中央広場事件

事件の発端

     ◆(三人称)


 ウォルターはゾンビ化したトレイシーをさえるのに成功したが、スプーはがした。確かなのは街道かいどうを南に向かったことぐらいで、その後の行方ゆくえはつかめていない。


 レイヴン城へ戻ったウォルターは、ちょう時間じかんに渡る尋問じんもんを受け、スプー達から見聞みききした話をつつみ隠さず証言しょうげんした。

 

 その結果、レイヴン城の一角いっかくにある監獄かんごく軟禁なんきんされることが決まった。理由については、パトリックからこう説明された。


「〈侵入者〉をレイヴンズヒルにまねき寄せたとして、ウォルターを糾弾きゅうだんするきが多少たしょうあります。素性すじょうや能力のことを隠していたことも心証しんしょうを悪くしているようです」


 今回にかぎれば、スプー達をレイヴンズヒルに呼び込んだのはウォルターに他ならない。ただし、軟禁のとなったのは後者こうしゃ露見ろけんしたことが大きい。


 監獄は身分の高い人間を幽閉ゆうへいするためにつくられた場所で、ウォルターにしてみれば、自宅よりも広いくらいで不満を感じなかった。


 また、何かとスージーが『交信こうしん』してきたので孤独こどくもまぎらわせた。自身が置かれている状況じょうきょうなど些末さまつなことだった。


「残念ながら、二人のトレイシーはゾンビとしてほうむられました」


 尋問後にパトリックからげられた事実を思い起こすたびに、ウォルターは歯がゆさ、やり切れなさで胸がしめつけられた。

 

 翌日の昼。再び姿を見せたパトリックから朗報ろうほうがもたらされた。


処分しょぶん保留ほりゅう正式せいしきに決定しました。もうここにとどまる必要はありません」


 ウォルターの証言によって風向かざむきが変わり、あっけないほどのスピード決着けっちゃくとなった。証言にもとづいたパトリックの反論はんろんむすび、大きく事態じたいを動かしたのだ。


「他人になりすます能力者、ゾンビをあやつる能力者、そして、『最初の五人』と言われる能力が通じない私。かの中央広場事件および樹海じゅかいの戦闘には多くのなぞが残されていましたが、それらによって全て解明かいめいできると判明はんめいしました」


「彼らが犯人だったということですか?」

「全てが彼らの犯行はんこうと断じるのは語弊ごへいがありますが……」


 パトリックは言葉をにごした。彼は樹海の戦闘と中央広場事件を別物べつものと考えている。後者の犯人が辺境伯マーグレイヴであることに、少しも疑いをいだいていない。


「私も責任せきにんを問われる側の人間ですから、強く言える立場ではなかったのですが、引き下がれませんでした。レイヴンズヒルに呼び込んだのがウォルターでも、彼らは昔からこの国にいたのですから。

 そして、数々かずかず悪事あくじを働いていたのです。ウォルターに全責任をなすりつけるのはお門違かどちがいというものです」

 

 ウォルターが表情をやわらげる。責任からのがれられたからでなく、パトリックが身をていして行動してくれたことが単純たんじゅんにうれしかった。


「ジェネラルも私の味方をしてくれ、話はスムーズに運びました。彼らの能力が通じないウォルターは、戦力せんりょくとしてノドから手が出るほど欲しい人材じんざいです。調子のいい話ですが、背に腹は変えられないということです」


 いったん話を区切くぎったパトリックが、神妙しんみょう面持おももちでこう言った。


「ウォルター。いずれ、あなたは何らかの処罰しょばつを受けるかもしれません。ユニバーシティに残れる保証ほしょうもありません。それでも、我々と一緒に戦ってくれますか?」


「もちろんです。あいつらは許せませんから」


 ウォルターは悲壮ひそう決意けついをもって即答そくとうした。


「まあ、ウォルターをユニバーシティに入れた私も同罪どうざいです。その時は私の場所ばしょもなくなっていることでしょう。

 もしそうなったら、ロイ達と一緒に乾燥かんそうパスタでも売ることにしましょうか。眉唾まゆつばな話ですが、私とウォルターは共に戦った仲間だそうですから、きっと相性あいしょう抜群ばつぐんですよ」

 

 パトリックが冗談じょうだんっぽく言うと、ウォルターは白い歯を見せた。


     ◆

     

「この後、元老院げんろういんとユニバーシティ幹部かんぶ一堂いちどうかいし、臨時りんじの会議がとり行われます。そこで、五年前の事件について、私なりの見解けんかいべる予定です。そこへ、ウォルターにも出席していただきたいのです」


「わかりました」


「言い忘れていましたが、彼らがした『最初の五人』の話はおそらく真実です。事実、試合会場に現れたゾンビは私の目にも別人べつじんの姿にうつっていました。

 ゾンビだけでなく、仲間のギル・プレスコットという男も同様どうようです。ウォルターには彼の姿がどのように見えていましたか?」


金髪きんぱつ中性ちゅうせい的な……」


「そうです、私の目にもそう映っていました。しかし、他の方々かたがたには黒髪くろかみのいかめしい中年ちゅうねん男性に見えていました。

 彼も他人――ギル・プレスコットという男になりすましていたのです。そして、思いがけない事実が判明しました。そのことは会議の場でお話しいたします」

 

巫女みこ打倒だとうのために立ち上がったという話はどうですか?」

「それについては心当こころあたりがありませんが……、『転覆てんぷく』する前の記憶を失っていると言われれば、失っている気がします」


 会議へ出席するため、二人は早速さっそく監獄を後にした。その道すがら、ウォルターはパトリックからこんな話を聞かされた。

  

「会議の前に、前提ぜんていとなる知識を知っていただかなければなりません。事件の発端ほったんは〈雷の家系ライトニング〉の重鎮じゅうちんであるベーコンきょうのもとへ持ち込まれたある取引とりひきです。

 おも西部せいぶ高地こうち領地りょうちとする〈雷の家系ライトニング〉の一族は、牧畜ぼくちくや、それを利用した陸上りくじょう輸送ゆそう生業なりわいとしていました。彼らを長年ながねん苦しめ続けたのがゾンビ化現象げんしょうです。

 ゾンビ化を引き起こす三大さんだい要素というものがあります。レイヴンズヒルから距離がはなれていること、人口じんこう密度みつどが低いこと、当人とうにんが体力を消耗しょうもうしていることの三点です。牧畜と陸上輸送はそれらが全て当てはまるため、ゾンビ化する人間が後をたず、事業じぎょうが立ち行かなくなるほど人手ひとで不足ぶそく深刻しんこく化していました。

 〈侵入者〉が取引を持ち込んできたのは、そんな状況じょうきょうです。我々の足元あしもとを見たと言ってもいいかもしれません。

 結果的に、それが事件を引き起こしたわけですが、私はベーコン卿を責める気にはなれません。ワラにもすがる思いだったのでしょう。

 げんに、彼は元老院の許可を取った上で交渉こうしょうにのぞみました。くわえて、のちの中央広場事件で不相応ふそうおうばつを受けることになりましたから」


 中央広場事件――その名を口にするだけで、まわしい記憶が頭をかすめ、パトリックは身震みぶるいするほどの悪寒おかんを覚える。


『お前も殺そうと思った』


 事件の首謀しゅぼう者であり、親友しんゆうでもあった辺境伯マーグレイヴ――その彼から投げかけられた言葉が、今も耳にこびりついてはなれなかった。


     ◆


 二人は宮殿きゅうでんの二階にある議場ぎじょうへ向かった。大会堂だいかいどう奥の階段から二階へ上がると、両脇りょうわき守衛しゅえいひかえた荘厳そうごんとびら出迎でむかえられる。

 

 議場は小さな明かり取りの窓しかないため、全体的に暗く、中央に位置する六角形のテーブルのみが、やみにうかび上がるように煌々こうこうらしあげられている。

 

 現在は使われていないが、奥の一段いちだん高くなった場所には、巫女のための玉座ぎょくざがしつらえられている。


 テーブルの奥側には元老院の議員達が顔をそろえ、手前てまえ側にはジェネラルを始めとした、マントを身にまとったユニバーシティ幹部がをしめていた。


 元老院は五つ――『火』・『氷』・『水』・『雷』・『風』の一族から各三名が選出せんしゅつされ、計十五名で構成こうせいされる。議員は一年を通してレイヴンズヒルにとどまらなければならない。


 任期にんきは一年で、毎年顔ぶれは変わるが、年長ねんちょうの有力者がまわりでつとめる慣例かんれいとなってるため、自然とわりえしないメンバーとなる。

 

 主な役割やくわりは月に一度開かれる審議しんぎ会で、地方組織やユニバーシティから上申じょうしんされた政策せいさく認可にんかするかどうか審議する。審議は基本的に多数たすうけつによる合議ごうぎせいをとる。


 テーブルに案内されたウォルターは思わず目を丸くした。ジェネラルやクレアにまじり、〈資料室〉のチーフことネイサンの姿を見つけたからだ。


本日ほんじつは、私のためにこのような場をもうけていただき、心より御礼おんれい申し上げます。皆様みなさまにお集まりいただいのは、無論むろんのこと、昨日レイヴン城に姿を現した〈侵入者〉に関する件ですが、その内容はご想像とことなるかもしれません」


 パトリックが格式かくしきばった重々おもおもしい口調くちょうで切り出した。


単刀たんとう直入ちょくにゅうに申しますと、五年前に〈樹海〉で発生したあの事件に、彼らが関与かんよしていたと疑わせる事実が発覚はっかくいたしました。事件の経緯けいいをご存じない方が多数をしめると思いますので、簡単かんたんに説明させていただきます」


 静粛せいしゅくに耳をかたむけていた出席者がにわかにざわつき出す。


「〈侵入者〉からベーコン卿のもとへ取引が持ち込まれたのは六年前の冬。ちなみに、仲介ちゅうかい者はアイザック・ドレイクと名乗なのっていましたが、後で調べたところ、ドレイク家にアイザックという名の男は存在しませんでした。

 ベーコン卿から元老院に上申されたのは五年前の春。それから数カ月に渡り、議論に議論を重ねた結果、〈侵入者〉との交渉に応じる決定を下しました。

 そして、その年の秋にあの事件が起こりました。現場に残った九名――交渉役のイェーツ卿とその従者および、辺境守備隊ボーダーガード精鋭せいえい達が、たった一晩で全滅ぜんめつに追い込まれたのです。

 不可解ふかかいかつ凄惨せいさんな内容だったため、事件は極秘ごくひに処理され、詳細しょうさいはひとにぎりの人間が共有きょうゆうするにとどまりました」


 議場が重苦おもくるしい空気につつまれる。うつむき加減かげん一息ひといきついたパトリックが、視線をネイサンに向けた。


「あの日〈樹海〉において何が起こり、そして、なぜ箝口かんこうれいがしかれたのか。いったん現場を離れたがため、幸運こううんにも生還せいかんしたネイサン・クレイヴンから、お話してもらおうと思います」

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