蜂起・襲撃

デリックの蜂起

    ◇


 会議の終了後、二人きりになってから、パトリックに話を向けた。


「ふと思ったんですけど、辺境伯マーグレイヴの話は〈委任デリゲート〉と構図こうずが似ているなって。あれは能力をあたえるわりに、相手に命令ができるんです」


「三人に能力を与えたのはウォルターでしたね。ただ、命令の話は初耳はつみみです。ちなみに、どういった命令をしたんですか?」


 僕は押しだまった。それは現実での出来事できごとだから、ここでは話せない。


「……言えないような命令ですか?」

「いえ、違いますよ。言えますけど、話せないんです。ロイにでも聞いてください」


 レイヴン城を後にすると、東門とうもんまで三人が出迎でむかえに来てくれていた。ロイが開口かいこう一番にこう言った。


「シャバの空気はどうだ?」

「変な言い方はやめてください」


さみしくなかったですか?」

意外いがいと元気そうで安心したわ」

「よし、ウォルターの出所しゅっしょいわいだ。みんなでごちそうを作ろう」


 たかが一日でおおげさとは思ったものの、やはりみんなの気持ちはうれしかった。パトリックがさっきの話をロイに振った。


「異世界へ行って自分に協力してくれとかいう、面白おもしろのないものですよ」

「私達もそんな感じでしたよね」


「その能力はこちらの世界でも使えますか?」

「たぶん、使えると思います」


 以前にねんじてみたら、ホログラムの説明書きが表示されたから、きっとこっちでも使える。ただ、使おうと思ったことは一度もない。


ためしに、誰かに対して使ってみてもらえませんか?」

「いえ、それはちょっと……」


 あからさまに嫌な顔をしてことわった。どうも、あれは使う気になれない。


「そういえば、前にもう一人ぐらい現実から連れて行こうかと言ったら、心臓しんぞうが痛くなるから、もう使いたくないって言ってたな」


 するどい痛みは数秒間でおさまったものの、現実でも異世界でもモヤモヤとした違和いわかんが一週間近く続いた。特に二回目の使用後がヒドく、それがさらに悪化あっかするかと思うと、あしをふんでしまう。


     ◇


 会議の日から三日がたった。レイヴンズヒルから逃走とうそうした〈侵入しんにゅう者〉達の行方ゆくえ一向いっこうにつかめない。街道かいどうを南に向かったのは確か。かといって、南部なんぶに逃げたとはかぎらない。


 五年前の事件にしても、先日せんじつ魔導士まどうし失踪しっそう事件にしても、あいつらが〈樹海じゅかい〉を拠点きょてんに活動していたのは疑いようがない。どこかで〈樹海〉のある北部ほくぶへ取って返した可能性は十分じゅうぶんに考えられる。


 たとえそうでも、東部とうぶ西部せいぶのどちらを経由けいゆするかで話が変わるし、ほとぼりがめるまで南部の街で潜伏せんぷくしたり、レイヴンズヒルにUターンする選択せんたくもある。


 あいつらの能力が通用つうようしない僕とパトリックはふだであり最終兵器へいき。だからこそ、下手へたに動けない。何と言っても、体は一つしかない。肝心かんじんな時に連絡がつかないではすまされない。 


 『扮装ふんそう』の能力が想像以上にネックだ。外見がいけんさがし当てるのはほぼ不可能。さらに、パトリックの「死者ししゃの体を乗っ取る」という仮説かせつが正しいなら、僕らでも打つ手がない。

 

 気がかりはあいつらと、こちらも続報ぞくほうがないデリック・ソーン一味いちみとの関係性だ。両者りょうしゃ連携れんけいしていた様子は見られなかったけど、全くの無関係とも思えない。


 そうこうしていると、ジェネラルが陣頭じんとう指揮しきをとり、〈樹海〉のだい規模きぼ調査に乗り出すことになった。ギルの屋敷やしき捜索そうさく手始てはじめに、そこから、〈樹海〉内部ないぶにも調査の手をのばす予定らしい。


 参加したいのは山々やまやまだけど、僕らは居残いのこりだ。代わりというわけではないけど、スコットが参加を志願しがんした。そして、あのチーフもついに重い腰を上げた。


     ◇


 ささいな手がかりも得られず、一週間以上が経過けいかした。このままでは彼らをみすみす逃すだけ。〈樹海〉の調査も気になるし、情報とちがいになっても捜索に協力すべきかと考え始めた。


 レイヴン城で待機たいきするだけの落ち着かない日々を送っていると、南部の港街みなとまちサウスポートから思いがけない知らせが届いた。


「デリック・ソーンが反乱はんらんを起こした?」


「はい。サウスポートで数日前から組織そしき的な襲撃しゅうげき略奪りゃくだつ事件が頻発ひんぱつしていたそうですが、そのぞくひきいるのが、あのデリック・ソーンと判明はんめいしました。構成こうせい員も元ハンプトン商会しょうかい水夫すいふが中心という情報が入っています」


 デリック・ソーンがパーティー会場から行方をくらましたのはカーニバル前。先にこっちが動き出したか。あの七つの能力を持つ女も一緒だろうか。


     ◇


 敵は籠城ろうじょう戦を展開てんかいし、戦況せんきょうは思わしくないらしい。応援要請ようせいを受け、即日そくじつ部隊の派遣はけんが決定した。翌朝には先遣せんけん隊が出発することになった。メンバーは自分を含む十名ほど。パトリックやクレアの顔もある。


 ついでに、ロイ達三人も同行どうこうすることになった。みんなを戦場せんじょうの近くへ連れて行くことにまよいはあった。けれど、スージーの〈交信メッセージング〉はこういった状況じょうきょう絶大ぜつだいな力を発揮はっきする。


 敵方てきがたに『扮装』や『ゾンビをあやつる』能力者がいるなら、相手の能力やゾンビであることを見ぬけるコートニーの〈分析アナライズ〉は重宝ちょうほうされるだろう。


 ロイの能力は活躍かつやくの場がなさそうだけど、きっと頭脳ずのう貢献こうけんしてくれるはずだ。


 サウスポートは馬を使えば一日でたどり着ける距離にある。この国最大さいだいの港街であり、南部の各地から人や物が集まる。レイヴンズヒル、ストロングホールドにぐ第三の都市とも言われている。


 道中どうちゅうはクネクネと蛇行だこうする川を何度もわたることになった。また、南部は小麦や果物の栽培さいばいさかんな農業地帯ちたいなので、ずっとのどかな風景がまわりに広がっていた。アクシデントもなく、その日の日没にちぼつギリギリに到着とうちゃくした。


     ◇


 翌朝、鎮圧ちんあつ部隊が本拠ほんきょとする屋敷に案内あんないされ、そこのテラスで戦況の報告が行われた。説明するジャックは辺境守備隊ボーダーガードの南地区トップで、部隊のそう指揮しきつとめている。


 サウスポートはせまい土地に建物が密集みっしゅうし、繁栄はんえいぶりはレイヴンズヒルに引けを取らない。異世界に来てから初めて海を目にし、大量たいりょうの船が並ぶ光景こうけい壮観そうかんだったけど、見とれている雰囲気ふんいきではない。


「あの小高こだかおかの上に見えるのが、敵が占拠せんきょしているクリフォードきょうの屋敷です」


 その丘は海から少しはなれた場所にあり、こんもりと森をたくわえている。傾斜けいしゃがあるため建物はほとんど見られず、特に北側はがけに近いきゅう斜面しゃめんで、ねずみ色の岩肌いわはだがむき出しだ。


 よくよく考えれば、こんなにぎわった街で反乱が起こるなんてとんでもない事態じたいだ。しかも、敵は街のど真ん中に陣取じんどっている。


「敵の数はどれくらいですか?」

「それほど多くありません。三十人以上、五十人未満といったところでしょうか」


「こちらの戦力せんりょくは?」

「数の上では圧倒あっとうしてますが、未熟みじゅく士官しかんだい多数たすうをしめ、大きなことは言えない状況です」


 パトリックに続いて、クレアがこう質問した。


「敵は元水夫が中心だって話だけど、魔導士はいないの?」


貴族きぞく若干じゃっかんめい見受みうけられるものの、魔法まほうを使う者は確認されていません。マスケット銃や短剣を武器にしている者がほとんどです」


 デリック・ソーンの部屋で大量のマスケット銃を発見したのを思い出す。やはり、反乱のための準備だったのか。


率直そっちょくに言いますと、手玉てだまに取られています。敵方はまさに神出しんしゅつ鬼没きぼつで、突如とつじょ後方こうほうに出現し、はさみちにあって、毎回部隊が瓦解がかいしています。

 たった三度の小競こぜいで、すでに三名の死者と、三十名以上の負傷ふしょう者を出してしまい、面目めんぼく次第しだいもありません」


 ジャックがくやしさをにじませながら、頭を下げた。パトリックは思案しあんに暮れている。神出鬼没という話を聞き、あることがひらめいた。


「あと、我々の作戦がつつけになっている気がしてなりません。敵は的確てきかく奇襲きしゅうをしかけてくる上に、我々の攻撃地点ちてんを正確に把握はあくし、重点じゅうてん的に兵士を配置はいちしていました。二回目の攻撃後、すぐさま内通ないつう者の存在を疑う声が上がりました。

 二日前に敢行かんこうした夜間やかんの奇襲作戦では、直前ちょくぜんまで作戦内容をひとにぎりのメンバーで共有きょうゆうするにとどめました。しかし、結局は万全ばんぜん態勢たいせいむかたれました」


「〈転送トランスポート〉を使っているんじゃないですか?」


 パトリックが「おそらく」と小声こごえで応じた。女があの屋敷にいるのも、戦闘せんとうに協力しているのも確実だ。気がかりは内通者の存在だ。


 単純たんじゅんに敵の協力者がいるのかもしれない。けれど、もし『扮装』した敵がまぎれているのなら、『扮装』の能力者が敵方に加わっていることになる。


 いや、待てよ。女は〈不可視インビジブル〉の能力を使えるから、奇襲のみならず情報収集しゅうしゅうもやりたい放題ほうだいか。今は僕がいるから無理でも、この会話をそばでみみを立てることだってわけない。


「彼らの目的は何でしょうか。何か、要求みたいたものは?」


「それがわかりません。屋敷の死守ししゅ血道ちみちをあげるばかりで、そこを打って出て、我々に攻撃をしかけるわけでもなく、逃亡とうぼうをはかろうとする様子もありません」


「ゾンビのような敵があらわれたことは?」

「ゾンビですか……? いえ、そういったものは」


「わかりました。おそらく、我々が追っていた能力者が敵方にいます。いたずらに不安をあおるため、これまで機密きみつにされてきました。結果的にそれが、みなさんに苦難くなんいることになり、まことに申しわけありません」


 それから、パトリックが女の能力について説明した。能力の詳細しょうさいはクレアですら聞かされていなかったようで、ほとんどの人間が息をつめながら耳をかたむけていた。


 『瞬間しゅんかん移動』・『遠隔えんかく操作』・『透明とうめい化』・『怪力かいりき』・『遠隔透視とうし』。列挙れっきょすると、全知ぜんち全能ぜんのうの神かと思えてくる。この五つ以外に、あと二つあるのだからおそろしい。


「普通なら手にえないと思うかもしれませんが、幸運こううんにも、それらの能力は私とここにいるウォルターには通用しません。きっと事態は打開だかいできます。皆さん、希望を持って事に当たりましょう」


 もうあの女は恐れるに足らない――とまでは言いきれないけど、先日取っておきの秘策ひさくをあみ出した。それはパトリックの協力で実証じっしょう済。ゾンビをあやつる男がそれに気づかせてくれた。

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