ゴーレムの襲撃(後)

     ◆(三人称)


 スプーとネクロはストロングホールドに来ていた。街の人間に『扮装ふんそう』し、遠巻とおまきに戦闘せんとうをながめていた。


 現状げんじょう、ネクロがゴーレムを直接操作することも可能だが、今回は命令をあたえたのみで、どこまで魔導まどうわたり合えるかの実験だった。


 ネクロが対象たいしょうに与えられる命令は三つまで。今回は『ストロングホールドの中心街へ行く』、『視界しかいに入った人間を差別さべつ殺害さつがい』、『攻撃をしかけてきた相手へ優先ゆうせん的に反撃はんげき』の三つ。


 五年前の〈樹海じゅかい〉において、あっけなく〈どろ人形にんぎょう〉が撃退げきたいされてから、改良かいりょうに改良をかさねたのがこのゴーレムだ。しかし、依然いぜんとして難点なんてんを多くかかえている。


 腕力わんりょく並外なみはずれているが、の状態では昆虫こんちゅうなみに知能ちのうが低い。目の前の段差だんさや壁を認識にんしきしたり、川に落ちれば危険きけんといったことがわかる程度。機転きてんは全くきかず、命令を与えなければ、辺りをうろつき回るだけだ。


 さらに、彼らが〈やみちから〉でエネルギーを補充ほじゅうしなければ活動限界げんかいがある。〈泥人形〉も同様どうようの問題があったが、重量じゅうりょうが数十倍にふくらんだ分、効率こうりつ雲泥うんでいの差があった。


 〈泥人形〉は同量どうりょうで一年近く動き続けたが、ゴーレムは長くて一週間、はげしい活動を続けると最短さいたん三日でガスけつを起こした。


 とはいえ、ジェネラルの攻撃をはねのけ、ここまでの戦いぶりは満足のいくものだった。シビアな評価をくだしがちなスプーも、ついほおをゆるませた。


     ◆


 ジェネラルら主要しゅようメンバーは、交差こうさてんの角に建つ建物の屋上へ避難ひなんし、立て直しをはかることにした。そこからは二つの大通おおどおりを見渡みわたせた。


「ネイサン、五年前にあらわれたのとくらべてどうだ?」

見違みちがえるほど頑固がんこものになったよ。あの時のは『雷』で失神しっしんしたり、人間くささがあって、かわいげがあったな」


「あれを物理ぶつり的に破壊はかいするのは難しそうですね」

「おとなしくしてくれたら、できないことはないんだけどな」


「氷づけにするのはどうですか?」

「破壊する時に、氷をとかさないといけないだろ」


 ネイサンが言下げんかに否定すると、スコットが「ああ、そうですね」とバツが悪そうに答えた。


「『火』と『雷』は通じない。有望ゆうぼうなのは『氷』くらいか……」


 そう言ったジェネラルが眼下がんかをうろつくゴーレムに目を移す。それに釣られたメンバーの一人が「あっ……」と声を上げ、全員がそちらを見た。


 御者ぎょしゃの逃げ出した馬車ばしゃが、転倒てんとうしたまま路上ろじょう放置ほうちされていた。それにつながれた二頭の馬は、おびえた様子であばれていたが、馬車と手綱たづながからまり、身動みうごきがとれない状態だ。


 その目と鼻の先をゴーレムが通りかかる。ハラハラと見守みまもるスコットが「ああ、絶体ぜったい絶命ぜつめいのピンチ」とつぶやく。しかし、ゴーレムは微塵みじんも馬に興味きょうみをしめさず、脇を素通すどおりした。


「ん、馬はねらわないのか」

「人間が大好きなんでしょうね」


 スコットが何かをひらめいたように「あっ……、だったら水はどうですか?」と言った。


水浴みずあびさせてどうするんだよ。熱をさませてもらえて向こうも大喜おおよろこびだろ」

「いや、その『水』じゃなくて。あいつ絶対に水にしずむと思うんですよ」


 ジェネラルが「ああ、そうか」とハッとした様子を見せた。


「川に流すってことか?」

「この辺りの川は、あいつが沈むほど深さがないぞ」


「でも、ここから海まで連れて行くのは気が遠くなりますね」

中央ちゅうおう庁舎ちょうしゃ井戸いどは、あいつを落とせるぐらいの大きさがありますよね?」


 メンバーの一人の意見にジェネラルが大きくうなずく。他のメンバーも「そうだな」と相次あいついで賛同さんどうした。


「底のほうは結構けっこう広いから、そこで生活してもらうか」

「あとは、どうやってあいつをそこまで連れていくかですね」


「氷づけにするなり、何とか足止あしどめして、馬で引くのはどうだ?」

「それで行こう。足止め役の魔導士と馬を、できるだけかき集めるぞ」


 ジェネラルの号令ごうれいでメンバーが動き出したが、ネイサンが「ちょっと待ってくれ」と引き止めた。


「今はあの堅物かたぶつに集中すべきだが、あやつっているやつがいることを頭に入れておいてくれ。あく趣味しゅみな連中だから、この状況じょうきょうを近くでながめながら、きっとほくそ笑んでいるはずさ」


     ◆


 綿密みんみつな計画がねられた後、それが実行に移された。まずは馬で引くため、ゴーレムにロープを巻きつけることから始める。


 通りに渡したロープをピンと張ったまま待ちかまえる。攻撃を受けるとムキになる性質せいしつを利用し、ジェネラルを中心とした十数人の魔導士が、ロープをはさんで、『氷』、『水』、『風』などで、いっせいに攻撃をしかけた。


 ゴーレムは他の物が目に入らないといった様子で、がむしゃらに突進とっしんを開始。思惑おもわく通り、誘導ゆうどうされたゴーレムの腹にロープがかかり、そのはしを持った魔導士達が、両側の横道よこみちからタイミングを合わせて飛び出した。


 手際てぎわよく一度、二度とゴーレムの腹部ふくぶにロープを巻きつけ、両端りょうたんをかたくむすんだ。いつこちらを振り返るかもわからないのよだつ状況ながら、魔導士達は死力しりょくをつくしてロープを引っぱった。


 ジェネラルら攻撃陣が居並いなら反対はんたい側――中央庁舎の門前もんぜんに八頭の馬が待機たいきしている。それらとつながるロープと、ゴーレムに巻きつくロープをむすび合わせる段取だんどりだった。


 だが、ゴーレムは前方ぜんぽうから集中攻撃を受けながらも、計六人の魔導士達を軽々かるがると引きずり出す。十メートルほどだった両者りょうしゃの距離が、逆に広がり出した。


「なんて馬鹿ばかぢからだ……!」

「手のいているやつは手伝ってくれ!」

 

 あらたに数人が加わったが、ケタ違いのパワーをおさえることができない。十五人程度まで増やしても、まだゴーレムの力がまさっていた。


「馬のほうを連れて来れないか!」


 沿道えんどうから庁舎のほうへ向けて大声が飛んだ。ただ、それにはいくつか問題がある。現在、馬はこちらへ背を向けている上に、敏感びんかん臆病おくびょうなため、一頭が暴れ出すと収拾しゅうしゅうがつかなくなるおそれがある。


 八頭の馬をまとめてバックさせるのに手間てまどり、ゴーレムも前進ぜんしんを続けたため、一向いっこうに距離はつまらない。攻撃陣にいたネイサンがしびれを切らし、こうジェネラルに提案ていあんした。


足先あしさきだけでも凍結とうけつさせられないか?」


 うなずいた二人が決死けっしの思いで前へ出て、両サイドに分かれる。より効果を高めるため、腕をのばせば届きそうな距離まで接近せっきんした。目論見もくろみは成功し、ゴーレムの両足に氷の足かせがはめられた。


 喜んだのもつかの間、ゴーレムはありあまる力でいとも簡単かんたんにそれを引きちぎった。多少たしょうは足止めになったが、足首あしくびにまとう氷はオモリにすら感じていない様子だ。


 その直後、ゴーレムの右腕が振りぬかれ、ジェネラルの鼻先はなさきをかすめたが、大事にいたらなかった上に、幸運こううんが続いた。攻撃でバランスをくずしたゴーレムがまえのめりに倒れたのだ。


 それにより、多くの時間をかせぐことに成功した。ようやく馬達とゴーレムがロープでつながれた。


 馬の力は人間の数倍。劣勢れっせいとなったゴーレムが地面じめんを引きずられ始める。さらに、足先に受けたジェネラルの『氷柱つらら』によって再度さいど転倒。立ち上がることさえ困難こんなんになり、ゴーレムはされるがままになった。


     ◆


 馬達が中央庁舎の敷地しきちに入り、落下らっかさせる予定の井戸は目前もくぜんだった。しかし、最後の最後で不運ふうんな出来事が起きた。


 門の一部分にロープが引っかかり、それがストッパーとなって、ゴーレムの動きが止まった。ネイサンが「俺にまかせろ!」と危険を承知しょうちでそこへ向かう。


 さいわいにも、まだゴーレムは地面に寝そべったまま。門のにからまったロープをはずそうと、ネイサンは急いだ。


「はずしたぞ! 早く引け!」


 それに成功し、ネイサンが一息ひといきついた矢先やさきだった。地をはうように、ゴーレムの腕がネイサンの足を振りはらった。足払あしばらいをされたように、ネイサンが地面に横倒よこだおしとなった。


「チーフ!」


 助けに入るべくスコットが足をふみ出す。しかし、一足ひとあし遅かった。頭を強打きょうだし、ネイサンの体は思うように動かない。そこへ容赦ようしゃのない第二撃が加えられた。


 ゴーレムの腕がネイサンの胸から腰にかけて振り下ろされる。ゾッとするような異音いおんが上がったと共に、ネイサンの「うわああああ!」という悲痛ひつうなさけび声が辺りにひびき渡った。


 ゴーレムが再び引きずられ始める。地面にへばりついて立ち上がろうとしたが、すかさず反応したジェネラルが、それを『氷柱』で阻止そしした。


 スコットがネイサンの救助へ向かう。懸命けんめいに「チーフ! チーフ!」と呼びかけながら、両脇りょうわきをかかえて門の外へ連れ出した。


 中庭なかにわまで連れて行かれたゴーレムは、深さ十メートル以上の巨大きょだいな井戸へ落とされた。そして、水にしずんだまま、浮かび上がることはなかった。


 それを見届けたジェネラルは、急いで門のほうへ戻った。到着とうちゃくすると、両膝りょうひざをついたスコットがうなだれたまま肩をふるわせていた。


「ネイサン……」


 ジェネラルは立ちつくしたまま言葉を失った。


 顔のほうは強打の傷があった程度だが、左半身はんしんは目をおおいたくなる惨状さんじょうで、生きているのが不思議ふしぎなくらいだった。


年甲斐としがいもなく、はしゃぎすぎたな」


 ネイサンが力なく笑う。うつらうつらと、今にも意識を失いそうだったが、何かに気づいた様子を見せると、右手の中指にはめていた指輪ゆびわを、別の指でずらすようにはずした。


「ほら、これはお前が使え」


 ネイサンの指先から氷の指輪がこぼれ落ちる。


「嫌ですよ……。『風』と『氷』なんて連携れんけいしづらくてやってらんないですよ」


「くだらないことにこだわってんじゃねえよ。お前、才能あるんだからさ。そんなことしていると、いずれ、俺みたいになるぞ」


 スコットは何も答えることなく、しのび泣いた。


「これで、あれをあやつっていたクソッタレの、鼻を明かしてくれ」


 ふとネイサンが空を見上げる。すみ渡ったそこに向かって、もう一度同じ言葉をくり返す。


「くだらないことにこだわってんじゃねえよ」


 気力きりょくでひねくれ者だったすこし前までの自分。それに言い聞かせるように、はたまたそれを笑い飛ばすように言った。


 当然、こころのこりはあった。けれど、不思議と晴れやかな気持ちにつつまれ、ネイサンはおだやかな表情のまま、ゆっくりと目を閉じた。

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