ゴーレムの襲撃(前)

     ◆(三人称)


 ときおなじくして、ジェネラル一行いっこう辺境守備隊ボーダーガードの合同チームも、北部ほくぶ活発かっぱつに動いていた。手始てはじめに取りかかったのはギル・プレスコット――スプーの屋敷やしき捜索そうさくだ。


 けれど、屋敷を管理する使用しようにんに事情を聞いても、特段とくだんの情報は得られず、休暇きゅうかの時以外はウッドランドの詰所つめしょ駐在ちゅうざいしたまま、めったに屋敷へ戻らないという話だった。


 スプーは日頃ひごろから口数くちかずが少なく、必要最低さいていげんの会話しか行わない。また、外出がいしゅつどころか部屋から出るのもまれで、来客らいきゃくもほとんど記憶にないという。


 屋敷内をくまなく捜索しても、〈侵入しんにゅうしゃ〉である証拠しょうこや仲間に関する手がかりは見つからなかった。それどころか、生活の痕跡こんせきが全く見受みうけられず、どこの部屋ものような有様ありさまだった。


 一方いっぽうで、詰所に駐在中は一人で出かけるところをたびたび目撃もくげきされていた。


「やはり、〈樹海じゅかい〉の奥深おくふかくまでる必要がありそうですね」

「そうだな」


     ◆


 スプーとネクロは一週間ほどで〈樹海〉近郊きんこうまで戻った。旅人に『扮装ふんそう』し、なるべく人気ひとけのない山道やまみちや森の中を進んだため、通常の倍以上の日数にっすうようした。


 その途中、たまたま山中さんちゅう遭遇そうぐうしたゾンビを、ネクロの新たな『うつわ』とした。ネクロは「魔法まほうが使えないのか」と不満ふまんがおを見せたが、スプーは「無用むようさわぎを起こしたくない」とだまらせた。


 すでに自身の屋敷は捜査そうさの手がおよんでいるとみ、スプーは〈樹海〉へ直行ちょっこうしたが、そこに対する本格ほんかく的な調査も始まりをげていた。


(これ以上〈樹海〉を探られてはマズい。どうにかして、手を引かせなければ)


 ローメーカー陣営じんえいとかわしたそう攻撃こうげき期日きじつまで、まだ数日残されている。その日にそなえ、一年以上の歳月さいげつをかけて用意した秘密ひみつ兵器へいきがある。試験しけん一通ひととおりすませたが、最後の仕上しあげが終わっていない。


 〈樹海〉の奥地おくち休眠きゅうみんした状態で発見されるのだけは、でもさけたい。スプーはある決断けつだんをした。


「ネクロ。すぐに動かせるのが、近くに一体置いてあっただろ」

「あのキースとかいう魔導まどうを殺しちゃったやつかい?」


 キースは魔導士失踪しっそう事件の被害者。野生やせい動物を相手に、試験的に動かしていたのを目撃され、彼らは口封くちふうじのため場当ばあたり的にキースを殺害さつがいした。


「ああ。それを使って前哨ぜんしょうせんといこうじゃないか」


     ◆


 その日、ネイサンとスコット――〈資料しりょうしつ〉コンビの二人は、ストロングホールドの中央ちゅうおう庁舎ちょうしゃにいた。おお広間ひろまが騒がしいのに気づいて行ってみると、入口付近ふきんで人だかりができている。


「何かあったのか?」

「岩のかたまりみたいな巨人きょじん市街しがいに入ってきたとかで」

「岩のかたまり……?」


「急げ、巨人があばれ始めたぞ!」


 息を切らしながら入ってきた魔導士が告げると、続々ぞくぞくと魔導士達が外へ飛び出した。ネイサンとスコットも後に続いた。


 現場げんばに近づくと、遠くから悲鳴ひめい怒号どごうが耳に届いた。そのわりに、ストロングホールドのメインストリートたる庁舎前通りは、人影ひとかげがなく閑散かんさんとしていた。


「来ました! 巨人です!」


 他の魔導士達と同様どうよう、ネイサン達も建物のかげに身をひそめた。その方向には巨大きょだいな黒い影が見え、やがて、ズン、ズンと地響じひびきが聞こえてきた。


 まさしく岩の巨人が、肩を怒らせながら、通りの中央を物顔ものがおで進んでいる。


「何だアレ……」

立派りっぱに成長したじゃないか」


 ネイサンが五年前に対峙たいじした〈どろ人形にんぎょう〉は標準的な体型たいけいだったが、岩の巨人――ゴーレムの体長たいちょうは三メートル近い。また、灰色の岩石がんせき構成こうせいされた巨体きょたいは、さながらフルアーマーで身をかためたようだ。


 完全な人型ひとがたをしているが、目や口など顔のパーツは確認できない。ただ、しきりに頭を左右さゆうに振り、獲物えものを探すようなしぐさを取っている。


 予想よそうだにしない怪物かいぶつの登場で、ネイサンは恐怖きょうふに身をふるわせながらも、それ以上に心がふるえた。


 仲間の無念むねんを晴らすチャンスが早々そうそうにめぐってきたかもしれない。五年前を彷彿ほうふつとさせる状況じょうきょうに、はかり知れないほどの闘争とうそうしんをかき立てられた。


 きっとやつらが近くにいる。そう思いながらも、まずは目の前の巨人に集中しようと自身をいましめ、通りの向かい側にいた魔導士に大声で呼びかけた。


「ジェネラルはどうしてる!」

「今日中に帰還きかんする予定ですが、まだ戻ってきていません!」

「〈雷の家系ライトニング〉はいないか! ひとまず、『雷』を使ってみろ!」


 身をかがめた魔導士が路地ろじから飛び出した。そして、ゴーレムの背後はいごから、すかさず『電撃でんげき』をびせた。


 ゴーレムはビクッと一瞬いっしゅん動きを止めたが、それはまばたきするくらいの時間。すぐに攻撃をしかけられた方向を振り向き、そちらへかけ足で進む。しかし、魔導士がすばやく路地に引き上げたため、あきらめて立ち止まった。


「ダメです! 効果ありません!」

「見かけ倒しじゃないな。断然だんぜん、パワーアップしてやがる。辺境伯マーグレイヴでもいれば、変わってくるかもしれないが」


 〈泥人形〉は『電撃』を受ければ、しばらく失神しっしん状態におちいった。それと比較ひかくすれば、目を見張みはるほど――あせをかくほどの進歩しんぽだった。


「あまり足は速くないですね」

「いや、図体ずうたいがデカいから遅く見えるが、一歩いっぽ一歩が大きいぞ」


 ゴーレムの目標は定まらない。激しく動く人間に注意をひかれるが、視界しかいから消えると、それをコロコロと切りかえた。


 その時、よそ見をしていたゴーレムのすきをつき、一人の男が通りを突っ切って、向かいの建物へかけ込もうとした。


 それを認めたゴーレムが機敏きびんに反応して追いかける。スコットが「危ない」と助けに入ろうとしたが、間一髪かんいっぱつで建物内に退避たいひできたため、ネイサンが制止せいしした。


 ただ、ゴーレムはあきらめない。自身の体より小さなとびらをけやぶり、そこから腕を差し入れ、建物内をまさぐり始めた。


「イマイチ、行動パターンがつかめないな。あやつっているやつがいるのか?」

「それにしてはマヌケですよね」


「目的は何だと思う? ただ、暴れたいだけか?」

「あれ、ほうっておいていいんですか?」


 スコットが扉の周辺をガンガンとこぶしでなぐり始めたゴーレムを指さす。


 見かねた別の魔導士から『水竜すいりゅう』の攻撃が飛ぶ。ゴーレムはそちらへ関心かんしんを移したが、攻撃のぬしがわからなかったため右往うおう左往さおうした。


「俺達ものん観戦かんせんしている場合じゃないな。『風』のスペシャリストさん。ちょっとためしたいことがあるから、二秒くらい足止あしどめできないか?」

「やってもいいですけど、何をするんですか?」


極大きょくだいの『氷柱つらら』をお見舞みまいしてやるんだよ」

「わかりました。けど、ブランクが長いんだから、無茶むちゃしないでくださいよ」

余計よけいなお世話せわだ」


 ネイサンが『氷柱』の形成けいせいを始める。ある程度の大きさになると、スコットへアイコンタクトを送った。静かに通りへおどり出たスコットに、ネイサンも続く。


 まず、スコットは弱い『かまいたち』で敵の注意を引いた。さそいに乗ったゴーレムが進撃しんげきを始めると、全力ぜんりょくの『かまいたち』をつづけにはなつ。ところが、敵は逆風ぎゃくふうをものともせず、風を切って接近せっきんしてきた。


「くそっ、すずしい顔しやがって」

「もう十分だ! どけ、スコット!」


 ネイサンが自身と同等どうとうの大きさまで成長させた『氷柱』を、せまり来るゴーレムの頭部とうぶ目がけて放った。


 『氷柱』は重量じゅうりょうがある分、スピードが遅く、直線ちょくせん的な動きしかできない。通常、動く相手をねらうのはきわめて困難こんなん。それを『風』であやつるというはなわざをやってのけるのも、ジェネラルをおいて他にない。


 ただ、ゴーレムには攻撃をよける概念がいねんがない。一本いっぽん調子ぢょうしな動きがさいわいし、ネイサンのねらい通りにクリーンヒットした――ものの、敵はわずかに上体じょうたいをのけらしたのみ。体が欠けたり、ヒビが入ることもなかった。


「よし、全くなし! いや、ちょっと傷がついたか?」

「チーフ、さっさと逃げましょう!」


 ゴーレムが進撃を再開し、先ほどまでいた路地に二人は逃げ込んだ。数メートルの距離までせまっていたため、ゴーレムは追跡ついせきをやめず、路地に入り込んできた。


全盛ぜんせいなら一瞬で凍らせられたのに!」

昔話むかしばなしはいいですから!」


 スコットが「チーフ、こっちです!」とさらに細い路地へ折れたが、タイミングをのがしたネイサンはそのまま直進した。


 スピード自体じたいはネイサンのほうが速い。ただ、ゴーレムは疲れ知らずで、しだいに差がつまり始める。背中にすさまじい重圧じゅうあつを感じながら、グルリと回って元の通りへ向かった。


 スコットは先に路地をぬけて通りに出た。そして、ふいに遠くで上がった声を天にものぼる気持ちで聞いた。


「ジェネラルが戻って来たぞー!」


 口々くちぐちに「ジェネラルだ」と言う魔導士達の視線しせんを追う。馬をったジェネラルが、さっそうと馬上ばじょうから飛び下りた。


「ジェネラル! 大変……あー、もう来てる!」


 振り向いたスコットの視界に、ネイサンと、巨体をゆらすゴーレムが飛び込む。再びジェネラルに目を戻すと、顔色かおいろ一つ変えずに攻撃態勢たいせいに入っていた。


「ジェネラル! 後ろのアレをどうにかしてくれ!」

「ネイサン、脇にそれろ!」


 それを合図あいずに、に巨大な『氷柱』が形成されると、『風』でブーストをかけられたそれが、猛然もうぜんと突き進む。


 『ゴン』とにぶい音をかなでたゴーレムは、二メートル近く後方こうほうにふっ飛ばされたが、倒れることなく踏みとどまった。


 何事なにごともなかったかのように敵が動き出すと、さすがのジェネラルも焦燥しょうそう感をにじませたが、手を休めることなく攻撃をたたみかけた。


 ジェネラルの手元てもとからはい出た『水竜』が、くるいながらキバをむく。ところが、ゴーレムは押し返されるどころか、平然へいぜんと前に進み続けた。


 その時、手元側からまたたく間に『水竜』が氷結ひょうけつしていき、ゴーレムはくわえ込まれるように捕らえられた――かと思いきや、振り上げた両手を下ろし、たやすく氷の竜をたたき割った。


 そして、ゴーレムは腹部ふくぶに氷を巻きつかせたまま進んだ。思わず苦笑くしょうしたジェネラルの手が止まった。


「いったん退くぞ、ジェネラル!」

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