あの御方

     ◆(三人称)


 戦闘せんとうが開始してから、パトリック達はずっと屋敷やしきにいた。待ち望んでいたわけではないが、伏兵ふくへいによる奇襲きしゅう一報いっぽうを今か今かと待ち続けた。


 しかし、一時間が経過けいかしても、それは一向いっこうにもたらされず、やはり作戦が漏洩ろうえいしているのではないかと疑い始めた。戸口とぐちに男があらわれたのはそんな時だった。


 パトリックがその男を見た。相手の名前を知らなかったものの、二、三度屋敷内で見かけたため、あやしいと思わなかった。


 しかし、男からただならぬ視線を感じ、念のため、そばのロイに確認を行った。『扮装ふんそう』していないか、〈不可視インビジブル〉を使用していないか確かめる。それは軽い気持ちだった。


「二十代なかば男性、無地むじの制服」


 知らない人物を見かけるたびに行っていたので、ロイは簡潔かんけつかつ事務じむ的に答えた。パトリックの目にも同じ姿にうつっていたため、安心して目を転じた。


 しかし、部屋に足をみ入れた男は、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 男――マイケルの体に乗り移ったサイコは、近くのイスを持ち上げた。そして、ギョッとしたパトリックに向かって、思いきり投げつけた。


 軽いおどしだったため、二人への直撃ちょくげきはさけられたが、すさまじい速度だったため、その衝撃しょうげきでイスはバラバラになった。


「おとなしくしていたら命だけは見逃みのがしてあげる」


 サイコは牽制けんせいのためにロイを脅しかけた。鎌首かまくびをもたげたヘビのような顔つきに、ロイは背筋せすじこおり、壁に背を張りつけたまま動けなくなった。


「あなたがうわさの能力者ですか」


 パトリックの気丈きじょうな問いかけに、サイコは不敵ふてきな笑みで応じた。


「さて、ヒプノティスト。何か、もうひらきはある?」

「……申し開き?」

大命たいめいにそむいてまで、『転覆の巫女エックスオアー』にくみする理由よ。利口りこうな男だから、何か裏があると思ってはいるんだけど」


 意味がわからず、パトリックはまゆをひそめた。すると、サイコは相手のむなぐらをつかみ、後ろの壁へ押しつけた。それは人間のものと思えないほどの『怪力かいりき』だった。


 この力の正体しょうたいは〈一極集中コンセントレート〉と言う能力だ。その名の通り、全身の力を特定とくていの一部分へ集めることができ、『怪力』や二階へ飛び上がれるほどのジャンプ力を得られる。


 ただし、能力の使用中は、過度かどに他の部分がおろそかになるため、近接きんせつ戦闘においては使いどころがむずかしいという欠点けってんがある。


「何もないの?」

「言っている意味がわかりません」

「それなら殺すしかないけど、それでもいい?」


 パトリックは慄然りつぜんと相手を見上げ、言葉を失った。その時、静かに背後はいごへまわったロイの手元てもとから炎がふき出し、サイコの無防備むぼうびな背中へおそいかかった。


「熱い! 熱い!」


 まさしく焼けるような痛みから、サイコは床でのたうち回った。


「逃げましょう!」


 それを横目よこめに、ロイとパトリックは窓から外へ出た。護衛ごえいのニコラ達と合流ごうりゅうすべく、屋敷の反対側へ向かった。


「……ロイは魔法まほうが使えたんですか?」

「違います。乾燥かんそうパスタ用に『梱包こんぽう』しておいた炎をいただけですよ」


 目を丸くしながら尋ねたパトリックに対し、ロイはしたり顔で答えた。


 この使用方法はとっさのひらめきでなく、以前から気づいていた。ただ、ウォルターなどから供給きょうきゅうしてもらう必要がある上に、『梱包』を解くのに時間をようするため、実用じつようてきでないと考えていた。


「人間の体って、なんて不便ふべんなの!」


 本来ほんらい、サイコは『うつわ』の痛みを感じない。けれど、他人の体に乗り移った状態では、それからのがれられなかった。初めて感じる激痛げきつうから、鬼の形相ぎょうそうこぶしを床にたたきつける。


 よろめきながら立ち上がったサイコは、前かがみのままフラフラと歩き、何とか部屋の戸口まで行った。そこで、ある二人組とはちわせた。


 大きな物音ものおとを聞いて、様子を見に来たコートニーとスージーだった。サイコには運命的な出会いに感じられた。コートニーの姿にすぐさま心をうばわれた。


 サイコがコートニーの片腕を強引ごういんにつかみ上げ、なめ回すようにながめた。美しいスラリとした体型たいけいに、りんとした顔つき。自身の新たな『うつわ』にふさわしいと感じた。


「ねえ、あなた。私の新しい『器』にならない?」

「……えっ?」


 コートニーは唖然あぜんとサイコを見た。スージーは腰がぬけるほどの恐怖きょうふを感じ、その場にへたり込んだ。


「その子からはなれなさい!」


 さわぎを聞きつけた侵入しんにゅうしゃ対策室のニコラが、手元で『電撃でんげき』をほとばしらせながら言った。少し遅れて、同僚どうりょうのケントもかけつけた。


「ダメよ、この子はもう私の物だから」


 そう言ったサイコの姿が、コートニーもろともに消えた。その場にいた全員があっ気にとられるほど、一瞬いっしゅん出来事できごとだった。


 〈不可視インビジブル〉は他人にふれた状態では解除かいじょされるが、五秒以上ふれ続ければ、相手共々ともども『不可視』の状態へ持ち込める。また、〈転送トランスポート〉も同条件で自身の『瞬間しゅんかん移動』に巻き込めた。


     ◇


 念入ねんいりに女の死を確認した後、おかの上へ戻った。すると、強烈きょうれつ違和いわかんを覚えた。しばらくして、やかましいほど鳴りひびいていた銃声じゅうせいが、すっかり聞こえなくなったのに気づいた。


 ただ、まだ争うような声がなく聞こえる。屋敷へ入っておお広間ひろままで行くと、その中央でクレアとヒューゴがたたずんでいた。そばにはなわでしばられた男が座らされていて、玄関げんかんの近くには別の魔導まどうもいた。


「おっ、無事だったか」

「能力者の女はどうしたの?」

「死んだ。……たぶん」


「はっきりしない答えだな」

がけから落ちたんだ。たぶん、死んでいたと思う」

「やっぱり、はっきりしないわね」


 捕縛ほばくされたのはデリック・ソーンだった。意気いき消沈しょうちんとうなだれ、もう抵抗ていこうはあきらめたようだ。


「あと三人ぐらい捕まえたが、大半たいはんは逃げられた。もう結構けっこうな数の味方が丘まで上がって来ているぞ」


 戦いは僕らの勝利で終わった。でも、本当に女は死んだのだろうか。あれだけ苦しめられた相手が、ああもあっさり死ぬのはどうもに落ちない。


 言いようのない不安がモヤモヤと胸にわだかまった。もう一度、生死せいしを確認しに行くべきかと考えた時、思いがけない知らせがスージーから届いた。


『ウォルター、助けてください! コートニーが連れ去られました!』

『コートニーが……? 誰に?』


『知らない男です。私の目の前で忽然こつぜんと消えました」

『消えた……。それはどこで?』

『あの屋敷です。私達は一歩いっぽも外に出ていません』


 〈転送トランスポート〉か、〈不可視インビジブル〉だ。あの女としか考えられないけど、相手は男か。いや、『扮装』している可能性もあるし、別の能力者ということも。


学長がくちょうは例の能力者じゃないかって』

『いや、あいつはもう死ん……』


 言葉が尻切しりきれになった。断言だんげんできなかった。何らかの能力で死を錯覚さっかくさせられた……? そういえば、他人の体を乗っ取る話もあった。


 でも、かりに女が生きていたとしても、あの屋敷まで相当そうとう距離があるぞ。いくら何でも行動が早すぎる。


『コートニーから連絡が来ました。いったん、切ります』


 クレアから「どうしたの?」と声をかけられた。うまく考えがまとまらず、言葉をつまらせていると、スージーから続報ぞくほうが届いた。


『崖が見える森の中に連れて行かれたそうです』


 崖が見える森と言ったら、あそこしか考えられない。――そうか、死体したいの場所に向かっているのかもしれない。


『今から、そこへ向かうから、時間かせぎするように伝えて』

『わかりました』


     ◆


 コートニーは静寂せいじゃく暗闇くらやみにつつまれた森へ連れ込まれた。耳にとどくのは、時おり騒ぎ立てる鳥の鳴き声のみ。やわらかな月光げっこう木々きぎの間からさし込んでいたものの、普通に歩くことすら困難こんなんなほどだ。


 ウォルターの推測すいそく通り、サイコは死体の場所へ向かっていた。歩くことはせず、慎重しんちょう足場あしば選定せんていしながら、まめに『瞬間移動』をくり返した。


 当然、コートニーは相手の目的も、どこへ連れて行かれるのかも知らない。ただではすまないことを覚悟していたが、望みがないわけではない。心強こころづよ命綱いのちづなが彼女にはあった。


『ウォルターがすぐにそっちへ行くから、時間をかせいでほしいって』

『わかった』


 スージーにはそう返答したが、力で反抗はんこうすればサイコの逆鱗げきりんにふれ、かえって事態じたい悪化あっかするかもしれない。ふと相手の顔をうかがう。すると、『分析ぶんせき』を使えることに気づいた。


 相手と接触せっしょくしていたため、しくも詳細しょうさい情報の参照さんしょうが可能だ。不可解ふかかいな情報がズラリと並び、コートニーは目を疑った。


 『性別せいべつ:不明』、『年齢ねんれい:不明』と表示されている。さらに能力の多さも目を引いた。時間かせぎのため、それを読み上げることを思いついた。


「『種族しゅぞく:エーテリアル』……? 『身長:9センチ』、『体重:0.2キロ』」


 聞きなれない種族名にデタラメな身長と体重。コートニーは困惑こんわくしたが、それはサイコも同様どうようだ。なぜこの人間は自分の正体を知っているのか。おたがいに眉をひそめながら、顔を見合わせた。


「あなた、何を言っているの……?」

「……あなたのこと」


 堂々どうどうとした受け答えに、サイコのほうがひるんだ。動揺どうようのあまり、口をポカンと開けたままかたまった。効果があるとふんだコートニーは読み進めることに決めた。


「〈念動力サイコキネシス〉、〈立法ローメイク〉、〈交換エクスチェンジ〉、〈一極集中コンセントレート〉、〈千里眼リモートビューイング〉、〈不可視インビジブル〉、〈転送トランスポート〉」


 いかなる理由があって、七つも能力を持っているのか。コートニーは読み上げるだけでゾッとした。相手が敵として目の前にいることを考えると、その感情がいっそう強まった。


 コートニーはその下の表示へ目を移す。そこには、現在かけられている能力が表示され、それは三つあった。


「『能力:〈交換エクスチェンジ〉 術者じゅつしゃ:サイコ』。『能力:〈立法ローメイク〉 術者:ローメーカー』」


 三つ目の表示は『アクセス権限けんげんがありません』となっていた。同様の表示がウォルターとパトリックに複数見られたことを、コートニーは思い出す。


 七つの能力を持つことは〈外の世界〉でも有名な話。知っていても、当てずっぽうでもおかしくない。しかし、『エーテルの怪物かいぶつ』であることや現在かけられた能力を、偶然ぐうぜん言い当てるのは奇跡きせきひとしい。


 サイコは確信かくしんした。この人間は能力を持っている。しかし、それを受け入れるには越えなければならない壁がある。


「あなた、どうして能力を……。まさか、『あの御方おかた』から……」


 サイコの生みの親である『あの御方』は、数多あまたの能力を生み出した。それができるのも、それを他者にさずけられるのも『あの御方』しかいない。


 ただ一人『転覆の巫女エックスオアー』という例外れいがいはいるが、能力を持つ人間は、全て『あの御方』の手足てあしとなって働く下僕しもべであるはず。サイコはそうかたく信じていた。

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