伝承の矛盾

     ◆


 時をさかのぼって、辺境伯マーグレイヴが出現するすこし前。ウォルターは建物の屋根やねをつたって、眼下がんかでくり広げられる対ゴーレム戦に目を光らせていた。


 能力者がいる敵の妨害ぼうがい工作こうさく未然みぜん阻止そしするためだ。


 ウォルターはゴーレムとの戦闘に加勢かせいすることも考えた。重力を軽減けいげんさせて『突風とっぷう』を起こせば、ゴーレムを川へ突き落とすことができる。


 けれど、吹き飛ばされるのは自身も同じ。能力の有効ゆうこう範囲はんいから永遠えいえんにはずれない自身のほうが、かえって被害が大きくなる。背後はいごに敵や壁が存在すればだい惨事さんじだ。


 ウォルターは仲間を信頼し、能力者の捜索そうさくと相手という、自身にしかたせない役目やくめに集中することにした。


 しかし、敵は姿を現さない。すでに、五体のゴーレムがしとめられた。味方は敵を手玉てだまに取り、戦場せんじょうはジェネラルがコントロールしていた。


 こわいくらいに順調で、ウォルターは逆に胸騒むなさわぎがした。あまりに敵は無計画で、戦略せんりゃくらしい戦略がない。


 ゴーレムはおとりに過ぎず、敵はべつ方面ほうめんから直接レイヴン城を目指めざしているのでは――そんな不安が胸に広がった。


 大門おおもん頂上ちょうじょうまで行き、外の様子を見渡みわたしたが、敵らしき人影ひとかげはない。ここに来ていないはずがないのに見つからない。やはりおかしかった。


 ウォルターはレイヴン城へ向かった。今度は正門せいもんの頂上から城内じょうないへ目を走らす。数人の魔導まどうが行きかっていたが、変わった様子はない。


『スージー。ウォルターだけど、まだ敵は見つかっていない』

『わかりました』


『コートニーから連絡れんらくは?』

『変わりなしという連絡なら、さっきありました』


 便たよりがなければ無事というわけではない。十五分程度をめどに、報告することがなくともスージーへ連絡を入れると、あらかじめ申し合わせていた。


『レイヴン城のほうはどう?』

『この部屋から見える範囲は平和そのものです。あと、学長がくちょうは今会議中です』


 スージーはパトリックに帯同たいどうして宮殿きゅうでんへ行き、二階にある議場ぎじょうわきひかえのにいた。


 念のため、ウォルターは自分の足で確認した。しかし、東棟ひがしとう西棟にしとうもいたって平穏へいおんで、中庭なかにわに面した窓から、住人らが不安げに顔をのぞかせているだけだった。


(何かあれば、スージーから連絡があるか)


 結局、ウォルターは大門方面ほうめんへ戻ることにした。


 中央地区の大通おおどおりは沿道えんどうに四、五階建ての建造物も多く建ち並ぶ。この地区の住人は人数にんずう制限せいげんの関係で、城内への避難ひなんを許されず、上層じょうそうかいの窓には人影がある。


 ふとウォルターは足を止め、はるか遠くまで見通みとおせる大通りへ目を移す。外を出歩であるいのちらずの姿はない――かと思いきや、一人だけいた。


 しかも、服装ふくそう的に魔導士でも守衛しゅえいでも役人でもなく、格好かっこうは街の住人に近い。また、めずらしい格好ではないが、目をひくほどあかぬけていた。


 男は落ち着いた足取あしどりで、もの珍しげに辺りを見回している。ブラブラと歩く様子は、まるで散歩さんぽをするようでもあり、観光かんこうのようにも見えた。


 屋根から下りたウォルターは、路地ろじから男の様子をうかがう。たった今、脇道わきみちから出てきた二人組の魔導士が男のそばを通りかかった。


 男のほうはしばらく二人組に視線しせんを送ったが、二人組は少しの関心かんしんもしめすことなく行き違った。


 ウォルターは路地から歩み出て男に近づいた。そして、存在に気づいていないフリをしながら、すれちがいざまに横目よこめで見た。


 同年代で独特どくとく雰囲気ふんいきがある男は、鼻歌はなうたまじりに近くの建物を見上げていた。すれ違ってから数歩進んだところで、ウォルターは立ち止まり、後ろを振り向いた。


 すると、大通りから男の姿が忽然こつぜんと消えていた。ウォルターがうろたえながら、見失みうしなった相手を探すと、頭上ずじょうで声が上がった。


「僕の姿が見えているってことは、君がトリックスターかい?」


 そばの建物をあおぎ見ると、男が煙突えんとつの上に悠然ゆうぜんとたたずんでいた。


「ヒプノティストじゃないだろ? 彼は身長がかなり低いと聞いているし」


「お前が敵の能力者か」


「そうだ。エドワードという名前もあるけど、君らにはトランスポーターと名乗なのったほうがわかりやすいかな」


「お前が……」


 ウォルターがとなりの建物の屋根へ飛び乗り、ただちに臨戦りんせん態勢たいせいに入る。トランスポーターはおどけるように両手を上げた。


「そう、あせらないでくれ。僕は君と戦いに来たわけじゃない」


 ウォルターはその言葉をあやしんだが、確かに、相手から敵意てきい戦意せんいも感じなかった。おだやかな表情のまま、どこか観察するような眼差まなざしを向けられた。


「敵としてではなく、君と手をむすぶためにここへ来た。この無益むえきあらそいに終止符しゅうしふを打つためにね。とりあえず、話を聞いてくれるかい?」


 ウォルターがかまえていた右手を下ろし、話を聞く姿勢しせいに入る。


     ◆


「まずは、前提ぜんていとなる話を聞いてほしい。僕ら『最初の五人』と『転覆てんぷく巫女みこ』が、停戦ていせんのために『誓約せいやく』を結んだ話は聞いたことあるかい?」


「ああ」


 ただ、知ってはいるが、敵から聞かされた話を認めたくない気持ちが強い。


「僕らはそれにより、『誓約』のメンバーに関する記憶を残らず失い、おたがいに能力が通用つうようしなくなった」


 ウォルターに記憶を失った感覚は一切ない。しかし、声をだいにして『誓約』の話を否定できないのは、敵の能力が自身に通用しないという厳然げんぜんたる事実が存在しているからだ。


伝承でんしょうによれば、『誓約』の内容は他にもある。それは『転覆の巫女みこ』が一つのささやかなものをのぞいた、ほぼ全ての能力を失ったというものだ。

 まあ、『あの女』の場所ばしょがわからない限り、これは確認のしようがない。ただ、姿を見せないところを見ると、真実ではないかと思う」


 その話は初耳はつみみだった。能力を失ったことが身を隠した理由なら納得がいく。


「ちなみに、『あの女』はまだ生きているよ。ローメーカーの〈立法〉ローメイクによって『誓約』は行われたけど、記憶消去の関係で、今現在、内容は確認できない。

 ただし、『誓約』の解除かいじょ同意どうい、もしくは死亡した人物の名前なら表示される。ローメーカーによれば、げん段階だんかいはどちらの状態にもない」


(だから、どこにいるかもわからない巫女を、しつこく探し続けているのか)


「伝承に残された『誓約』の話には矛盾むじゅん点が二つある。一つ目は『誓約』の参加者でもないのに、僕らに能力が通用しなくなっている人間の存在だ。

 たとえば、〈不可視インビジブル〉の能力を持つ男は、『最初の五人』でも『転覆の巫女』でもないのに、僕らに能力が通用しない。反対に、僕らの能力は彼に通用するんだ。それが、彼から借り受けた能力であってもだ」


(いわゆる『最初の五人』は、パトリックしか会ったことがない。確かに、関係なさそうな『扮装ふんそう』の男の能力も、自分には通用していなかった)


「二つ目は少し複雑ふくざつな話になる。〈立法〉ローメイクには制約せいやくがあるのを知っているかい? 一つは条文じょうぶんの内容を対象たいしょう者が実行できること、もう一つは条文の内容が対象者にとってつね平等びょうどうであることだ。

 例をあげよう。僕らは仲間内で『盟約めいやく』を締結ていけつし、能力を共有きょうゆうしている。メンバー全員が能力者であり、個々ここが能力を提供しているのだから、これはイーブンだ。『盟約』にはもう一つ条項じょうこうがある。

 『盟約のメンバーを手にかけた者は死ぬ』。物騒ぶっそうな内容だけど、これもイーブンだ。命をうばったものが命を奪われるのだからね。かりにこれが、約束をやぶったら、だとか、遅刻ちこくしたら、だったりしたら成立せいりつだったろう」


 二つ目の条項はのろいのように機能する。初期メンバーのローメーカーとドワーフ王が、結束けっそくのために軽い気持ちで作った条項だが、トランスポーターにとっては『盟約』への参加をしぶる最大さいだい要因よういんだった。


「さっきの『誓約』の話を思い出してほしい。『転覆の巫女』はほぼ全ての能力を失ったとある。だけど、僕ら『最初の五人』は誰も能力を失っていない。これは道理どうりに合わない。この場合、〈立法〉ローメイクは不成立だ」


「……伝承自体じたいが間違っているんじゃないのか?」


 言わんとすることはわかっても、伝承を鵜呑うのみにしなければ解決かいけつする話だ。


「その結論けつろんでは身もフタもない。もっともらしい答えを持っているから、とりあえず、聞いてほしい。

 もし『転覆の巫女』が『誓約』で能力を失ったのなら、同じく能力を失った同等どうとうの存在がいなければならない。しかし、『誓約』の人数は断定だんていされていないものの、伝承には六人の名前しか見えない。

 また話が戻るよ。解除への同意、あるいは当人とうにんの死亡で、名前が表示される話をしただろ。実は、すでに一人だけ『誓約』の解除に同意しているやつがいる」


 トランスポーターはもったいぶるように、ひと呼吸こきゅう置く。


「名前は『マリシャス』。伝承に名前のないそいつが、いつの間にか、僕らの『誓約』にちゃっかりくわわり、いち早く解除に同意している」


 ただでさえ頭が混乱こんらんしていたところに、あらたな名前が登場したため、ウォルターは眉間みけんにシワを寄せた。


「ここからは僕の憶測おくそくだ。『転覆の巫女』と『マリシャス』が『誓約』によって能力を失った。二つの存在は同格どうかくであり、能力が釣り合っていた。僕らが能力喪失そうしつの対象とならなかったのは、能力的に見劣みおとりするからだろう。

 なぜ『マリシャス』の名前が伝承にないのか。さきに思いつくのが、伝承を残したのがその『マリシャス』で、自分の名前を隠したかったってところかな」


「それで、何が言いたいんだ」


「それなら、本題ほんだいに入らせてもらうよ。個人的な話になるけど、僕は『誓約』の解除がしたい。しかし、それには全員の同意が必要な上に、大きな障害しょうがいがある。

 それは『転覆の巫女』と『マリシャス』というはかり知れない二つの存在だ。仮に『誓約』を解除すれば、能力を失った両者りょうしゃが、それを取り戻すことになる。

 下手へたすれば、おぞましい怪物かいぶつ復活ふっかつという事態じたいになりかねない。これでは迂闊うかつに手を出せない。ただ、幸運こううんにも障害を取りはらう手段しゅだんはある。能力を失った状態の今なら、抹殺まっさつだってむずかしくない」


 トランスポーターが真摯しんしな眼差しを向けて言った。


「つまり、それを成しとげるために君の手を借りたい。さらにみ込んで言えば、それまでの共闘きょうとうと、目的た果たした後に『誓約』を解除する約束を、〈立法〉ローメイクによってかわしたい」

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