樹海の戦闘

     ◆(三人称)


 〈どろ人形にんぎょう〉を目にした一行いっこうは、唖然あぜんと言葉を失ったり、はたまた露骨ろこつに顔をしかめたりと、反応は様々さまざまだった。イェーツきょう沈黙ちんもくをやぶった。

 

「本当にそれが人間のわりをつとめられるのかね?」

「人間のわりを完全につとめるのは無理ですが、例えば、荷物を持って他人の後をついて歩かせるだとか、そういった単純たんじゅんな命令なら完璧かんぺきにこなせます」


「誰かの指示がないと、何もしないということかね?」

「命令がなければ何もいたしません。ただ、おもりをしなくとも、道なりに進ませるぐらいはむずかしくありません。分かれ道がある場合は工夫くふうがいりますが、道しるべを立てていただければ、問題ありません」


 イェーツ卿はこの不気味ぶきみ物体ぶったいと生活を共にする様子を思いうかべると、おぞましさからつい固まった。辺境伯マーグレイヴが話に割って入る。


「それは生きているのか?」

「先ほど申し上げた通り、これは人形にすぎません。ご要望ようぼうにそえられなくなったら、ご自由に処分しょぶんしてもらってかまいませんよ」


「荷物を運ぶ以外、どんなことができるんだ」

「単純な命令ならば、何でも。我々が新たな命令をあたえなければ、同じことをくり返すことしかできませんが」


 ダレルがこう口をはさんだ。


「追加料金を支払わなければいけないわけですか?」

「人一人をおやといになるより、ずっとお手頃てごろですよ」


「このどろのかたまりとベッドを共にする日が来るかもしれないのか」

寝首ねくびをかかれそうだな」


 護衛ごえい達は冗談じょうだんを言い合いながらも、表情が一様いちようにかたい。


「急に暴れ出して、人を襲う心配はないのかね?」

「命令にないことは行いませんので、ご安心を」


「裏を返せば、命令さえすれば人を襲えるということだな?」

「まあ、そうなりますか。キヒヒッ」


 高齢こうれいの男が悪意あくいに満ちたうすら笑いをうかべた。

 

「人におそいかかるようなモノは困るのだがね」


 関わってはいけないものに関わってしまった。イェーツ卿はなるべく動揺どうようを見せずに答えたものの、空恐そらおそろろしい気持ちに支配された。

 

「イェーツ卿。お言葉ですが、あんな得体えたいの知れないモノをこの国に入れるのは反対です」


 イェーツ卿に歩み寄ったダレルが声をひそめて言った。まゆをひそめたイェーツ卿が「ああ……」と小声こごえで応じる。

 

 どう相手をていよく引き取らせるか。相手は素直に引き下がる気があるのか。すでに焦点しょうてんはそちらへ移っていた。

 

「〈外の世界〉ではこれが当たり前にいるのか?」

「これは我々お手製てせいの品ですから、一般的ではありません」


 辺境伯マーグレイヴ一風いっぷう変わった受け取り方をしていた。こんなイカれたモノが存在する。ますます〈外の世界〉への興味をかき立てられ、はからずも口元くちもとをゆるませた。

 

「残念ながら、君らとの取引とりひきには応じられない。それを〈樹海じゅかい〉の外へ持ち出すことも許可できない」

「そうですか……、それは残念です」


 高齢の男がふところから文書ぶんしょはねペンを取り出した。


「とりあえず、取引を拒否きょひするむねをここへ書き記していただけますか?」


 イェーツ卿が警戒けいかい心をあらわにしながらも、ゆっくりと高齢の男のもとへ向かう。急速きゅうそくに場の空気が張りつめた。


 文書に目を通し始めたイェーツ卿が防備ぼうびになった瞬間しゅんかんだった。高齢の男のそばで、棒立ぼうだちのまま、かすかにゆらめいていた〈どろ人形にんぎょう〉が、唐突とうとつ機敏きびんな動きを見せ、イェーツ卿を背後はいごから羽交はがいじめにした。


「何をする……!」


 辺境伯マーグレイヴがとっさに「おい、離せ!」と右手をかまえたが、高齢の男はイェーツ卿をたてに取り、制止せいしのポーズを見せた。


「お気をつけください。先刻せんこく申し上げた通り、マッドは意外いがいと力があるんですよ」

「こんなことをして、どうなるかわかってるんだろうな」


 高齢の男が不敵ふてきな笑みを見せた後、ひそかに視線を左右さゆうに送った。それに気づいた護衛の一人――サムが、つられて同じ方向へ目を向けた。


「皆さんのお役に立てればと、精魂せいこんこめて作ったのですが……。特注とくちゅうひんですから、他に使い道がありません。ご理解ください。このまま土にかえすのは心苦しいのです」


「おい、辺境伯マーグレイヴ……」


 声を上げたサムが思わず息をのんだ。ウリ二つの外見がいけんをした〈どろ人形にんぎょう〉がムクリムクリと相次あいついで立ち上がり始めた。


「完全に囲まれてるな。五十以上……、いや、もっといるか」


 別方向からの物音ものおとに気づいたネイサンが、周囲しゅういを見回しながら言った。


「はりきって作りすぎてしまいましたから。手にあまるかもしれませんが、皆さんのほうで処分していただけますか?」


     ◆


 護衛達が周囲の〈泥人形〉に気をとられているのを見計みはからい、イェーツ卿を人質ひとじちにとったまま、高齢の男がコソコソと原っぱを後にしようとした。


「待て!」

「終わりましたら、声をおかけください。この方はお返ししますから」


 後を追おうと辺境伯マーグレイヴが足をみ出した矢先やさき、〈泥人形〉達がいっせいに動きを見せ始めた。


 さきに原っぱへ突入とつにゅうしてきたそれに、辺境伯マーグレイヴ躊躇ちゅうちょなく電撃でんげきち放つ。直撃ちょくげきを食らった〈泥人形〉はもだえ苦しんでから、その場にくずれ落ちた。


 辺境伯マーグレイヴに続けとばかりに、他の護衛達も戦闘せんとう態勢たいせいに入る。複数の指輪を所持する者が多く、あらゆる属性ぞくせい魔法まほうが原っぱを飛びかい始める。


辺境伯マーグレイヴ、後ろだ!」


 それは最初に仕留しとめた〈泥人形〉だった。別の個体こたい軽快けいかい撃退げきたいしていた辺境伯マーグレイヴに、猛然もうぜんと――先ほど受けた電撃の影響を微塵みじんも感じさせない動きでおそいかかる。


 体が無意識むいしきに反応した。辺境伯マーグレイヴ抜群ばつぐんの戦闘センスを見せ、あざやかに敵を投げ飛ばす。さかさまに地面じめんへ落ちた〈泥人形〉は、頭部とうぶがグニャリと曲がってしまい、やがて根元ねもとからポッキリと折れた。


 生物ではないと頭でわかっていても、その様子を見た辺境伯マーグレイヴ慄然りつぜんとした。ところが、ほどなくして、とうの〈泥人形〉は何事なにごともなかったように起き上がった。


「頭がもげてもお構いなしか」


 すかさず電撃でマヒに追い込んだが、倒したと思っていた〈泥人形〉達が続々ぞくぞくと復活してくる。さすがの辺境伯マーグレイヴ苦境くきょうを意識し始めた。


「ダメだ、炎が全く通じない!」


 土のかたまりである〈泥人形〉は『火』をものともしない。ひるむ様子すら見せずに、平然へいぜんと炎をかいくぐり、ダメージを受けた様子もない。


 『風』はゾンビを相手にする時と同様どうよう足止あしどめとして有効だったが、それ以上にはならない。


 ネイサンが用いる『氷』は、物理ぶつり的なダメージをあたえられたが、想定外そうていがいに敵の敏捷びんしょう性が高いため、『氷柱つらら』を形成けいせいしている間に接近せっきんを許す欠点けってんがあった。


 最も効果を上げたのが『雷』だ。神経しんけい伝達でんたつ阻害そがいしているのか、一時的いちじてきなマヒに追い込めた。ただし、それは十秒にも満たない時間。決定打とはならない。


 同じく有用ゆうようだったのが『水』。それは足止めに利用できる上に、〈泥人形〉の体をもろくさせられた。


 結局、魔法で敵を仕留しとめることはかなわず、物理的な攻撃に頼っていたため、なおさら効果的だった。彼らが最終的にたどり着いた戦法せんぽうはこうだ。

 

 ダレルら五人が『水』・『風』・『雷』を用いて足止めを行いつつ、一体のみを広場まで誘い込み、それを辺境伯マーグレイヴが『雷』でマヒさせる。


 そして、足止めの魔法が使えないネイサン、サムと協力し、直接攻撃に移る。基本的に足の切断せつだんで動きをふうじたが、片足かたあしを失いながらも、逆立さかだち状態でおそいかかってきたため、四肢しし全ての切断につとめた。


 息の合った連携れんけい攻撃で、三十分足らずで十体以上の〈泥人形〉を沈黙させた。その数倍の個体がまだ残存ざんぞんしていたが、撃退の目途めどがつき、辺境伯マーグレイヴらは自信を深めていた。


 しかし、部隊は原っぱにくぎづけとなっていた。イェーツ卿の姿が見えなくなってからひさしい。さらに、同行どうこうしていたアカデミーの研究員が恐れをなし、たった一人で戦場から逃亡とうぼうをはかっていた。

 

「ダレル、あの研究員のことを頼めるか?」

「わかった」

「ネイサンはウッドランドへ戻って、応援を呼んできてくれないか?」


     ◆


 辺境伯マーグレイヴの指示にしたがい、ネイサンは戦場を脱出した。ウッドランドへ向けてひた走り、道に迷ったがため二時間近くかかったが、無事目的地に到着とうちゃくした。


 ウッドランド滞在たいざい中に宿所しゅくしょとした屋敷へ、その足で向かう。すると、屋敷の主人から不可解ふかかいな話を聞かされた。


「お言いつけ通り、皆さまが出発されてから使いを出して、ダベンポート卿のお屋敷へ行かれた方々かたがたがお戻りになったのですが、その少し後にイェーツ卿がお一人でお見えになられたんです」


「……イェーツ卿が?」


交渉こうしょう決裂けつれつして、他の皆さまはストロングホールドへ直接戻った。私はこちらに用事があるから、君達も解散していい、とおっしゃっていました」


「そんなバカな。ありえない」


 頭が混乱してしまい、ネイサンはなかなか言葉をげなかった。イェーツ卿と連中が裏で結託けったくしていたという考えが頭をかすめた。


「それはどのくらい前だ?」

「一時間以上前です」


 しかし、戻ってくるには早すぎる。ネイサンはその考えをてた。


「何かございましたか?」

「やつらと戦闘になった。辺境伯マーグレイヴ達は、まだ残って戦っている」


「それは大変だ」

「悪いが、あいつらをここへ呼び戻してくれないか?」

「わかりました。ただちに使いを出します」


 たんなる戦闘以上のことが起きている。ネイサンは言い知れない不安と、尋常じんじょうではない胸騒むなさわぎに襲われた。

 

 応援の部隊が戻ってくる頃には日が暮れているかもしれない。ネイサンはいても立ってもいられず、〈樹海〉へ引き返すことに決めた。

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