デリックの悔恨

     ◆(三人称)


 サイコは突発とっぱつ的にコートニーの手をはなした。禁忌きんきをおかしたような、あるいはあるじにたてついたような気分きぶんにさらされた。


(もし、『あの御方おかた』が能力をおさずけになったのなら、何か深いお考えがあってのこと。この子を『うつわ』にしていいわけがない)


 サイコは『あの御方』の〈使い魔デーモン〉だが、特別な命令は受けていない。今は自発じはつ的かつ自己じこ判断で主のために動き続けている。


 『あの御方』は徹底てってい的な秘密主義だった。そして、人を影からあやつるのを好んだ。インビジブル――その能力を手に入れた辺境伯マーグレイヴが、〈外の世界〉にやって来た時、ふいに『あの御方』がサイコのもとにあらわれた。


『インビジブルは使える男だ。ローメーカーとの間を取り持つように』


 そう言い残したきり、またどこかへ行ってしまった。それ自体じたいが数年ぶりの再会だったにも関わらず、それから一度も姿を見せていない。今、どこで何をしているかも知らなかった。


 十年来、サイコはローメーカー――『最初の五人』の一人で、〈外の世界〉を実質じっしつ的に支配する中心人物の陣営じんえいにもぐり込んでいる。同じあるじをいただくスプーやネクロとは完全にべつ行動こうどうをとっている。


 先日せんじつ、ネクロと顔を合わせる機会きかいがあったが、スプーとは〈転覆てんぷくの国〉、〈外の世界〉というへだたれた国を拠点きょてんとしていることもあり、ながらく顔を合わせていない。


 コートニーが徐々じょじょあとずさる。うわそらのサイコは何も行動を起こさない。


 その時、ほねずいまで油断ゆだんしていたサイコの脇腹わきばらに、強烈きょうれつな『かまいたち』が直撃ちょくげきした。ものの見事みごとに吹き飛ばされ、無様ぶざま地面じめんをころがった。


「ウォルター!」


 足元あしもとに注意を払いながら、コートニーがゆっくりとかけ寄っていく。ウォルターも敵を警戒けいかいしながら、少しずつ近づき、段差だんさの上から一杯いっぱい手を差しのべた。


 手を取ったコートニーを引き上げ、しっかりと抱きとめた。二人が手を取り合ったまま、安堵あんどの表情を見せる。


 そんな二人をだまって見つめていたサイコの頭は、ある疑念ぎねんでいっぱいになっていた。


(まさか、あの男の中にいらっしゃるのでは……)


 あり得ない話ではない。『あの御方』がサイコ達を生み出す前、『転覆の巫女エックスオアー打倒だとうのため、能力をあたえて手先てさきにしたのが『最初の五人』。その中でも、トリックスターは一番の功労こうろう者だった。


 そして、十数年間行方ゆくえ知れずだったその男が、突如とつじょとして出現した。その上、周囲しゅうい未知みちの能力者をともなっている。十分すぎる説得力があった。


 だが、釈然しゃくぜんとしない点がある。現在の彼は、明らかに自分達の敵として立ちはだかっている。『あの御方』が敵をするような失態しったいをおかすだろうか。


 しかし、サイコはその考えを飲み下した。きっと遠大えんだいな計画があってのこと。疑心ぎしんをいだくだけでもおそれ多い――と。


 ウォルターにますます手が出しづらくなった上に、ことごとく予定がくるった。サイコがもっと危惧きぐするのは、本体がおさまる『器』ごと確保かくほされる事態じたいだ。


 これ以上の抵抗ていこうは自分の首をしめるだけ。サイコはやむなく〈交換エクスチェンジ〉をいた。ほどなく、自身の体へ戻ったことに気づいたマイケルが、動転どうてんした様子で両手を上げた。


「待ってくれ! 俺は違う、俺は違うんだ! 金でやとわれただけなんだ!」


 一方いっぽう、サイコは用を足せなくなった『器』――女の体から即座そくざに脱出し、夜の森へ消えた。その後、非力ひりきでひよわな本体では新たな『器』を得ることができず、一ヶ月以上、この国をさまよい歩くこととなった。


     ◆


 その日のうちに戦闘せんとう終結しゅうけつし、敵の兵士を十名以上拘束こうそくしたが、半数はんすう以上の逃亡とうぼうを許したため、翌日よくじつ掃討そうとう戦が続いた。同日どうじつ屋敷やしき一室いっしつでデリック・ソーンへの尋問じんもんがとり行われた。


 デリックは拘束された状態でイスに座らされた。その正面しょうめんにパトリックが立ち、両脇りょうわき侵入しんにゅうしゃ対策室のニコラとケントがひかえている。ウォルターとクレアも同席どうせきしていたが、少し離れた場所から見守っていた。


 どこで足をみ間違えたのかと、デリックは過去を振り返った。ローメーカーの使いを名乗なのる〈侵入者〉から、計画への協力を持ちかけられたのは三年ほど前だった。


 デリックは大物おおもの貴族きぞく敏腕びんわん執事しつじとして名をはせていた。しかし、三人の兄がいる中流ちゅうりゅう貴族の生まれで、魔法まほうの才能にもめぐまれていなかった。すえ限界げんかいを感じていたため、その話に飛びついた。


 手始てはじめに、ベレスフォードきょうに取り入り、水運すいうん事業じぎょうを立ち上げた。〈侵入者〉から人員じんいん資金しきんのバックアップを受けられたため、事業はすぐに軌道きどうに乗った。


 行く先々さきざきでよそもののフリができる水夫すいふは、〈侵入者〉を送り込むのに絶好ぜっこうの職業だった。東部とうぶ経由けいゆ航路こうろ開拓かいたくにも成功し、ゾンビ化による人手ひとで不足ぶそくあいまって、デリックは莫大ばくだいとみを手に入れた。


 それでも裏方うらかたてっし続け、ててじつを取った。全て順風じゅんぷう満帆まんぱんだった。やがて、ベレスフォード卿を中心とした一大いちだい勢力せいりょくきずき上げるのに成功した。


 そして、アシュリーの両親の殺害さつがいや、堤防ていぼう破壊はかいして意図いと的にメイフィールドに水害すいがいを起こすなど、数々かずかず悪事あくじにも手をそめたが、それは全て〈侵入者〉からの指示だった。


 ローメーカーは多くの血を流すことを好まない。敵の内部ないぶに協力者をつくり、電撃でんげき作戦によって敵の本拠ほんきょ一気いっき制圧せいあつする。それが〈外の世界〉の支配者となった彼の志向しこうする戦法せんぽうだ。


 メイフィールド開発計画はその一環いっかんであり、その地を〈侵入者〉のざらとし、レイヴンズヒル市街しがい大量たいりょうの兵士を送り込むための準備じゅんび工作こうさくだった。


 しかし、不測ふそくの事態が起きた。それはローメーカーと蜜月みつげつ関係にあったドワーフ族の反乱はんらんだ。〈外の世界〉における話とはいえ、デリックも無関係とは言えない。


 ドワーフ王は共に国を打ち立てた同志どうしとして、ローメーカーの〈転覆の国〉攻略作戦に理解を示してきたが、以前から大量の資金と人員を投入とうにゅうすることに批判ひはん的だった。


 さらに、ローメーカーが新しい能力欲しさに、『盟約めいやく』の人数にんずうを拡大したことが両者りょうしゃ亀裂きれつ一段いちだんと広げた。ドワーフ族の地位ちい相対そうたい的に低下ていかしていき、ついに不満が爆発ばくはつした。


 反乱により、半数以上の〈侵入者〉が引き上げられた。デリックの事業――攻略作戦の準備工作はたちまち頓挫とんざした。そして、次に言い渡された命令は愕然がくぜんとするものだった。


 それが今回の蜂起ほうきだ。作戦成功のあかつきには、こう待遇たいぐうで〈外の世界〉へむかえ入れるとの見返みかえりがあったとはいえ、まるで敗戦はいせん処理しょりのような内容に肩を落とすしかなかった。


     ◆


「あなた達が反乱を起こした目的を聞かせてください。いいですか?」

「嫌ですよ」


 デリックが挑発ちょうはつ的な笑みをうかべ、パトリックを見上げた。


「あなたの能力は聞かされている。確か、名前は〈催眠術ヒプノシス〉でしたか。『いいですか?』と聞かれた時に『嫌です』と答えれば、かからないんでしたよね? 全部向こうにバレていますよ」


「お前、自分がどんな状況じょうきょうに置かれているのか、わかっているのか!?」


 ケントが相手の肩をつかんで声をあららげた。


「わかっているからですよ。数々の反逆はんぎゃく行為こういを働いてきた。〈侵入者〉を大量に引き入れた上に、反乱まで起こした。とっくに処刑しょけいされると覚悟しているからこそです。反逆者なりの最後の意地いじってやつですか」


 デリックは開き直っていた。パトリックは手強てごわい人物だと感じた。


「あなたの部下がどこへ逃げたか心当こころあたりはありませんか? あと、能力者の女についての情報もお願いします」

「それを教えたら逃がしてくれるんですか?」


「それはお約束できません」

「それなら、できない相談です」


 その後の質問もはぐらかすばかりで、デリックはまともに取り合わなかった。パトリックは大きなため息をつき、ニコラに顔を向けた。


仕方しかたがありません。もしかしたら、〈転送トランスポート〉で逃走とうそうする準備をととのえている可能性があります。時は一刻いっこくを争います。ただちに処刑の手続てつづきを進めましょう」


 ニコラは「は、はい」と戸惑とまどい気味に応じ、ケントと顔を見合わせた。パトリックが独断どくだんで進められる領域りょういき逸脱いつだつしているように思われたからだ。


 口で処刑を覚悟していると言っても、デリックは動揺どうようを隠せない。パトリックは部屋を立ち去ろうと背を向けた。しかし、すぐに足を止め、冷酷れいこくな表情で振り向いて、こう言った。

 

「何か、言い残したことがありましたら。いいですか?」


 心ここにあらずといった様子のデリックは、見事にパトリックの術中じゅっちゅうにハマった。「クククッ」とせせら笑ったかと思うと、口調くちょうと表情を一変いっぺんさせて語り出した。


「お前らは知らないだろうが、〈外の世界〉で覇権はけんをにぎるのはローメーカーという男だ。そいつは自身の能力〈立法ローメイク〉により、だたる能力者六名と『盟約』をむすんで、個々ここの能力を共有きょうゆうしている」


 ローメーカーの能力〈立法ローメイク〉は、その名の通り、独自どくじの法を立てることができ、条文じょうぶんの内容を対象たいしょう者に強制きょうせいできる。制定せいていにも破棄はきにも、対象者全員の同意どういが必要となる。


 何でもできるというわけではない。たとえば、能力の共有は対象者同士どうし逐一ちくいち能力を『交換』することで実現するが、『盟約』に〈交換エクスチェンジ〉の能力者が参加しているため可能となっている。


 制限せいげんはたった一つ。条文の内容が対象者にとってつね平等びょうどうでなければならないこと。一方だけが利益りえきを得ることも、利益りえきをこうむることもない。そのため、非能力者はローメーカーの『盟約』に参加できない。


「この国に〈侵入者〉を送り続けたトランスポーターが、数年前、ついにローメーカーの軍門ぐんもんに下った。これがどういう意味かわかるか? 

 〈転送トランスポート〉を使える能力者が七人も誕生したということだ。この国に〈侵入者〉を制限せいげんに送り込める体制たいせい構築こうちくされたってことさ」


 サイコという複数の能力を持つ存在から、パトリックは一時いちじてきな能力のりが行えると見当けんとうをつけていた。しかし、デリックの証言しょうげん内容は仮説かせつとして最悪さいあく部類ぶるいのものだった。


実際じっさい、ハンプトン商会しょうかいの水夫――要は、今回の反乱に参加した兵士達はほぼ〈侵入者〉だった。さらに、もう一つうれしい知らせだ。

 俺達に勝っていい気になっているようだが、今回の反乱はたんなる陽動ようどう作戦にすぎない。ひとしきり暴れたら、すぐに撤退てったいする予定だった。

 南からの攻撃もあると思わせることで、お前らの戦力せんりょく分散ぶんさんさせるためだけの、つまらない作戦だったのさ。

 本命ほんめいそう攻撃こうげきが数日以内に始まると聞いている。七つの能力を持つ能力者が複数来る上に、人間を容易よういにひねりつぶせるほどの、おぞましいモノが投入されると聞いた。

 ふるえながら待っていろ。もう、この国は終わりだ。今のうちに、せいぜい我が世の春を謳歌おうかしておくんだな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る