敵陣突入

     ◇


 一通ひととおり報告が終わり、いったん休憩きゅうけいに入った。コートニーとスージーは別室べっしつ待機たいき中だけど、ロイはパトリックの従者じゅうしゃをよそおい、一緒に報告を聞いていた。


学長がくちょう、〈転送トランスポート〉は『転送』先を気軽きがるに決めるものなんですか?」


「〈侵入しんにゅうしゃ〉の証言しょうげんによれば、さじ加減かげんむずかしいらしく、トランスポーターは毎回同じ場所に『転送』していたそうです。地中ちちゅうにめり込むことはないそうですが、空中に『転送』すると危険きけんというのが理由です」


「それなら、おかの上から街をながめながら、あの辺りに『転送』しようだとか、適当てきとうなやり方はしないということですね?」

「まあ、おそらくは……」


「元の場所に戻すことは?」

「戻せるのは一人だけです」


「つまり、敵の能力者は奇襲きしゅうを行った仲間を回収かいしゅうに来ているということですか」

「おお、そうですね」


 ロイの推理すいり感嘆かんたんの声を上げた。確かに〈不可視インビジブル〉の能力が使えば、鼻歌はなうたまじりに仲間を回収できるけど、そこまで行くための手間てまがかかるわけか。


奇策きさくを思いついた。ただ、それには君の決死けっしの覚悟が必要となる」

「回収に来たところをたたくんですか?」


「いや、それは確実性が低い。敵もバカじゃないし、逃げられたらもともない。それに、その役目やくめは学長でもになえるしな」


 若干じゃっかんいや予感よかんがしたものの、とりあえず、聞こうと思った。


「君が敵陣てきじん――つまり、丘の上の屋敷やしき突入とつにゅうする。目には目を、奇襲には奇襲をだ」


 空を飛んでいくということか。確かにできる。屋敷へ行くだけならわけもない。でも、銃で武装ぶそうした敵がいるところに突っ込む……?


「マスケット銃は弾丸だんがんをこめるのに時間がかかる。連射れんしゃ性能はゼロ。接近せっきん戦では役立たず、逆にボロを出す。敵も魔法まほう太刀たちちできないとわかっているからこそ、あんな窮屈きゅうくつな丘の上に立てこもって、先のない抵抗ていこうをしているのさ」


 これまで通りの戦い方では、いたずらに犠牲ぎせい者を積み重ねるだけ。どこにいたって敵の弾丸は飛んでくるんだし、そのぐらいの大胆だいたんさと度胸どきょうが必要か。


「わかりました。やります」


「そうか、さすが僕の見込んだ男だ。学長に責任せきにんわせられません。自分の口から提案ていあんさせてもらえませんか?」


     ◇


 作戦会議を前に三人の男女だんじょが部屋に入ってきた。前にいる二人のうち、女性のほうは知っていた。何度か顔を合わせている侵入者対策室のニコラだ。そして、二人の後ろを歩いていたのはヒューゴだった。


「何だ、お前も来たのか」


 聞けば、パーティーがあった日のすぐ後から、デリック・ソーン捜索そうさくのため、ここへ来ていたらしい。そういえば、カーニバルの時も対抗たいこう戦の時も顔を見せなかった。


「別の〈侵入者〉があらわれたそうじゃないか。もしかして、やつらに会うには、お前と一緒にいるほうが近道ちかみちなのか?」


     ◇


 主要しゅようメンバーが一室いっしつに集まり、作戦会議が始まった。


「南側の斜面しゃめんはゆるやかで登りやすいですが、見通みとおしが良いため、丘上の狙撃そげきしゅから格好かっこう餌食えじきにされます。自然と東と西から攻めることになりますが、どちらも峻険しゅんけん道幅みちはばがせまく、敵が守りやすい地形ちけい。そのため、中腹ちゅうふく膠着こうちゃく状態におちいります」


 敵は地形を最大さいだいげん活用かつようし、周到しゅうとうに準備を重ねた様子がうかがえる。


みなさん。私の助手じょしゅのほうから、作戦について提案がございます」


 そうパトリックが切り出すと、ロイが一歩いっぽ前に進み出た。


僭越せんえつながら申し上げます。作戦というほどのものではありません。皆さんが今まで通り戦っている間に、このウォルターが敵の本陣ほんじんたる屋敷へ、単身たんしん奇襲をしかけるというものです」


「……単身で?」


 隊長のジャックだけでなく一同いちどう唖然あぜんとした。……単身なの?


「すいません。カッコいいから単身と付けましたが、一人でなくてもかまいません。ただ、連れて行けるのはせいぜい二人です」


「しかし、しょう人数にんずうだからといって、敵の防衛ぼうえい戦をたやすくかいくぐれるのか?」

くわしくは話せませんが安心してください。ウォルターはそれができる男です」


「私がウォルターと一緒に行くわ」

「それなら、俺も行く」


 クレアとヒューゴが手を上げる。自分的にも、二人とならやりやすい。


「我々はこれまで通り戦うだけでいいのか?」

「はい。ただ、できるだけ深追ふかおいはさけ、屋敷から敵を引き離すような戦法せんぽうを心がけてください」


「敵のはさみちにあったらどうする?」


「それにも対策があります。ウォルター達が能力者の行動を制限せいげんするのを期待していますが、敵の奇襲にあってもいいように二段にだんがまえの対策があります。

 奇襲を行う場合、能力者は仲間の回収のため、こちらへ必ず姿を現すはずです。油断ゆだんしている相手を、能力を見やぶれる学長達がたたきます。これで敵の伏兵ふくへいは丘の上に戻れなくなり、混乱こんらんまねけます。

 いざとなったらウォルターを呼び戻すオプションもあります」


「……屋敷へ突入した彼を呼び戻せるのか?」

「大丈夫です。ウォルターはそれができる男です」


 いっせいに視線を注がれたので、自信満々とうなずく。説得力ゼロだけどできる。スージーに『交信こうしん』してもらえば、すぐにだってとんぼ返りできる。


 自分の能力は隠してもしょうがない段階だんかいに来ている。けれど、厄介やっかい事に巻き込まないためにも、他の三人の能力は極力きょくりょく秘密にしておきたい。


 パトリックと能力者を待ちかまえるのは侵入者対策室の二人――ニコラとケントに決まった。


 すぐにでも部隊を動かせるということで、本日ほんじつ決行けっこうとなった。僕らの存在が知られれば、対策を立てられかねないからだ。


     ◇


 今夜の作戦にそなえ、部屋のすみっこで英気えいきをやしなう。足がふるえる。これが武者むしゃぶるいか。なんて、考えていられるうちは、まだ余裕よゆうがあるか。


 まだ三段さんだん撃ちとかしていた時代のものとはいえ、銃であることに変わりない。〈悪戯トリックスター〉では銃弾じゅうだんに対応するのは難しい。


 重力じゅうりょく状態で『突風とっぷう』を起こせば、いとも簡単かんたんにはね返せるだろうけど、どう考えても反射はんしゃ神経しんけい限界げんかいをこえている。どこから飛んでくるかもわからない。


 ふと顔を上げると、部屋にコートニーの姿があり、パトリックと一緒に隊長のジャックと話し込んでいた。


「彼女はコートニーです。アカデミーの研究けんきゅう員をしております」

素敵すてきな女性ですね。学長のお助手さんですか? それとも、婚約こんやく者ですか?」


 なごやかなムードで、緊張きんちょうかんのない会話をしている。その後、二人は部屋にいる一人一人に話しかけ始めた。その都度つどコートニーが握手あくしゅをかわすのを見て、その意図いとに気づいた。


 部屋を出て行った二人を追いかけ、「どうだったんですか?」と声をかける。


「能力を持った人も、能力をかけられた人も、ついでに、ゾンビもいなかったわ」

「能力なしでも内通ないつうはできますが、能力者はまぎれ込んでいないようです」


     ◇


 夕闇ゆうやみの中、ついに戦端せんたんが開かれた。そこかしこで銃声じゅうせいがひびき始める。くぐもった音で、現代のものよりは迫力はくりょくがないとはいえ、体を突きぬいていくようだった。


 丘のほうへ目をこらす。時おり炎や電光でんこうがまたたく。しばらくは辛抱しんぼうの時間だ。屋敷へ突入するのは三十分後の予定だ。


つねだい三者さんしゃとの確認をおこたらないよう、心がけてください』


 クレア、ヒューゴとその時を待ちながら、パトリックとの最終確認を思い出す。自分はともかく、二人は『扮装ふんそう』のわなからのがれられない。


 予定時刻がせまってきた。そろそろ、屋敷の防備ぼうび手薄てうすになっているはず。味方が敵を引きつけてくれている。それをにしないためにも、絶対に成功させなければならない。


 二人と準備に取りかかる。屋敷へは数百メートルの大ジャンプになる。念のため、おたがいをロープでかたくむすんだ。


「みんな覚悟はいい?」

「敵の只中ただなかに飛び込むんだぞ。のんなことを言うな」

「そうです。気を引きしめていきましょう」

「むしろ、私が一番闘志とうしを燃やしていると思うけど?」


 言われてみると、自分は意外いがい冷静れいせいだ。最近は修羅しゅら続きで、だいぶ耐性たいせいがついた。クレアを抱きかかえ、ヒューゴをおぶる。これが一番安定しているという結論けつろんだ。


「やっぱり、背中のほうが良かったかな」

「さっさと行け。誰かに見られたら恥ずかしい」


 敵の目が少ない丘の北側から突入する。日は完全にしずみ、丘は星空ほしぞらをさえぎる黒い巨大きょだい生物のようだ。昼間ひるま光景こうけいを胸に思いうかべながら、ヤマカンで飛ぶしかない。


 『突風』を地面じめんはなち、数百メートル上空じょうくうまで一気いっきに上昇した。クレアが押し殺した悲鳴ひめいを上げ、ヒューゴも「おおおお!」とガラにもない声を上げる。


 上空から地上ちじょうを見下ろす。うっすらと屋敷の姿が確認できる。周囲しゅうい鬱蒼うっそういしげる樹木じゅもくにはばまれ、安全な着地ちゃくち場所は屋根しか見当みあたらない。


 落下らっかスピードをゆるめ、パラシュートを使っているように、ほぼ垂直すいちょくに近い体勢たいせい降下こうかする。地面が近づくにつれ、乱れ飛ぶ銃声の音が徐々じょじょに大きくなっていく。


「右だ右だ」

「もうちょっと左じゃない?」

「お前は見てる向きが逆だ」


 混乱するだけなので、二人の声は聞き流して慎重しんちょうに着地場所を見定みさだめる。この調整ちょうせいが本当に難しい。これをやると空中で体勢をくずすから、普段は絶対にやらない。


 格好かっこうになりながらも、無事着地。ただ、ロープで結ばれたまま、三人が思い思いに動き出したので、お互いの体がわけがわからなくなるほどからまった。


「早くロープをほどけ」


 二人とつながっている自分は、屋根の上に寝そべり大人しく待った。


 ロープをほどき終わったヒューゴが片膝かたひざをついた瞬間しゅんかん、「誰だ!」と男の声が上がる。反対はんたい側の屋根に、中腰ちゅうごしになった男のシルエットがうかぶ。手には銃をたずさえていた。


 ヒューゴがすかさず『電撃でんげき』を放ち、男は「うわっ!」と屋根からころげ落ちた。

 

「おい、屋根から誰か落ちたぞ!」


 屋敷の正面しょうめん側から大声が聞こえた。銃声が飛びかっているせいか、さいわいこちらの存在には気づかれていない。


 三人でタイミングを合わせ、屋根から飛び下りる。屋敷の裏手うらてには誰もいない。十メートル先はもうがけだ。ヒューゴが屋敷の外壁がいへきに張りつき、正面側の様子を探り始める。


「俺が外の敵を引きつける。お前らは屋敷に入って能力者の女をさがせ」


 ヒューゴにうなずきを返す。「気をつけて」と言い残したクレアと一緒に、手近てぢかにあった裏口うらぐちから屋敷へ入った。

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