転覆の日

トランスポーター

     ◆(三人称)


 トランスポーターは〈転覆てんぷくの国〉の地を初めてんだ。前言ぜんげんをひるがえす形で、ローメーカーの『盟約めいやく』に加わったのは三年前。その日から、いつでも来ることはできたが、あえてしなかった。


 くやしかった――それもある。それだけ『盟約』への参加は不本意ふほんいだった。人の手をかいしていたとはいえ、あの日まで、この国は自分だけがアクセスできる特別な場所だった。


 ひとりめにしていた場所が、手のひらからこぼれ落ちた瞬間しゅんかん急激きゅうげきに輝きが色あせたように感じた。


 彼が〈侵入しんにゅうしゃ〉をこの国へ送り始めたのは遠い過去のこと。〈侵入者〉からの報告を受けながら、様々さまざまな想像をふくらませた。いつしかそれは理想りそうきょうし、その幻想げんそうこわされたくなかったというのもある。


 また、この国へ行くだけならともかく、〈外の世界〉へ戻るには、約束の期日きじつまでリンクを保持ほじしてもらうか、別の誰かにむかえに来てもらう必要がある。


 そんな、自身の命運めいうんを赤の他人にあずける行為は気が進まなかった。


(向こうとあまり変わらないな)


 彼にはエドワードという名前もあったが、その名で呼ぶのは『最初の五人』であるローメーカーとエクスチェンジャーの二人のみ。その二人も公的こうてきな場ではトランスポーターと呼ぶ。


 年齢はウォルターとほぼ変わらない。軽く目にかかった髪に、がちな表情。彼の性格は、良く言えば神秘しんぴ的でクールだが、悪く言えば無愛想ぶあいそう気難きむずかしい。


 くち下手べたではないが、口数くちかずは少ない。孤独こどくを愛し、人見ひとみりでもある。人と話す時はいつも距離をとって、軽く背を向けるクセがあった。


 この性格が原因で、ローメーカーとはいが悪かった。


     ◆


 ローメーカーの性格を一言で言い表すならばいのちらず。かつて、反乱はんらん軍のリーダーとして、ドワーフ族と共に立ち上がった時、こんなことがあった。


 奇襲きしゅうをかけるから、敵の只中ただなかに〈転送トランスポート〉で送り出してほしいと、トランスポートはたのみ込まれた。


『友としての忠告ちゅうこくだ。こんな死に急ぐような無謀むぼうな作戦には協力できない。もし君が命を落とせば、僕の寝覚ねざめも悪くなるからね』


『お前の気持ちはわかった。ただ、もうドワーフ達と約束したんだ』


『手を貸してもいい。ただ、その場合、ここでお別れだ。君に協力するのは最後になるけど、それでもかまわないか?』


『……ああ。残念だけど仕方しかたがない。俺はそれでもやりげなければならないんだ』


 さいわいにもローメーカーの奇襲作戦は成功に終わり、新国家樹立じゅりつにつながった。


(彼と一緒にいると早死はやじにするな)


 そう思ったトランスポーターは、ローメーカーとたもとを分かち、〈転覆の国〉へ〈侵入者〉を送り続ける活動を一人で始めることになる。


 エクスチェンジャー――〈交換エクスチェンジ〉の能力を持つ彼女が仲を取り持ったこともあり、定期ていき的に顔を合わせていたが、なれ合うのが嫌だったため、べつ行動こうどうを続けた。


    ◆


「どうだ、トランスポーター。この国の印象は?」


 かたわらのインビジブル――辺境伯マーグレイヴが声をかけた。


「普通だね。そっちは? 久々ひさびさにこの国に帰ってきたんだろ?」

「この国の景色けしきはもう見飽みあきたよ」


 彼らがいるのは〈樹海じゅかい〉にほど近い山中さんちゅう。そばにはもう一人男がいる。黒いローブで全身ぜんしんをおおったネクロだ。


 トランスポーターは眼下がんかに整然と並ぶゴーレムを見渡みわたした。地面じめんにうずくまるように座ったまま、それはピクリとも動かない。草むらの上にいなければ、岩石がんせきと見間違えただろう。


(これがうわさのゴーレムか。こんな知性ちせいのカケラもない化物ばけものと、共同戦線せんせんをはることになるなんて)


「こいつらは僕達をおそったりしないのか?」


現状げんじょう、その心配はございませんが、戦闘せんとうが始まってからはお約束できません。他の人間とお二方ふたかたを見分けるすべはございませんから。それは私も同様どうようですよ」


「活動できる時間に限界げんかいがあるそうだな」


「はい。ジッとしていれば別ですが、我々がエサをあたえなければ、三、四日で活動を停止します。どうも、この国は『転覆てんぷく巫女みこ』の力がおよんでいるようで、それが行えるのは、この近辺きんぺんのみなのです」


「そんなに短いのか」


「なので、ここからレイヴンズヒルまで丸二日は見込みこまないといけませんから、到着とうちゃく当日とうじつ、遅くとも翌日よくじつまでに決着けっちゃくをつけていただかなければなりません」


 生物でないゴーレムは〈転送トランスポート〉が通じない。そのため、レイヴンズヒルへは徒歩とほで向かう必要があった。


 そっぽを向いたトランスポーターはあきれながら鼻で笑った。そんなものが作戦の中核ちゅうかくをになうのが信じられなかった。


「では、作戦と役割やくわり分担ぶんたんについて再確認させてください」


「俺がジェネラルとやって、『根源の指輪ルーツ』を手に入れる」

「その間、僕はトリックスターの相手をしよう」


 辺境伯マーグレイヴとは対照たいしょう的に、トランスポーターはややかに言った。


「わかりました。我々はお二方のご武運ぶうんを祈りながら、他の有象うぞう無象むぞうを相手にいたしましょう」


「そっちにも仲間が一人いると聞いているが、今はどこにいるんだ?」


 スプーはこの場に来ていない。さらに言えば、彼らの前に一度も姿をさらしていない。彼らと協力関係を結ぶ交渉こうしょうも、全てネクロに一任いちにんしていた。


 『うつわ』を乗りかえる可能性があるスプー達は、極力きょくりょく姿をさらさないように注意している。特に能力が通用つうようしない『最初の五人』が相手の場合、細心さいしんの注意が必要だ。


「彼は一足ひとあし先にレイヴンズヒルへ潜入せんにゅうしております」

「どんな男なんだ? 名前すら聞いていないぞ」


「彼には『扮装ふんそう』する能力がございますから、見る人、時間によって様変さまがわりいたします。きっと、お二方の作戦をかげながら支えてくれると思いますよ」


「つまり、その何をしてくれているかもわからない男に、僕らは陰ながら感謝しなければならないわけか」


 トゲトゲしく言ったトランスポートが、反応を確かめるためネクロを一瞥いちべつする。相手は深々ふかぶかとフードをかぶっている上に、ヒドく腰がまがっているので口元くちもとしかうかがえない。

 

(気に食わない男だ)


 ほのかな敵意てきいを感じたネクロが、わずかに口元をゆがめた。ただ、トランスポーターが共同作戦に強硬きょうこうに反対した話を伝え聞いていたので、特段とくだん気にかけなかった。


 実際、トランスポーターはネクロに明確めいかくな敵意があった。そして、ある疑いをいだき、作戦が終わるまでにそれを見定みさだめるつもりだった。


「確か、もう一人いらっしゃるという話ではなかったですか? ほら、女性の」


「サイコは南部なんぶで反乱を起こした後、こちらと合流ごうりゅうする予定だったが、連絡が取れない。〈立法ローメイク〉が解除かいじょされていないから、生きているとは思うが、予定外のことが起きたのかもしれない」


「それは心配ですね」

「向こうに直接行ったのかもな」


 トランスポーターが関心かんしんそうに言った。ネクロに対して同様、サイコにも拒否きょひ感をいだいている。いなければいないほうがいいとすら思っていた。


 辺境伯マーグレイヴ元々もともとはこの国の魔導まどう破壊はかい殺戮さつりくをともなう作戦にどこまで本気なのか、始めから裏切うらぎる予定ではないかとあやしんでいた。


 こんな作戦に真剣しんけんに取り組むのもバカらしい。トランスポーターはその思いを強めた。むしろ、彼は作戦の失敗を願っていた。


     ◆


 その一番の理由がこれだ。かつての彼は、〈侵入者〉に対して厳格げんかくなルールをしていた。


 食料は現地げんち調達ちょうたつする必要があり、ぬすみについてはある程度容認ようにんしたが、その他の犯罪――特に殺人は言語ごんご道断どうだんだと厳命げんめいした。ただ、彼は平和主義者でも高潔こうけつな人間というわけでもない。


 悪事あくじを働けば、相手の警戒けいかいがきびしくなるという現実的な判断からだ。実際じっさい敵方てきがたの〈侵入者〉に対する危機きき意識は最近まで低いままで、活動は比較ひかく的自由に行えた。


 彼は〈侵入者〉へ具体ぐたい的な指示を出さなかったものの、なるべく国家の中枢ちゅうすうに近い場所――レイヴンズヒルでの情報収集しゅうしゅうを求めた。


 そして、〈侵入者〉からの「土木どぼく工事の作業さぎょう員として、レイヴン城内に入ることに成功した」といった報告などに一喜いっき一憂いちゆうした。彼はゲームを攻略こうりゃくするような感覚で〈侵入者〉を送り込み続けた。


 やがて、ルールは彼のポリシーとなる。『盟約』に加わる際は、ローメーカーにルールの厳守げんしゅという条件をつけた。そのかいもあり、以後いご穏健おんけん的な手法しゅほう踏襲とうしゅうされた。


 だからこそ、彼は今回の作戦に猛反対した。ドワーフの反乱という国家存亡そんぼう事態じたい発生はっせいしたとはいえ、約束が反故ほごにされたことに怒りを感じた。


 正面しょうめんきっての全面ぜんめん戦争せんそう。こんな野蛮やばんな作戦で何かが変わるのなら、自身の送り込んだ〈侵入者〉が、とっくに『転覆の巫女』を見つけているはず。


 作戦に深く足を突っ込む気はさらさらない。トランスポーターは失敗をり込んだ上で、一歩いっぽ引いて行動するつもりだった。


     ◆


「君は、何年か前に会った時とずいぶんが印象が変わったな」

「そうですか? まあ、数年もすれば人は大きく変わるものですよ」


 ネクロはその時も顔を隠していたが、当然、『器』はことなる。怪訝けげん眼差まなざしを向けられ、話をそらした。


「それより、トリックスターの相手はお一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫さ。僕は『最初の五人』だから、彼の能力は通じない」


「それははやとちりです。トリックスターの力は空間くうかん適用てきようされますから、あなた自身に効果がなくとも、周囲しゅういにエーテルがなければ能力は発動はつどうできません」


 トランスポーターはそっぽを向いて、だまりこくった。ただ、厄介やっかいな話と思いながらも、深刻しんこくにとらえなかった。なぜなら、トリックスターと戦う気は毛頭もうとうなかったからだ。


 トリックスター――ウォルターが出現した情報は、出発の数日前にサイコの部下からもたらされた。


 なぜか、胸が高鳴たかなった。相手は『転覆の巫女』打倒だとうのために立ち上がった同志どうし。会いたいという気持ちが日に日に強まった。


(どんな人だろうか。何だか、彼とは気が合いそうな気がする)


 根拠こんきょのない思いが胸にばえた。きれいさっぱり失われた『最初の五人』だった時の記憶。その記憶がこんな気分きぶんにさせるのだろうか。そんなことを考えながら、感慨かんがい深げに遠くを見つめた。


(『転覆の巫女』を追いつめたという彼の協力があれば、あの計画を実現できる。僕達五人がもう一度一つになれる日が来るかもしれない)


 作戦開始を間近まぢかひかえながらも、トランスポーターはそのことで頭がいっぱいだった。

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