トリックスターの本領

     ◆(三人称)


 フィールドの中央で長々ながながと話し込む二人を見て、当然ながら、パトリックは異変いへんに気づいた。しかし、小声こごえで話す彼らの声はよく聞き取れない。


 彼も男の真の姿を見ることができる一人だったが、あいにくトレイシーと面識めんしきがなく、着用ちゃくようする制服にも注意をはらわなかった。


「対戦相手の左腕、おかしくありませんか?」

「……そうですか?」


 となりに座るロイに問いかけたが、反応は思わしくない。なぜなら、『扮装ふんそう』をほどこされた状態では、左肩を少し下げている程度にしか見えなかったからだ。


 男の左腕は完全に骨がくだけ散っていた。そのため、パトリックの目には、まるで軟体なんたい動物のような、奇妙きみょうな動きをしているように見えた。


「対戦相手に〈分析アナライズ〉をしてもらえますか?」


 パトリックはあきらめきれず、コートニーに頼み込んだ。


「おかしなところはありませんか?」

「……ありました。『ゾンビ』と表示されています」


 コートニーが表情をくもらせる。返答を聞き届けたパトリックは、近くに座っていたクレアのもとまで向かって、こう耳打みみうちした。


「対戦相手の様子がおかしいです。すぐに助けに入れるよう準備しておいてください」


     ◇


「さて、本題に入ろう。君は何の目的でこの国にいるんだい?」

「意味がわからない。目的なんてない。ただ、この国にいるだけだ」


「ならば、質問を変えよう。君はこちら側か、それとも、そちら側か。まわりの連中には秘密にしておいてあげるよ」

「意味がわからないって言ってるだろ」


 声量せいりょうをおさえながらも、言葉にイラ立ちをつめ込めるだけつめた。


「いつまで話し込んでいるんだ! 二人とも失格しっかくにするぞ!」


 立会人たちあいにんがしびれを切らす。会場もざわつきがヒドくなってきた。男は不愉快ふゆかいそうに立会人をにらみつけてから、「仕方しかたがない、もう一つの目的を果たすとしよう」と肩をすくめた。


「こう見えても私はフェアな男だ。勘違かんちがいしているだろうから、一つ断っておこう。君に語りかけている私が、必ずしも君の目の前にいるとはかぎらない」


 またわけのわからないことを言い出した。耳を貸すべきじゃないか。


 男が「今からそれを証明しよう」と言って、ゆっくりとまぶたを閉じる。


「君の視線の先、右手のかどにある柱の脇に若い女がいるだろ。その女はちょうど胸元むなもとに手を当てている」


 男の肩ごしに視線を送ると、若い女が容易よういに発見できた。そして、その言葉は本当だった。試合が始まってから、男は一度もそちらの方向を振り向いていない。


「信じてもらえたかな?」


 目を開けた男が得意げにほくそ笑む。目の前の男はあやつり人形だということか。新しい能力を次から次へとたりにし、頭がパンクしそうだ。


 たとえそうだとしても、この会場にいるのは間違いない。いや、あの若い女が男の仲間ということも考えられるか。


「そういうことだから、試合などと言わずに、思う存分ぞんぶん戦おうじゃないか」


 男のひとみ闘志とうしがともり、残忍ざんにんな顔つきに変貌へんぼうした。


「これから始めるのは生ぬるいお遊びではない。本当の殺し合いだ。ああ、そうそう。こいつは壊しちゃってもいいよ」


 男がたれ下がった左腕をプラプラと横に振った。


「もう――壊れちゃってるけどね。キヒヒッ」


 そして、神経にさわる不快ふかいな笑い声を上げた。他人の体を道具のようにあつかい、平然へいぜんとしている人間性。人の尊厳をみにじる行為に、怒りの感情が体内で渦巻うずまいた。


 そんな底知れない思いがもれ出したのか、無意識むいしきに風の魔法まほう発動はつどうしていた。薄緑うすみどりに色づいた無数むすうすじが、つむじ風のように周囲をかけめぐり出す。


「その気になってきたようだね。では、見せてもらおうじゃないか。エックスオアーのノド元に唯一ゆいいつ届きうると言われた、君のたぐいまれなる力を」


 男が至近しきん距離から『火球かきゅう』を放った。すかさず迎撃げいげきの『突風とっぷう』を放ってから、よこびで回避かいひした。男が数歩あとずさって距離を取る。


 様子ようすなのか、かたらしなのか、男は小型こがたの『炎弾えんだん』を連発れんぱつし始める。力をおさえた『突風』で対応できる、たわいないレベルのものだ。


 男はそれなりに魔法を使いこなせている。ただ、デビッドとくらべれば、技のキレは数段すうだん見劣みおとりするし、この程度なら恐れるに足りない。


 用心ようじんすべきはふだを持っているかどうか。あの女のように別の能力を持っている可能性はてきれない。あえて敵の只中ただなかに飛び込んできたのだから、何らかの成算せいさんがあるはずだ。


 いや、安全地帯ちたいからあやつっているなら、捕まってもいいごまと見るべきか。そうすると、この男の目的はなんだ。


 単に、〈悪戯トリックスター〉の力を見たいだけなら、試合の場でなくとも、それこそ街中まちなかだっていいはずだ。


 とにかく、相手の思惑おもわくにのるのはよそう。試合としてさっさと決着けっちゃくをつけ、みんなの力を借りて取り押さえるのが最善さいぜんだ。


 単調たんちょうな攻撃の合間あいま見計みはからい、渾身こんしんの『かまいたち』をお見舞みまいした。直撃ちょくげきを食らった男が数メートル後方こうほうへふっ飛び、地面をころげ回った。


 あまりの歯ごたえのなさに拍子ひょうしぬけし、思わず手を休めて様子を見守った。


「違う違う。違うぞ、トリックスター。私が求めているのはこんなものではない」


 男が起き上がりながら言った。わざと攻撃を受けた様子はなかった。つよがりか負けしみを言っているとしか思えない。


「さっきも言ったはずだ。私は遊びに来たわけではないと」


 どうしても〈悪戯トリックスター〉を使わせたいらしい。それなら意地いじでも使うもんか。魔法の実力は大したことない。このまま一気いっきにかたをつけよう。


「君は思い違いをしている。私は何だってできるんだ」


 男が唐突とうとつに右手を観衆かんしゅうに向け、またたく間に『火球』を発現はつげんさせた。その先にはパトリック達の姿があった。そうか、手段しゅだんを選ぶ必要はないということか。


 すぐに足をみ出し、迎撃の態勢たいせいととのえながら、あいだへ割って入ろうとする。ところが、会心かいしんの笑みをうかべた男が、あろうことか突き出した腕をこちらへ向け直す。とっさに足を止めるも手遅ておくれだった。


「さあ、見せろ! 君の力を! トリックスターの本領ほんりょうを!」


 目の前で爆発ばくはつ的にふくれ上がった炎が、たちまち視界しかいをおおいつくす。男の思うツボでも、出ししみしている場合ではなかった。


 なかば反射的はんしゃてきに〈悪戯トリックスター〉を展開てんかいした。炎が巻き戻されるように中心の一点へ収束しゅうそくしていき、瞬時しゅんじに視界がすみ渡った。


 すると、再び視界にとらえた男の顔つきが豹変ひょうへんしていた。思わずゾッとするような変貌ぶりで、これまでと別種べっしゅの恐怖を感じた。


 終始しゅうしうかべていた挑発ちょうはつ的な笑みは消えた。縄張なわばりをおかされた獰猛どうもうけもののような目つきで、一心いっしんにこちらを見すえている。うなり声でも上げながら、今にもおそいかかってきそうだった。


 次に男が見せた行動は異様いようさにたがわず異常だった。ツメを立てるようにした両手を広げ、一心いっしん不乱ふらんに飛びかかってきた。


 つかみかかってきた男の腕を、身をひるがえしてかわす。しかし、ギリギリでそでをつかまれ、その場に引き倒された。続けざまに、男がかみつかんばかりのいきおいでおおいかぶさってくる。


 とっさに男のえりをつかみ取る。相手の腹へ片足を押し当て、ともえげの要領ようりょう背後はいごへ投げ飛ばした。ねらい通りに、男の体がちゅうを舞った。


 地面をころげたいきおいで起き上がり、すぐさま男からはなれる。しかし、今度は右足首をつかまれ、つまづいたように倒された。そして、ちからまかせに地面を引きずられた。


 その時、あちこちから怒号どごうが聞こえてきて、観衆からの助けが入った。しかし、男は数人がかりで取り押さえられても、なかなか僕の片足を離そうとしない。


 血走ちばしった目をこちらに向け、興奮こうふん状態で「フーッ、フーッ」と荒々あらあらしい息づかいをしている。その執念しゅうねんは異常きわまりなく、表情に理性りせいのかけらも感じなかった。


 ようやく男の手が引きはがされ、かけ寄ってきたスコットに「大丈夫か?」と肩を貸してもらう。スコットが「また、この結末けつまつかよ」とあきれ顔で言った。


「こいつ『水』の指輪しか持っていないぞ。どうして『火』の魔法を使えたんだ?」


 そんな言葉が耳に届き、男の指先ゆびさきに目を投じる。そこには赤い宝石が光っていたけど、他の人達には別の色に見えているようだ。パトリックもそばまでやってきた。


「どうしました?」

「あいつは廃村はいそんで出会った貴族型ゾンビです。誰かにあやつられていたようです」


「彼自身がそう言ったのですね?」

「はい。たぶん、あやつっていたやつはこの会場に来ています」


 すぐに探し出さなければと思い立った。会場脇の回廊かいろうまで走って行き、観衆達に目を走らす。一人一人へ入念にゅうねんに目を光らすも、逆に怪訝けげん面持おももちで見返されてしまう。


 ばしりに回廊をグルッと一周したものの、不審ふしん人物は見当みあたらなかった。建物の窓から見ていた可能性もある。一人で探すのは無理だろうか。


 ふと西門のほうへびる通路つうろに目を移す。すると、コソコソと歩く怪しい人影ひとかげが目についた。ローブを身にまとい、深々ふかぶかとフードをかぶった男が、ちょうど西棟にしとうを後にするところだった。


 それはアカデミーの研究員や役人によく見られる格好かっこうとはいえ、屋内でフードをかぶるのはめずらしい。ためらいがちに回廊を振り返った後、直感ちょっかんを信じて男の後を追うことに決めた。

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