポーターは相手の目をぬすんで、登録座標の書きかえをまめに進め、しばらくイタチごっこがくり返された。


「そっちは逃げ回るだけか」


じつを言うと、僕にせられた役目やくめは君の足止あしどめなんだ。君を倒そうだとか、手傷てきずわせようとか、これっぽっちも思っていない」


 ウォルターが手をこまねいていると、突然とつぜん方々ほうぼうから怒号どごうのような声と悲鳴ひめいが上がり始めた。その直後ちょくご大通おおどおりにゴーレムが姿を現した。


 まだ一体を取り逃がしただけでは――ウォルターの願望がんぼうはすぐに打ちくだかれた。一体、また一体と遠目とおめに発見し、さらに、付近ふきんから地響じひびきのような足音あしおとが聞こえてきた。


「どうやら、事態じたいが動き出したようだね」


 満足げに言った相手を、ウォルターがキッとにらみつける。


「あのゴーレム、僕なら止められるよ? それでもなお、君は『あの女』の盾を気取り続けるのかい? 国のいち大事だいじにもかかわらず、コソコソと隠れ続ける薄情はくじょう者のために、どれだけのものを犠牲ぎせいにするんだ」


「何度も言わせるな! お前とは手を組まない!」


 トランスポーターはうんざりしたように肩をすくめた。


「さっきも言ったように、僕の目的は君の足止めだ。結局のところ、逃げることしかしない。だから、仲間のところへ加勢かせいしに行ってもいいよ。ただ、背中には十分じゅうぶんに注意をはらったほうがいい」


 後回あとまわしにされかねないことを見越みこしての牽制けんせいだった。心理しんり的なかけ引きもトランスポーターが一枚いちまい上手うわてだ。


 ウォルターの表情が苦渋くじゅうに満ちる。目の前の敵を先に片づけるしかない。そうわかっていても、なかなか突破とっぱこうを見つけられなかった。

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