決戦前夜

     ◆(三人称)


 捕虜ほりょとなったデリック・ソーンは処刑しょけいされることなく、レイヴンズヒルへ送られた。反乱はんらん鎮圧ちんあつに成功し、一息ひといきついていたウォルター達にとって、彼から得られた情報は衝撃しょうげき的だった。


 近日きんじつレイヴンズヒルに対するそう攻撃こうげきが開始され、七つの能力を持つ能力者が複数参加する。さらに『人間を容易よういにひねりつぶせる、おぞましいモノ』が投入とうにゅうされるという。


 さらなる追及ついきゅうを続けたところ、敵の目的は『源泉の宝珠ソース』の奪取だっしゅであり、短期決戦になるという話も自供じきょうした。


 大急おおいそぎでレイヴンズヒルに帰還きかんしたウォルターに待っていたのは、チーフ――ネイサンの戦死せんしという現実だった。それを〈資料しりょうしつ〉の同僚どうりょうケイトの口から聞かされた。しかし、悲しみに暮れている場合ではなかった。


「ストロングホールドに出現した岩の巨人きょじんが、『人間を容易にひねりつぶせる、おぞましいモノ』というわけか」

「敵のふだ撃退げきたいできたわけだから、総攻撃はさけられるということか?」


 レイヴンズヒルには楽観らっかん的なムードも流れていたが、それはぬか喜びに終わった。


 ウォルター達に遅れること二日。急遽きゅうきょ北部ほくぶから呼び戻されたジェネラルから、目まいがするような事実がげられた。


「〈樹海じゅかい〉の奥深おくふかくで、百体以上の岩の巨人を発見した者がいます。後日ごじつ、もう一度確認しに行かせたところ、別の場所へ移された後でした。『総攻撃』というのがせまっているのかもしれません」


 百体以上のゴーレムが総攻撃に投入されるのは間違いない。その対応をめぐって、元老院げんろういんとユニバーシティ幹部かんぶによる会議は、たちまち紛糾ふんきゅうした。


「ジェネラル。じか相対あいたいした者として、率直そっちょくな意見を聞かせてくれ。百体の岩の巨人から、この街を守れるか?」


「百体を同時に相手取るなら、ひいき目に見ても勝機しょうきはゼロでしょう。ただ、二、三体ずつ市街しがいに引き入れて戦えるのなら、話は変わってきます。

 あと、ストロングホールドで捕獲ほかくしたゴーレムですが、数日後に井戸いどの水をぬき、底まで下りて調べたところ、バラバラの岩のかたまりに成り果てていました。この事実はこう材料ざいりょうです」


「水にしずめられれば、どうにかなるということか」

「しかし、それができるのか? 敵は我々の都合つごう考慮こうりょしてくれないぞ」


 すでにジェネラルは対抗たいこう策をこうじていた。


「岩の巨人は知能ちのうが高くありません。攻撃へ過敏かびんに反応するなど、弱点じゃくてん多々たた見受みうけられます。大門おおもん誘導ゆうどうできれば、各個かっこ撃破げきは十分じゅうぶんに実現可能です」


 レイヴンズヒルの玄関げんかんぐちたる大門は、三十メートル近い奥行おくゆきがあり、前後に門が取り付けられている。市街側は落下らっか式の頑丈がんじょう格子こうし門で、上手く昇降しょうこうをくり返せば、一体ずつ市街へ引き入れられる。


 ただ、会議に出席していたパトリックは悲観ひかん的だった。市街に通じる門は大小だいしょう合わせて五つある。さらに、敵に〈転送トランスポート〉の能力者がいれば、門はあってないようなものだ。

 

 パトリックの頭には、この時点じてん和睦わぼく降伏こうふくの二文字がチラついていた。


     ◆


 その二日後、会議中に急報きゅうほうがもたらされた。


「岩の巨人が現れました! その数は百以上! 一団いちだんとなって西部せいぶ街道かいどうをレイヴンズヒル方面ほうめん進撃しんげき中です!」


「ストロングホールドは無事なのか!?」

「いえ、ストロングホールドから、まだそういった報告は入っておりません」


同行どうこうする人間の存在はありませんでしたか?」

遠目とおめで確認しただけなので、そこまでは……」


 ひとまず、パトリックは胸をなで下ろす。ゴーレム相手に〈転送トランスポート〉は使用できない。過信かしん禁物きんもつだが、こちらへ走って向かっているのなら当然の結論けつろんだ。


 さらに、レイヴンズヒルへの経路けいろに西部を選んだことも根拠こんきょうらづけだ。田園でんえん地帯ちたいの広がる東部とうぶは大小の河川かせんが入り乱れ、場所によっては船で川をわたる必要がある。


 反面はんめん牧畜ぼくちくさかんな西部は高地こうちのため小川おがわ程度しかなく、街道も整備せいびされている。この国の地理ちり熟知じゅくちしていれば、敵の行動は理にかなっていた。


 こう不幸ふこうか、大門で敵をむかつという、ジェネラルが胸に思いえがいた戦略せんりゃくが、実現できる公算こうさんが高くなった。


 西部の街道からは西地区へ入ることもできるが、街道に出て数百メートルの場所に幅十メートルほどの渓谷けいこくがある。


 そこにかかる木造もくぞうの橋を、火で焼きはらうなり、切り落とすなりすれば、西地区への道を絶つことができ、大門方向へ誘導できる。報告があった当日に、それは実行に移された。


 大門の前にかかる巨大きょだい石造いしづくりの橋は、一朝いっちょう一夕いっせきでどうにかできるものではない。また、大回おおまわりすれば、ゴーレムでも東南とうなん地区まではたどり着ける。


 東南地区の門は貧弱ひんじゃくで、そちらに回られでもしたら、かえって事態じたい悪化あっかを招く。現状げんじょう、西部の街や村は襲撃しゅうげきをまぬがれているが、いつまでそれが続くかもわからない。


 もとより敵の攻撃が一か所に集中するのは持ってこいの状況。あえて敵を引き込むように、大門で総力そうりょくをあげて迎え撃つ方針ほうしんが決定した。


     ◆


 敵の総攻撃を目前もくぜんひかえたその日。ジェネラルを先頭にした一行いっこうが〈とま〉の頂上ちょうじょうをめざし、らせん階段をのぼっていた。


 『源泉の宝珠ソース』の現状の確認、および敵の手から守るため、一時いちじてきに別の場所へ移せないか検討したい。パトリックが直々じきじきに元老院へ上申じょうしんし、それは即日そくじつ認可にんかされた。


 パトリックは助手じょしゅとしてコートニーをしたがえている。上申の内容に嘘偽うそいつわりはないが、それにふくまれない裏の目的があった。


 〈止り木〉の頂上――鎮座ちんざの前にたどり着いた。パトリックがここへ来るのは五年前のあの日以来。ふいに戦慄せんりつの記憶がフラッシュバックし、足がすくんだ。


 ジェネラルが『根源の指輪ルーツ』をかざすと、キーッと耳ざわりな金切かなきり音を立てながら、ひとりでにとびらが開いた。


 おとろえを知らない神々こうごうしい輝きが視界しかいに広がる。人間の背丈せたけほどある巨大な宝珠ほうじゅに、コートニーも心をうばわれた。


 ジェネラル達は宝珠と台座だいざ接触せっしょく部分をひとしきり調べた後、数人がかりで持ち上げようとこころみた。パトリックとコートニーはすこはなれた場所から見守みまもった。


「どうやら、台座と一体いったいしているようです。ピクリとも動きません」


 パトリックが宝珠に歩み寄っていき、コートニーもそれに続いた。そばにしゃがみ込んで確認すると、宝珠は台座にうめ込まれ、すきなくピッタリとハマっていた。


 立ち上がったパトリックは軽くため息をついた後、もの言いたげに横目よこめでコートニーを見た。意図いとをくんだコートニーがさりなく宝珠に手を当て、〈分析アナライズ〉を発動はつどうした。


 あの日の辺境伯マーグレイヴも、こうして宝珠に手を当てていた。そう回想していたパトリックが気づいた時には、コートニーの顔つきが一変いっぺんしていた。


 途端とたんにけわしくなった表情は、しだいに困惑こんわくのものへ変わり、目が泳ぎ始めた。文面ぶんめんを何度も読み返しているのが、はたからもわかった。


「この場から動かすのは無理でしょう」

「そうですね」


 ジェネラルが早々そうそうに結論を出すと、撤収てっしゅう準備じゅんびに入った。鎮座の間を出てから、パトリックがジェネラルを呼び止めた。


「住民の命をさい優先ゆうせんに考えるなら、この宝珠を敵方てきがたに差し出すことも考えなければなりません。そのことについて、ジェネラルはどう思いますか?」


「口に出すのもおそれ多いことですから、明言めいげんはさけさせていただきます。我々はあたえられた役割やくわりを果たすのみです。元老院からの通達つうたつがあれば、いつでもこの指輪を提出いたします」


 パトリックがコートニーに話を向けたのは〈止り木〉を下りた後だった。


「何か、わかりましたか?」


 コートニーは「ええ……」と答えた後、しばらく口ごもった。


「『能力を展開てんかい中』と書かれていました。能力名は〈転覆エックスオアー〉、術者じゅつしゃ巫女みこです」

「〈転覆エックスオアー〉ですか……」


 それははるか昔から予想よそうしていた。『源泉の宝珠ソース』をかいし、巫女がこう範囲はんいに能力を展開していたという話は文献ぶんけんに残っている事実。


 そのため、驚きはほとんどなかった。ただ、それだけではない。コートニーの表情がそう言っていた。


「続きがあるのですね?」

「はい……。その下に『解除かいじょ権限けんげん委譲いじょうされています』と表示されていました」


 パトリックは息をのんで、言葉が継がれるのを待った。だが、コートニーの口は重い。はやる気持ちをおさえきれず、かしつけるように言った。


「……誰から誰にですか?」

「巫女から――トリックスターに」


 それも予想の範疇はんちゅう辺境伯マーグレイヴが五年前に言い残した言葉が、今まさに裏づけられ、パトリックは興奮こうふんをおさえられなかった。


 この国にかけられた『転覆の魔法まほう』を解く道が、ついに開かれた。


「ウォルターにはこのことを内密ないみつにしていただけますか? 余計よけいなことで、心配をかけたくないのです」


 コートニーは戸惑とまどい気味に「……わかりました」と応じた。


     ◆


 ゴーレムの襲来しゅうらい間近まぢかに控え、住民の避難ひなんがあわただしく始まった。


 さき戦場せんじょうとなる中央通りぞいの西南地区、南端なんたんに水路が走る南地区、加えて東南地区の住民が、優先ゆうせん的にレイヴン城内へ避難できることとなった。


 レイヴン城の正門せいもんから、延々えんえんつらなる人の波が城内へ吸い込まれていく。大門へ向かう途中のウォルターが、そこに通りかかった。


「東南地区の住民は東棟ひがしとう、南地区の住民は西棟にしとう、西南地区の住民は宮殿きゅうでんおお広間ひろまへ行くように!」

「食料と衣服いふく以外の持ち込みは没収ぼっしゅうするぞ!」


 門前もんぜん守衛しゅえい大声おおごえを張り上げている。住民達の表情は一様いちように暗く、事態を飲み込めない幼い子供だけが無邪気むじゃきな声を上げていた。


 ウォルターは行列ぎょうれつの中にダイアンの姿を偶然ぐうぜん見つけた。人ごみをかき分けながら、「ダイアン!」と呼びかけた。


 列からはずれた二人は自然と手を取り合った。表情に悲壮ひそう感をただよわせながらも、おたがいにほおをゆるませた。


「気をつけてね」


 不安げに言ったダイアンの両手を、ウォルターがつつみ込むようにそっとにぎる。以前ウォルターがプレゼントしたブローチが、ダイアンの胸元に輝いていた。


「大丈夫。きっと守る――この街はきっと守るから」


 ウォルターはちかいを立てるように、自身の胸にきざみ込むように言った。ダイアンは何かを言いかけたものの、目を落としたまま、相手の手をにぎり返すのにとどめた。

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