頂上決戦

     ◆(三人称)


 部隊ぶたい全体に希望の光がさし込み始めた矢先やさき、その男はあらわれた。何の前触まえぶれもなく、唐突とうとつにジェネラルの前に現れた。


「久しぶりだな、ジェネラル」


 ジェネラルにとってはなつかしい顔だった。男とは約五年ぶりの再会さいかい。別れもげずに姿を消した男と、つい肩を抱き合いたい気持ちにかられたが、すぐに思いとどまった。


「生きているという話は本当だったんだな。今の今までどこにいた」

「わかっているんだろ? 〈外の世界〉に行っていたんだよ」


 顔立かおだちは昔と変わらない。しかし、血走ちばしった目と不敵ふてきな笑みをうかべた顔つきには、ふところの広さと鷹揚おうようさを感じさせた、かつての面影おもかげは見られない。


 服装ふくそう様変さまがわりした。鉄製てつせい胸当むねあて、小手こて、すね当てを身につけ、見慣みなれない紋章もんしょう入りのマントをはためかせている。明らかにユニバーシティの制服せいふくとは異質いしつだ。


「ここへ何しに来た。目的は何だ」

「持っている『根源の指輪ルーツ』をおとなしく渡せ。俺だって人の子だ。昔のよしみもある。できれば、お前の命だけは奪いたくない」


「何だと……!?」


 ジェネラルは怒りよりも失望しつぼうを感じた。敬意けいいひょうしていた相手だけに、それはなおさら大きい。共に技をきそい合ったライバルとして、中央広場事件の犯人であることさえ、信じたくない気持ちがあったくらいだ。


素直すなおに渡すとでも思ったか。あれだけの悪事あくじを働いた上に、〈侵入しんにゅうしゃ〉の手先てさきに成りてたか」


 ジェネラルは否定の言葉を期待した。しかし、辺境伯マーグレイヴはそれを口にしない。


「落ちるところまで落ちたな、マーグ……、いや、だい罪人ざいにんライオネル・フォックス!」


 ジェネラルが怒りの感情をつめ込んだ言葉をてた。その直後ちょくご、ふいに「ジェネラル、危ない!」と近くから声が上がった。


 辺境伯マーグレイヴ出現しゅつげんに気づいたのは、ジェネラルとそばにいた魔導まどうのみ。おとり役の魔導士はこれまで通り、ゴーレムを市街しがいへ引き入れて、建物の間へ逃げ込んだ。


 ターゲットを失ったゴーレムが、もっとも近くにいた辺境伯マーグレイヴへ、それを切りかえる。ゴーレムにてき味方みかた見境みさかいはない。その制御せいぎょができるのは、命令をあたえられるネクロ本人のみだ。


 ジェネラルは後方こうほうへ飛びすさり、辺境伯マーグレイヴはチラッと不愉快ふゆかいそうに振り向いた。にらみをきかせても、ゴーレムは歯牙しがにもかけず、右腕みぎうでを振りかぶった。その瞬間しゅんかん辺境伯マーグレイヴの体がフワリとちゅうに舞った。


 辺境伯マーグレイヴが使用した能力は〈一極集中コンセントレート〉。動作どうさに必要な部分へ、全身ぜんしんの力を集中させることができ、得られる力は通常の十倍近い。


 マントをひるがえしながら、空中でゆったりとバクてんをした辺境伯マーグレイヴが、ゴーレムの背後はいごをとって、すかさず右手をかまえる。すると、手元てもと瞬時しゅんじ電光でんこうがひらめいた。


 針の穴を通すような繊細せんさいな『電撃でんげき』がほとばしる。それはわずかな岩と岩のからゴーレムの体内へ侵入しんにゅうし、目のくらむようなはげしい閃光せんこうをはじけさせた。


 並の『電撃』を物ともしなかったゴーレムが、感電かんでんによってもだえくるしむように身をふるわせ、失神しっしんしたように脱力だつりょく状態となった。その背中へ、辺境伯マーグレイヴ華麗かれい着地ちゃくちして、次の攻撃へ移る。


邪魔じゃまをするな!」


 再度さいど一極集中コンセントレート〉を発動はつどうした辺境伯マーグレイヴが、極限きょくげんまで強化きょうかされた右のコブシをゴーレムの背中へ打ちつける。岩のよろいにヒビが入るほどの一撃いちげきを受け、相手は地面じめんへたたきつけられた。


 辺境伯マーグレイヴ着用ちゃくようする鉄製の小手とすね当ては防御用ではない。〈一極集中コンセントレート〉による打撃だげき破壊はかいりょくを高めるのと同時に、自身の体――特に皮膚ひふへの衝撃しょうげき緩和かんわさせるためのものだ。


 本来ほんらい、仲間であるはずのゴーレムに対する仕打しうちと、常人じょうじんばなれした技の数々かずかずたりにし、ジェネラルはしばらく現実を受け入れられなかった。


「今のは〈一極集中コンセントレート〉という能力だ。これ以外にも、俺は〈外の世界〉で計七つの能力を手に入れた」


 ゴーレムの上に舞いおりた辺境伯マーグレイヴが、それをみつけたまま言った。この場に現れた時点じてん覚悟かくごしていたが、敵の能力者が辺境伯マーグレイヴであることを、受け入れざるを得なくなった。


「お前――昔、俺と戦いたがっていたよな? 他の連中に横槍よこやりを入れられるのはきょうざめだ。もし一対一で戦うと約束するなら、能力を使わずに魔法まほうのみで戦ってやるぞ?」


「安く見られたものだな。いいだろう。受けて立とうじゃないか」


 見くびられたことでプライドは傷ついたが、ジェネラル本人としては願ってもない話。魔導士としての優劣ゆうれつを決められる、またとない機会きかいだった。


「あそこなんかどうだ?」


 辺境伯マーグレイヴが指さしたのは中央通りの果てに見える中央広場だった。


「無理をしなくていい。すぐに戻ってくる」


 ジェネラルはそばの魔導士に言い残し、辺境伯マーグレイヴ〈転送〉トランスポートにより、一瞬いっしゅんのうちに中央広場へ移動した。


     ◆


 本来なら多くの人出ひとででにぎわう中央広場も、今はゴーストタウンのように人っ子一人いない。レイヴンズヒルのランドマークたる戦勝せんしょう記念きねんをはさみ、円形えんけいのフィールドで両雄りょうゆう対峙たいじした。


『もしお前に勝ったら、俺をジェネラルにって話がどうしても出てくるだろ。俺はだい自然しぜんの中でゾンビとたわむれているほうがしょうっているんだよ』


 ジェネラルとの試合をこばみ続けた辺境伯マーグレイヴが、かつて口にした言いわけだ。これを口上こうじょうと断ぜられたら、どれだけ気が楽だったろうか。


 一度はついえた夢だった。自身を超越ちょうえつしているかもしれない男との直接対決――夢にまで見た頂上ちょうじょう決戦けっせんが、とうとう現実のものとなった。


 ジェネラルの体はふるえていた。それは怒りではなく喜びだった。部隊の仲間達が、今もなお命がけで戦っている。一刻いっこくも早く、この勝負を片づけなければならない。


 それにもかかわらず、胸をおどらす自分がいることに気がついた。我を忘れるほどの戦いへの渇望かつぼうが、勝利への欲求よっきゅうが自身のうちに眠っていたとは――。

 

 内心ないしん自身にあきれながらも、ジェネラルは思わず笑みをこぼした。


「ずいぶん、うれしそうじゃないか」


 胸のうちを見すかされたジェネラルは気を引きしめ直す。だんじて敗北はいぼくは許されない。かつての仲間をあらためさせられるのは自分しかいない。そうきもめいじた。


「言い忘れていたが、俺が勝ったら『根源の指輪ルーツ』をもらい受けるぞ」

「念のため、『根源の指輪ルーツ』をほっする理由を聞いておこうか」


「この国を夢から目覚めざめさせるため」


 冷笑れいしょうを見せたジェネラルが、語気ごきを強めて言いはなつ。


「笑わせるな。ライオネル、目をますのはお前のほうだ!」


     ◆


 戦闘せんとうが始まりを告げた。先手せんてうばったのはジェネラルだ。


 周辺に『吹雪ふぶき』がまたたくに巻き起こった。『吹雪』は敵の魔法発動を抑制よくせいさせられる上に、敵の攻撃をある程度相殺そうさいすることもできる。言わば、うすいシールドの役割やくわりを果たす。


 当然、自身の魔法も影響を受けるが、払わなければならない代償だいしょうだ。攻撃スピードが速い『電撃』は、発動されてから対処たいしょしていては手遅ておくれとなる。


 辺境伯マーグレイヴ得意とくい戦法せんぽう速攻そっこうぐ速攻で、相手に反撃はんげきすきすら与えないのがあじ。一瞬の油断ゆだん命取いのちとりになることを、ジェネラルは痛いほど知っていた。


 『電撃』の攻撃力は『氷柱つらら』と同等どうとう。その上、発現はつげんには『氷柱』ほど時間を要さず、スピードも段違だんちがい。『氷』は攻撃面で圧倒あっとう的に『雷』におとっている。


 反面はんめん、防御面では『氷』にがある。『雷』では氷の『防壁ぼうへき』をやぶることはできないし、『氷柱』を完全にふせぐこともむずかしい。


 ジェネラルは小さな『氷柱』で牽制けんせいしながら、自身の前方ぜんぽうへ『防壁』をきずき上げていく。正面しょうめんきっての攻撃の応酬おうしゅうではがない。


 ただ、『吹雪』と『氷柱』を併行へいこうして発動しているため、その形成けいせい速度はゆるやかだ。牽制として放った『氷柱』も、相手の『電撃』でたやすく崩壊ほうかいさせられていく。


 辺境伯マーグレイヴ天才てんさい的にけているのは魔法の発動を阻害そがいする技術。相手の魔法へピンポイントに同等のものをぶつけ、ことなる属性ぞくせい同士どうしで相殺させる。


 それは相手が魔法を発動できないと錯覚さっかくするほどで、辺境伯マーグレイヴはエーテルの流れを読めると、まことしやかにうわさされた。その先読さきよみはまるで予知よちひとしく、動物的な卓越たくえつした嗅覚きゅうかくが成せるわざだった。


 彼は一度伝説を作った。それはジェネラルを凌駕りょうがすると評判が立つキッカケとなった試合。序列じょれつつきの実力者を相手にしながら、彼はただの一度も魔法らしい魔法を発動させずに勝利したのだ。


 『吹雪』と『氷柱』のかた手間てまとはいえ、『防壁』の形成がなかなか進まない。あまりに時間がかかりすぎていた。敵の魔法が干渉かんしょうしているとしても、はるかに常識をえている。


 通常、魔法の発動は手元に近ければ近いほど有利ゆうりだ。その距離の差をくつがえすほどの実力差があると、ジェネラルは信じたくなかった。


 『防壁』の形成にかまけるジェネラルを見て、辺境伯マーグレイヴ一気いっきに距離をつめた。そして、まだ窓ガラスほどのあつさの『防壁』をコブシで軽々かるがると打ち割った。


 予想よそうがいの行動に意表いひょうをつかれ、ジェネラルは棒立ぼうだちとなった。最初にのびてきた右腕は振り払えた。しかし、すかさず懐にもぐり込んできた相手に対応できず、あざやかに背負せおい投げをされた。


 ジェネラルは地面をころがるも、すぐさま起き上がり、『水竜すいりゅう』を放って敵との間合まあいをとった。辺境伯マーグレイヴ追撃ついげきを行わず、落胆らくたんした様子で相手を見すえた。


「ジェネラル。お前、勘違かんちがいしているんじゃないか。能力は使わないと言ったが、魔法しか使わないとは一言ひとことも言っていないぞ」


 認めざるを得なかった。長年ながねん試合というぬるま湯につかった結果、戦い方が体にこびりついていた。


「これは試合ごっこじゃない。引き分けも場外じょうがい負けもない、本気ほんきの戦いだぞ」


 辺境伯マーグレイヴ生死せいしをかけた戦場せんじょうに身を置き続けた。ジェネラルですら萎縮いしゅくするほどの戦士の目をしていた。


「お前も思い違いするな。おどしかければ、俺がおじづくとでも思ったか」


 ふとジェネラルは思い出す。この国が『転覆てんぷく』する前、人狼じんろう族とのだい戦争せんそう最中さなかには、自分もこんな目をしていたと。

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