中央広場事件

     ◆(三人称)


「もしかして、中央広場事件もそいつらの犯行はんこうってこと?」


 ふいにクレアが声を上げると、議場ぎじょうがざわつき始めた。


「そうか!」

辺境伯マーグレイヴぎぬだったか」


 その意見に追随ついずいする声が次々つぎつぎと上がった。けれど、表情をくもらせたパトリックがためらいがちに切り出した。


「中央広場事件については、唯一ゆいいつ目撃もくげき者である私から、説明させていただきます。あらかじめことわっておきたいのですが、あの事件の犯人が辺境伯マーグレイヴであったことに、私は一片いっぺん疑問ぎもんいだいておりません」


 みずをあびせる発言により、途端とたんに議場が静まり返った。パトリックをいぶかしげに見つめる者が相次あいついであらわれた。


「とはいえ、証拠しょうこはなく、それを証明するだい三者さんしゃがいるわけでもありません。あくまで私だけが体験した事実であり、それが真実であるかどうかは、みなさんの判断にゆだねたいと思います」


 パトリックはそう前置まえおきしてから、本題ほんだいへ入った。


「まずはぜん段階だんかいとなる二つの事件について、客観きゃっかん的な事実をお話しします。第一だいいちの事件が起こったのは〈樹海じゅかい〉で事件が起こった二週間あまり後。まだ行方ゆくえ不明ふめい者の捜索そうさくが続いていて、様々さまざま流言りゅうげん飛語ひごが飛びかっている頃でした。

 さき案件あんけん主導しゅどうしていたベーコンきょうが、夜中に屋敷の自室じしつに一人でいるところを殺害されました。殺害方法は胸をナイフでひと突きにされるというものです。

 当日とうじつ、屋敷には多くの人間がおりましたが、犯人を目撃した者はおろか、争うような物音ものおとを聞いた者もおりません。

 第二の事件が起こったのはその翌日よくじつです。殺害されたのはベーコン卿と同じく、元老院げんろういん議員ぎいんで〈雷の家系ライトニング〉出身のオルブライト卿。殺害の手口てぐち酷似こくじし、目撃者が誰一人としていないのも一緒です。

 同一どういつはんの疑いが即刻そっこく持ち上がり、両名りょうめいとも先の案件を推進すいしんしていた人物だったため、〈樹海〉の事件と関連かんれんづける声も続々ぞくぞくと上がりました」


 そこでパトリックは話をくぎって、「そして、中央広場での事件が起こりました」と出席者を見回しながら言った。

 

「第三の犠牲ぎせい者は、当時元老院議長の地位ちいにあったチェンバレン卿です。

 二件の暗殺あんさつ事件がつづけに発生はっせいした直後ちょくごということもあり、当日は多くの護衛ごえいがつきしたがっていました。それにも関わらず、白昼はくちゅう堂々どうどうと、しかも、市民が見守る中で公然こうぜんと殺害されました。

 帰路きろについたチェンバレン卿を乗せた馬車ばしゃが、ちょうど中央広場に差しかかった時です。突如とつじょとして車内で稲光いなびかりが走りました。

 それに気づいた従者じゅうしゃが馬車を押しとどめると、チェンバレン卿が動転どうてんした様子で飛び出してきました。そして、その時にはすでにナイフが胸に突き立てられていたのです。

 護衛達が馬車を取りかこんだ状態で車内を確認したものの、中はもぬけのからでした。さらに、現場には市民の目が無数むすうにありましたが、やはり目撃者はいませんでした。

 護衛達の証言しょうげんによると、チェンバレン卿は「辺境伯マーグレイヴが……、辺境伯マーグレイヴが……」と何度もうわごとのように言っていたそうです。

 これは数時間後に判明はんめいした事実ですが、当時はまだ元老院議長が所持しょじする慣例かんれいとなっていた『根源の指輪ルーツ』が強奪ごうだつされていたのです」


     ◆


 元老院の議長まで殺害され、レイヴン城は騒然そうぜんとなった。いよいよ、〈樹海〉の事件との関連が濃厚のうこうとなり、身の危険きけんを感じた他の議員達は、用事がない者も登城とじょうしてきていた。


辺境伯マーグレイヴは〈樹海〉で戦死せんししたのではないのか」

辺境伯マーグレイヴ亡霊ぼうれいだ!」

「まさか、元老院の議員を皆殺みなごろしにするつもりじゃないだろうな」


「落ち着いてください。チェンバレン卿は辺境伯マーグレイヴの名を口にしたそうですが、その姿を見た者はおりません」


 ジェネラルは議場に集めた議員達に経緯けいいを説明したが、それは逆効果となった。


「ならば、誰がチェンバレン卿を殺害したのだ。良心りょうしん呵責かしゃくで自分の胸にみずからナイフを突き立てたとでも言うのかね」

「殺害犯が目撃されていないほうが、なおのことこわいじゃないか」

「ベーコン卿はともかく、チェンバレン卿は例の案件に積極せっきょく的ではなかったではないか。どうして、彼の命がうばわれなければならないんだ」


 〈樹海〉で戦死したメンバーの関係者による復讐ふくしゅう、部隊を壊滅かいめつさせた〈侵入者〉がレイヴンズヒルまで攻撃の手を広げた、という二つの可能性がうわさされた。


みなさんには城塞守備隊キャッスルガードの護衛を常時じょうじつけます。レイヴン城にとどまってもらっても、おまいへ戻られてもかまいません。ただ、くれぐれも、お一人にならないよう気をつけてください」


学長がくちょう。君と辺境伯マーグレイヴ懇意こんいだっただろう。君のところに姿を見せていないのか」

「いえ、私のところには……」


 パトリックも他人事ひとごとではない。なぜなら、元老院の審議しんぎ会には助言じょげんを行う参考さんこう人として毎回のように出席し、今回の案件にも深く関与かんよしていた。


 しかも、この時点じてんでは〈樹海〉で何が起こったか聞かされておらず、悲観ひかん的な観測かんそくが広がっていたとはいえ、辺境伯マーグレイヴの死亡はまだ確定していなかった。


 無二むに親友しんゆうが命を落としたかもしれない。ショックと悲しみをかかえた最中さなかに舞い込んだ亡霊騒ぎだったため、パトリックの動揺どうようなみ大抵たいていではなかった。


「ジェネラル。鎮座ちんざは変わりないですか?」

「今のところ変わりありません。〈とま〉の入口に四名、鎮座の間の前に二名の人員じんいん配置はいちしています」


 鎮座の間へ入室するためのキー――『根源の指輪ルーツ』が奪われたことを考慮こうりょすれば、第三の事件を私怨しえんによる犯行と決めつけるのは、あまりに短絡たんらく的だ。その目的が『源泉の宝珠ソース』にあるのは言うまでもなかった。


     ◆


 翌日の昼すぎ、パトリックは東棟ひがしとう執務しつむ室でその一報いっぽうを受けた。急いで宮殿きゅうでんへ向かい、護衛をともなって〈とま〉の中へ入った。


 パトリックは〈とま〉の中へ入ること自体じたい初めての経験だ。ランプを片手かたて薄暗うすぐら螺旋らせん階段をのぼる。ところどころに、腕が通るくらいの小窓こまどがあった。


 数百段におよぶ途方とほうもない階段をのぼりきり、最上さいじょう階にたどり着いた。そこには身を乗り出せるほどの窓があり、螺旋階段とくらべれば、はるかに明るかった。


 開かれた扉の前では城塞守備隊キャッスルガード魔導士まどうし直々じきじき警備けいびに当たっていた。


「学長、お疲れ様です」


 魔導士に緊迫きんぱくした様子はない。パトリックは上がった息をととのえた。

 

「どういった状況じょうきょうですか?」

「ごらんの通り、扉がひとりでにいたんですが、本当に突然とつぜん開きました。俺達は指一本ふれていなかったのに」


 魔導士が鎮座の間を指さした。


「もうジェネラルは中にいます。あと、今年の頭に議長に同伴どうはんしてここへ入ったという研究けんきゅう員も来ています。特に変わった様子はないみたいですよ」


 かしこまった様子で中をのぞき込む。パトリックは謹慎きんしんと思いながらも、内心ないしん胸をおどらせていた。こんな時でなければ、鎮座の間の内部ないぶを目にする機会きかいはない。


 人間の背丈せたけほどある巨大きょだい宝珠ほうじゅが、さきに目に飛び込んだ。一メートル近い台座だいざにすえられたそれは、整形せいけいされたかのように美しい外見がいけんをしている。


 無色むしょく透明とうめい水晶すいしょうによく似ていた。上下の両端りょうたんがするどくとがり、柱のような形状けいじょうの中央部分は六角形に縁取ふちどられている。


 『源泉の宝珠ソース』の荘厳そうごんかつ神々こうごうしい姿に、パトリックはしばし心を奪われた。外からさし込む陽光ようこうを反射し、あわにじ色の光を発している。

 

 ここは元老院の議長などひとにぎりの人間しか立ち入れない神聖しんせいな場所。パトリックは恐る恐る鎮座の間へ足をみ入れた。


 部屋の中は広くない。自身の屋敷の居間いまよりもせまかった。ジェネラルを始めとした数名が宝珠の周辺を調べていたが、扉の前の魔導士と同様どうように、全員が落ち着きをはらっている。


 つたえによれば、この宝珠を魔力まりょくげんにして、巫女みこはこの国の全土ぜんどにおよぶ魔法まほうをかけていたという。


 今も、この国に魔法をかけ続けているのかもしれない。そんなことを考えながら、パトリックは取りつかれたように見入みいった。

 

 ふと異状いじょうに気づいた。ジェネラルらは一歩いっぽ引いた場所から、宝珠をながめている。しかし、一人だけ堂々とそれに手を当てていた。


 宝珠から目を移すと――いるはずのない男がそこにいた。人のにとけ込んでいたため、全く気づけなかった。

 

 始めは幻覚げんかくを疑った。彼がいつ自分の前にあらわれるかもしれない。その恐怖心が自分にこの光景こうけいを見せているのだと疑った。

 

 しかし、男はパトリックの視線に気づくと、表情をけわしくした。瞬時しゅんじが引くのを感じ、パトリックは足がすくんで動けなくなった。

 

 ほどなくして、男はジェネラルの脇を平然へいぜんとした顔で通りすぎ、ゆっくりと歩み寄ってきた。ジェネラルは一瞬いっしゅん何かに気づいた様子を見せたが、すぐに前を向き直った。

 

「お前にだけは俺が見えているみたいだな」


 目の前で立ち止まった男が言った。容姿ようしだけではない。声音こわねから話し方、表情やちょっとしたしぐさまで、まぎれもなく辺境伯マーグレイヴだった。


 パトリックは目を見開みひらいたまま、言葉を失った。すると、ふと張りつめた表情をやわらげた辺境伯マーグレイヴが、そっと耳元みみもとに顔を寄せてきた。

 

「明日の正午しょうごに、一人で中央広場に来い。お前にプレゼントがある」


 意識がとおのくような戦慄せんりつを覚え、パトリックは立ち去る辺境伯マーグレイヴを振り向くことすらできなかった。

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