大門前攻防戦

    ◆(三人称)


 決戦けっせんの日をむかえた。両軍が大門おおもんをはさんで対峙たいじしている。ゴーレムの一団いちだんは、昨日の日没にちぼつ前に到着とうちゃくしていたが、夜明よあけまで行動を起こさなかった。


 ウォルターは大門の天辺てっぺんから敵の一団を見渡みわたしていた。となりにはクレアの姿がある。彼女が希望したため、ここへ連れて来た。今となっては、人目ひとめをはばからずに空を飛んでいる。


 ゴーレムの半数はんすう彫刻ちょうこくのように静止せいししたまま、こうぎしの橋のたもとで仁王におうちしている。はなれた後方こうほうにいる残りの半数は、地面じめんに腰を下ろして休んでいた。活動時間に限界げんかいがあるため、エネルギーを温存おんぞんしているのだ。


「あいつらはいない?」

見当みあたらない」


 ウォルターは眼下がんかへしきりに目を走らせた。しかし、ゴーレム達の周辺に人影ひとかげはない。近くまで来ているはずのネクロ達の姿は、誰一人として目撃もくげきしていなかった。


 大門はかたくざされたままだが、すでに味方の部隊が大門の外に展開てんかいしている。彼らの役割やくわりはゴーレムの注意をひくためのおとりになることだ。


 陸では馬をかった魔導まどう達が遠巻とおまきに敵の一団を取りかこみ、川には魔導士を乗せた数隻の船が橋の周辺で待機している。


 ウォルターが今回の作戦でまかされた役割は、ネクロやスプーにくわえて、七つの能力を持つ『にじの能力者』の相手。特に、ゴーレムをあやつるネクロが最重要ターゲットだ。


 『扮装ふんそう』や『不可視ふかし』の使つかがいる以上、ゴーレムをくらましにして、『源泉の宝珠ソース』のある〈とま〉へ、直接向かう可能性はいなめない。


 そのため、ゴーレムとの戦闘せんとう加勢かせいしている余裕よゆうはない。〈止り木〉へは宮殿きゅうでん二階の議場ぎじょうを通りぬけなければならないので、城内はパトリックが目を光らせられ、スージーの〈交信メッセージング〉という連絡れんらく手段しゅだんもある。


 とはいえ、能力者の敵は複数いる。大門の内側で暗躍あんやくする敵にも警戒けいかいしなければならず、当然、ウォルター一人の手にはあまる。


 そこで、『扮装』を見やぶれるコートニーに白羽しらはが立った。その護衛ごえいに当たるのはクレアとスコットの二人。クレアは序列じょれつ二位の実力者だが、対ゴーレムでは効果のうすい『火』の使い手のため、打ってつけの人材じんざいだ。


 スコットは敵と因縁いんねんが深いこともあり、みずか志願しがんした。戦場せんじょう付近ふきんでの捜索そうさくになるため、ゴーレムと遭遇そうぐうした時のことも考慮こうりょされた。


「午前十時に開門かいもんするぞー!」


 下で大声おおごえがひびいた。これは味方というより、敵への呼びかけだ。東南地区へ回らせないための牽制けんせいであり、すこしでも時間をかせぐための苦肉くにくさくだ。


 敵は夜明けを待った。ゴーレムは夜目よめがきかないとの判断がある。


「いったん、下に戻りましょう」


 ウォルターとクレアは大門から下り、下で待っていたコートニー達と合流ごうりゅうした。


「どうだった?」

「外にはいなかった」


「もう市街しがいに入って来ているのかもしれないな」

「ちょっと街のほうを見てくる」


 その場を離れようとしたウォルターを、スコットが「ウォルター」と呼び止めた。


 そして、ネイサンから受けついだ指輪ゆびわへ、しばらく感傷かんしょう的な目をそそいでから、それを見せつけるように右手を突き出した。


「チーフのかたきをとう」

 

 ウォルターは決意けつい宿やどったひとみを向け、力強ちからづよくうなずいた。


   ◆


 トランスポーターとネクロの二人は数百メートル先にいた。〈千里眼リモートビューイング〉で、そこから大門前の様子をうかがっていた。


「このまま門が開かなかったら、どうするつもりだい?」

「そうなったら、他の街へ遊びに行くまでです」


「ゴーレムは遊びつかれるんじゃなかったか?」

「みんなで遊びに行く必要はありません。そのために、これだけ用意したんです。でも、門は開きますから、ご安心ください。彼らが開かなくとも、きっと開きます」


「……ああ、そういうことか」


 トランスポーターは一足ひとあしさき潜入せんにゅうしたネクロの仲間――スプーの存在を思い出す。


「トリックスターは来ていますか?」

「さっき、あのデカい門の上に人影があった。たぶん、あれじゃないか」


「インビジブルのほうは無事ですか?」

「たぶん。今は建物の中にいるみたいだ。たまに窓から外の様子を見ている」


 〈千里眼リモートビューイング〉は他人と視界しかい共有きょうゆうすることも可能だ。トランスポーターとインビジブル――辺境伯マーグレイヴの二人はおたがいにそれを行っている。


 ただし、音声は一切いっさい聞こえないため、彼らはまだ開門の時間を知らない。


 辺境伯マーグレイヴは夜のうちに市街へ入り、大門近くの建物に潜伏せんぷく中だ。そこでジェネラルが一人になる好機こうき虎視こし眈々たんたんと待ち続けていた。〈不可視インビジブル〉を展開中だが、ウォルターの目があるため、慎重しんちょうな行動をとっている。


「トリックスターの相手があるから、いつまでも君に付きそっていられないけど、大丈夫か?」


「それなら、ゴーレムが侵入しんにゅうを果たせたら市街まで連れて行ってください。その先はご迷惑めいわくをかけません。自分の身は自分で守れますから」


     ◆


 午前十時。事前じぜん予告よこく通り、大門の外側のとびらが開かれ、ついに戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。


 いっせいに前進ぜんしんを始めたゴーレムが、大門の内部ないぶへなだれ込んでいく。薄暗うすぐら通路つうろ地響じひびきのような足音あしおとでたちまち満たされた。


 しかし、内側の格子こうし門はまだ下りたまま。一番いちばんやりのゴーレムは、その手前てまえでいったん立ち止まり、キョロキョロと右往うおう左往さおうし始めた。


 そこに、側壁そくへきの上方にあいた銃眼じゅうがんから、『雷』による攻撃が加えられた。ゴーレムはその方向へかけ戻ったが、飛びはねたぐらいでは届かない高さにあり、そこをにらみ続けたまま立ちつくした。


 行き止まりとわかると、外へ戻っていく個体こたいあらわれ、ゴーレムの愚直ぐちょくな行動に改善かいぜん進歩しんぽは見られない。


 それもそのはず、ネクロがゴーレムにあたえた命令は前回と変わらない。目的地が『ストロングホールドの中心街』から『レイヴン城』へ変更されたのみだ。


 それを格子門ごしに確認した魔導士が、ジェネラルへ報告に向かう。


「やはり、攻撃へ異常いじょうに反応するところは相変あいかわらずです」

「わかった。よし、作戦通りに行くぞ」


 それぞれのらばった魔導士達に、ジェスチャーで合図あいずを送る。


「「「内門うちもんを上げるぞー!」」」


 かけ声がひとたび上がると、それを復唱ふくしょうする声があちこちで上がった。ジェネラルは路地ろじへ引き下がり、中央通り――大門から中央広場へいっ直線ちょくせんにのびる通りから、人影が消えた。


 大門の外側でいっせいに攻撃が始まった。大門脇の城壁じょうへき塔にあいた銃眼、街を取り囲む壁の胸壁きょうへき合間あいま、川にうかんだ船など、大門前のゴーレム達に向け、そこかしこから魔法まほうびせかけられる。


 さらに、向こう岸に展開した騎兵達も決死けっし覚悟かくご接近せっきんし、馬上ばじょうからヒットアンドアウェイで、できる限り敵を大門から引き離す。


 ガラガラと金属音きんぞくおんを立てながら、内門がゆるやかに上昇じょうしょうを始める。ゴーレムがかろうじて通れる高さまで上がると、大門に張りついていた魔導士が、通路内にいる一体へ向けて攻撃をしかけた。


 見事みごとに一体のみをつり上げるのに成功し、それが内門をくぐる。城壁塔の窓から顔をのぞかせた魔導士が「通ったぞ! 下ろせ!」と中へ呼びかけ、すぐさま内門が降下こうかを始めた。


 おとり役の魔導士は、ゴーレムの視界からはずれないよう、つかず離れずで中央通りをしばらく進んだ後、ゴーレムが侵入できない建物と建物のすきへ逃げ込んだ。


 そこからの誘導ゆうどうは別の魔導士にバトンタッチされた。鋭角えいかくの角をまがり、南地区の水路すいろへのびる通りへ入る。通りの中ほどにはロープが張られ、おとり役はそれをくぐった後に横道よこみちへそれた。


 ジェネラル達の作戦も愚直だった。ただし、今回はあらかじめ準備じゅんびする時間があっただけに、道具、手際てぎわ段取だんどりは驚くほど洗練せんれんされていた。


 ロープをより頑丈がんじょうな物に変えた上に、むすび合わせる部分はくさりにした。作戦のかなめとなる馬達も計三組用意する周到しゅうとうぶりだ。


 ゴーレムを落下らっかさせる場所は、川へと流れ出る水門すいもん近くの水路。この日のために、東側の水路をせき止め、西側の水深すいしんを深くさせる措置そちもとった。


 二体、三体と入ってきた時の態勢たいせい万全ばんぜんだ。一体を始末しまつするまでの時間かせぎを、五人一組のチームで行い、誘導するルートもこまかく取り決めた。


 ロープをくくりつけてからもぬかりはない。前回の戦闘で、馬の引く力と足元あしもとに対するピンポイントの攻撃を合わせれば、ゴーレムの足をすくえることが判明はんめいしている。


 それには『風』でいきおいづかせた『氷柱つらら』なみの威力いりょくが必要で、それを単独たんどくかつ高いレベルで行えるのはジェネラルくらいだが、『風』と『氷』の魔導士がタッグを組めば問題なく実現できた。


「来たぞ! 攻撃開始!」


 そのタッグがルートや水路付近に何組も配置はいちされ、つづけに攻撃を行う。命中めいちゅう率は決して高くなかったが、四方しほう八方はっぽうからの攻撃で、ゴーレムはたちまち足を取られて転倒てんとうした。


 そこからは一方いっぽう的な流れになる。水路脇までたどり着くと、それをはさむように馬達は二手ふたてに分かれる。ゴーレムは水路に転落し、馬に引かれる船のように流された後、次の橋でつないでいた鎖を取りはずす。


 前日に予行よこう演習えんしゅうをくり返したかいもあり、最初の一体を手はず通りにしとめた。水路にしずんだゴーレムは二度とうかび上がることなく、周囲しゅういから歓声かんせい拍手はくしゅがわき起こった。


     ◆


 一体、また一体と着実ちゃくじつにゴーレムをしとめていく。猪突ちょとつ猛進もうしんをくり返す敵をなが作業さぎょうのようにさばき、作戦にはささいなほころびさえ見られなかった。


 ジェネラルはひた走った。水路へ敵を落とした後は、まんいちにそなえて大門前へとんぼがえりする。距離的には百メートルもないが、なん往復おうふくもすれば、さすがに疲れの色が見え始めた。


「ジェネラル、がんばれ!」


 冗談じょうだんまじりの声が飛び、思わずジェネラルは顔をほころばす。笑みをもらす余裕が生まれていた。他の魔導士達も明るい表情を一様いちようにうかべている。


「ジェネラル、少し休憩きゅうけいしますか?」

「いや、まだまだ」


 倒したゴーレムはまだ八体。敵の総数そうすうを考えれば、道のりは遠い。を上げるのには早すぎた。


「よし、次行くぞ!」


 ジェネラルが気合きあいのこもった言葉を口にすると、内門が九度目の上昇を始める。


 そんな時だった。確かなごたえをつかみ、勝利への自信を深めていたジェネラルの前に、突如とつじょあの男が現れたのは。

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